出現(1)
そんな料理のことで、すっかりイトナのことを忘れていた。ここでバーベキューをしようと言いだした土方さんでさえ、この時は忘れていたと思う。
ガシャーーン!! っていきなりもの凄い音がした。
音に驚いて何が起こったのか分からなかった。
「きゃあああ!」
益原さんが悲鳴をあげて見つめるその先はバーベキューのセットがあった場所。
すでにいくつかの材料が置かれてあったはずだったのに、なんにもなくなってる。
そう、何もかも。
大きなセットがまるごと消えてる。地面には無理矢理引きずった跡が……。
跡を目で追うと、池の中に見えない何かの力で引っ張られて行くセットの姿があった。
もしあれが人間だったら、伝説通り痕跡さえ残さないで消えることになる。
イトナ?!
頭をよぎる。恐ろしさで体が動かなくなってた。
「みんな逃げろ!!」
犬澤さんの叫びに我にかえった。
「バラバラになるな、固まれ!」
もう誰が叫んでるのか分からない。
わたしたちはパニックになりながら、一刻も早くここから遠ざかろうと走ってた。
その時。
《協力してあげなさい》
頭の中で声がささやいた。
これは、自然からの意思!
そのとたん、わたしのパニックはおさまり、逃げるお兄ぃたちを見送って振り返る。やっぱり犬澤さんはいない。
もとの道を引き返す。
『ふたや』の中でも最速のスピードを誇るわたしが祠の場所にたどり着くと、犬澤さんは目に見えない何かと戦っていた。
よかった生きてる。
「おほかむつみのかみ
オホカムツミノカミ
おほかむつみのかみ
オホカムツミノカミ」
叫びながら、手に持ったウメガイを振りかざすと、水面がザバーッと波打ち、周りの草がザザッとなぎ倒される。
今のわたしには見える。彼と戦っているモノが。
《喰わせろ、喰わせろ、喰わせろ……》
《ひもじい、腹がへって死にそうだ……》
《もっと美味いものが欲しい、もっともっと喰いたい……》
それは『餓鬼』と呼ばれる霊界でも最下層に位置する残留思念体。
イトナじゃない。それとも、この餓鬼たちがイトナと呼ばれる妖怪の正体だったのかも知れない。
手に持ったウメガイが振り払われると同時に、何体かの餓鬼が水面に弾き飛ばされて、水しぶきを跳ね上げたり、地面に転がったりしてる。
でもすぐ立ち上がってまた彼に向かって飛びかかってる。
妖怪なんて信じてなかったんじゃないかって? もちろん信じてないわよ。お化けも妖怪も。
だけど、次元バランスを護る者でいる間だけは、『何かの要因で現実に影響を及ぼすことができるエネルギー体』の存在は認めてるの。
だって……そんなのが普段からいるなんて思うと怖いでしょ。どっちにしろこの程度の餓鬼なんて、わたしの敵じゃないわ。
世界から受けてる高い波長を餓鬼に向けて解き放つと、餓鬼たちはあわてて逃げたり、浄化されて消えてく。
ふふん。少し本気になればこんなものよ。
「湖宮さん?! どうして戻ってきたの」
あら、せっかく退治してあげたのに、それってずいぶんじゃないかしら。
「何言ってるの、わたしがいれば100人力なのよ」
「さっきの餓鬼魂は、イトナの注意を引きつけるために呼んでたオトリだったんだけど」
え! それって……ジャマしたってこと?
「キツイかな、オトリ無しでやるのは。今から呼ぶにしても時間がないし」
彼の額から汗がしたたり落ちる。それが暑さだけじゃないってことは……わたしでも分かる。
「林の中で餓鬼界に通じる黄泉路を一瞬だけ開いて呼び出しておいたモノがさっきようやく出てきてくれたんだ。
バーベキューのセットが引きずられたのはなかなか効果的だったんだけど。とにかく湖宮さんは早く逃げて。そのくらいの時間ならかせぐから」
手を打つってこのことだったのね。でもわたしを逃がしたあとの時間はどうするの?
「ダメよ。わたし指示されたの。犬澤さんと協力して魔物を封じるようにって」
「え?」
「ダイジョ〜ブ。いざとなったら、わたしが犬澤さん守ってあげるから!」
にっこり笑ってウインクしてみた。驚いてわたしを見つめる彼の表情が少し気持ちいいわ。自信はあるのよ。
「こうなったら隠しててもしょうがないから言うけど、わたし特別なの。
自然世界で次元バランスに異常が起こった場合に、それを治すことができる能力が備わってるの。
今回は次元は関係ないけどささやきがあったからには、わたしの能力が必要ってことよ。
普段の生活に使うことはないし誰にも……同じ能力を持ってる人以外には知られてないけど、単純に力だけなら本気になれば大人472人分の力はあるのよ。
これなら文句ないでしょ?」
「次元バランスってなに?」
「この世界そのものよ。平面や立体の2次元3次元じゃないわ。
地球をまるごと1個の生命に例えるのと同じで、この宇宙まるごと1つを生命って考えるの。
それを1つの次元って考えて、異次元は切り離された違う生命体からの存在ってこと。バランスが崩れるのは、この生命体の中に違う生命体が入り込んで、体調が崩れたのと同じことなの」
「病原体や悪性ウイルスに対する抗体や免疫反応の役割を持ってることだね。
ささやきは誰から?」
「誰ってことはないわ。世界そのものが話しかけてくれてると思うの。
だけど幻聴なんかじゃない。はっきり意思をもって指示してくれるのよ」
「その役割はどうやって自覚するの?」
「ある日突然自分がその役を持っていることが分かるみたいよ。
人によっていろいろあるけど、わたしの場合、陸上の練習中に倒れた時に運ばれた救急車の隊員がその役目を持つ1人だったの。
わたしのことに気づいたその人が、その役目を持ってる仲間の所に案内してくれて自覚したの。
これでも1600人の中で特に大きな能力を持ってる28人……『ふたや』って呼ばれてる。
まだその上に4人、わたしたちでも手に負えない場合に呼ばれる人はいるんだけど」
ちょっと自慢。
普通このことは人に話さないんだけど、協力するように指示があったってことは話しても大丈夫な人のはずだわ。
「へえ……ふふ……そうか」
でも特に驚いた様子もなく、目を輝かせながら寄り目がちにゆっくり視線を下げて笑ってる。
何かしら? 好奇心旺盛な子供が何かを発見した時のような笑いみたい。
「だとすると湖宮さんの下に196人。たぶん『ももここのむゆ』の人たちとさらにその下に1372人の『ちみななふた』
うん? ちょっと語呂が悪いな、『ちよみ……』いや、この場合『ちのみななふた』って呼ばれてる人たちがいるんじゃないかな?」




