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食餌(2)


「……さーて着いた、伊戸納神社。やっぱりどおってことない普通の神社だな」

 周りを見渡しながら矢吹さんが言った。

 静かでのどかな雰囲気が漂い、まばゆい陽射しと、より大きな蝉の声がさらに夏の存在感を強めてる。

 代表してお兄ぃがお賽銭箱に10円玉を投げ込んでみんなでお参り。

 一瞬だけ厳粛な時間。

「……よーし、お参り終わったあ。

 ふわあ〜暑ちい〜! ビール! ビール! 飲もうぜ!!」

 真っ先に矢吹さんが声を上げて、自分で持ってるクーラーボックスから缶ビールを取り出して勢いよくプルタブを開ける。

「ひゃあ〜生き返る〜!」

 それをかわきりに、みんなにビールがまわる……わたしと犬澤さんは飲まないわよ! もう、昼間っから飲む不良大学生なんだから。

「どうだ、このままイトナと坊さんが戦ったって神社の奥まで行ってみないか?」

 土方さんがみんなを誘った。

「いいな、行こうぜ!」

 矢吹さんも勢いで賛成して、もうこの集団を止める人はいない。

 犬澤さんも分かってるはずなのに何も言わずに付いてくる。


……そこはすごくキレイな場所だった。

 いつまでも、この景色を眺めていたいくらい。

 さらに深い山奥から湧き出している清流が美しい小さな瀧を作り、3メートルくらいの絶壁からはじける飛沫がかすかな虹を作って小さな池になってる。

 それがやがて通り道で見た美しい川に流れ込んでいる支流の1つになっている。

 池のまん中には島のような小さな中州があって、中央に古びた祠が奉ってある。

「すごーい。キレイなところ!」

「いいな、こんなところがあるなんて」

「どうだ? ここでバーベキューしないか?」

 犬澤さんが懸念した通り、土方さんがみんなに提案した。

「いいな、やろうぜ」

「うん。ここなら鉄砲の心配ないしな」

 盛り上がってるみんな。でも……。

「……土方くん。解かってるよね?」

「何が?」

「文献読んだよね」

「おお。あれ? 犬澤おまえらしくない。まさか本気で信じてるんじゃないだろうな?」

 それを聞いた犬澤さんは何も答えなかった。


 バーベキューセットが用意され、炭が焼かれて材料がならべられていく。

 わたしはもちろん食べられない。

 野菜でも同じ網で焼かれると汁が付くことがあるから油断できないのよ。

「お兄ぃー、わたしのお昼ごはんは?」

 わたしはお兄ぃたちよりずっと早くに朝ご飯食べたんだから、もうおなかペコペコなのよ。

「え? お前の分は犬澤がどうにかするんじゃないのか? 何も用意してないぞ」

「ええ?! そんなの聞いてないわよ! 勝手に思い込まないでよ!」

……とはいえ犬澤さんはお昼どうするのかしら……って犬澤さんは……あれ?

 犬澤さんどこ行ったのかな……あ、いたいた。林の中ガサガサ歩いてるわ。何やってるの?

「犬澤さーん!!」

 林に向かって声をかけると、こっちを見て薮をかき分けながら出てくる。

「どうしたの?」

「あの……お兄ぃがわたしの分のお昼ご飯、犬澤さんがなんとかしてくれるだろうって、何も用意してなかったらしいんだけど……」

 もう! お兄ぃの薄情者!!

「え、そうなの?」

 キョトンとしてわたしを見る。やっぱり何も聞いてないんだわ。

「そうか……忘れてた」

 忘れてた? じゃあ聞いてたのね。

「お昼にご飯を食べるのが、普通の生活習慣だったの忘れてたよ。

 そうか、湖宮さんも1日3回食べるんだね」

 え? 3回食べるって、普通じゃないの? しかも忘れてたって……そっちのこと?

「ごめん、オレと同じ体質ってことで思い込んでた。オレは1日2食なんだ、朝と夕方だけね」

「ええ! それで体持つの? それに2食って、朝に食べたのわたしより少なかったじゃない」

「いつもはもっと少ないよ、昨日と今朝は少し食べ過ぎたなって反省してる」

 そんなこといわれると、お昼どうしようなんて言えない。それに運動しなくなってから少し体重も気になり始めてるし……。

「うん。まだしばらく時間あるから、ちょっと待ってて」

 笑いながらいい残して、また薮の中にガサガサ分け入って行く。

 どうするの? こんな山の中で……。

 少ししてから両手に何かいっぱい持った犬澤さんが、またガサガサと戻ってきた。

 なんだろう手に持ってるの? 食べ物だろうけど……。

「お待たせ。時期が心配だったけど、わりといいものが見つかったよ」

 笑いながら採ってきたものを清流で洗い始めるとみんなが集まってくる。

「なんだ? 犬澤、どこから見つけてきたんだ」

「奥の方に行くと、何本か自生してたんだ」

「なんなのそれ? わあ、なんか汚い」

 益原さんが『汚い』って言った時、一瞬だけ手が止ったのに気づいたのは、たぶんわたしだけ。

「山の芋と呼ばれてる山芋の種類で、栄養価が高いし、精力剤としても効果があるんだ」

 今度はお兄ぃたちの動きが一瞬止る。

「それとこっちは木イチゴの一種でニガイチゴ。名前はニガで、実は小さいけど甘くておいしいんだ」

「本当? もらっていい?」

「どうぞ」

 恐る恐る手を出して少しだけかじる。

「あ、甘い。おいしい!」

 わたしが言ったとたん次々手が伸びて小さな実がなくなって行く。

 ちょっとお兄ぃ! これはわたしのために探してきてもらったものなんだからね!

 それ以外にいくつか採ってきた山菜や葉っぱみたいなのを洗って、岸辺にあった大きめの平たい石の上に並べて行く。

「湖宮くん、お皿借りるよ」

「お〜、いくらでも持ってけ」

 土方さんがイトナの話を始めているのを横目で見ながら、何も言わずにお皿を受け取った犬澤さんは、石に並べられた材料に向かって……今まで背負ってた荷物で隠されてたナタのような刃物を腰から引き抜いて取り出した。

「うわあ、犬澤さんそんな刃物持ってたの?」

「これ? 山に入る時は必需品だからね」

 当たり前みたいに言ってるけど、普段なにしに山に入ってるのよ?

「あら、でもなんか変な形ね。ナタとは違うみたいだけど」

 槍の穂先のような、コテのような……。

「ウメガイって刃物でね、山ではもってこいの道具なんだよ」

「へ〜初めて見た」

 受け取ってじっくり眺めさせてもらうと、相当年期が入ってて、柄の部分は何度か修理の跡があるし刃もピカピカに磨いてある。

 両刃に見えた刃の片方は尖ってるけど刃は付いてない。それにすごく細かく付けられた飾り彫り……。

 刃物のことなんてよく分からないけど、なんかすごく高そうな気がする。

「ひょっとすると骨董品?」

「お金じゃ買えないよ」

 笑ってウメガイを受け取ると平らな石にしゃがみこんだ。

「ちょっと待ってよ、そこで料理するの?」

 石の上なんて……口には出さないけど、なんか……。

「水が飲めるのは確認したけど、やっぱり衛生的に気になる?」

 う、う〜ん……我慢できないわけじゃないけど、なんか断わるの悪い。

 といって万が一食中毒になったりするのはイヤだし……。

「やっぱ気になるか。しょうがない」

 笑いながら荷物の中からこんなところまで持ってきてるパソコンを取り出した。

……どうするの? 何しようっていうの?

「ああ! そんな!!」

 彼は閉じたパソコンの上蓋をまないた代わりにして採ってきたものを刻み始めた。

「ちょっと……ちょっと待ってよ。何考えてるの」

「え? 少しはマシかなって」

「石の上で切ってくれたのでいいから!」

「そう? わりと豪快なんだね」

 今の豪快さにはかなわないわ。世界で初めてなんじゃないかしら? パソコンをまないた代わりに使おうとしたのって。

 お兄ぃたちから少し調味料を借りてできあがった料理は……わあ、綺麗……持ってきた時の土まみれだったの信じられない。

「材料が限られてるから、これだけの種類しか作れなかったけどね」

 3つのお皿に盛られた料理が簡易式のテーブルに運ばれると、お兄ぃや女の子の驚きの声や歓声があがる。

「手前にあるお皿が、さっきの山の芋を使った物だよ。

 焼いてホクホクにしたものと、生で短冊に切ったのとおろしたもの。ホウキの実とよく合うんだ」

 余計なこといわないの! またわたしの分が減るでしょ!!

「この飾ってある花は? これも食べられるの?」

「うん、ヤブカンゾウの花だよ。酢の物にするとおいしいんだよ」

 本当、歯ごたえといい味といいおいしい! 最高! これが食べられただけでもきてよかった!

 他にも野生のアケビやウワバミ草っていうのなんかがあって、お兄ぃたちどころかバーベキューの準備してた女の子たちも集まってまたたく間にその料理を平らげられた。

 結局わたしにまわってきた量は少しだけ。

 う〜、この大食いたちの胃袋には負けるわ。


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