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伝説(2)


「時代と一緒に妖怪も姿を消したのね」

 益原さんがしみじみつぶやいてるけど、どっちにしろ妖怪なんているわけない。

 新聞に掲載されたなんて言ってるけど、その実物がないから本当かどうかなんて分かりっこないわ。

 それに土方さんが自分で言ってるように、塚口博士の件もうわさにすぎないし。

「まあ、明日はそれを知った上で見に行くんだから、ちょっとスリルが味わえるさ」

 矢吹さんが笑った時、ドアをノックする音がして女将さんが食事の用意ができたことをつげる声がした。


「じゃあ、行くか。タイミングバッチリだな。本当のお楽しみはこれからだぞ」

 お兄ぃが女の子に自慢げに笑う。

 大広間だけは冷房が強く効かせてあって、なんだろうと思ったら、各部屋の人数ごとに囲炉裏いろりが作られて、この暑い時季なのに鍋が用意してあった。

 暑い夏に冷房を効かせて食べる鍋なんて、なんて贅沢かしら。なるほどね、隠れた名所のわけね。

 すっかりあったまった鍋から湯気があがり、昆布のいい香りがする。

 鍋は3つあるけど……普通の鍋が2つに、なに? ずいぶん貧素な鍋が1つある。

「これはこっちでいいですか?」

「すいませんねえ、お客さんなのにすっかり手伝うてもろて」

 聞き覚えのある声に振り返ると、犬澤さんが女将さんの手伝いをしてる。すっかり? って、ずっと手伝ってたのかしら。

「なんだ犬澤、旅館の手伝いしてたのか?」

「今日はお客はオレたちしかいないから、仲居さんお休みで、あの女将さん1人しかいなくて準備が大変そうだったからね」

 矢吹さんが尋ねると、あたりまえのように答えてる。

「お兄ぃ! わたしのこと言っといてくれた?」

「……すまん、忘れてた」

「え〜〜〜!」

「何だ? 明咲季ちゃんどうかしたのか」

 土方さんが驚いて尋ねる。

「実は明咲季のやつ、食物アレルギーがあるんだ」

「食べられない物があるなら、よけて食べればいいじゃない」

 杉田さんは気楽に言うけど、わたしってば動物性のタンパク質が食べられないのよね。だから家以外で食べられるものって、ホントに限られてる。

 家族でもわたしのご飯は別に作られることがあるんだから。

 今日はお兄ぃに任せてたから安心してたのに、どうするのよ。鍋で一緒に煮るだけで食べられなくなるんだからね。

「じゃあ、オレと一緒に食べようか?」

 え? わたしのことを話して困っているみんなとは裏腹に、犬澤さんが言い出した。

「珍しいね。オレと同じアレルギー体質の人なんて。食べない人なら何人か知ってるけど」

「犬澤君そうだったの?」

 みんなが驚いてる。そうか、だからお菓子を渡されても食べようとしなかったんだわ。

「うん。だから、先に女将さんに頼んでオレの分は別の鍋に分けてもらってるんだ」

 そう言って貧素な鍋を指す。

 だから手伝ったりしてそのための鍋用意したのね。

「明咲季、どうする?」

「しょうがないでしょ、お兄ぃの分の野菜もらうわよ」

「お〜、いくらでも持ってけ」

 ふん。

「なんもねえところですが、山の幸は豊富にありますので」

 女将さんがみんなの鍋のメインをどっさり持ってくると歓声が上がった。

「これが昨日獲れたイノシシです、こっちがさっき潰したばかりの放し飼いの地鶏ですよ」

 山盛りのお肉が隣のお兄ぃたちのお鍋に次々放り込まれて行く。

 それだけじゃない、さらに女将さんが持ってきたのは……川魚?

「川で捕れたヤマメです、幸い今日はたんと捕れましての」

 竹串に刺されたヤマメが囲炉裏に端にならべられると、本当に懐かしい日本の風景……みたいな光景だわ。

「知ってるか? ヤマメってもう日本ではほとんど天然物がいないんだが、ここのは正真正銘天然物なんだ」

「すごーい! 来て良かった」

 益原さんと杉田さんが歓声をあげる。


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