聖戦士の遺跡調査④
彼らは予定より早く遺跡に着いた。マンモスに乗っているお陰で魔物にあまり出くわさなかったし(その巨体を恐れて逃げ出す魔物がほとんどだったからだ)、出くわしたとして、久美が得意の弓技で射ぬいていたから全く問題なかった。
元々戦闘センスが良いというか、覚えの早い人はいるもので、久美は十二の時に巧の下で剣術を学び、たった三年で皆伝した。そしてその後高校で弓道部に入り、一年足らずで五大都市高校生弓道大会で三位に入賞したという経歴がある。その上頭は良いわ芸術にも感心があるわで、まさに優秀・有能な人材と言えた。
もちろん千慧も大学教授という立場では同じなのだが、彼女は勉強が大嫌いで、赤点を取ったことも一度や二度ではないらしかった。
それでどうやって飛び級して教師になれたのか甚だ疑問だ。今でさえ教授としての仕事は幸広に任せっきりで、もはや名前だけの職業といっても過言ではないのだ。
(まぁ、そんなことはともかく)
と、幸広はマンモスから降り、鬱蒼と生い茂る草木に囲まれた、ぱっと見それとは判らない遺跡を見て考え込んだ。高さはあまりなく、おそらくこの中は地下に続いているのだと見てとれた。
(何故こんな判りづらいところに遺跡が…。おそらく発見した学者というのはあの人だろうが…)
消された歴史は選ばれた者にしか知ることが出来ないと言われている。だとしたらこの遺跡をいち早く知ることが出来たのはあの人だけだろう。そしてこの遺跡に入れたのも。
(あの人なら遺跡の奥まで行けた筈だ。それを王に報告せず、行けなかったことにしたのには理由があるはずだ。おそらく何か残してあるんだろう。この中に私達に託す何かが)
そう思ったからこそ、幸広は千慧についていくことを決めたのだ。そして多分博も。
遺跡の中は石壁で出来ていて、暗くじめじめしていた。千年前の物ゆえ、建物自体はもっとボロボロでもおかしくないのだが、その割に綺麗だった。大方あの人の手が加えられているのだろう。
とはいえ、今まで数多の学者が奥まで行けなかった場所だ。聖戦士だからと簡単に入れるほど甘くなかった。
遺跡に入った直後に現れたのは、二匹の狼の魔物だった。彼らは今にも食い殺しそうな目で六人を見た。
「来たか、愚かな人間共。ここに何を求めて来たかは知らんが、引き返すなら今のうちだぞ」
「……ということは、やはりここに何かがあるのか」
「さあな、あるとも言えるがないとも言える。見つけるのは貴様ら自身だ」
彼らはここの番人だろうか。他の魔物と違い、喋るし得体の知れぬ雰囲気さえ漂う。
「ねぇ、狼さん。私達は別に何もなきゃないでいいのよ。ただ一応調査してこいって言われただけ。邪魔しないでくれる?」
とっとと先に進もうとする千慧に、彼らは吠えた。
「ならば我らを倒していくのだな。それがあの女からの条件だ」
「あの女?」
一同きょとんとしていると、狼は
「こないならこちらから行くぞ!」と襲いかかってきた。
「きゃあ!」
最初に狙われたのはみゆりだった。多分一番子どもで弱そうだったからだろう。爪で腕を引っ掛かれ、血が流れる。
「……っ!」
獣牙族は動きが素早い。不意を突かれればそれこそ頭を丸かじりにされかねない。
「みゆり、大丈夫か?! 今回復を… !」
言いかけたが、狼が自分に飛び付いてきた。ロッドを伸ばしてすぐさま反撃するが、彼らのスピードは並のものではない。しかもそれが二匹いるのだ。
「くっ!」
どうやって倒せばいいのか、と思考を巡らせていると、教授二人が言った。
「……望月君、この程度の敵に何苦戦してるのかしら」
「そうだよ、そりゃちょっと動き早いけど…」
「全くしょうがないわね。私達がなんとかするから、貴方は結界でも張ってなさい」
「は…はい」
幸広は言われた通り、全員をすっぽり包む結界を張った。すると千慧は結界を破ろうと突撃してくる狼に対し、
「悪鬼召喚」
と何処からか死神を呼び出した。気味の悪い骸骨にコウモリのような羽が生え大きな鎌を持った死神は、千慧に目で合図をし、片方の狼の魂をいずこかへ連れ去った。
久美子はというと、人差し指と中指をくっつけて空に[殺]の文字を書く。たったそれだけで、もう一匹の狼も地面に体を横たえた。
「さすが先生…」
恐ろしいけれど同時に感心してしまう。おそらく自分ではあの魔物を倒すことは出来なかっただろう。
感心しながらも、幸広はみゆりが怪我をした事に気付き
「大丈夫か、傷口を見せなさい」
とみゆりの袖口を捲った。見るとかなり酷い。
「今回復するから…」
「あ、はい。すみません…」
幸広はロッドの月の聖玉になにやら念じたようで、そこがだんだんと光りだした。そしてその光をみゆりに向けると、傷口がどんどん塞がっていく。
「謝るな。私こそバリアでも張れば良かったのだが…すまない」
そんな幸広とは裏腹に、みゆりは傷は痛んだが、幸広に手当てをされて役得だと思った。思わず顔がにやけそうになるのを防ぐため、慌てて違うことに思考を巡らせようとする。そして先程目の前で起こった何事かに疑問を抱いた。
「いえ、そんな。今こうして手当てをしてもらっていますし…。それより、千慧さんが陰陽道の使い手だとは聞いていたのですが、さっきの戸田さんのは一体…」
それに対し千慧は、全然大したことじゃない、という感じで髪の毛をいじりながら言った。
「ああ、さっきのは神霊術。戸田さんが前にちょっと研究してたの。元々は私の呪術と同じ陰陽道から来てるものなんだけど、途中で枝分かれしたみたいね。神霊術ってのはいわゆる言霊ってやつよ。言葉には霊的な力があるっていうの、聞いたことないかしら?」
「いえ、私はあまりそういうのは…」
一般人にしてみれば、言霊という言葉すら専門用語のようなもの。十四歳の少女にわかるはずもない。
「言霊っていうのはねー、そうだなぁ。言葉って不思議なもんで、言われて元気になれる言葉や、落ち込む言葉ってあるでしょ?それもある意味呪いなのよ」
今度は久美本人が、考えながら説明を始めた。
「例えば、夢は諦めなければ絶対叶うって言い続けてる人がいるとして、そういう人には底力っていうの?潜在能力が出たりするわけよ。けど、逆に自分には才能がないから夢なんか叶わない、なんて言い続けてると底力は出ないわけ。自分で暗示にかかっちゃうわけよ。自分はダメだっていう、ね。言葉の暴力だってそう。例えば、〈死ね〉なんてたった二文字の言葉でも、言われて本当に自殺する人いるじゃない。それはその言葉に物凄い負のエネルギーが宿ってるからなのよ。それが言霊。そんな風に私達は常に言葉に縛られてるの。そこまで、解る?」
「は、はい」
「まぁ、逆もしかりなんだけど。言われて嬉しかった言葉が自分を励ます原動力になったりするし。とにかく、私達はいつもプラスとマイナス両方の、見えない力に呪われてるってわけ。で、さっきのも〈殺〉っていう字を書いて呪っちゃったってこと」
「?あの…〈殺〉って書かれただけでどうして死ぬんですか?」
「一種の催眠よ。昔、医者が実験したことあるのよ。被験者二人に目隠しして、足の裏から少しだけ血をもらうって名目でね。だけど、医者は巧妙に血をたくさん搾り取ってるふりして被験者に言ったわ。「ほら、聞こえるだろう?あんたの血がどんどん流れていく音が。人間って体から3分の1血がなくなったら死ぬんだよなぁ。ああ、ほらもう3分の1なくなったんじゃないか?そろそろ死ぬかもな、あんた」ってね。勿論血なんかとってないのよ?でも被験者二人とも、その言葉を聞いた直後本当に心臓が止まったのよ。死ぬんだなって思ったら、本当に自分で自分を殺しちゃうわけ。無意識にね。それも言霊を使った呪い。戸田さんが使ったのもそれ。あの魔物は〈殺〉っていう字を見て殺されるって思った、だから本当になったのよ」
みゆりはあまりに衝撃的な話に頭がぐらぐらして、もう少しで吐きそうになった。
「な、なんか…言霊の呪いって、改めて聞くと怖いですわね。しかもそれが実話だなんて…」
「研究で人間が犠牲になった話なんて世の中にはごまんとあるし…人間として生まれた以上、それはしょうがないことなんじゃないの。言霊を使って殺人を犯しても罪にはならないから、覚えたいなら今のうちに戸田さんに習ったら?」
千慧は平気でそんなことをいうが、罪にならないと聞いてみゆりは仰天した。
「え、言霊の殺人は罪じゃないんですの!?」
「そうよ。だって〈言っただけ〉だもの。いじめだってそうでしょ?死ねって言ったらホントに自殺しちゃった、でもだからって、死ねって言った人を殺人容疑で立件なんて出来ないでしょ」
「それは…そうですけど」
そうだとしても、そんな殺人がこの世に幾つかでも起こっているのだとしたら、背筋がぞっとする。
「ちょっと千慧ちゃん、みゆりちゃん怖がらすようなこと言わないでよ。神霊術だってそんな危ないものばっかじゃないし、それにみんながみんな使えるわけじゃないんだから。ある程度相手を催眠状態にさせるテクニックが必要なの!それにかかりやすい人とかかりにくい人だっているし。しかも本人に直接かけなきゃ効果ないんだから。千慧ちゃんのなんか遠隔オッケーだし、発動したら相手関係ないじゃん」
「あら、でも結構面倒なのよ。人形作ったり浮遊霊捕まえたり」
みゆりは幸広がなぜ彼女達に逆らえないのかが、ようやくわかった気がした。単に彼が優しいからというのもあるのだろうが、実際は恐怖心が九割ぐらいだろう。
「もう。結局私戦っちゃったじゃない。全く、男共ときたら役に立たないんだから。こういう時女性を助けるのが男ってもんでしょ?望月君は結界張ってくれたからいいとして、博くんに直人くん、もう少ししっかりしてくれないと」
千慧が片眉を吊り上げて言った。
「そうかっかすんなって、千慧姉。これでも俺は未成年なんだぜ。保護者が必要な年な訳。直兄は最年長だけど、俺が無理やり連れてきたようなもんだしさ~。そのかわし俺を連れてきて後悔はさせねーからさ」
「あら、どう後悔させないっていうのかしら」
「うーん、そうだなぁ。例えば…ゆっきー、ロッドで進行方向30㎝くらいの床つついてみてよ」
幸広はロッドを伸ばして博の言った辺りをつついてみた。すると、なんとその床がパカッと開いたのである。
「……もしかして、これってルパン三世カリオストロの城もどきの」
「……落とし穴……みたいだね」




