理由(1)
「そろそろいいかな、いただきまーす」
お兄ぃたちが鍋をつつき始め、地酒を酌み交わしながら楽しそうに会話が弾んでる。
わたしのほうはまだ女将さんの手伝いをしている犬澤さんが戻ってこないから、先に食べていいのかどうか……もう! お客さんなんだから任せておけばいいのに。
「ごめん、待っててくれたの?」
頬を掻きながらようやく戻ってきたのは、隣のお兄ぃたちがすっかりでき上がってからだった。
「すっかり待ちくたびれたわ」
「うん。でも完全に材料に火が通るまでは、これだけ待たないといけなかったからね」
「なに? 鍋の状態待ってたの?」
「うん。はい、大根煮えてるよ」
平気な顔でそんなこといいながら、取り箸でわたしのお皿に大根を入れてくれる。
「熱っ! 熱っ……でも、おいし。ちょうど煮えてるわ」
「でしょ?」
笑いながら自分も野菜をお皿に入れてる。まんざら嘘でもないみたいね。
「犬澤さん、お酒は?」
隣では土方さんが飲み比べのようなのやって、女の子を驚かせてるけど。
「オレは飲めないんだ」
ふ〜ん。まあアレルギー体質なんだからそれもそうね。
「おい犬澤、飲め!」
すっかり出来上がった土方さんが、1升瓶を抱えてやって来た。
「ごめん、飲めないんだよ」
「ウソつけ! 俺は知ってるぞ。お前は飲めないんじゃなくて、飲まないだけだ。俺が許す! 今日は黙って飲め!!」
完全に酔ってるわね。強要するなんて、たち悪いわ。
「犬澤!! お前今日はどうしたんだ。せっかく一緒に来たんだから、少しは飲んで楽しめ!」
土方さんなりに気をつかってるんだ。無茶苦茶だけど。
「しょうがないかな。ちょっと待ってて、それほとんど残ってないからもう1本もらってくるよ」
さすがに手伝ってただけあって、犬澤さんはすぐにどこからか同じお酒を持ってきた。
封を開けた土方さんは考えもしないで空っぽだった犬澤さんのドンブリにお酒をなみなみと注ぐ。
「じゃあ土方くん、遠慮なく」
「一気に行け、一気に」
「一気は体に悪いからするべきじゃないんだけど、まあ、いいかな」
つぶやいて一気にドンブリのお酒を飲み干すと、お兄ぃや女の子から心配する声があがった。
「俺にも注げ、俺にも」
鼻息も荒く犬澤さんに自分のドンブリを差し出して、同じように一気にあおる。
「ふー、どうだ」
「さすが土方くん、まいったよ。気をつかってくれてありがとう。オレはもう大丈夫だから」
「うるせえ。もう1杯いけ」
犬澤さんが笑って頭を下げてるのに、さらに酒ビンを突き出す。ホントたち悪いわ。
「おい土方、無理強いはダメだぞ」
さすがにお兄ぃがたまりかねて止めたけど、置かれたドンブリを犬澤さんにさらに突き出す。
手もともあやしくお酒がつがれ、今度はゆっくりとあおって、半分ほどでドンブリを置いた。大丈夫かしら。
「うーん、もう呑めないよ」
「顔色ひとつ変えないくせによく言うぜ」
そう言いつつも、さすがにそれ以上無理強いさせることなく自分の座っていた場所に戻ろうと立ち上がった途端、土方さんのひざがガクッと折れて、ゆっくりと囲炉裏側に倒れていく。
その瞬間、犬澤さんが素早く動いてドンブリを取り上げ、火のついてる囲炉裏の中に倒れないように気を失ってる土方さんの体を支えた。
慌てるお兄ぃたち、女の子の悲鳴。
でも犬澤さんは平気な顔。
「大丈夫。急性アルコール中毒だから」
それって、毎年何人か死んでるんじゃないの!?
「心配しないでこの場で待ってて。応急処置してくるから」
そのまま1人で土方さんを担いで出ていく。心配しないでって言われても……。
みんな気が動転して、この場で待っててって言われたことに素直に従って待っていると、しばらくして2人が戻って来た。
顔色こそ悪かったけど、土方さんは自分の足で歩いている。よかった。まったく人騒がせなんだから。
「すまん、驚かせた」
バツ悪そうな土方さんに、ようやく場にホッとした雰囲気がもどる。
「気をつけてね、ここ、隣の村まで行かないとお医者さんいないから。手後れになると命に関わるところだったよ」
「ああ、助かった」
あれだけのお酒を飲んだとは思えない犬澤さんが心配そうに土方さんを座らせる。
本当に犬澤さんがいなかったらどうなってたと思うの? あれ? 犬澤さんがいたからこうなったのかも知れないけど。




