悲鳴
「……塚口博士にイトナの伝説と呼び出し方を教えたのもオレなんだ。ネットで知り合いになってね。
まさか博士が本物の山の民の末裔……それも妖怪や魔物を退治する、退魔業を専門に行なってたカグツチと呼ばれた一族のアヤタチ……族長の血を引かれてたなんて知らなかったし、当然教えてくれなかったからね。
このウメガイも普通のものじゃないよ。
確かにシンボルとしての意味合いも有るけど、実用性はもとより、密教系信仰で重要視される法具的意味合いの方がはるかに強いし、現実にこれを受け継いだ者はその使い方をしてる。
もっと早く気づくべきだったんだ。
古事記に載ってるイザナミノミコトのホトを焼いて産まれ、イザナギノミコトに体を切り刻まれた、迦具土神。
現実への現われの1つとして、過去に2大勢力がはびこった時代があり、その片方から派生した1つの種族が、もともとの勢力を滅ぼすほどの勢力にまで台頭した結果、もう一方の勢力に攻撃を受け、その一族がバラバラに……少なくとも10の部族が滅ぼされ、残り8つの部族が日本中に散らばった歴史があったのかも知れない。
その中で本家的な役割を持った一族『カグツチ』……並べ替えれば明白だったし『私は一族の最後の1人なんだ』といわれた時にもっと深く考え及んでいれば……。
これは『ツカグチ』博士の形見なんだ。
行方不明になったって聞いて、すぐここに駆けつけたんだけど……焦げた肉の固まりと、祠の前に突き刺さってたこのウメガイだけが残されてた。
たぶん地形が目に似てることから引っかけにかかってしまったんだろう」
手が白くなるほどウメガイを握り締める姿には、なんて言っていいか思いつかない。
「行方不明になってから1週間後にメールが届けられたんだ。
これが届く場合には、自分の身に何かが起こってるということだろうってね。
送られてきたメールの中に、さっきの歌と音階が残してあった。もしもの時はあとを頼むって。
大学を卒業したら世界中を一緒に周る約束をしてたのに……。
そしてその博士の犠牲がなければ、オレも同じように引っかかってたところだ。亡くなられて、なおオレを助けてくれたんだよ。
博士。これは確かにオレが受け継ぎますよ。オレ自身の戒めのためにも。
そしてオレが将来、世界を周る時には必ず持って行きます」
祠の残骸にウメガイをかざしながら、静かに、でも力強くつぶやいた。
「湖宮さん」
「え! なになに?」
森から神社へと続く薮を歩きながら、犬澤さんが話しかけてきた。さっきの博士の話で雰囲気が暗くなってたから、わざと明るく返事する。
「オレの用は済んだからこれで帰ることにするよ。
それと……オレ1人だったらとても生き残れなかった。戻って来てくれて、助けてくれて本当にありがとう」
これまで見たこともない、本当に眩しいくらいの笑顔。
「受験勉強で質問があったらなんでも聞いて。携帯はいつも持ってるし、番号はあとでメモ渡すよ」
「やった! 試験中に問題いうから、答え教えてもらおうかしら、な〜んてそれはダメね……ありがと」
麓からはお兄ぃたちが村の人を連れてやってくるざわめきが聞こえてくる。
やっぱり世界がお兄ぃたちを巻き込むのを止めていたんだわ。
「お兄ぃー!」
先頭を必死な顔して登ってくるお兄ぃの姿に手を振ると、もっと必死になって登ってくる。
「明咲季! 無事か!!」
「きゃあ! ちょっと、やめてよ!」
いきなり抱きついた手は振り払ったけど、ひっぱたくのはやめておいた。
「犬澤! 大丈夫だったか!」
「すまん、俺たちだけ逃げていたこと気づかなかった」
土方さんと矢吹さんもきてくれていた。
女の子たちはいない……って当然よね。
「みんな無事でよかった。心配かけてごめん」
「あんたらも無事でよかったの、何があったんだあ、さっきの恐ろしい叫び声はなんだ?」
消防団のはっぴを着た村の人たちが心配そうに集まり、駐在さんがわたしたちの無事を無線で告げる。
一団がホッとして帰りかけた時……。
「うわああああ!」
列の後ろから叫び声!
何? まさかまだイトナが?!
一同が振り返り、叫び声があがったほうを見る。
「うわあ!」
「ひゃああ!」
続けざまに上がる悲鳴の連鎖。
いつ持ってきたの?! ずっと持ってたの?!
「これも神社で奉ってもらえないですか?」
悲鳴の中心に立つ犬澤さんは、笑いながらイトナの左目を手にしていた。
連鎖 了




