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食餌(1)


 女将さんが作ってくれた山菜のお吸い物はとってもおいしかった。

 だけど、わたしが先にご馳走さましてるのに、犬澤さんはまだ食べてる。

「犬澤さんって、食べるの遅い」

「うん。よく噛んで食べるようにしてるからね」

「小学生じゃないんだから、今さらそんなにして食べなくてもいいんじゃないの?」

「噛むことは体にすごくいいんだよ。頭も冴えるし、唾液にまじって分泌されるフチン酸って物質には抗癌剤よりも発ガン作用を抑える働きがあるんだ。その上自分から分泌するから副作用なんて一切ないからね」

「そうなの? でもやっぱりいいわ。わたしは自分のペースで食べるから」

 わたしも早いつもりじゃないけど、意識して噛むのって、めんどくさい。

 昼前になって、眠そうな目をこすりながら、ようやくお兄ぃたちが起きてきた。

 犬澤さんはまた部屋にこもってノーパソでバイトしてる。

 それより何? そのだらしないカッコは。女の子の前なんだから浴衣の前くらい閉じなさい!

 それに比べると、益原さんや杉田さんはさすがに着替えてる。うんうん、せめてそうよね。

「おはよー、メシまだ?」

 あんたたちは寝て食べることしか頭にないのか? って思わずいいたくなるけど、ここはお兄ぃを立ててグッと我慢よ。

「女将さんが朝ご飯作ってくれてるわ」

「なんだ気がきかないな、起きるところ見計らって作ってくれてもいいのに」

 か、勝手なんだから!


「お婆ちゃーん。俺たちどこかでバーベキューしたいんだけど、この辺りでいい場所ある?」

 朝ご飯兼昼ご飯を済ませたお兄ぃが、女将さんに尋ねた。

「ヤマメが捕れた川の少し上がったとこに砂地のところがありますよ。ただ、川には充分気をつけて下さい」

「水かさとか足場が悪いの?」

「土地の持ち主の熊谷のじいさんは、ヤマメ捕りの名人なんですが、よその人に川に悪さされないかいつも見張ってまして、ヘタすると鉄砲を撃ってくるんですよ」

「べつの場所教えてくれ!」

 結局、女将さんからバーベキューの材料を安く分けてもらって、探検部らしく(?)歩きながらどこか場所を見つけようってことになった。


 朝と違って、とっくに高くなった太陽の日差しが気温をどんどん上昇させてる。

 でも景色がきれい。

 それに蝉の鳴き声がすごい。

「とにかくまず、昨日話してた神社に行ってみないか?」

 探検なんて言いながら、土方さんがさっそく提案した。

「そうだな、初心貫徹。まずはお願いでもしてみるか。いい場所が見つかりますようにって」

 お兄ぃの意見にみんなが笑う。

 だけど1番後ろでバーベキューセットを担いでる犬澤さんは笑ってない。

「どうしたの?」

「土方くん、さっそく呼び出そうとしてるんだよ。真っすぐ向かうってことは、そのままそこでバーベキューを始めるつもりなんだ」

「呼び出すって、イトナ? でもそんな都合よくバーベキューできる場所があるの?

 それに、どうしてバーベキューがイトナを呼び出すことになるの?」

「行ったら解かるよ、最高の場所だからね。

 土方くんも解かってるんだ、そこがどんな場所なのか。

 バーベキューは……湖宮さん、カカシって知ってるよね?」

 なによ突然?

「知ってるわ。たんぼに立てて鳥に人がいるって勘違いさせるものでしょ。初めは鳥も警戒するけどすぐ慣れて効果はなくなるけど」

「うん、今はね。昔の……カカシとしての役割が確立する前のカカシって今とはずいぶん違ったもので、効果は充分にあったんだ」

「それってどんなの?」

「畑の中に棒で立てた台を作って、その上に畑を荒らす動物の毛皮や肉を焼いたものを置くんだ。

 すると動物は、自分の種族が焼かれる臭いを嗅いで、怖がって近づかなくなる。

 カカシって名前は臭いを『嗅がし』たところからできた言葉なんだよ」

「へ〜。肉の焼ける臭いがイヤなの? わたしたちみたいにアレルギー体質なら確かに悪臭だけど、いい臭いって人がほとんどじゃない」

「焼き肉の臭いって肉の焼ける臭いとタレの焦げる臭いのどちらの割合が多いかな?」

「あ、そうか。肉そのものじゃないんだ」

「同じ種族にとって悪臭であることは、仲間を危険から、焼死する危険から回避させる効果に役立つんだ。

 気持ちのいい話じゃないけど火葬場に行ったことはある? できるだけニオイはでないように設計されてるけど」

「……あるわ、お爺ちゃん死んだ時……確かにね。でも、それがイトナとどう……」

「怖がって近づかなくなる反面、そのニオイをかぎ付けてやってくる物もいるんだ。

 街から離れてるこの村には昔から作物を狙うような動物が豊富にいるんだ。

 でも普通ならわざわざ人里に降りてくることはないんだけど……ある年に、自然の食物連鎖ではバランスをまかない切れないくらい鹿が大発生したことがあってね。

 村の人たちは作物を守るために、盛んにカカシを立てたんだ。鹿を近づけないためと、離れた所に棲む大型の肉食獣、つまり狼を呼ぶためにね。そして鹿害はまたたく間におさまったんだ。速すぎるくらいまたたく間にね。

 狼は餌がなくなればもと通りテリトリーに帰って行ったんだけど、誰も気づかない間にやってきた物だけは帰らなかった。餌がくるまでそこで待つことにしようって。

 そんな物が、餌がきた合図に何を選ぶと思う?」

 わたしに顔を向ける犬澤さん。

 言わなくても分かる。イトナを呼び出すための1番効果的な方法は……。

「……肉が焼けるニオイ」

 つぶやくわたしの言葉に犬澤さんは黙って頷く。

「伝説が迷信に過ぎないことと、自然からの警告であることの明確な境界線が分かればいいんだけどね」

「どうするの、土方さん止める?」

「今止めてもやめるはずないよ。それどころか、いっそう好奇心を煽るだけだからね」

「じゃあどうするの」

「始める直前にひと言注意はするけど、無意味だろうから少し手を打つよ」

「何をするつもり?」

「うん……まあ、何か起こったらとにかく逃げて。麓の神社までたどり着ければ心配ないからね」

 え? 神社までって……そうか、イトナとお坊さんが戦った場所って神社の奥って土方さんがいってたわ。

 で、そこはバーベキューしたくなるような場所。どんなところなのかな……。


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