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放課後プレビュー  作者: 四君子
【一章】初日
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最初の出会い

 小学校に入学したてで、もうすぐ七歳になる石動 甲(いするぎ こう)が興味を寄せるもの、それはヒーローアニメやTVゲーム、近所の友達と公園で遊ぶサッカーくらいのものだった。

 学校で習う勉強はつまらなく、母に進められて行っている習い事のピアノは甲にとって退屈に感じられた。

 ある日、父が仕事場の同僚から貰ったといって、二枚のチケットを見せて来た時、彼は映画館に連れて行ってもらえると思い、喜んだが、着いて行った場所は隣町の劇場だった。


 「ここで何が見られるの?」


 何度か行った事のある映画館と目の前に建つ建物が違うので、甲が父に尋ねる。

 彼は劇場に来たのが初めてだった。

 父親は甲を見下ろし、明るく言った。


 「俳優さんや女優さんの様な、役者と呼ばれる人達がお芝居をするんだよ」


 お芝居と言われ、幼稚園の時に演じたピーターパンを思い出した甲だったが、それとは別に思い当たるものが浮かび、飛び上がった。


 「ねえお父さん、それってヒーローショー!?」


 「うーん、ヒーローショーとはちょっと違うかな。ミュージカルとも違うけど、もしかしたら今日見るお芝居の内容は甲にはまだ難しいかもしれないよ」


 父から苦笑交じりにそう言われて、甲はしゅんと肩を落とし、「なあんだ」と呟いた。

 父の言葉を聞く限り、どうやらこれから見させられるものは自分の興味をひいてくれるものではなさそうだ。

 前に母親に連れて行かれたオーケストラというものと同じで席に座って少し経てば退屈で眠ってしまうだろう。

 こんな事なら、父について来ないで、友達とサッカーをしていた方が良かった。

 ……そんな事を思いながら、甲は父と手を繋ぎ劇場へと入って行った。




 席に座り、劇が始まるまでは思っていたよりも時間を持て余し、開始前に甲は寝入ってしまった。

 それから数分経ち、アナウンスの音に甲の意識は徐々に戻され、目を開いた瞬間彼の視線の先……段上には一人の男が立っていた。

 何があったのか心配する程、ボロボロの服を着た大柄の男は、腕をこれでもかと大きく広げ、空を見て言う。


 「おお神よ。何故にこれ程にまで其方は我と彼女を拒むのか」


 叫んでる訳ではない。彼がゆっくり語るその言葉は、それでも甲の身体をぴりぴりと震わせた。

 この台詞だけで、今の今まで眠っていた甲の目はすっかりと冴えてしまい、いつしかじっと男を凝視していた。

 雷の効果音が流れ、男に向かって強風が吹き始める。


 「それでも私はもう一度立ち上がろう。行く末に、幾千の困難が待ち受けていようとも」


 そして舞台は暗転する。

 甲はいつしか手をキツく握りしめ、固唾を呑んで物語の続きを待った。

 それから先はあっという間に時間が過ぎ、気がつけば物語の登場人物達が全員段上に並び、お客へ向かっておじぎをしていた。



 劇が終わり、父とロビーに出た後も甲は興奮から覚めず、まるで身体中に熱い何かが駆け巡る気分だった。

 退屈だとばかり思っていた演劇というものが、今まで面白いと感じてきたゲームやアニメ等よりもずっと自分の心を震わせたのだ。


 家への帰路を歩きながらも甲の頭の中では劇の内容が繰り返し思い返されていた。

 物語は確かにたった七歳の甲にとっては難しいものだったが、彼は少しでもそれを理解しよう……いや、理解したいと思ったのだ。

 その様子を見た父が苦笑を浮かべ、また見に行こうかと問うと、甲は目をキラキラと輝かせ口にした


 「うんっ、約束だよ!!」




 ……しかし数日が経ち、その約束が果たされる事は無くなった。

 元々持病持ちだった父が急に倒れ、帰らぬ人となったのだ。

 『死』という概念をまだ理解していなかった甲だが、それはとても悲しいものなんだという事だけは母の涙を見て理解出来た。

 同時に漠然と思い浮かんだのはあの日見た演劇だった。

 そういえば、あの劇の最後も男の人が死んだ。

 故に感じたのだ。

 なんだ、自分が面白いと思っていたものはこんな悲しい事だったのか……と。




 それから数年が経ち、甲は高校へ進学した。

 この頃の彼はあの日見た演劇の事を忘れ、平凡な日々を過ごしていた。

 熱中するものもなく、過ぎて行く毎日に甲は退屈していた。

 常に思うのだ。自分にとっての『一番』といえるものが見つかればきっと……と。

 しかし、彼はまだ知らない。


 この高校で彼は再び演劇と出会う。





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