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放課後プレビュー  作者: 四君子
【一章】初日
2/12

再びの出会い

 七月を迎え、月の終わりには夏休みが待つこの時期、学生の間にふわふわと浮ついた空気が漂いつつある私立月ヶ岡高校(つきがおかこうこう)

 自由な校風を持つ月ヶ岡高校は放課後活動においては、何か一つの部活に籍を置くことを条件に、他には生徒に対する制約といえるものがないに等しい。

 また、月ケ岡では部活の発足に難しい条件も無い為、他校では類をみない程、多くの部活が存在していた。

 一年の石動 甲(いするぎ こう)は、そんな数ある部活をしらみ潰しに見学して回っていた。

 入学当初より、担任教師からいずれかの部活へ所属する様促され続けて早三ヶ月。

 彼は未だに入部先を決め兼ねていた。

 ちなみに新入生で、部に所属していない生徒は既に彼が最後の一人である。

 とはいえ、甲としてもこの三ヶ月間は様々な部活を回り体験入部を繰り返し、自分に合った活動を探してきたのだ。

 教師からいくら口うるさく入部を急かされようが、これからの高校生活に大きな影響を与えるであろう選択に妥協はしたくない。

 甲は手元のパンフレットに視線を落とし、リスト化された部活の中からまだ回っていないものを探した。


 「えっと、まだ回っていない所は……」


 甲は既に前日の時点で大半の部活を回り終えており、そのどれも自分に合っているとは感じる事が出来なかった。

残り僅かである部活もこのままのペースで行けば一週間もかからず回り終えてしまうだろう。


 「お、あったあった。現代アート研究部か」


 初見である部の活動拠点である教室の前まで足を進めた甲は、扉の前に立ち、手を持ち上げた。

 コンコンと扉をノックし、しばし反応を待つ……が、中からの返答は無く、甲は再度扉を叩いた。

 しかし、それでも返事は無い。

 甲は再びパンフレットに目を落とすが、活動日の欄には今日の曜日がはっきり記載されていた。

 もしかすれば外での活動か、または臨時の休みか。

 そう予想し、他を回ろうと体を反転させた甲の目の前にはいつからそこにいたのだろう、一人の男子生徒が立っていた。


 「そこはもう活動してねえぜ。今年の四月に発足したと思いきや、一ヶ月後には全員が幽霊だ」


 甲は目の前の男子生徒に見覚えが無く、怪訝な表情を浮かべ訊ねた。


 「誰……です?」


 問われた男子生徒は頭の後ろで両手を組むと、二カッと笑い口を開いた。


 「唐沢 和樹(からさわ かずき)だ。あ、こんなんでも一応学年は一緒だから敬語はいらねえよ」


 そう言って唐沢と名乗る男子生徒は、甲へ片手を差し出した。

 彼の言う「こんなんでも」という言葉は、自らの容姿と学年のギャップを指していた。

 180cm以上はあるだろう長身の痩躯に、金色に染められた髪。

 不良の様な外見の彼は、傍から見れば高校一年生とは思えないだろう。

 しかし甲はその意味には気が付かず、彼の言った他の言葉に戸惑いを覚えた。


 「『学年は一緒』って、何処かで会ってるか?」


 「うんにゃ、会った事はねえけど、遠目に見た事はあるぜ。石動だろ? 一年ん中で唯一まだ入部してないってゆう」


 「俺ってそんな有名になってたのか……」


 そう呟いて、甲は溜息を吐く。目立つ事が嫌いという訳では無いが、その経緯に我ながら呆れてしまった。


 「まあ俺はそういうの嫌いじゃないけどな。アウトローっつーか、はぐれてる感じがいいぜ」


 「別にそんなつもりはないんだけどな。俺だって、面白そうな活動している所さえあれば入る意思はあるし……」


 「おっ、そうなん? ならよ、『演劇部』ってまだ見学してないだろ。人手も不足してっから、一度顔出してみろよ。俺もそこ在籍してんだわ」


 そう言われ、唐沢が演劇というギャップに驚きつつも、僅かながらの興味が湧いた甲はパンフレットの中に『演劇部』の文字を見つけ頷いた。

 そして今更ながら、自分に差し出された唐沢の手に気がつき、握り返すと口にした。


 「分かった。少し覗いて行くよ」




 ――用事があるからと去って行った唐沢と分かれ、演劇部の活動場所である教室へとやって来た甲は扉の前で少し後悔していた。

 活動内容くらい聞いておけばよかったと反省し、それも今更かと思い直し、扉を叩こうとした……その時、甲の耳に室内からの声が聞こえてきた。

 何を言っているのか正確には聞き取れなかったものの、どうやら普通の会話ではない。

 演劇というくらいなのだから、台本の読み合わせだろうか。

 そう思い、ノックするのは躊躇われた甲は後にしようと体を反転させた。

 しかし何故だろうか、突然湧き出た(中で行われているものを早く見てみたい)……そんな感情が、体を引き留めた。

 甲は「少し覗くだけだ」と呟き、音を立てないよう扉をゆっくりと開いた。

 僅かな隙間から甲が中を覗き込むと、机が端に追いやられた教室のちょうど真ん中辺りに一人の少女が立ち、腕を優雅に伸ばし、歌う様に言葉を発していた。


 『私が何処の誰であるかは、私にも分かりません。私に分からない事を貴方は知っていると仰るのですか』


 その台詞に、甲の体は硬直し呑まれた。

 少女から放たれる何処か悲しみに満ちた雰囲気、それがまるで色となって甲の目に届いているかの様で、その創り出された世界観に圧倒する。

 甲に見られていると気づかずに少女は、そのまま演じ続ける。


 『私にも故郷があるのでしょう。それはこの街なのかもしれませんし、遠くあの山の向こうかもしれません。ですが、記憶の無い私には分からないのです』


 少女の透き通った声が、体に浸透し内から熱い何かが溢れる様な気がして、いつしか甲は手をキツく握りしめていた。

 しかし、不意に発せられた声に甲の硬直は突然解かれた。


 「はいストップ、チカ!! 今の所もう一度、体を大きく使って。感情を伝えろ」


 急に力が抜けた甲の視界には、もう一人女子生徒がおり、椅子に腰掛けて、少女の演技を真剣な表情で見ていた。

 甲の覗きこんでいる入り口のすぐ脇の位置の為、ちょうど扉で姿が半分隠れていた為か、甲は今まで全く彼女の存在に気が付いていなかった。

 先のアドバイスを見るに指導係だろうか。

 とにかく、入って行くなら今しかないと思った甲は咄嗟に扉を開いた。


 「あの、すみません。見学したいんですけど」


 そう言いながら、一歩教室に足を踏み入れた甲を椅子に腰掛けた女子生徒が訝しげな視線を投げた。

 甲もそちらを向き、相手の反応を伺う。

 不意に胸元のリボンを見てあることに気がついた。

 月ヶ岡高校の制服は、女子生徒の場合、リボンの色が学年ごとに違い、一年生はピンク、二年生は緑、三年生は紫と分かれている。

 今、甲と向き合う女子生徒のリボンの色は緑……つまりは二年生で、甲の先輩である。

 艶のある長い黒髪を左右に結んだ彼女からは清楚なイメージが感じられ、切れ長の大きな瞳と長いまつげをあわせ持つ、『綺麗』と形容するにふさわしい美貌の持ち主だ。

 まるでモデルの様な容姿の先輩にジト目で見られ、甲は背中に嫌な汗が垂れるのを感じた。

 静まり返った教室で、静寂を破る彼女の人形の様な口が動く。


 「見学ぅ? この時期にか?」


 「あ、はい。さっき知り合った唐沢という男に勧められまして……」


 そう答えてから、甲は少し的外れな受け答えをした、と後悔した。

 彼女が聞いているのは、どうして一学期も終わりに近いというこんな時期に見学をしに来たのか、ということである。

 別の事を口にしようと思ったが、なんと伝えようか咄嗟に考えつかず、焦る甲に、一層勘繰る様な視線が向けられる。

 すると、先程まで教室中央で役を演じていた少女が二人の元にぴょこぴょこと近づいてきた。


 「あっれー、やっぱりコウ君だ!!」


 自らの名前が呼ばれ、甲が振り向く。

 よく見れば、甲もその少女を知っていた。


 「倉松……お前、ココの部員だったのか?」


 「そうだよお、私子供の時からずっとお芝居に興味があったからね」


 そう言って満面の笑みを浮かべ、ピースサインをする彼女の名は倉松(くらまつ)チカ。

 甲のクラスメイトである。

 小柄ながら明るい性格の女の子で、クラス内ではムードメーカーとして知られる彼女は、輝くような笑顔が特徴で、普段から笑みを絶やさず、誰にでも分け隔てなく接していく。

 それ故、甲も何度か倉松とは話した経験があり、演技を行っていたのが彼女だと気付かなかった事に恥ずかしさを感じた。

 しかし、それ程までに演技中の倉松は普段の彼女と雰囲気が異なっていたのだ。

 倉松は、椅子に腰掛ける先輩生徒に向き変えると、甲を指差し言った。


 「サッキー先輩。ほら彼ですよ、この間話してたコウ君」


 「ああ、コイツか。あの何処の部活にもまだ所属してない一年って奴は」


 チカはうんうんと頷きを返し、手近な椅子を先輩の隣まで引いてきて、甲へ腰掛ける様勧めた。

 甲がチカに礼を言って座ると、先輩生徒が口を開く。


 「二年の楠 咲子(くすのき さきこ)。一応こんなでも演劇研究会の会長だ。宜しくな」


 「えっと……倉松と同じクラスの夢島 甲です。宜しくお願いします」


 楠は甲の返事に、軽い頷きで返し、腕を組んで正面に向き直った。

 甲から視線を外した彼女は口だけを動かし、真剣な口調で言った。


 「まあ、ゆっくり見ていけ。とは言っても、今日ココに来てるのは私とチカだけで、私は演者じゃない。必然、見学するのはチカの練習だけになるがな」


 それだけ言うと、楠は何も発さなくなった。

 ただ黙って、教室の中央に戻った倉松を見つめている。

 甲もそれに習う様に、首の向きを変え、倉松の練習を見ることに専念するのだったーー。

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