~ 3
一歩一歩。俺は敵の本体へと近づいていく。
その足取りは、武藤さんが制御しているものでなく。
誰かに――しいていえばエルーシュだが――強制されたものでもなく。
ただ、俺の意思で。自分の意思で。己の決意で。
愚直に歩き続ける。屍を築きながら。切り落とされ動くことを止めてしまった魔物たちの屍を踏み越えながら。
自然と足が止まる。
前方――魔導機関の本体――から、妨害を受けたわけではない。
圧力は感じる。多大な魔力を秘めた悪しき存在。
が、そんな悪意を跳ね除ける精神が今の俺にはある。
その理由はただ一つ。武藤さんと俺を繋ぐ鎖がほとんど伸びきってしまっている。
背後にいる武藤さんの動きに合わせて、多少ゆるんだり張りつめたりしているが。
武藤さんは、体を動かして触手と戦い、魔法を放ち、自分を、背後の仲間を護ることで必死だ。
俺との距離にまで考えが回らないのだろうか。
「武藤さん!」
俺は叫ぶ。そして武藤さんの声ではなく意識が流れ込んでくるのを感じる。
温かい。慈しみの心。
熱い。固い決意の籠った心。
冷たい。時に非情な心。
そのどれもが武藤さんであり、俺を今も支えてくれている。包んでくれている。
(石神君……)
(武藤さん……)
心と心で交す会話。お互い激闘に身を置きながらも。
互いに抱擁を――フィジカルではなくスピリチュアルに――交しながら。
(ごめんね。いっぱい無理させて)
(大丈夫。これはこれで、楽しい……
いや、全然楽しくはないけれど……
経験しないで済むならそれに越したことはないけれど……
貴重な体験だよ)
(ありがとう……
わたしに力を与えてくれて)
(力を貰ったのは俺のほうだ……
そして、それが可能ならば……
もう少し、
もう少し、
あとちょっとだけ……
俺に力を……)
(石神くん……)
(俺にその資格があるんなら……
凶悪な敵を撃つための、翼を!!)
「マリア=ファシリア!!
一瞬だぞ!!
それほど長くは持ちこたえられないからな!!」
俺と武藤さんの心と心の会話を感じ取ったのか。
周囲に満ちた奇妙な静寂にミエラの心の一部も入り込めたのか。
影に隠れていたミエラが、武藤さんの前に出る。
同時にミエラと接続されていた俺の鎖が消滅した。
迫りくる多数の触手の矢面に躍り出たミエラ。
その言葉通り、格闘で、魔法で、魔導機関から伸びる触手たちを討ち滅ぼしていく。
気が付けばエルーシュも。
華麗に舞い踊るように、魔法を放ちながら武藤さんを護るために参戦している。
「お嬢ちゃん!!
こっちもこれが精一杯!!
とっておきがあるなら、さっさと使いなさい!!」
エルーシュに言われるまでもなく、武藤さんは詠唱に入っている。
魔法が炸裂する音が響く。切り落とされた触手の先に居る悪魔たちが上げる絶叫が響く。
その中で武藤さんは歌うように詠唱を続ける。
心地よいメロディに浸りながら、俺は俺の体内に新たな力が満ち満ちてゆくのを感じた。
俺が一人では無いような感覚。一人でいて……武藤さんとともに居る。二人。
俺の可能性が無限に広がっていく。
「魔法を極めし歌姫の名において命ずる!!
我が従者よ!!
汝に問う!!
汝が仕えしその主人の名は!?
汝が力を授かりし魔道師の名は!?
汝が命をささげしものの名は!?」
(応えて!! 石神君!!
あなたの力を、本当の力を解放するために!!)
武藤さんの想いが伝わってくる。
「俺に……、
平凡で、何のとりえもない俺に。
翼を与えてくれるのは!!
俺の仕えるその美しきものの名は!!」
なんの打ち合わせをしたわけでもないのに、すらすらと言葉が出て来る。
「この命、魂……。
すべてを捧ぐ!!
我が主君……。
その名は……」
あの時の約束を思い出す。
仮の従者となったあの時の。
武藤さんは言った。大いなる力の血脈を引き継いだ己の名を。
「武藤……
ファシリア……
マリア!!!!」
その名を口にした瞬間に。
俺と武藤さんを繋いでいた鎖が弾砕けた。
束縛からの解放。
それは、武藤さんと俺の絆が失われたという意味ではない。
物理な繋がりではなく、もっと深い階層での真の結合。
それが果たされた。
これこそが、武藤さんの持つとっておき。
俺に与えてくれた、最高の力。俺の意思を尊重してこれまで封じていた力。絶対的な信頼の元に殻を破って羽ばたいた俺の中で眠りし力。
体中が輝き、俺の纏っていた鎧を金色に染め上げる。
肩の大砲が消え、代わりに十二翼の翼が与えられた。
俺は高く飛翔びあがった。武藤さんが与えてくれたその翼で……。