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ステ振り!  作者: キミマロ
第一章 生徒会長は魔法使い?
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第二十話 命を削って

 ラルネの号令と共に、猛然とこちらに突っ込んでくる小夜。その動きは速く、まさに瞬速というのがふさわしい。俺はとっさにその直線軌道から身体を外そうとしたが、避け切れなかった。脇腹のあたりに鎧が直撃し、その場で一回転して屋根に叩きつけられる。ぐッ……! ヘルメットを被っていたため頭は無事だが、肩を強打した。鈍い痛みが身体を走る。


「かはッ!」

「竜前寺君ッ!」

「おっと、君の相手は僕だよ?」


 助けに入ろうとした千歳先輩の前に、ラルネが立ちはだかった。彼女は右手に光の剣を構えると、フェンシングよろしく鋭い突きを入れる。千歳先輩はホルスターから杖を抜くと、辛くもその一撃を逸らした。彼女はひらりと身を翻すと、お返しとばかりに杖を振るう。激しい応酬が始まった。俺はそんな彼女たちの姿に息を呑みつつも、覚悟を決める。


「先輩ッ!」

「何ッ?」

「小夜は俺が何とかします! だから先輩はラルネに専念してくださいッ!」

「けどあなた、まだ……! クッ、わかったわ!」


 ラルネの攻撃を受けながら小夜を相手にするのは不可能と判断したのだろう。先輩は渋い顔をしつつも了承してくれた。俺は改めて目の前に立つ小夜の威容を見ると、拳を握りしめる。インターバルが終わるまで、まだしばらくの時間がある。その間はどうにか、小夜の攻撃をかわし続けなければならない。


「ク、まずいかな……」


 遮る物もない屋根の上。少し戻れば俺たちが出てきた螺旋階段があるが、そこまで小夜を振り切って行く自信は無い。ならばあと一分ほど、この何もない場所で持ち堪えなくては。小夜が屋根にめり込んだ拳を引き抜くのを確認すると、俺は一か八か、屋根の上の方へと走る。


「こっちだッ!」


 屋根の頂上に着いた俺は、小夜を挑発するように声を上げた。するとたちまち、鎧を軋ませながら小夜が駆けてくる。拳が風を切った。俺は屋根の傾斜を利用して、転がることによってそれをかわす。またも攻撃を当て損ねた小夜は、俺を追いかけて自身も斜面を駆け下ってくる。その動きは非常に速く、重力の力を借りても俺はあっという間に追いつかれてしまった。けど、これでいい。


「よし、うおりゃァ……!」


 俺はいきなり足を止めて小夜の方に接近すると、その脇をギリギリのところですり抜けた。そしてがら空きとなった背中をガツンと蹴飛ばす。加速度の掛かっていた小夜は、その衝撃を殺し切れずにそのまま屋根から落ちてしまう。ドサリ。遥か下から鈍い落下音が響き、近くに生えていた木がにわかに揺れた。まさかこれで倒せたとは思わないが、しばらくは時間が稼げるだろう。俺はふうっと息をつく。だが――


「なッ!?」


 一分もしないうちに、屋根の端から手が伸びた。甲冑に包まれたそれは、間違いなく小夜の物だ。それは屋根のスレートをガッシリと掴むと、鎧に包まれた身体を一気に持ち上げる。こいつ、階段を使わずにそのまま壁をよじ登ってきたのか……! いくら小夜がもともと人間離れしていたとはいえ、鎧を着けたままほぼ垂直の壁を登るとは。この化け物め……! 俺はグッと歯を食いしばる。ミシッと嫌な音がした。


「まだあと二十秒……ぐァッ!!!!」


 いつの間にか、小夜の手が俺の胸ぐらをつかんでいた。速い――! そう思う間もなく、彼女は俺を屋根へと叩きつける。激痛。背中から全身に掛けて、焼けつく痛みが広がる。感覚が麻痺して、にわかに手足が痺れた。背中から何か、熱いものが溢れ出してくる。血だ。血が俺の身体を覆い尽くそうとしている――!


「ごめん、小夜……!」


 最後に思い浮かんだ感情は、小夜への申し訳なさと俺自身に対する情けなさだった。俺がもう少し強ければ、小夜を助けてやれたのに。俺がもう少し賢ければ、小夜を巻き込むことなんてなかったのに。思えば、俺は昔からこうだった。小さい頃からずっと、小夜に頼ってばかりで自分じゃ何もできなかったのだ。今ではすっかり忘れかけていたが――俺は、小夜に大きな借りがある。


 あれは、小学校の頃だっただろうか。当時の俺は恐ろしいくらいの鈍足で、駆けっこが大の苦手だった。小学校、それも低学年というのは不思議なところで、駆けっこの速さでカーストが決まる。クラス一の鈍足だった俺は、当然のように最下層に分類され、いつしかいじめられっ子になっていた。そのいじめは次第にエスカレートしていき、いつからか「肩パン」と言って、肩のあたりを思いっきり殴られるようにまでなっていった。


 そんな時に助けてくれたのが小夜だった。いじめっ子をあっという間に叩きのめしたあの逞しい背中を、俺は今でも覚えている。小学生にして既に筋骨隆々とした骨太の体。赤銅色に焼けた皮膚。そして何より、鬼のように恐ろしくも頼もしく見えた超強面。あのときの小夜は、俺にとってまさに――


「アニキッ!!!!」


 俺がそう叫んだ瞬間、小夜の動きが止まった。彼女は俺の方をまっすぐに見据えると、酷く不明瞭な声で言う。


「ソウ呼ブナト……前ニ言ッタハズダ……! ワタシハ、女ダカラナ……!」

「小夜!? 意識が戻ったのかッ!」

「ウアアァ!!」


 拳を振りまわし、大暴れする小夜。その様子は、さながら癇癪を起した子どものようだ。小夜の意識と、喪魂鎧の強制力が戦っている……! 今なら、この鎧を小夜から引き剥がせるかもしれない。そう思った時、俺はインターバルが終わったのを感覚で理解した。待ってろ小夜、今助けてやる――!


「うおおおおッ!!」


 削れる能力をすべて削り、腕力と器用に注ぎ込む。俺は暴れる小夜の身体を力で抑え込み、そして身体を覆っている鎧を少しずつひっぺがえして行く。一枚、二枚……少しずつだが、白い肌が露わとなって行く。よし、これならいける。そう思った俺は、作業の速度を速めようとした。だがその瞬間、いきなり小夜の力が強まって弾き飛ばされてしまう。先ほどまで拮抗していた小夜の意識が、再び喪魂鎧に呑みこまれてしまったようだ。


「クソ、この状態じゃ抑え込めないぞ……!」


 鎧を剥がすためには、ある程度の器用さは必要だ。そこは削れない。だが、残りの能力は最低限の知能を残してほぼ全て0にしてしまっていた。あと少し。あと少し俺に腕力があれば、小夜の動きを止めて鎧を剥がせるのに! その少しが捻出できない。俺は悔しさのあまり、血が出るほど拳を握りしめた。するとその時、俺はとある能力値の存在に気付く。


「HP……!」


 先ほどの一撃でかなり減らされてはいたが、まだ70以上のHPが残されていた。俺はその数値を三十まで減らし、40を腕力の上昇に当てる。全身の筋肉が裂け、骨が軋みを上げる。命を削るって、こういうことかよ……! 口の中を鉄の味が溢れ、赤い滴が唇から落ちた。痛い、痛い痛い痛い――! まさに地獄の痛み。それをどうにか押し殺すと、俺は小夜の身体を押さえつけ、鎧を引き剥がして行く。


「小夜、俺がお前を助ける。いや、助けなきゃいけないんだ……!」


 ちょうどその時、先輩たちの居る方から強烈な光が伸びてきた。見れば二人とも、手の先に巨大な光の球を形作っている。収束するエネルギーが大気を焦がし、呪文が朗々と響き渡る。


「$%&$&&&&’%”!(!!」

「天駆ける龍の咆哮。雷鳴・撃滅・断罪・真聖・至高天の導き。光よ、我が手に集いて彼方を穿て!! ドラゴニック・ルーメン!!!!」


 放たれた光。響く轟音。二つのエネルギーが真っ向からぶつかり合い、光の衝撃波となって周囲を襲う。屋根のスレートが次々と巻き上がり、俺たちの体もそれに巻き込まれそうになった。俺は自身の手足を屋根に突き刺すと、どうにかその荒波を堪えようとする。永遠にも思える一瞬。それが終わると、先輩とラルネは揃って膝をついていた。どちらが勝ったんだ……!? 俺は二人のステータスを開こうとした。するとその時、ラルネの口から赤い液体が零れる。


「クッ、どうやら少し腕を上げたようだね……」

「私だって……三日間、何もしなかったわけじゃないわ」

「そうかい。だけど、僕はこのままじゃ……!」


 よろよろと立ち上がるラルネ。だがここで、俺の背後からカツカツカツと硬質な足音が響いてきた。やがて、聞き慣れた声が耳に飛び込んでくる。


「二人とも、大丈夫ですか!?」

「すまんの、時間がかかったわい」


 階段から飛び出してきた竹田さんと美代さん。二人は荒れ果てた屋根の様子に驚きつつも、すぐさま符と孫の手を構える。これで一気に形勢逆転だ。ラルネはその飄々とした表情を憎々しげに歪めると、懐から大ぶりのナイフを取り出す。


「僕の負けか。情けないね、君たち程度にやられるなんてさ。収集者の名折れだよ。仕方ない、貰えるものだけ貰って逝くとしようか!」


 そう言うと、ラルネは手にしたナイフを勢いよくこちらに投げつけてきた。俺はとっさにそれを手で弾き返そうとするものの、ナイフはさながら幽霊のように手を潜り抜けてしまう。バカな……! 俺がそう思った瞬間、小夜の胸から血が迸った。血に溶けるようにして鎧が液状化し、小夜の肢体が露わとなる。まさか……!


「小夜、大丈夫か小夜ッ!!」

「じゃあね。僕は逝くよ。けど安心して、僕の代わりはいくらでも居るんだ」


 ラルネはさながら水泳の飛び込みのように、頭を下にして綺麗に落ちて行った。あれだけボロボロの状態で落下したら――確実に死ぬだろう。ボサッと形容しがたい音が響き、それと同時に屋敷を覆っていた不穏な気配が少しずつ晴れて行く。死んだのか。一人の少女の死が、俺の心に黒い影となって圧し掛かってくる。だが、今はそれどころではない。小夜は、小夜は大丈夫なのだろうか。俺はすぐさま、小夜のステータスを開いてHPを確認した。すると――


「HP、ゼロ……!」




 小夜が死んだ。

 あの、殺しても死なないと思ってさえいた小夜が死んだ。衝撃だった。ただただ衝撃だった。やがてその衝撃に悲しみの色が混じり始め、心全体に広がっていく。いくつもの感情が無数に混じり合い、黒い衝動となって心の壁を打ち破った。壁が破られた心は、そのまま粉々に砕け散って虚ろの中に消えてしまう。怒り、悲しみ、不安……負の感情すらも圧倒的な喪失感に呑まれてしまった俺は、その場で石化するしかなかった。


「竜前寺さん、大丈夫ですか!?」


 茫然とする俺に、竹田さんを先頭にみんなが駆け寄ってきた。一体、何と言えばいいのか。どういう顔をして三人を見ればいいのか。それすらわからない俺は、ただその場で浅く頷く。両手に握りしめた小夜の身体は、まだぬくもりがしっかりと残っていた。これが、虫の息でも生きていたら俺は笑えたのだろう。けれど、こんな状態じゃ……!


「ああああッ!!!!」


 天を仰ぎ、喉が枯れるほどの叫びを上げる。振り下ろされた拳が、屋根のスレートを強かに打った。無力感。己の存在の小ささと、それを包み込む圧倒的な虚無の大きさ。それがどうしようもない感覚となって俺を襲う。


「ど、どうした!? まさかその娘……」

「死んだ。小夜は死んだんだ……」

「そんな……!」

「嘘……!」


 顔を蒼くする一同。その中でも、特に竹田さんは瞳にいっぱいの涙を浮かべ、悲しみに顔をゆがめる。


「塾頭……! いい人だったのに、そんな……。でも安心してください、うちできっちりと葬儀を出してあげますからね! 戒名も、一番高い十二文字の戒名を付けてあげますから……!」

「待って、縁起でもないこと言わないで!!」

「でも先輩、こればっかりは……!」

「まだ助かるかもしれない」


 至極冷静な口調でそう言うと、先輩は俺の方を覗き込んできた。まだ助かる……!? どういうことなんだ。もしかして、黒魔術で蘇生でも出来るのだろうか。俺の心がにわかに色めき立った時、先輩は意外な一言を告げる。


「神凪さん、ポイントは持ってないの? あのとき私にやったようにすれば、まだ……!」

「そ、そうか!」


 俺は慌てて小夜のステータスを表示すると、残りポイントを確認した。するとまだ……5ポイント残っている。病院で七瀬を倒した時に得た5ポイントだ。ケチった末に、小夜が攫われてしまったので使えていなかったのだが、まさかこんな所で役に立つなんて! 俺はそのポイントを急いでHPに振ろうとした。だが……抵抗がある。ポイントを振ろうとすると、脳がそれを拒否するような感覚があるのだ。けれど、このままじゃ手遅れになってしまう。俺は体中に力を込めて、叫ぶ。


「入れ入れ入れェーーーーーー!! うあああァ!!!!!!!!」


 ――もっと、もっともっともっと!! 悲鳴を上げる精神。痛みのあまり崩壊しそうになる身体。俺のHPも、残りあと20ほどしかない。それが0になれば、俺も小夜も道連れだ。迸る激痛によって少しずつ削られて行くそれに恐怖を覚えつつも、俺はどうにか小夜のHPを上げようと粘る。額に血管が浮かび、全身の血が燃えた。超えてはいけない領域。それを無理やりにぶち破ろうとしているような気がする。禁忌。その言葉が脳裏に浮かんだ。


 けれど、負けられない。死者蘇生が何だ。神の領域がどうした。たった一度でいい、俺はこの手で奇跡を掴むんだ。たとえこの身が砕けようと、小夜を取り戻して見せる――!


「私も手伝うわ!」

「私もです!」

「わしもじゃ!」


 悶える俺の肩に、三人の手が添えられた。そこから少しずつ暖かな力が流れ込んでくる。これが魔力なのだろうか。暖かい。まるで、陽の光のようだ。俺はその力の後押しを受け、少しずつ意識を前に進ませて行く。すると、俺の心の中で何かが外れた。全身から異様な力が溢れだし、最後のひと押しとなる。


「はああああァ!!」


 にわかに、世界が崩壊した。ガラスが砕けるようにして生と死の境界が崩れ、0が1へと変わる。そのあとは一気に5まで増加し、小夜の口から「こほっ!」と乾いた咳が聞こえた。奇跡は起きた。俺は、俺は小夜を取り戻したんだ――!


「い、生き返りましたァッ!! 待っててください、今すぐ治療しますからね!」

「あとは……頼む」

「りゅ、竜前寺さん!?」


 ――やりきった。

 胸いっぱいの満足感と充足感に満たされた俺は、そのまま意識を闇へと放り出した。とっくの昔に限界など超えていたのだ。俺はその場で大の字になると、目を閉じて眠りにつく。「ありがとう、タクト」という小夜の声を、心のどこかで聞きながら。


 こうして俺たちは無事、ラルネとの戦いを終えて小夜をオランダ屋敷から救出したのであった――。

第一章、これにて完結です!

思えば本作を始めてからおよそ一か月、いろいろと不備などはありましたがどうにか予定通りにまとめ切りました。

次回から第二章に入りますが、せっかく区切りが付きましたので第一章の感想や評価など頂けるとありがたいです。

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