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聖戦士の遺跡調査②

千慧は学術都市のなかなか上等なマンションに住んでいた。隣の部屋には高校時代からの親友であり、幸広の心理学部時代の助教授、戸田久美が住んでいて、よくお互いの家に行き来する仲だった。

今回も幸広が千慧の家に着くと、千慧と久美、そして二人の連れている雷天使セラフィと地天使スィフト、久美に書類を届けに来た直人と、それについてきた博がいた。

「………で、今日は何の用なんですか」

幸広は出された紅茶を飲みながら、開口一番そう訊いた。

「あら、どうして用事があるなんて思うの?私電話で何も言わなかったわよね?それとも何かしてくれるのかしら」

まるで日本人形のような容貌をした千慧が、にっこり笑ってそう返す。これは彼女の上等手段だった。彼女は決して自分からアレ頼めるかしら、などと言わない。遠回しにやれと脅してくるのである。

「いえ、そういうわけでは」

「まぁ、それはともかく。実はね、この間ある学者が遺跡を発見したらしいの。消された歴史の時のものらしくて、その遺跡を調査すれば、今まで謎とされていたことが解明出来るかもしれないっていうんで、学者達が躍起になっているそうなの。だけど魔物が巣くっている上に、なんだかかなり変わった構造していて、誰も奥地まで行けないんですって。でね。国王陛下もその遺跡については気になさっていて、とうとう私達二人のところに、国王陛下直々に調査の依頼が回って来ちゃって」

幸広はそこまで聞いて、彼女の用事がなんなのかピンと来た。

「まさか、か弱い女性二人でそんな魔物の巣窟に行けなんて、言わないわよね?」

幸広は内心、何がか弱い女性だ、と思った。

彼女達は自分なんかより遥かに強くて、特に博と直人を入れた四人で、五大都市の四天王と呼ばれるほどの強さなのだ。学者の代わりに調査依頼されたのだって、その強さと賢さを買われたからであって、そうでなければ千慧の言う通り、国王も女性に魔物の巣窟に行けなんて絶対に言わない。

「……私に付いて来いと?」

「あら、誰もそんなこと言ってないわよ?ただ、まさか望月君は恩師を見捨てるような非情な人間じゃないと思っただけ」

またもにっこり笑う千慧の背後に蛇のようなものが見えたのは気のせいだろうか。まるでぐだぐだ言わず付いて来いと言わんばかりである。

勿論幸広も、『いくら腕に自信があっても、どんな魔物がいるかわからない場所なんて怖い』というような女性なら素直に付いて行けるのだが、千慧の場合はそうではない。

「ちょっと千慧ちゃん、いくら雑魚キャラの相手するのがめんどいからって、望月君に全部任せようなんて可哀相だよ」

と、赤みがかったセミロングの髪に色白の肌をした久美が言った。事実久美の言うような理由で借り出されるのだから、たまったものではない。

「魔物なら私が一人ででもやっつけるって言ってるじゃん」

「バカ言わないでよ。そりゃあ戸田さんが強いのは承知してるけどね、一気に十体とか現れたら、私の身は誰が守るのよ?私が自分で守らなきゃならないでしょ?それがめんどくさいって言ってるの。こうなったら多少弱くても構わないわ。足手まといにならない程度の護衛付けないと」

千慧の言葉に一同唖然とした。

「うーわー。何気に酷いこと言ってんね、あんたの先生」

博が幸広に小声で耳打ちする。

「てかそんな強いのに、なんで戦うのめんどいのかなぁ。魔物ぶっ飛ばすとすっきりするのに」

久美も何気に酷いことを言った。

「私はね、戸田さんみたいに鬼畜じゃないのよ!無益な戦いはしないの!」

「人にやらせるんなら同じじゃない?」

と、焦げ茶色の髪と瞳が特徴の地天使スィフト。次いで久美がぶうたれる。

「しかも鬼畜って言うなよー。千慧ちゃんだって、この前呪術の研究に、大型の猿の魔物捕まえて、血抜き採ったり、コウモリの耳削いできたりしたくせに」

「あれは無益じゃないもの。研究に必要なのよ。まぁ結局失敗しちゃったけどね。本当は人の血じゃないとダメなんだもの。でも快くくれる人もいないし、ばれないように人を殺す術も幾つか知っているけれど、面倒くさかったし。それより大型猿系魔物の方が、DNAも人に近いし手っ取り早いかと思って。でもやっぱり忠実にやらないとダメね。代替え品じゃ効力も期待出来ないし」

幸広は何の効力か気になったが、それ以上訊くのが怖かった。

千慧は降霊術や陰陽道、暗殺や瞬殺の方法、それに理工学部教授なだけあって、爆弾や銃などの武器作りに精通していた。いつも自分の利益の為に動くので、先ほど言ったように自分の利害が絡めば殺人を犯してもおかしくないのである。

以前、どんな夢でも叶うなら世界征服をしてみたい、と言った彼女の言葉が今でも忘れられない。

幸広がなんだかんだで彼女のいいなりになってしまうのは、その恐ろしすぎる性格のせいでもあった。到がなぜそんな千慧を尊敬し「君は先生に可愛がられていていいですね」と言えるのか、幸広には全く理解出来ない。出来るものなら立場を代わってもらいたいくらいだ。

「はいはいはーい!あのさ、とにかく遺跡行くんだろ?ゆっきーが行くなら俺も行くー!」

博が手を挙げウキウキ顔で言った。なんだか知らないうちに話が進んで、まだ彼の名前すら聞いてないみゆりは、そっと幸広に尋ねた。

「あの、そちらの方とお知り合いですの?」

「ああ、彼は」

幸広が言いかけたところで久美が割って入った。

「あっ、そういえばまだ紹介してなかったね。こっちは森上博君」

「そうそう、俺はただのしがない旅の剣士なんだけど、持病で心臓悪くて、今日まで情けなくも入院するはめになっちゃってさー。ついでに言うと、こっちの久保直人は俺と昔同じ病室だった病人仲間なんだ。院長の娘の瑚湖ってのとも幼なじみだったんだけど、ゆっきーの兄貴と結婚したからさぁ。それで俺らがゆっきーと知り合ったわけ」

「ちなみに、久保君は今はうちの病院で働いてくれてるのよ」

「まぁ、じゃあ獣医さん ですの?」

「うん、そう」

今度は博が、久美子が病院としか言ってないのに、みゆりが医者じゃなく獣医と連想した事に疑問を持った。

「あれ?もしかして二人は知り合い?」

「私達二人とも黒崎巧剣術師範の弟子だから、それでちょっとね。まぁ私は一応皆伝してもう通ってないけど」

「あーそっかぁ。だよなぁ。ちゃんとした人に習わないと、せっかくの聖剣が泣くよな」

自分を見て言う博の言葉にみゆりは目を丸くした。確かにいつも代々家に伝わるという特殊な剣を装備しているが、何故彼はこの剣を聖剣だと言ったのだろう。

「…この剣ですの?」

みゆりは、腰から剣をさやごと外してテーブルに置いた。

不思議な文字の書かれた鞘。そして剣の柄には青色の宝玉が埋め込まれている。宝玉は一瞬大きく光った。

「それ、消された歴史の時のものだろ。千年前にも魔物がいて、その魔物を鎮めるために戦った女剣士が使ってたっていう」

「え!?そうなんですの!?私全然知りませんでしたわ」

「そりゃそうだろー。ただでさえ消された歴史のことは何も解ってないんだから。俺だって親父が考古学者じゃなかったら知らねぇよ」

「義信博士でしょ?とっても素敵な方よね。頭脳明晰で、それでいてそれを鼻にかけたところがないもの」

千慧が目を輝かせて言った。

「先生が学者の名前を覚えてるなんて珍しいですね」

「彼は遺跡の資料を大学に持ち込んで調べていたから、学内で何度か会ったことがあるの。私も以前から、消された歴史の真実という彼の論文を読んでいて、彼の今までの常識を覆す仮説に感嘆してたの。だからお会い出来た時は嬉しくて嬉しくて。こういう職種に就いて、それだけが唯一良かったことね」


だったらなんでそういう職種に就いたんだと幸広は思ったが、なんとなく訊かない方がいいような気がしたのであえて訊かなかった。

「そうそう、親父と千慧姉、この前俺の見舞いに来たもんな」

「ええ、その時にスィフトのこと頼まれたのよ」

千慧は紅茶を飲みながら言った。

「スィフトさんのこと…ですか?」

みゆりが聞き返すと、ソファーに座っていたセラフィが優しそうな笑みで話した。

「スィフトちゃんはしばらく義信博士と旅をしてたんだって。ね?」

「うん、私が魔物に襲われて怪我をしているところを助けてもらったのー。仲間も無事かわかんなかったから、とりあえず一緒についてったんだけど、ある日博士が、次は今までと違うすっごく危ない所に行くから、知り合いに預けるって言って、紹介されたのが千慧ちゃんなの」

スィフトはゆっくりした口調で話す、天然ぽさが感じられる天使だった。

「ちょうど私が来たすぐ後で、天使と人間の共存が認められた頃だったしね」

天使二人は和やかなムードを作り出している。鬼畜っぷりをもろに発揮している教授二人とは大違いだ。幸広は天使二人の存在にほっとした。

「えーと、そんで何の話してたんだっけ?あ、そうだ!ゆっきーが調査に行くんなら俺も行きたいんだけど。せっかく退院したし、久々に冒険したいしさー」

博が本題に戻す。

彼は退院したからと言っているが、多分本当の理由は他にあるのだろう。この時期に退院することと何か関係があるのかもしれない、と幸広は見当をつけた。

「……そうだな、ザコキャラ処理係というのは少々気に入らないが、私もその遺跡とやらに興味があるしね。先生達についていくことにするよ」

「わ、私も!先生方から少しでも剣術を学びたいですし、この剣のことも何かわかるかもしれませんもの。足手まといにならないように頑張りますから、連れて行ってください!」

みゆりが懇願する。

「いいわよ、別に。それに心配しないで。危なくなったら望月君が助けてくれるから」

千慧はまたも人任せにした。

「私ですか!?」

「あら、じゃあみゆりちゃんが危なくなっても放っておくって言うの?」

「そうは言ってません。けど先生の方がお強いのに…」

「強かろうが弱かろうが、助けられる人が助けるのが当然でしょ?大体、あなたは聖杖の使い手で回復が本業なんだから。私は攻撃の方が得意なのよ。『攻撃は最大の防御』が信条なの」


なんて自分勝手な言い分だ。攻撃だって面倒くさがってしないくせに。

「あの、聖杖ってなんですの?」

「ん?ああ、ゆっきーも消された歴史の時のロッド持ってんだよ。神に仕える司祭で、白魔術の使い手だったやつのものらしいぜ」

みゆりの顔に驚きが走る。

「ええっ、剣だけじゃなかったんですの!?それに神様って…」

「千年前の戦乱では七人の聖戦士と、三人の神と、天使が戦ったんだとよ。俺も持ってんぜ。ほら」

そういって博が服の中から取り出したのは、黄の台座に赤い宝玉が付き、その左右に涙マークが横向きで三連浮き出ている首飾りだった。

「これは光天使のものだったんだと。天使ってのは多分妖精のことだと思う。神ってのがよくわからんけど」

「そうだったんですの…」

「ああ、私それ見たことあるわ。よく夢でその時代のこと見るの。もしかしたら前世はその時代に生きてたのかもね。夢では大抵女の人が出てくるけど。リズっていう綺麗な女の人よ。だけど、すごく儚い感じの人だった。実際短命だったみたいね」

千慧がいかにもどうでもよさそうに言った。それを聞いたみゆりは、素直に過去夢を見るなんて凄いと思ったが、

「あー、そう言えば私も既視感みたいのあるよ。初めて千慧ちゃんや望月君と会った時、前にも会ったことがあるような気がしたり、そんなに仲良くなってないうちから、次の行動がなんとなくわかったり」

「そういえば俺も…行ったことない場所を知ってたり、博のことみてるとロキって名前がよぎるんだよな」

と次々言い出したので、みゆりは何か異様なものを感じた。普通あり得るのだろうか、そういう風に前世の記憶を受け継ぐことが?

「……私は運命を信じる方ですけど、今回の遺跡調査も偶然じゃないのかもしれませんわね」

みゆりが呟くと、博が手をポンと叩いた。

「おー、そうか。そういう考えもありだよな。てことで直兄も行くべ、冒険に!」

「は!?」

博はまたわけのわからない事を言い出した。突然話題を振られた直人は当然ぎょっとしている。

「いーじゃん、せっかくだし。旅は道連れ世は情けっていうじゃん」

「せっかくってなんだよ」

「というか本来の目的を忘れてないか?冒険じゃなくて国王依頼の調査だぞ」

直人と幸広は口々にツッコミを入れた。

「だって依頼されたのは千慧姉で俺じゃねぇし。しかも二人だけ高額報酬貰えんだろー。千慧姉護衛代出してくれんの?俺は元々行きたいからいーけどさ、ゆっきーが可哀相じゃん?」

今日の博は幸広にかなり甘かった。余りにも強烈な千慧のキャラに振り回される彼に同情したのだろう。

しかし千慧はそんな博の気持ちを叩っきるように

「冗談じゃないわ。だったらちゃんとした用心棒雇ってるわよ。金を遣うのがイヤだから、貴方たちを呼んだんじゃない」

「うわ、ひでー。可哀相なゆっきー。少年時代よくグレなかったな」

「……まぁ、なんとかな」

乾いた笑いでそう言うと、スィフトが博の意見に賛同した。

「千慧ちゃん、博君の言うとおりだよ。別にお金じゃなくてもいいから、何かお礼すべきだよ」

「……そうよね。別にお金にこだわらなくてもいいのよね。わかったわ。望月君には特別に、私の呪術で『憎いアイツ』を殺してあげる」

「…………………」


千慧があんまり何気なく言うので、その場にいた全員が凍りついた。普通なら冗談で終わるところだが、この人ならやりかねない。

「あら?どうしたの?急に黙り込んじゃって。心配しなくても、誰にもバレない方法だから大丈夫よ。それとも殺したい人がたくさんいて迷ってるのかしら?言っておくけど一人だけよ。十分考えてから決めてね」

満面の笑みで口を動かす千慧が怖かった。

「どういう方法がいいかしらね〜。病に見せかけるか、それとも存在そのものをこの世から消すってことも出来るわよ。亜空間に呑み込ませるの。まぁ相当憎いなら、バラバラにしちゃうっていうのもアリだけど」

「怖い怖い怖い!!」

セラフィが叫ぶ。

「先生、顔色一つ変えずにそういうこと言うのやめてください。バレるバレないの問題じゃなく、殺人は犯罪ですよ。第一、殺したいほど憎い人なんていません」

「相変わらず堅いわねぇ。じゃあ適当にじわじわ痛めつけとく?胃に穴開けさせるとか、事故で肋骨何本か折るけどなんとか無事とか。あ、適当な浮遊霊憑かせて不幸な目にばっかり遭うようにするとか。けどそういうのって加減が難しいのよね。私としては一発で昇天させる方が楽なんだけど」

幸広はさすがにイラついた。――この人は。全く人の話を聞いちゃいない。

「結構です!!」

勢いつけて断るが、千慧は最後の確認と言わんばかりに

「あら、まさかそれもいないの?断るならそれでもいいけど、あとで後悔したって遅いわよ。普通に契約すれば三百万はかかるのに」

「しません!!」

幸広はこんな人を信用している国王や市民が哀れになった。

もちろん彼らは千慧が呪術の研究をしていることを知らない。彼女の生徒でも自分と到しか知らないのだ。だから五大都市の女神だの四天王だの呼ばれ、尊敬されるわけだ。

だが実際彼女の二面性には空恐ろしいものがある。大体、三百万を払えば殺人をするという時点で相当ヤバイ。

「まあいいわ。私からの報酬を断ったのだから、つまり無償で来てくれるってことよね?いつもありがとう。本当に望月君はいい生徒だわ。安心して、もし万が一誰かに貴方の暗殺依頼をされても絶対に受けないから」

「それって喜ぶべきことなんか?」

「いや、違うと思うけど」

博と直人が幸広を哀れみの目で見つめた。これはつまり『私に逆らったら暗殺依頼を受けるわよ』という遠回しの脅しである。

「ちょっと千慧ちゃん。望月君は人に恨まれるような人じゃないよ。縁起でもないこと言わないでよ」

セラフィがフォローするが、

「あら、わかんないわよ。望月君が悪くなくても、嫉妬ややっかみで誰かの不興を買うかもしれないし。結構多いわよ、そういう依頼。…だから、もしそうなったら、望月君の代わりに私が依頼主を消しておくから。私も使える人がいなくなると困るし」

「………………」

どう考えても(特に最後の言葉が)喜べる言い草ではない。

幸広は頭痛がしてきたが、彼女のこの性格は今に始まったことじゃない。しょうがないと諦める他ないのだ。

「大丈夫だ、ゆっきー!俺がついてる!だからぐれるなよ!?」

こういう時博が頼もしく思えるぐらいだから、自分の精神は相当危険な状態に違いない。

「じゃあ早速行くか!俺もあんまここに長居するつもりないし、全員の都合いい日なんてそんなないだろうし」

「えっ、今からですの!?」

「大丈夫だって。時間かかりそうだったら引き返せばいいんだし」

博と久美子がノリノリで上着を着始める。

「私達はルーファウスさんのお手伝いに行かなきゃだから、一緒に行けないけど頑張ってきてね」

セラフィが声をかけ、スィフトは懸命に羽ばたきながら、皆の飲んだカップを片付ける。

「いいわよね、デートの予定のある人は」

千慧が恨めしげにセラフィを見る。

「で!デートなんかじゃないもん!あの人はただの友達みたいな…それにスィフトちゃんも一緒だし!」

「はいはい、何時に帰るかわかんないけど、家のことはよろしくね」

千慧は適当にあしらって、めんどくさそうに上着を着て外に出た。

「何で俺まで…」

と、何故か巻き込まれた直人を含め、彼らは五大都市南西のグラッド遺跡へ向かったのだった。


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