剣の祠 ―博編―
博が祠に入り飛ばされた場所は、部屋ではなかった。周りが暗くて、遠くにぼんやり光が見えた。
まるでトンネルの中だった。
光を目指し進めばいいのは一目瞭然だったが、博はあえて進まなかった。
「なーんか、いかにも胡散臭いんだよな。誰がホイホイあんなとこに行くかっての。俺は俺の道を進む!進みまくってやる!!えーと、どこか壁抜けの術で通れそうな場所は…」
などとキョロキョロしていると、どこからか声がした。
「おい!どうして君はそんなにひねくれてるんだ。真っ直ぐ来い、真っ直ぐ!」
「ひねくれてんのはお前だろ!わざわざこんな通路に飛ばしやがってくれちゃってー」
博はブツブツ言いながら、言われたとおり真っ直ぐ歩いた。光の中に入ると、彼はまた別の場所に飛ばされた。
「まぁ、そういうな。演出だ、演出。どうせしばらくぶりに会うんだ。初めから部屋でご対面ってのもつまらんからな」
そこには博と同い年ぐらいの青年がいた。剣士風の格好をしている。彼はニヤッと笑い、足を組んだ状態で空に浮いていた。
「しばらくぶりに会うってなぁ、俺はあんたと会うの初めてだぜ」
博が口を尖らせるが、青年は言った。
「確かに森上博に会うのは初めてだな。だが、君は覚えているだろう、私を。というよりも、全てを。君は、聖戦士でありそれ以上の存在でもあるのだから」
「…参ったな。さすがユーリだね。ちょっとからかってみようかなって思ったのに、かなわないよ」
博は今までとは口調を変えて言った。
「それもウソだな。君は私が見抜くことぐらい解っていたはずだ。それをあえて知らないフリをしたのは、どう接していいのか解らなかったからだろう。君が言うように、私は今の君とは初対面だからな」
「…何でもお見通しってカンジだね。まぁ、だから私も安心出来るんだけど」
「当然だ。私達はお互いに一番長い付き合いだ。それに私達はよく似ている。まるで分身のようにな。察するに君は少し疲れているようだな。もちろん身体の面ではなくて」
博は彼の言葉に、悲しそうに下を向いた。
「……答えられなかったんだ。クロウに、何者だって訊かれた時」
あの時「さあね〜、俺もよくわかんないんだよなぁ」と答えたのは、ふざけているわけでも答えたくなかったわけでもなく。
ただ、答えられなかった。
「時々、解らなくなる。私が、誰なのか」
ラファエルと違い、前世での全ての記憶がある。前世の自分がどういう人間だったかも知っている。言わば今の彼は、前世のロキという人格と、今の博という人格が混ざり合った状態で出来ているのだ。
確かに彼の名は博だが、記憶や千年前の執着心はロキのものだ。
だから、名前が博というだけで、時々自分はロキなのではないかと思う。
自身の剣術や忍術でさえ、前世の感覚が覚えているだけで、博は特に修行などはしていないのだ。
自分の身体なのに、自分じゃないように感じる。自分がしていることなのに、自分ではなく、ロキの意思のような気がする。
そう語る博に、ユーリは言った。
「……君は間違いなく博だよ。たとえロキの記憶や経験が有っても、それだけで迷路を造る手助けはしない。それだけであの人を助けはしない。そうだろう?」
「……うん」
彼は小さく頷いた。
「それに、ロキの記憶や経験と同時に、博としての記憶や経験も沢山ある。それはロキのものと違い、これからどんどん増えていく。今だけだ、そんな風に思うのは」
「……そうだよね。ごめん、弱音吐いちゃって」
「構わないよ。どちらにしろ、あっち(現実世界)では誰にも言えないのだろう。少しぐらい肩の力を抜かないとダメだ。外見はともかく、性格や喋り方まで変えては、どうしたってストレスが溜まる。彼らと行動を共にするために、そこまでする必要があるのか?」
ユーリは博の、今は金髪の髪を見た。仮想現実空間にいる間は、彼は本来の姿でいられる。心も、身体も。
「ああ、この髪?ここでは戻るんだね。やっぱ仮想現実空間だからかな。無駄に魔力使わないからね」
博は、自分の――今は長い髪――を邪魔くさそうな、恨めしそうな顔で後ろに払った。
生来魔力の高い者は、それが髪や瞳の色に現れる。
銀髪や金髪は特に、高魔力保持者の証だった。
だが、現実世界では博の髪は黒い。
それは、染めているからなどではなく、低い生命力を高い魔力で補っているからに他ならない。
でなければ、心臓病を持つ彼が、旅や戦闘など出来るはずもないのだ。
「…それなら、試練はやらない方がいいな。せっかくゆっくりできる場所にいるんだ。例えひと時でものんびりしておけ」
青年は言葉とは裏腹に、少しつまらなそうな顔をした。
博も気づいたが、試練を受けるとは言わなかった。
「そうね。そもそも、今回がんばんなきゃいけないのは私じゃないし」
寝転んで、手をヒラヒラと振ってみせる。
「おまえは迷路を創るだけで、中で動くのは彼らだからか?」
ユーリが尋ねた。以前言っていた意味深なセリフについて。
「そうそう。だからさぁ、早いとこあいつらに巣立ちしてもらわないと困るんだよね。迷路の完成も遅れてるし。計画立て直した方がいいかも。あの人の力も転生してだいぶ弱ってるし、はっきりいってあてにならないからね」
「……そうだな。ノエルの動きに注意しつつ先手先手を打っておかなくては」
ノエル、という言葉に博がぴくりと反応する。怒りと同情の入り混じった声音で
「ノエルね。あいつはさぁ、バカなんだよ。頭が悪い。だから何も手に入れられない。叶えられない。まぁ、ノエルに関してはあの人も少しは考えてるみたいだし?ほっといても大丈夫でしょ」
と言うと、この話は終わりと言わんばかりに
「ふぁ〜ぁ。長話してたら眠くなっちゃった。私少し寝るわ。おやすみ〜」
とユーリに背を向けて、三秒も経たない内に寝息をたて始めた。
「やれやれ…。マイペースなのは変わらんな」
博を現実空間に戻しながら、一人呟く。
そして過去に想いを馳せ、『あの人』の力が弱まっていることを喜んだのだった。
☆ ☆ ☆
博が起きたとき、そこは先ほどまでユーリといた場所ではなかった。
「まぁ!こんなところで寝ないでくださいな!風邪を引いても知りませんわよ」
どこかで聞いたような声がする。辺りを見回すとみゆりがいた。
「……? ? ?」
博がわけがわからなくて困惑していると、
「博も終わったんだな」
と、いつの間にか綾子まで現れた。
「……なんだ、ここ」
自分は何故こんなところにいるのだろう?先ほどまで確かに、ユーリのいる部屋でぐっすり眠っていたハズだが。
「なんだ、って、試練が終わったから現実空間に戻れたんだろ」
「……? ? ?」
「おまえ話聞いてた?」
「? ? ?」
「まぁいいや。いくぞ」
綾子に連れられ、博はクリスタルタワーへ向かったのだった。