~約束~
「16歳になったら、ここを出て一緒に暮らそう。そして、大人になっても、おばあちゃんになってもずーっとずーっと一緒に暮らそう。一生一緒にいよう。」
いっけん、どこかのバカップルがしている約束のように聞こえるが、これは私と親友のつばきが13歳の時にした初めての約束だった。
そして、この約束だけを支えに私たちは生きてきた・・・。
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私は白石百合13歳。1歳の時からこの孤児院に住んでいる。私の両親は、私の誕生日にプレゼントを買いに生き、その帰り、飲酒運転をしていた車と事故に遭ったらしい。車のぶつかり方はひどく、私の両親は帰らぬ人になった。その時、私は母の知人の家に預けられていて、運よく生き延びた。そのあと、知人は私をどうするか悩んだ末、知人の家も決して裕福ではなかったので、申し訳なく思いながらも、私を孤児院に預けることにしたらしい。ここにいる孤児は色々な理由で孤児院にいる。私のように、両親が事故に遭って身寄りがない子や、親に捨てられた子、親から虐待をうけていた子・・・・・。どんな理由でも孤児院に入ってしまえば、同じ孤児だ。そして、私はこの孤児院で無二の親友を見つけた。
彼女の名前は、藤波つばきといった。つばきの両親も私の両親と同じで交通事故に遭って死んでしまったらしい。つばきはとても優しくて、素直で人を疑うことを知らないような天使のような子だった。この、「孤児院」という名の地獄で生きていくなかでつばきは私の希望だった。
この孤児院には小学校と中学が内設されていた。普通の学校と同じように授業を受けて普通に学校生活をおくる。普通と違うのは家に帰るのではなく、孤児院に帰るということだけだ。だから、普通にいじめもあった。クラスのいじめの中心の高木ぼたんは先生たちのお気に入りで、成績も運動神経もよく、クラスのリーダー的な存在だった。だから、誰も逆らえないし、逆らわない。私の成績は最下位だし、つばきは頭はいいけど大人しい子だったので、よくいじめのターゲットにされていた。靴や教科書がなくなるのは当たり前。生卵を投げられたり、椅子の上に生ごみをおかれたり・・・。私たちは黙ってその陰湿ないじめに耐えるしかなかった。文句を言えば言うほどいじめはひどくなるし、何より担任の先生はあてにならなかった。担任のローズ先生は美人ではあるが、頭のいい子ばかりをひいきするような先生だった。副担任のさくら先生だけは私たちの心配をしてくれた。しかし、さくら先生は、先生たちの中では一番年下なので、なかなか逆らうことができなかった。陰湿ないじめを受け、先生に相談することさえできず、親の愛情をもらうこともできない・・・。そんな地獄のような孤児院の生活で私とつば
きは16歳になったら孤児院を出て一緒に暮らすという約束を胸に支え合って生きてきた。ずっと一緒にいると誓い合った。そして、それまですっと一緒にいれると思っていた。
あの夜までは・・・・。
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いつもと何も変わらない夜だった。「こんなひどいところ早く抜け出したい・・。」と一人で考え、いつものように眠れなかった。孤児院には孤児が勝手に脱出しないように、監視カメラが一部屋に1つついている。何気なくカメラを見てみた。その瞬間心臓が止まるかと思った・・。監視カメラのスイッチが入っていないのだ。誰かが入れ忘れたのだろう・・。そして、ハッとした・・。今なら・・・今ならこの孤児院を抜け出せるんじゃないの・・?周りを見渡してみる。みんなぐっすりと眠っている。あの、ぼたんさえも!!
早く荷物をまとめて、窓から出て行ってしまおう・・・。つばきをそっと見る。
つばきを起こして、つばきも連れて行ってしまおうか?でも・・・・・そこまで考えて思いとどまる。もし、脱走したことがばれて、先生たちが探しにきたら・・・?私一人ならどんな罰だって受けれる。でも・・・大切なつばきを巻き込みたくない・・。
枕元においてある、紙とペンをとる。そして焦りながらもつばきに手紙を書く。
「つばきへ
この手紙をあなたが見つけるころには私はもうこの孤児院にはいないことでしょう。今日、私は監視カメラのスイッチが入っていないことに気づきました。本当はあなたも一緒に脱走をしたかった。でも、あなたを巻き込みたくないの・・。だから、私はこの孤児院をぬけて、隣の町へ行って仕事をみつけます。そしてお金を貯めてあなたの引き取り払えるようになったら・・そしたらあなたを堂々と引き取りに行きます。だからそれまで待っていてね。今は先にここを出ることを許して・・。ごめんねつばき。
ゆり 」
つばきと、作った共有の宝箱に手紙を入れるここなら誰にも見つからないだろう。つばきはきづいてくれるだろうか・・?
何も知らずに可愛らしい顔で眠っているつばきを見る。「ごめんね、つばき」そう呟いて私は窓から飛びこえて夜の闇を走り出した・・・・・・・・・・。
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目を開けると太陽が眩しかった。ここはどこ・・?ボーっとした頭で考えて思い出した。ここは隣町の公園だ。私は昨日隣町まで走って逃げた。そして、疲れ切ってこの公園のベンチで眠ってしまった。ここは孤児院からずいぶんと離れている。ここなら、見つからないだろう。さて、これからどうしようか・・。考えていると自分にかかっている布団が目に止まった。・・・・・布団?私は布団なんか持ってきてないはず・・。
「おい。」
!!!!!!!!!突然声をかけられて驚きながら声のした方を見た。そこには、わたしよりも2つくらい年上の男の子がいた.
「目が覚めたみたいだけど君は誰?なんでこんなとこで眠っていたの?」
とその男の子は聞いてきた。
「私はゆり。孤児院から脱走してきたの。あの・・布団をありがとう。」
そう言って布団を返そうとする私にその男の子は笑いかけながら
「俺はりょう。向井りょう。俺も孤児だ。ま、一応仕事もバイトだけどしてるし、家事も自分でできるよ。だから孤児院には行って無いんだ。」
そう言った、そして私に向かって
「よかったらうちにおいで。」
と言った。実際これからどうしようか悩んでいた私は頷いてりょうについて行くことにした。
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りょうの家は小さいけれど、どこにでもありそうな普通の家だった。
りょうはまず、私に
「何で孤児院から脱走してきたの?」と聞いてきた。
「孤児院でのいじめが酷くて・・。耐えきれなかった。いじめっ子は女王様みたいで、誰も助けてくれなかった。」
こう言って私は彼に「どうしてあなたは私を助けてくれたの?」と聞き返した。
「それはさ・・おれを引き取ってくれておじさんが・・今はもういないけど、おじさんが
言ってたんだ。『もし、おまえと同じような人がいて困っていたら助けてやりな。お前さんもその子もきっと幸せになれるだろうよ。』ってさ。だからそうしただけだよ。」
私に紅茶を入れながらりょうはそう言った。
「ここの家はさ、おじさんが亡くなる前に遺言書に残してくれたんだ。」
そしてふうっとため息をついた後真剣な眼差しで私の方を向いて唐突に聞いてきた。
「あのさ・・ゆりは隣町の孤児院から来たって言ってたじゃん・・。そこにいたいじめっ子てさ・・高木ぼたん?」
息が止まりそうになった。
「どうして? どうしてりょうがぼたんのことを知ってるの!?」
・・・・・不気味な沈黙が続いた。
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長い長い沈黙の後、言葉を一つ一つ絞り出すようにりょうは話し始めた。
「おれの父ちゃんが生きてた頃・・・父ちゃんは工業会社で働いていた。父ちゃんは出世とかはあんましないけど、いつも笑顔で働いてて・・・自慢の父ちゃんだった。ある日、父ちゃんの会社の社長が入院することになって、新しい社長が就任したよ。それがぼたんの父ちゃんだ。あいつの父ちゃんは真面目で後輩たちから信頼される俺の父ちゃんが気にくわなかったらしい。あらゆる嫌がらせを始めたよ。そのせいで父ちゃんは働きにくくなって・・。給料も減らされて苦悩が続いて過労死した。母ちゃんも父ちゃんを追って自殺さ。そのうえ俺まで小学校でぼたんにいじめられてて・・。で、身寄りがいないから一度は孤児院に行ったよ。しばらくは平和だったけど、数か月後にぼたんの両親が事故で死んで、ぼたんも同じ孤児院に来たよ。・・・・地獄だった。でも、俺が孤児院に入る前に住んでた家の近所に優しいおじさんがいてさ。おじさんが孤児院まで来て俺のこと引き取ってくれたんだ。嬉しかった。おじさんの家で料理、洗濯、ゴミだし・・って手伝ってた。でも、2年前の秋に癌にかかって・・・。おじさんには恩があるから病院に毎日通って看病した。おじさん、『ごめんな、りょう。寝たきりでお前に負担かけちまって。また春にお花見行こうな。』って言ってた・・。俺もお花見楽しみにしてたよ。でも・・年が明けてから・・急に病状が悪化して・・・とうとう亡くなったよ・・。」
りょうは話しながらずっとおじさんの写真を見ていた。私はなんとりょうに声をかけたらいいのかわからずに黙っていた。
「まあ、おじさんが亡くなった後は、ホントは孤児院に行くべきだったんだけど、年偽ってバイトして過ごしたよ。孤児院もさ、おれその時中3だったんだけど、大きい子を入れる余裕ないって言ってて。だからそのまま一人で生活してた。で、あんたを拾った。」
そう言ったりょうは写真から目を離すと急にこちらを向いた。
「なあ、あんたこれからどうすんの? 嫌じゃないならさ、この家住みなよ。」
思いがけに言葉に私は驚いて「い・・いいの?」と聞くのがやっとだった。。
「あれ?そのつもりじゃなかったわけ? まあ、一人くらい増えたってどうってことないっしょ。ただし、家事を手伝うことと一日一回おじさんに線香をあげることをしてくれればいいよ。」
「ありがとう・・ありがとう。」
私はただただこの言葉を繰り返していた。その夜、りょうはご飯に味噌汁、焼き魚と野菜たっぷりのサラダを作ってくれた。落ち着いていて優しい人と笑いながら食べる食事。今まで味わったことのない幸せな食事の時間だった。「おいしい・・・。」泣きながらご飯を食べている私をりょうは優しく微笑みながら見守ってくれた。私はこんな私のような孤児でも受け入れてくれる優しい人がこの世の中にいることを知って嬉しかった。
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次の日、私とりょうは町へ出た。私が仕事を探したかったからだ。アルバイトをできる限りして、お金を貯めてつばきを迎えに行く・・そう言った私にりょうは町を案内しがてら、
知り合いのお店にアルバイトとして雇ってくれるように頼んでくれるのだという。どこまでお人よしなのか・・。
「ここだよ。この保育所でアルバイト欲しいって言われたんだ。ゆりは孤児院にいた時小さい子の面倒見てたんだろ? だったら、ピッタリかなって思って。」
私はこの職場をすぐに気に入った。優しい園長先生や、他の先生たち。天使のような子供たち。その中で色々なことを学んでいける。私にはもったいないくらいの最高の職場だった。
今私にできることは働いてお金を稼いでつばきを迎えに行くこと・・・。そう思いながら必死に働いた。ここでの仕事は苦ではなかった。そして働くと同時に子供たちの笑顔を守れるような先生になる・・そんな夢をみつけた。こうしてめまぐるしく毎日は過ぎて行った。
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月日はあっという間に過ぎて8月。保育所のアルバイトもない日だった。
「ゆり! 今日から祭りがあるんだ。一緒に行くぞ!!」
りょうが朝、顔を合わせるなり言った。私は孤児院にいる間お祭りに行ったことがなかった。つまり、生まれて初めてのお祭りだ。保育所のアルバイトで知り合った先生に電話すると浴衣を着せてくれた。黒地に大きな美しいヒマワリが散っている浴衣だ。人生で初めての浴衣は不思議な感じだった。
りょうはバイト先からそのまま行くというので、会場の時計台で待ち合わせをした。いつも顔を合わせているはずなのに、いつもと違う場所で会うのはとても新鮮で鼓動が少し早くなった気がした。
「今日バイト代入ったから。今日は全部おれのおごりな!」
そう言ってりょうは屋台の方に歩き出した。私も慌ててりょうのあとをついて行く。その時、慣れない下駄につまづいた。「あっ!」転ぶ!そう思った私の体はりょうに抱きかかえられていた。
「ご・・ごめん!」
恥ずかしくなって慌てて離れる私にりょうは右手を差し出した。
「ほら、この辺人混みすごいからつかまってなよ。またこけるよ?」
「・・・・。」
私は黙ってりょうの手をつかんだ。
「さあ、どの屋台から行く? 何でも好きなもの食べていいよ。」
「じゃあ、・・・チョコバナナ!それから、焼きそばとたこ焼きと・・あと、綿あめ・・」
「おまえ・・よく食うな・・。」
「だって、何でも好きなもの食べていいってりょうが言ったんじゃない!」
「ああ・・そうだな。じゃあ、チョコバナナから行きますか? お嬢様」
りょうが笑いながら手をひいてくれる。私は少し赤くなった顔を見られたくなくてうつむいていた。
「りょう・・」
「ん?」
私は今まで聞きたかったけれども聞けなかったことを聞いた。
「私たちいつまでこうして一緒にいれるの?」
あまりにも唐突だったのか、りょうが一瞬考え込んだ。
「・・ずっとじゃね? ゆりが出て行こうとしない限り。だからさ、これからもよろしくな。」
そう言ったあと、思い出したように
「あ、言い忘れてたんだけど、浴衣似合ってるよ。」
と照れたように言った。
「ありがと・・。」私はそういったまま、もう何も言わなかった。そして、手をしっかりとつないだまま家に帰った。この日の私の心臓はいつもよりうるさかった。でも、この時私はまだ自分の気持ちに気づいていなかった。
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9月の上旬。その時は突然やってきた。いつものように保育所で仕事を終え、りょう待つ家へ帰ろうとした時だった。
「ゆり・・?」
後ろから声をかけられてハッとした。聞き間違えるはずのないその声・・。
「つばき・・・。」
そこには私が会いたくて仕方のなかった人・・つばきがいた。あのころと変わらない大きな目に長い髪。しかし、頬はげそっりとして、痩せている。私の心臓は止まりそうになった。つばきは手紙を見つけてくれたのだろうか・・?もし見つけていなかったら・・・。
不安になったその時、つばきが私の方に駆けてきた。瞳にはいっぱいの涙を溜めて。
「ゆり・・。会いたかったよ。手紙ちゃんと見つけたよ。ありがとう・・。そこまで考えててくれたなんて・・。でも、私は巻き込まれてもいいからゆりと一緒がよかったな・・。会いたかった。会えてよかった・・。」
涙で言葉に詰まりながらそう言うつばきをしっかりと抱きとめた。気が付けば、私の頬にも、涙が落ちている。
「ごめんね・・。つばき・・。会えてよかった。私もずっとずっと会いたかったよ・・。」しばらく、二人で抱き合ったまま泣き続けた。どのくらいたったのだろうか・・。私はあることに気が付いた。どうして、ここにつばきがいれるのだろう・・・?私のように脱走でもしてきたのだろうか・・?疑問が顔に出てしまったのだろう。つばきが口を開いた
。「ゆり・・。私が今ここにいるのはね・・。」
そこまで、言ったあと、一度口をつぐむ。そして、再び口をひらいた。つばきの言葉は耳を疑うような言葉だった。
「あのね・・・。孤児院、火事で燃えちゃったの・・。」
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「ゆり・・。大丈夫か?」
りょうが温かいココアを持ってきてくれた。りょうから受け取ったココアに口をつけると、体は一気に温まった。しかし、頭はまだ混乱していて何も言えなくなってしまう。「あの・・コップこれ、使ってもよかったのかな・・?」
おずおずと、りょうの後ろから顔をのぞかせた。つばきの顔も憔悴しきっている。
つばきから予想もしていなかった言葉を聞いた私は混乱して何も言えなかった。しかし、そのまま道端に立ち尽くしているわけにもいかず、つばきを連れて家へ帰った。りょうはつばきを見て驚いたが、私が事情を話すと快くつばきを家の中に入れてくれた。
そして、再び話しだした。
「ゆりが出て行ってから数日後の事よ。何か物音がするから目を覚ましたの。そしたら・・窓の外が赤くて・・。頭が真っ白になったわ。火事だってすぐにわかった。私は部屋にいる子を片っ端から起こして逃げ出したわ。外には何人かの子と先生たちが火事に気付いて出てきてた。私たちが外に出てから数十秒後よ。孤児院が音をたてて崩れたわ。そしてそのまますべてが燃えてしまった・・。中にはまだ何人か先生と子供たちが残ってた・・。
孤児院が焼けてしまって、先生たちもどうにもならなくなって、皆バラバラになったわ。新しい孤児院を探しに行った子もいるし、仕事を探しに行った子もいる・・。私は、しばらくは、お店の雑用として雇ってもらってたんだけど、そこのお店もつぶれて・・。どうしたらいいかわからなくて途方に暮れていたらゆりを見つけたの・・。」
「つばき・・・。さくら先生は・・・? 先生は無事なの??」
孤児院が燃えてしまったと聞いてからずっと気にかかっていたことだった。
「わからない・・。皆自分の事で精いっぱいだったから・・。でも・・もしかしたら・・。」
そのままつばきは泣き出してしまった。さくら先生が・・。私たちの大好きだったさくら先生も死んでしまったかもしれない・・?
現実を受け入れられない私の横でつばきが泣いている。いつのまにか私の眼にも大量の涙がたまっていた。そのままつばきと泣いていた。そんな私たちをりょうはそっと見守っていてくれた。
ひとしきり泣いた後、つばきはひさびさにお風呂に入って落ち着きを取り戻した。
「あのさ・・こんなときに言うのもなんだけどさ・・。せっかくゆりたち再会できたんだから、あのつばきって子も一緒に住んじまえば?」
りょうの提案をつばきに伝えるとつばきは驚いたようだがすぐに頭を下げてお礼を言った。
そして、私とりょうの生活に新しくつばきが加わった。つばきとりょうはあらゆることで趣味が合うようで、すぐに仲良くなった。そして、次第にりょうも私よりつばきと話す時間の方が多くなった。楽しそうな二人を私は複雑な気持ちで見つめていた・・。
つばきとりょうの事が頭から離れず、数日2人の事を避けてしまっていた。さすがに、私の異変に気が付いたのだろう。りょうがバイトをしに行ってい間につばきが私の部屋にやってきた。
「ねえ、ゆり。最近どうしたの? ご飯食べてからすぐ自分の部屋に上がって行っちゃうし。なんか、ボーっとしてるし。熱でもあるの?」
「・・・大丈夫。」
「本当に? 無理しないでよ?」
勝手な言い分だが、だんだんと私に優しくするつばきに腹が立ってきてしまった。
「ほっといてよ!!」
「・・・なにを怒ってるの?何かあるなら言いなさいよ。言ってくれないとわからないよ。」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
気まずい沈黙が流れる。その時、リビングで電話が鳴った。つばきの横を通り過ぎ、電話の方へ向かい受話器を取る。
「もしもし?」
「本当にここにいましたのね、ゆり。お元気でした?」
受話器の向こうから聞こえてくる甲高い声に頭が真っ白になる。どうして・・どうしてこの人がここの電話番号を知っているの・・・・?
「どうしたの?ゆり?何で黙っちゃったの?電話誰から?」
黙ってしまった私につばきが心配そうに聞いてくる。私はつばきの方を向くと、かすれた声で声を押し出すように言った。
「ぼたんなの・・・。ぼたんから電話が来たの・・・!!!!!!」
私とつばきの間の時間が一瞬止まったようだった。そして、つばきの顔が真っ青になった。
驚きのあまり言葉を失った私を電話の向こうでぼたんは嘲笑った。そして私にこう告げた。
「どうせ、そこに、つばきもいるんでしょ?ちょうどいいわね。今あなたの住んでいる家の主・・・りょうを預かってるわ。返してほしいなら、孤児院の近くにあった公園まで来なさい。来なかったら・・まあ、ここにりょうがいるのに、あなたたちが来ないわけないわよね。じゃあ、待ってるわよ。」
そう言って電話は一方的に切れた。呆然としたまま受話器を置く。つばきと顔を見合わせる。二人とも考えていることは同じだった。家を飛び出して、となり町に向かうバスに乗り込む。つばきと二人で座る。お互い何を言えばいいのかわからず口は閉ざしたままだ。
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重苦しい気分のままバスは公園の近くに着いた。私とつばきは飛び降りてそのまま走る。人生で一番走った瞬間だったと思う。公園に着くとぼたんはベンチに座っていた。人質を取っておいてよくも呑気にベンチに座っていられるもんだと思ったらりょうを自分の方に
もたれかからせている。なるほど、これならカップルの微笑ましい姿に見え、怪しまれることもないだろう。頭がいい。りょうは、麻酔か何かを打たれたのか、目を閉じて寝息をたてていた。私たちが近づくとぼたんは伏せていた目をそっと開けてこちらを見た。
「早かったわね。そんなに、りょうのことが大事なの・・・? なんだか腹ただしいわね。」
「どうして? どうして、あなたがここにいて、りょうをつれだして、そして、電話番号を知ってるの??」
「ああ・・。そんなこと。いいわよ、全部答えてあげる。・・・もとはといえば、孤児院が燃えたところからよ。あれは、私がやったの。」
ぼたんの言葉に私とつばきは何も言えなくなる。
「どうして・・・どうして、そんなことしたの?なんで燃やすのよ!!あの火事のせいで、死んじゃった子が何人もいるのよ!さくら先生だって・・・。」
つばきが今にもつかみかかりそうな勢いで泣きじゃくりながらぼたんに詰め寄る。ぼたんは鬱陶しそうな顔をして、つばきの事を睨んだ。
「私に意見するなんて・・ずいぶん生意気になったわね。どうしてって・・。皆嫌いだったからよ。つばきも、ゆりも、先生も・・皆大っ嫌いだった。ああ、ゆりとつばきは私の玩具だったから、楽しかったわ。私はあのころ、ちょうど医者の夫婦の家に養子として引き取られることになっていたし、だったらこの孤児院がどうなってもいいと思ってた。だから、出ていく前に燃やしてやると思ったの。」
感情のない声でぼたんは続ける。
「ホントはねあの後、つばきはそばに置いておきたかったから、連れて行こうと思ってたの。でも、気づいたらつばきが見当たらなかったの。あきらめたんだけどね・・。
そのまま穏やかに養子として過ごしてたわ。何の刺激もなくてつまらない毎日を送ってたわ。そうしたらね、一ヶ月くらい前に、りょうと会ったの。りょうが私と知り合いって言うのは知ってるでしょ?最初は何も知らなかった。でもね、りょうの買っているものが1人分より多いのよ。だから、誰か来ているのか何気なく聞いた。そうしたらね、目をそら
して答えてくれないの。だからね、私が知っている人がいるんじゃないかって、ピンときたの。だから、ちょっとりょうのこと尾行してみたの。そしたら、ゆりがいるじゃない。数日後に来たらつばきもいる。だからね、昨日また会ったときにりょうに言ったの。あんたんちに誰がいるのかはわかってる。引き渡してくれるなら、あんたがいつも稼いでいる倍のお金を渡すって。りょうは少し悩んだあと、断ったわ。私、頭にきたからお父様から一本拝借して持っていた麻酔でりょうを眠らせたの。で、りょうが持っている手帳を見てあなたたちのいるりょうの家に電話したの。」
ここまで、話すとぼたんはふいに立ち上がった。そして、私の方へ歩み寄る。そして、ポケットから光るものを取り出した。それは・・・・ナイフだった。
「ゆり、取引をしましょう。私は、あなたを玩具として私のそばに置きたいわ。あなたが、私のところに来てくれるなら今、りょうは返してあげる。もし、断るなら・・・りょうがどうなるかわかってる?」
そう言って、ぼたんは手に持ったナイフをりょうの首筋に向ける。
「最低よ・・・。そんな風にゆりの事脅すなんて・・・・。りょう君を放してよ!!!」
つばきがぼたんにつかみかかる。次の瞬間、つばきの腕が赤く染まっていた・・。私は頭が真っ白になる。
「大人しくしていないから、こうなるのよ・・・。ゆり、りょうまで、こうしたいわけ?」
ぼたんが私を見下ろしながら静かに言う。再びりょうの首筋へナイフを持っていく。
「わかった・・・・。わかったよ、私が行くから。だから、もうりょうを放して。そして、つばきを病院に連れて行かせて・・・。もう、誰も傷つけないで!!!」
私がそういうとぼたんは満足そうにうなずいて、りょうを放した。
「今、病院に連絡してあげる。ああ、そうだ、つばき。私がやったなんて言うんじゃないわよ。言ったら、私と一緒にいるゆりの命がどうなるかわかってるわよね?? じゃあ、ゆり・・・。行きましょう。私の新しい家へ。これからが住む場所へ。」
ぼたんが私に手を差し伸べる。私は震える手でぼたんの手をつかむ。そのときだった。
ぼたんの手を振り払う手があった。
「行かなくていいよ、ゆり。」
りょうが立っていた。
「ちっ・・・・。もう麻酔が切れたの・・・?余計なことしてくれたわね・・・。」
ぼたんが憎々しげに呟く。
「ゆり、もういいんだよ。ぼたんの為に生きようとしなくたって。全部聞いていたよ。いいんだよ、俺を助けようとしなくたって。自分のために生きてよ。ゆりは、優しくて人を思いやれる子だよ。俺は、そんなゆりが大好きだよ。そんな子が、あんな、残酷なことをするやつの為に自分の人生を捧げようとしなくていい。」
りょうが私の目を見て言う。
「なんなのよ・・・。もう、あんた達まとめて消えればいい。まとめて、私の玩具になればいいのよ・・・。」
怒りを含んだ声でぼたんが呟く。
「それは、無理だよ、ぼたん・・・。今から君は警察に捕まって、少年院に行くんだよ。」
りょうがそう言ったときだった。
パトカーのサイレンが鳴り響いた。公園の前でパトカーが止まる。一人の婦人警官が私たちに歩み寄ってくる。
「ぼたん・・・。ずっとあなたを追いかけてたの・・。やっと、ボロをだしてくれたわね・・。」
その優しくも凛とした声。きれいな顔立ち。その人の顔をみて驚いた。その人は私とつばきが一番会いたかった人だった。
「さくら先生・・・・。」
さくら先生は、呆然としているぼたんに近づくと、彼女の手を取って、手錠をかけた。ぼたん泣き叫びながらほかの警官に連れて行かれた。
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けがをしたつばきはパトカーと同時に来た救急車に乗せられ病院へ搬送された。傷は浅かったので、大事にはならないようだ。今、公園には私とりょう、そしてさくら先生がいる。私たちの間に流れる空気はひどく静かだった。りょうが、最初に口をひらく。
「実は、最初にぼたんに会ったときに、この、警官さんにぼたんと知り合いかって聞かれたんだ。そして、こうも言った。自分はある事件でぼたんを追いかけている。もし、今度何か会うことなどがあれば、自分にも声をかけてくれって。直感でだけど、この人は信用できるって思った。呼んでおいてよかったよ・・。まあ、怪我人が出る前にホントは来てほしかったけど。」
りょうの言葉を受け継いで、さくら先生が口をひらく。
「本当にそうね・・。来るのが遅かったわ・・。申し訳ないわね。実はね、あなたがまだ孤児院にいたころね、警察になる夢を叶えるために大学で勉強していて、アルバイトで個人のお手伝いをしていたの。あなたが出て行った後に火事が起きた。あの時ね、火事で燃えている孤児院を見て、ぼたんが笑ったのを私だけが見ていたの。でも、ぼたんがやった証拠がない。翌年に私は警察官になったわ。そして、孤児院の事件を調べてたの。で、ぼたんを追っていたところで、両君に出会ったわ。あとは彼が言ったとおりよ。まさか、ここでゆりちゃんに会えるとはね・・・。元気だったかしら?」
昔の優しいさくら先生そのままだった。そのあと他愛無い話をし、さくら先生は連絡先を私に教え、帰って行った。
私とりょうも立ち上がって家に向かって歩き出す。ふいにりょうが口をひらいた。
「ゆり、あのさ、さっきゆりが死ぬかもって時本当に怖かった。何も考えれなくなった。そのくらい、ゆりが好きだよ。」
「私もだよ・・・。同じくらい、りょうが好きだよ。りょうとずっと一緒にいたいよ。」
私も素直な気持ちを・・・気付いたばかりの気持ちをりょうに言う。少し照れくさそうな顔をするりょう。私たちはお互いの手を握って家へ向かった。
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月日は過ぎて私は二十歳になった。私とりょうは結婚した。つばきも彼氏がいて、明日結婚する予定だ。そして、私たちはまだ3人で暮らしている。あれから、つばきと私は孤児院でした約束を変えた。それは、「2人だけで生きていくのではない。必ず誰かと結婚して、隣に住んで、ずっとずっと一緒にいよう」と。私たちは孤児院を出てから、人とかかわる大切さを知った。人の暖かさを知った。人の優しさを知った。
「ゆり~~。ちょっと来て~」
つばきがウエディングドレスを着たまま私を呼ぶ。
「はいはい・・・。ちょっと待ってて。」
可愛らしい花嫁に私は駆け寄る。
私たちの約束が果たされるのはもうすぐ・・・。 END
この物語は私が小学校5年生のときに書いたものです。その原稿を引っ張り出してきて、修正を加えました。若干中2病入ってますww
少し重いかもしれないですが、主人公の気持ちになって読んでいただけるととても嬉しいです。
ご読了ありがとうございました。