第十話 居ない人
ステ振り。そう、たかがステ振りだ。ゲーマーの俺なら毎日のように行っていることである。特性やステータスをしっかり把握したキャラであれば、それこそ息を吸うように最適の振り方をする自信がある。けれど俺は、小夜のステ振りについて非常に悩んでいた。小夜の性格や能力はしっかり把握しているから、どのように振ればいいのかは大体の見当がつくが……そこはゲームと現実。本人の希望だってある。そうそう簡単には決められない。
「はあ……」
まだ誰もいない教室で、一人、大きなため息をつく。昨日あれだけ大見栄を切ったのは良いが、小夜のポイントをどこに振るべきなのかを俺は未だに決めかねていた。何せ、今後ポイントが増えると言う保障はどこにもないのだ。もしかしたら、一生のうちで最後の5ポイントかもしれない。使い方によっては、小夜の人生に大きな影響を与えかねない。慎重にもなろうと言う物だ。……参考までにとゲームを始めて、それに時間を大いに取られてしまったのは秘密だ。やっぱ夜中のエロゲは駄目だな、中毒性があり過ぎる。
「5ポイント……微妙だよなぁ」
ポイントによって変化する能力の割合を考えると、5ポイントはすべて一つの能力に注ぎ込むのがよい。バランスよく振ったりしたら、それこそ意味がなくなってしまう。HP、MP、腕力、体力、知能、器用、速度、容姿。選べるのは八つの能力値のうち一つだけだ。ひとまず、容姿とMPは除外だろう。MPはそもそも使えるかどうかわからないし、容姿も……今よりさらに美人になった小夜は物凄く見てみたいのだが、現状で十分だ。これ以上はおそらく過剰である。
よくよく考えてみれば、容姿を135に上げた時に「小夜親衛隊」なる団体が出来ていたのだ。あれは皆の記憶が小夜の容姿に合うように変化しただけで、実際に過去に起きた出来事などは変わっていないようだが、それでもこれ以上容姿を上げると何が起きるかわからない。下手をすれば、小夜がいつの間にかアイドルになっていたなんて言うことも考えられる。そうなったら小夜は間違いなく困ってしまうだろう。俺にもどんな影響が出るかわからないし、怖い。
「器用は上げてもあんまり意味無さそうだな。クリティカルとか会心は……さすがに無いか。技のキレとかに関係する感じの能力かな。あとはHP・腕力・体力・知能・速度か……」
ゲームのキャラならば、腕力110を誇る小夜は間違いなくパワーファイターだ。伸ばすのならば文句なしに腕力だろう。けれど小夜は現代日本の人間なので、ファンタジーな冒険者のように腕っぷしだけではやっていけない。具体的に言うなら中間とか期末とか、さらには入試とかが乗り越えられない。小夜の家は名門の道場だが「文武両道」を掲げる家柄なので、学歴として大卒は必須なのだ。そこを考えるとやや低い知能にポイントを入れたくなるのだが、現在の俺たちの状況は危険そのもの。これを乗り切るための力も欲しい。
「ああ、もう! いっそサイコロでもふるか!?」
悩みに悩んだ末に、そう声を上げてしまった時だった。教室の扉がガラリと開き、背中の曲がった少年が中に入ってくる。ずいぶんと元気がないが……その顔は佐伯だった。あいつ、何かあったのか? そう考えたところで、俺は昨日の朝の約束を思い出した。やっべえ、無事を確かめてくるはずが仕方なかったとはいえ殺しちまったぞ……! 俺はとっさに眼を合わせないように視線を逸らせた。しかし時すでに遅し、佐伯は俺の姿を目ざとく見つけるとすぐさま走り寄ってくる。
まずい……! 病院を出た後すぐに竹田さんから連絡があったのだが、七瀬は「容体が急変した結果、極度の興奮症状の後に死んだ」ことにされたそうだ。詳しくは教えてくれなかったのだが、符を使って病院関係者の記憶を一部改変したらしい。よって、俺たちに何か面倒事が起きることはないそうだが……七瀬は間違いなく死んだことになっている。
「よう! 七瀬の様子はどうだった!?」
「あ、ああ……元気だったぞ。最初は」
「そりゃよかった! ……って、最初はってなんだ?」
「なんというか、そのな。容体が急変して……………………死んだらしい」
「おわッ!!!! お、俺のせいだアアァ!!」
いきなり叫ぶと、佐伯は勢いよく窓の方へと走り出した。ば、バカ野郎! 俺は慌てて佐伯の身体を羽交い絞めにすると、どうにかその動きを止めた。興奮するとめちゃくちゃする奴だとは思っていたが、まさかここまでするとは。本当に心の底から思い悩んでいたらしい。
「落ち着けって! 別にお前が悪いんじゃない、その変な女の子が悪いんだろ!」
「でも、そいつに七瀬って言っちまったのは俺なんだ!」
「だからなァ――」
こうして押し問答をすること数分。他のクラスメイトもちらほら教室に入り始めたところで、ようやく佐伯は落ち着きを取り戻した。周囲から注がれる視線の冷たさに、とっさに我を取り戻したらしい。彼は自分の行動の恥ずかしさに顔を赤くすると、その場で「なんでもありません!」と一礼してすぐさま席へと戻って行った。
「あいつ大丈夫かな……?」
「おい、ステ振りは決まったか?」
俺が気が付かないうちに教室に入ってきていた小夜は、開口一番、そう言って俺の方を見た。俺はふうっと息を漏らすと、やれやれとばかりに手を上げる。
「……まだ。もう少し待ってくれ」
「まったく、随分と時間をかけるんだな。今日までって言ったじゃないか」
「今日までって言ったら、今日の夜まではオッケーなんだよ。夕方まであれば決めるさ。それより、今は佐伯のことがな……」
「あのバカがどうかしたのか?」
「見てみろ」
俺はそう言うと、佐伯の机の方に視線を投げた。佐伯は机に向かって突っ伏し、この世の終わりが来たような光の無い眼をしていた。口を中途半端に開き、瞬き一つしないその様子はどう見てもただ事ではない。さながら魂でも抜かれてしまったかのようだ。それを見た小夜は眉をしかめると、そっと俺の方に顔を近づけてくる。
「……何があった?」
「ほら、昨日言ってただろ? 七瀬が死んだからだよ」
「そういえば、そんなこと言ってたな……」
「あいつ、完璧に自分が悪いと思い込んでるみたいだ。何とかしないとやべーかも知れないな」
佐伯の様子は普通じゃない。いつも元気で、殺しても死なないなどと言われている奴だが今回ばかりはまずそうだ。死なないにしても、ノイローゼぐらいにはなってしまうかもしれない。
「けど、どうすればいいんだ?」
「そりゃあ……問題の女の子を捜して、問い正してみるしかないんじゃないのか?」
「待て待て、そんな奴どうやって捜すんだ。全く当てが無いぞ」
「当てなら……ある。ヤバい人だけど」
「お前、まさか……!」
目を見開き、小夜は大きく息を吸い込んだ。その美しい顔は引き攣り、口元が微かに痙攣している。俺もまた、彼女の顔を見てゴクリと唾を飲んだ。緊張して、なかなか言葉が出てこない。しかしここは言わなければならないだろう。考えてみれば、いつまでも逃げていられるわけじゃないのだ。既に名前はおろか、どこで何をしているのかまで、あちら側にはしっかりと知られているのだし。昨日のことについても恐らくすでに気づいているはずだ。ここで下手に誤魔化したら、逆に疑われる。
ステ振りにしてもそうだ。彼女絡みの問題が解決できないからこそ、知能に振ってやることができないのである。ここでしっかりとけじめをつけることができれば、知能にきっちりと全振りして小夜を楽にしてやることができる。そのためにも避けては通れないのだ。
「千歳先輩に会おう。あんなこともあったし、いい加減、逃げてられない。それにあの人なら、女の子について何か知っているはずだ」
放課後。俺と小夜は、万が一の時のために助っ人の竹田さんを連れて、千歳先輩が居るはずの二年二組を訪れた。二年生の教室は校舎の三階をほぼすべて占拠しているので、当然、その階に居るのはすべて俺たちからすれば先輩の二年生。場違いな一年生三人組である俺たちは、独特の居づらさを感じつつも先輩の姿を捜す。
「うーん、居ませんし戻りませんか? やはり魔導師相手となるとあまり自信ないですし……」
キョロキョロ視線を動かしながら、不安げに呟く竹田さん。除霊の時は非常に頼りになるのだが、普段は気が強いわけでもないらしい。彼女は周囲から注がれる奇異の視線が、とても気になるようである。そもそも、霊は専門でも魔導師は専門外のようだしな。緊張しているのかもしれない
「まあまあ。竹田も先輩の正体は知ってるんだし、今更逃げるわけにもいかんだろ?」
「塾頭、酷いです」
「ふ……今日の鍛錬は素振り五十回追加だな」
「のわっ!?」
かしましく騒ぎ始めた女子たち。そうしていると、クラスの中から一人の女生徒が出てきた。ずいぶんと背の高い女子で、長く伸ばした黒髪とくるぶしまで達するロングスカートは昭和のスケバンのようだ。顔立ちも整ってはいるがきつい印象で、特に切れ長の眼は三白眼に近い。この人は確か……白泉さんだったか。自称『辰見のドン』。根っからの不良を気取っているのに、何を思ったのか会長選挙に立候補して、見事に負けた人である。彼女は俺たちの様子を不審に思ったのか、腰に手を当てて呆れたような顔で尋ねてくる。
「あんたたち、ここで何やってんの?」
「えっとその、千歳先輩に用がありまして。居ますか?」
俺がややどもりながらそういうと、白泉さんは何故か大きく肩を落とした。そしてかしこまった表情をする俺たち三人に、草臥れたような表情で言う。
「あいつなら無断欠席してるよ。あの超堅物女が理由もなしに休むなんて、明日は雪だね――」
いつのまにか本作も十話。
結構早いものです。
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