剣の祠 ーみゆり編ー
(ここが…剣の祠…)
みゆりが足を踏み入れてワープさせられたのは、壁も床もコンクリートが剥き出しの、特に何もない部屋だった。見えるものと言えば太い柱が幾つかくらいのものである。
辺りを見回すが、誰もいないようだ。
(これでは何が試練なのかわかりませんわよ…)
みゆりが溜め息をつくと、突然背後から声がした。
「遅くなってごめんね。いくら何でも三人いっぺんにくるなんて思ってなかったからさ。一人ずつ話をしに行くのも結構大変だよ。まあ、僕は楽しいからいいけどさ。生身の人間に会うのは久しぶりだし、それが聖戦士だってんなら尚更ね。君はデイジーの生まれ変わりだろ?すぐにわかったよ。だってそっくりなんだもの。それに、聖剣も持っているようだし」
振り向くと、十にも満たないような少年が、みゆりをじろじろ見ながらべらべら喋り出した。
「…じゃあやっぱり、この剣の持ち主はデイジーって方で、前世の私なんですのね」
「あれ?覚えてないの?まぁしょうがないか。君はただの聖戦士だもんね」
少年の言葉で、少し前に会った謎の男も、似たようなことを言っていたのを思い出した。
「…どういう意味ですの?」
「あ、ごめん、言い方が良くなかったよね。僕は別に聖戦士が『彼ら』より劣るとか思ってるわけじゃないんだ。気を悪くしたなら謝るよ」
少年は自分が余計なことを言ったのだと思って、気まずそうな顔をした。
「いえ、そういうことではなくて…。『彼ら』って、誰のことですの?」
彼は少し安心した様子で説明を始めた。
「神々とか、神々と張り合えるくらいの力を持つ者のことだよ。そういう力のある人は、前世の記憶もほとんど完璧なんだ。ラファエル様は特殊みたいだけど、ノエル様は全部持ってるみたいだね。だけど、聖戦士ぐらいの力だと、断片的にしか思い出せないんだ、ってあの人が言ってた。聖戦士はそれ以上でもそれ以下でもないんだって」
「…同じことを言われましたわ。顔はよくわからなかったけれど、何故か以前にお会いしたことがある気がする方に」
「なんだぁ。じゃああの人、もう君に会いに来たんだね。それとも呼ばれちゃったのかな?」
あまりに少年がその男と同じことを言うので、みゆりは目を見開いた。
「その方も言ってましたわ。君が呼んでくれたんだねって」
「じゃあ、呼ばれちゃったんだ。やっぱり。なんかそれも可哀想な気がするけど」
「どうして、私が呼んだことになるんですの?」
みゆりにはわけがわからなかった。
「ああ、違う違う。呼んだのは君じゃないよ。その聖剣さ。その聖剣はね、元々前世であの人が、君のために魔法を使って強化したものだったんだよ。だから呼ばれたのさ。ほら、よく言うだろ?優れた武器や宝具は主を選び、来世でもまた巡り逢えるって。その剣は君のものだけど、作り手のことも忘れてなかったんだよ」
みゆりにとって、それは衝撃の事実だった。
「あの方が、私にこの剣を…」
「そうだよ。だから、前世の君はあの人とスルーフさんを守りたいって、ここに来て修行をしてたんだよ」
「スルーフって、確か史書を残した方で、望月さんの前世……!?私千年前も彼に憧れてたんですの!?」
「まーね。スルーフさんは頭脳明晰でお人好しだから、いろんな人に好かれてたんだ。けどそのせいで巻き込まれ型不幸体質で、人生波乱万丈ってカンジだったけど」
少年の話を聞いて、みゆりは望月さんならありえる、と思った。
実際彼は今でも(特に周りの女の人から)いいように使われている。
(でも、女の方に優しいのは悪いことじゃありませんわ!)
「もっと色々話したいけど、まだもう一人のところに行ってないんだ。だからそろそろ試練を始めるよ?準備はいい?」
「ええ」
「じゃあ、とりあえずこれを置いていくから。倒したら外に出られるよ。頑張ってね」
そう言い残し、少年は空に消えた。代わりに残ったのは、門前で会ったのと同じ石像の魔物、ガーゴイルだった。
(ま、また石像ですの!?困りましたわね……。今は博さんもいらっしゃらないし…。普通に戦ったんじゃ倒せないですわよね…)
などと考えていると、ガーゴイルが襲いかかってきた。みゆりは攻撃を剣で防御した。
「……!!どうやら、ゆっくり考えている暇は無いようですわね」
とにかく攻撃をかわしながら倒す方法を考えないと。
こういう相手の時、おじさまならどうするかしら、と自分の師匠を思い浮かべる。が、彼を例えにすること自体間違っている事に気付き、凹んだ。彼ならどんな相手だろうが、剣を一閃させるだけで倒してしまうだろう。
(えーと、えーと、じゃあ戸田さん!)
次に彼女の頭に浮かんだのは、みゆりの兄弟子の戸田久美だった。
彼女は昔黒崎巧の一番弟子で、今のところ彼から奥義皆伝を言い渡されたのは、数居る弟子の中で彼女だけだった。
とはいえ、同じ女で同じ人の弟子だ。彼女に出来るなら自分にも可能性はある。
だがまたしても、みゆりは例える人を間違えたと気づいた。
彼女は幸広の心理学部時代の助教授で、今はセラフィと一緒に暮らしている。その縁で、以前一緒に遺跡調査に行ったことがあった。
その時に、彼女の才能が剣術だけではないことを目の当たりにしたのだ。
もし彼女がみゆりの立場なら、剣術に別の能力を加えて倒すという方法を取るだろう。
それは幸広と到の科学部時代の助教授(今は教授)の千慧も同じだった。
(……絶対に敵にまわしてはいけない方達ですわね…)
だからこそ幸広がいいように使われるわけなのだが。
(…まぁ、そのことはおいておいて。とにかく倒せればいいんですわ。おじさまみたいに一撃で倒そうとか考えないで、何度も攻撃してたらそのうち倒れますわよね。この剣は聖剣だし、それなりにダメージは与えられるはずですわ)
と見当をつけた。
(まぁでも、どうせ連続攻撃をするなら美しい方がいいですわよね。ただぶんぶん振り回してるだけじゃ格好悪いですし…。私もおじさまのように自分の剣技に名前をつけたいですし!)
敵の攻撃をかわしながら悠長にそんなことを思った。
(そうですわね〜、雪月花とか美しい感じですわね!雪は静かに。月は三日月のような弓なりで、花は舞い散るような華やかさがあって…)
みゆりはイメージを剣で実際に表現してみた。
(こんな感じかしら)
すると驚くべき事に、三発目の攻撃で見事に石像は粉砕されたのである。
(……え?ええ!?)
みゆりは驚きのあまり、何が起こったのか理解するのに数秒かかった。遊び半分で放った剣技で敵が倒れてしまった。
思っていたより、自分には剣術のセンスがあるのかもしれないと思い、みゆりは上機嫌になった。
☆ ☆ ☆
気がつくと、みゆりは祠の前に立っていた。
どうやら現実空間に戻れたらしい。綾子と博の姿はなく、どうやら自分が一番乗りのようだ。
彼らが来る間、みゆりは少年に教えられた事を気にかけていた。
少年はあの男性の事をずっと『あの人』と呼んでいた。あえて名前を訊かなかったのは、この聖剣を創ってくれた彼の名を、人からではなく、自分で直接本人に訊きたいと思ったから。
(また…いつか、逢えますわよね)
みゆりは空を見上げた。見上げている間に、また不意に彼が現れるような気がして。