リーナとルシフェルの結婚式③
血種保存派――異種族同士の交わりを好ましく思っていない者のことをいう。異種族間で生まれた子ども、つまり混血児は、純血種に比べて魔力が劣ることがわかっている。勿論、だから純血が尊い、というわけではない。そういう理由で保存派にいる者もいないわけではないが、大抵はもっと別の理由からだ。
天使の寿命は魔力の絶対値で決まる。
天使の魔力は、人間でいう運動神経みたいなものだ。努力によってある程度は伸ばせるが、どこまで伸びるかは生まれたとき既に決まっている。その値を絶対値と呼ぶ。
例えば、ある者の絶対値が五十だとする。するとその者の魔力はそれ以上伸びないし、五十までしか生きられないのだ。つまり、強い者が生き残り、弱い者から死んでゆく。
身体が聖なる力から生まれたものなので、ウイルスなどから身を守る力があり、病気にかかって死ぬことはなく、成長はするが老化はしない。
天使は基本3ヶ月で一歳年を取るが、二十五からは人間と同じ一年で一歳の計算になる。
天界の構造上事故にあって死ぬこともない。自殺や他殺、処刑されるようなことがあれば別だが、そうでない限り皆いつ死ぬかが生まれた時から解っている(とは言っても実際に彼らの絶対値を知ることが出来るのは各長だけなのだが)
血種保存派の言い分はこうだ――混血児は総合的にみて魔力が低く、戦乱で死に至るか、もしくは若年で寿命がくる確率が高い。ゆえに混血児が増えると年間の死者数が爆発的増え、ひいては天使の存命自体が危機にさらされる。よって、今まで通り異種族同士の婚姻を禁じ、これを犯した者は人間に危害を加えることと同等の罪として、刑法で以て処すべきである――
「聞いたことあるわ。確か数十年前までは異種族間の婚姻は禁止だったのよね?それで異種族間の婚姻はなくなったけど、 純血同士で婚姻する者も少なくて、独身の割合が高くなっちゃったから、各長が協議でしぶしぶ認めたって…」
「そうらしいな。今は昔ほど血種保存派はいないようだけど、それでも彼らは『自分たちには天使の生命を維持する使命がある』と思い込んでる。導士として世界のために戦った言わば英雄が、異種族間で、しかも神の前で大々的に婚姻をしたなんてなったら、それは神や長がそれを暗に認めていることになる。それに不満を抱いた奴らが自分たちが正しいと主張して、クーデターでも起こされたら事だぜ。そうなったらもうオレ達が認めてもらえるかどうかの問題じゃない」
ルシフェルは眉をひそめた。
「そんな」
せっかく二人でずっといられると思っていたのに、自分達が原因でクーデターが起きる?
「でも、ラファエル様やチェイニー…ううん、ミカエル様が何も考えず式をするわけないと思うけど…」
「無理矢理認めさせようとしているのだろう。お前達は既にそれぞれの長と知り合っている。その上導士として立派な役目を果たしてきた。その二人の幸せを邪魔する権利など誰にもないとでも言うつもりだ」
突然の男の声に驚き、声のする方を向くと、そこにいたのはルシフェルとほとんど同じ顔の男と、人間でいうキャリアウーマン風の女だった。リーナはすぐに彼らがルシフェルの両親だと察した。
「…親父。母さんも…」
彼らは刺すような敵意をみなぎらせながら言った。
「あなたがこれほどバカだとは思わなかったわ、ルシフェル。まぁしょうがないわね。あの頭の悪い兄に育てられたんじゃ」
「兄さんが、頭が悪いだって?」
「そうよ、親として恥ずかしいわ。あの年になるまで結婚もせずにいるのはあの子くらいのものよ。それも理由が、地上にいる子ども達を守るためですって!バカバカしくって泣けてきちゃうわ。自分は、子どもをつくり育てて種族の繁栄に貢献する義務を放棄しておいて よくもそんな戯言が言えるものだわ。大体、あの子一人地上に残ったところで何が変わるというの?せいぜい一人か二人助けるのが関の山じゃない。やっと弟のあなたが導士として成功して、結婚するっていうから喜んでいたのに、相手が異種族だなんてね。やっぱりおまえもあの子と同じ」
母は苦々しげに吐き捨てた。
「兄さんはオレを育ててくれた人だ。あんた達なんかより、よっぽど親みたいなもんだ。バカにするのは許さない」
ルシフェルも負けじと言い返す。だが、彼らとは貫禄が違う。
リーナは怖くなった。自分の親とこんな言い合いをしたことはないし、したくもない。
そんなリーナの様子を見てとってか、父親が静かに言った。
「レノ、落ち着きなさい。君は少し感情的になりすぎだ。女性を怖がらせることは、君の本意ではないだろう」
「……。そうね、少し気が高ぶっていたみたいだわ。ごめんなさいね、あなたを怖がらせるつもりはなかったのよ」
レノと呼ばれたルシフェルの母は、リーナを見てにっこりと笑った。先ほどまでのヒステリーが嘘のようだ。
「ああ、あなた本当に可愛いわね。残念だわ、あなたが炎天使なら息子の嫁に文句ないんだけど。やっぱり、孫には長生きしてもらいたいじゃない。あなただって、自分の子供が自分より先に死ぬことがどんなに辛いか、想像出来るでしょう?せっかくご両親が純血に産んでくださったその想いを、無にするようなことがあってはいけないわ。同種族で婚姻を結ぶことがみんなにとって幸せなのよ。一時の感情に流されてみんなが不幸になる道を選ぶことはないわ」
「でも私、そんなすぐに諦められるような軽い気持ちで、ルシフェルと結婚したいわけじゃありません。それに、好きでもない人と結婚しても、愛がない家庭に産まれる子どもが可哀想だと思います」
「それはあなたが若いからだわ。今は恋に恋している時期だから。二人ともすぐにもっといい人を見つけるわ」
諭すように言う母にルシフェルはキレた。
「都合の良いときだけ大人ぶりやがって。オレは別れないぞ。そんな理由で納得なんかしない!」
「まぁ、親に向かってなんて口の利き方なの。これだから男は。せめてルードのような紳士的な口を聞けないの?」
彼女は尊敬する旦那を引き合いに出して言った。その彼はまたも落ち着き払っていた。
「レノ。問題はそんなことじゃない。とにかく、我々は今の段階では二人を認めるしかないように思う。そういう法律は二十年前に廃止されているし、我らは神や長に従わなければならない。それが3つの掟の中で最も重要なことだ。思想の違いまで統一されるのは本来好まないが、そういう掟がなければ野蛮な者が跋扈して、世界が崩壊するからな。もし君たちが私達をそういう輩と同類と見なすなら、それは私達に対する侮辱だと肝に銘じておくがいい」
彼はそういうと、妻を連れて去っていった。