第十六話 トラック
こちらにくるりと背を向け、歩き去っていくミチル君。きびきびとしたその歩き方は、如何にも真面目といった雰囲気だった。おいおい、知能を上げたら性格まで変わってしまったのか? というか、小夜たちとは違って記憶まで変化していそうだが……。良い方向に向かっているようだとは言え、俺はさすがに自分のした行動に罪悪感を覚えて、彼を呼び止める。
「待ってくれ!」
「はい? なんでしょうか」
「さっきまでのこととか覚えてないのか?」
「もちろん覚えてますよ。見苦しいところを見せてすみませんでした。では、俺は課題が貯まってますので」
そう言うと、ミチル君はタタタッと坂道を下っていく。一応、記憶はあるのか。けれど人格が大きく変わってしまっているのは……やはり知能を上げたからなのか? 身体と違って知能は性格などと直接的にかかわる部分だろうし。これからは、知能を上げるときは一気に上げ過ぎないように気をつけないといけないな。気が付いたら超真面目少年タクトになっていたなんて、ちょっと嫌だ。
「事象改変……? 限定的にとはいえ、過去が操られている? そんなことは因果法則的に……」
目を丸く見開き、俺にはよくわからない小難しいことをぶつぶつとつぶやく先輩。彼女は顔を下に向けると、鼻のあたりに手を当ててうんうんと唸り始めた。何やら、深く考え込んでいるらしい。視点の定まらないその様子は、どっぷりと自分の内側の世界に入り込んでしまっているようだ。俺は「先輩、先輩!」と声をかけるが、なかなか反応してくれない。俺はやれやれとばかりに、近くに居た竹田さんと視線を合わせる。
「仕方ないですね。先輩、先輩!」
竹田さんは肩に手を掛け、千歳先輩の身体全体を軽く揺さぶる。するとようやく、先輩は現実に戻ってきた。彼女は俺たちの顔を見回すと、寝起きのような気だるい声を出す。
「……ああ、ごめんなさい」
「先輩大丈夫ですか?」
「ちょっと考え事をしてたわ。それより、あなたの力って凄いわね。限定的にだけど事象を改変してるじゃない! 一体どうやっているの? 今時これだけのことは賢者クラスの魔導師でも――」
目をキラキラと輝かせ、先輩が一気にまくし立ててくる。俺はだんだんと迫ってくる彼女に押されて、徐々に壁際へと追い詰められていった。ステータスが見えて、それを弄っているだけなんだけど……そう言っても、素直に納得してくれそうにはない雰囲気だ。証明しようとして、逆に事態を悪化させてしまったかもしれない。いつものことながら、自分の考えなしにはちょっと呆れてしまう。
「えっと、とにかく俺はステータスを弄っただけなんです。信じてください」
「そう言われても、納得できないわ」
「ですけど、ほんとにそうだとしか……」
こうして押し問答をすること数分。先輩は渋々といった表情をしながらも「わかった」と言ってくれた。俺が嘘をついていないと言うことが、ようやく伝わったらしい。彼女は俺からゆっくりと離れていく。緊張感から解放された俺は、ふうっと息をついた。ここで、先ほどから黙っていた美代さんが声を上げる。
「さて、そろそろ本題に戻ろうではないか。人が攫われておるのじゃ、ゆっくりはできぬ」
「そうですね。作戦とかもいろいろ決めなくては。会長、何か良い考えとかありますか?」
「そうね……。おそらく、ラルネは単独で行動しているはずよ。基本的に、負の魔導師も我々と同じで人手は足りていないから。彼女自身は、私と竹田さんが力を合わせれば倒せる程度の相手だからそこまで脅威ではないわ。ただ厄介なのは、使役魔の存在ね。オランダ屋敷はラルネの本拠地だから、常時数十体の使役魔が居るはずだわ」
「あれが数十体ですか……かなりきついですね」
竹田さんは眉間に皺を寄せると、険しい顔をした。七瀬の時は「破ァ!!」で敵を一蹴した彼女であるが、さすがに数十体もいるときついらしい。MPの消費量的な問題なのだろうか。それならば――俺の能力でMPを増やしてやれば、状況をかなり改善できるかもしれない。
「あの、魔力増やしておきますか? 二人とも、まだ大分ポイントありますし」
「待って。それをやるなら、昨日みたいに減ってからの方が良いわ。出来るだけポイントは温存しておくべき」
「うーん、その方が良いかもしれませんね。HPの回復とかも出来るかも知れませんしね」
うんうんと頷く先輩と竹田さん。それを見ていた美代さんが、仕方ないなとばかりに言う。
「わかった、ではわしも付いていこう。敵の数についてはそれで何とかなるじゃろう」
「いいんですか!? 助かりますけどその、腰の具合とか……」
「大丈夫じゃよ。まだまだ若い者には負けん! 良い武器もあるしの。それより、竜前寺の方を心配してやったらどうじゃ?」
そう言うと、美代さんは俺の方をじーっと見据えてきた。そう言えば俺、この中で唯一の一般人だからな。小夜みたいに飛び抜けた身体能力があるわけでもないし、かといって竹田さんや先輩のように超能力が使えるわけでもない。いざ戦いとなれば明らかに「お荷物」となってしまうだろう。けれど俺は……行かなきゃいけない。行かなければならないんだ。あいつが一番最後に呼んでいたのは、俺の名前だったんだから。
「正直、俺が付いて行っても足手まといになると思います。でも、ここは俺のわがままを聞いてください! 俺はどうしても、あいつを助けたいんだ!」
「ならば、そなたにも覚悟を決めてもらわねばのう。月奈、三角鏡を出せ」
「何をするんですか?」
「あれのおる場所を占う」
「ま、待ってください! あれはあまりにも危険です!」
「仕方なかろう。そうでもしなければ、今のこやつを連れて行っても――死ぬだけじゃ」
殺気すら帯びているような、鋭い眼差し。不意に投げかけられたそれに、俺は堪らず身を震わせた。全身の毛穴が開き、脂汗が滲む。怖い。これが、本物の術者の迫力なのだろうか。この場に居るだけで、息が切れてしまいそうだ。けれど、負けるわけにはいかない。ここで負けたら、俺を守って七瀬の前に立ちふさがった小夜に申し訳が立たないからだ。あいつは今の俺なんかより、よっぽど怖い思いをしていたに違いないのに……!
「……お願いします! 俺、覚悟なら出来てますから!」
「よう言うた! よし、早速占ってやるぞ。はよ持ってこい!」
「は、はいッ!」
数十分後。俺たちは美代さんの占いに従って庵を出て、山の奥へ奥へと歩いていた。美代さんの話では、この先に俺をパワーアップさせてくれるかもしれない「あるもの」が居ると言う。それが何なのかまでは教えてくれなかったが、それによってパワーアップするのは相当に危険なようだ。竹田さんがしきりに「大丈夫ですかねえ……」と言っていることからも、それは明らかである。ドンドン山奥に向かっていることからすると、それは野生動物だろうか。覚悟は決めたけれど、「熊と戦って力を手に入れろ!」なんてのは正直……きついな。俺はキツイ山道にも拘らずゆうゆうと俺の隣を歩く先輩に、ついつい泣きごとを言ってしまう。
「あの、先輩……」
「何?」
「俺をパワーアップさせてくれる何かって、一体何なんでしょうね」
「さあ、それは私にも。けどこの先から僅かだけど魔力の波動が伝わってくるわね」
「魔力の波動、ですか」
「ええ。もしかしたら、魔力的な何かを使って一気にあなたの力を引き出すつもりなのかも。あなたの能力は、まだ伸び代がありそうだから」
ひょっとして、超人水みたいなものでもあるのだろうか。あれはあれで、ほぼ丸一日激痛にのたうちまわることになるからヤバいんだが……うーん。俺の頭の中を不安が埋め尽くしていく。いきなりパワーアップするという行為自体が、結構無理があるからなぁ。どうしても、危険な方法にならざるを得ないのかもしれない。
そう思って歩いていると、不意に視界が開けた。森を抜けて、峠道に出たのだ。茜色の空とその下に広がる街並みが、一気に目に飛び込んでくる。思わず息を飲んでしまうほどの絶景だ。山も建物も、全てが紅に染まっていて光のコントラストが実に鮮やかである。遥か遠くにはカトーナノカドーや辰見高校など見慣れ建物の姿もあった。
「凄い、こんな場所があったんだ!」
「感心しておる場合ではないぞ! 来たッ!」
叫ぶ美代さん。彼女が指差した方向を見ると、そこには白い犬のマークを掲げた大きなトラックがあった。ナガト運輸のトラックだ。やべ、このままじゃぶつかる。俺は急いで峠の国道から森の方へと戻ろうとする。だがそれを、竹田さんが阻んだ。
「頑張ってください! そりゃッ!」
「ええェッ!!!!!!」
こうして俺は、何故かナガト運輸のトラックに跳ねられることとなったのだった――。
何故トラックなのか。
それはなろう読者の人ならおそらくわかる……はず。
これからもよろしくお願いします。
※異世界に行ったり、本当に転生したりはしませんのでご安心ください。




