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変人(2)


 部屋に戻って、女将さんが敷いてくれたんだろうお布団に潜り込んだ。エアコンがほどよく効いていて気持ちいい。窓の外からは木々を揺らす風の音が心地好く聞こえてくる。

 イトナのことは明日考えよう。今日はもう寝るわ。

 わたしは優しい眠りに引き込まれて行く……。


「おはようございます」

 午前6時。セミの合唱に起こされ、顔を洗っていたところに女将さんが通りかかった。

「おはようございます」

「朝食はどうされますか? 他の部屋の方はまだ眠られているようですけど」

 まったく、昨日遅くまで騒いでたから。

「作るだけ作っておいて下さい。どうせ昼前まで寝てるつもりでしょうけど」

「でしたらお昼になってから作りましょうか?」

「ダメダメ、それはそれで食べるって言うに決まってますから。冷めてもいいからお願いします」

「分かりました」

 まったくこんなとこまできて、だらしない都会の若者をアピールしないで欲しいわ。

 あら、犬澤さんもまだなのかな。ちょっと意外。

 髪をとかしながら廊下を歩いてると、庭に昨日と同じシャツとジーンズ姿の犬澤さんがいた。なんだ起きてたのね。あら、何かやってるわ。

 なんだろう? 不思議な動き、踊り……じゃなさそうだし。

 ゆっくりかと思えば急に早くなったり……しばらく見てると、どうも武術らしいことが分かってきた。

「犬澤さん、おはよう」

「おはよう、湖宮さん」

 返事をしながらも動きを続けてる。

 清々しい朝の空気の中で、初めて見るその動きは舞いのように優雅で、時に激しく鋭い……武術なんて知らないから、どういっていいのか、ひと言でいうと、綺麗かしら。

「お待たせ」

「今のなに?」

「日本の古武術の1つで、朝の鍛練なんだ。頭がスッキリするから日課にしてるんだよ」

「古武術?」

「日本で発生した日本独自の武術だよ。友人に継承者がいてひと通り教えてもらったんだよ」

「動きがすごく綺麗だったわ」

「うん。長い年月をかけて完成された武術って、現代の人間工学に共通するものがあるよね。まだ武術のほうが先に進んでると思うけど」

「あー、そうなの? よく分かんないけど。

 そうだ。朝食の用意してくれるって、女将さんが」

「ありがとう。準備してから行くよ」

 昨夜の大広間に行くと、囲炉裏の火は消してあって、代わりに一人ずつのお膳が用意してあった。

 しばらくしてやってきた犬澤さんは、やっぱりさっきのシャツにジーパンのままやってきた……それって、さっき汗かいてるはずだし、そもそも昨日と同じ服じゃないの?

 信じられない。

 ハッ! まさかとは思うけどあの荷物の少なさから考えて下着も……今日は少し離れて歩こうかな。

「うわ、朝からすごい量だな」

 すごい量?

 お膳には炊き立てのごはんに味噌汁、ゆうべ出てた魚の焼いたのと山菜の煮物と漬物。

 わたしは魚以外なら食べられそうだけど。

「ま、いいか。じゃあオレは湖宮さんの斜め前に座ることにしよう」

「なんでわざわざひねくれたことするのよ。2人しかいないんだから、普通は正面に座るものよ」

「だからやってみたかったんだよ」

 子供ぶりを発揮しただけなのね……。でも笑いながら改めて正面に座り直した。

「お替わりはたんとありますから、いくらでもどうぞ」

 女将さんがニコニコしながらおひつを置いてくれる。

「ありがとうございます、それとせっかくですがこれは下げてもらえますか」

 味噌汁と魚と漬物を女将さんに差し出してる。残ってるのはごはんと煮物だけ……。

「ああ、そうでした。あら、おみおつけとお漬けものはどうしてですか」

「お味噌汁には鰹とイリコの出汁、漬物にも鰹で味付けがしてあるからダメなんですよ」

「ダシまでダメとは大変ですね。それじゃあ代わりに何か作りましょうか」

「いえ、いいんです。遠慮じゃなくて普段から朝はこのくらいしか食べてませんから」

「え〜! それじゃ足りないわ。わたしもごはんと煮物しか食べれないじゃない。あと汁物1つくらい欲しいわ」

「はい、はい。お嬢さんには、何か作ってきます。ちょっと待っててください」

 女将さんが奥に引っ込んで行くのを見送りながらちょっとワガママだったかなと思ったけど、この量だとお昼まで持たないもの。

「でも犬澤さん、見ただけで分かるんだ」

「料理好きでね。どんな料理にはどんな材料が使われてるか解からないと、知らずに食べてアレルギーが出るのはイヤだからね」

「それもそうね。わたしも少しは料理憶えてみようかしら」

「きっと面白いよ」

 犬澤さんは無邪気な顔で笑った。


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