婚約者が幼馴染の令嬢をエスコートして夜会に出席していました。許せません。
わたくし以外を見る事は許さない。
わたくしと貴方は婚約者なのよ。
わたくしを愛さなくてはならないの。
それは当然でしょう?
わたくしは貴方の妻になる女ですもの。
いい事?わたくしを愛して頂戴。絶対にね。
レイリリア・アシェント公爵令嬢は、それはもう激しい熱情を持った女性だ。
ただ、それを表に出す事はない。
公爵令嬢たるもの、高貴な貴族の女性の仮面を被って、決して態度に出す事はない。
いつも節度を持って、自分の婚約者であるアーレス・ブルデ公爵令息に接していた。
アーレスは金髪碧眼のそれはもう美しい令息だ。
社交界でも色々な女性達の憧れの的だ。
歳は18歳。レイリリアと来年には結婚することが決まっている。
そして現在、二人の仲は良好で、レイリリアはアーレスと良い関係を築いていると思っていた。
婚約者としてプレゼントをちゃんと贈ってくれるし、夜会もエスコートしてくれる。
二人で交流する時もレイリリアを気遣って色々な話題を提供してくれる。
レイリリアにとって最高の婚約者だ。
それなのに。
とある日、夜会のエスコートをアーレスが断って来た。
王妃殿下が主催する夜会で、楽しみにしていたのだ。
それなのに。用があると言って。
どうしても出席したかったので、兄のベルドにエスコートを頼んだ。
ベルドは、
「可愛い妹の頼みだ。仕方が無い。妻は妊娠中だし、エスコートをしてやろう」
兄の妻は微笑んで、
「わたくしも行きたかったのですわ。でも、お腹の赤ちゃんに万が一があったら。わたくしの代わりに楽しんできて下さいな」
と言ってくれたので、兄ベルドのエスコートでレイリリアは夜会に出席することにしたのだ。
美しい深紅のドレスを着て、銀の髪をアップにし、夜会の会場に着いてみれば、アーレスが別の女性をエスコートして談笑をしているのを会場の中で見つけてしまった。
レイリリアはアーレスの前に行き、
「都合が悪いと聞いておりましたが?」
「レ、レイリリアっ。まさか君が来るとは」
「兄にエスコートを頼みましたの。この夜会、わたくし楽しみにしておりましたのよ。わたくしを放っておいて、こちらの女性と?」
女性は震えながらアーレスの後ろに隠れて、アーレスは女性に対して、
「怖がることはない。私がエスコートしているこの女性は幼馴染のフレイア・マルド子爵令嬢だ」
「それで何故?こちらの女性を貴方が?」
「フレイアがどうしても夜会に出席するのに、相手がいないというものだから」
か弱そうな守ってあげたくなるような容姿を持っているフレイアという女。
フレイアは震えながら、
「私が悪いのです。私が無理を言って、アーレス様に夜会に連れて行って欲しいと頼んだから」
「君は悪くない」
アーレスはフレイアを庇いながら、レイリリアに向かって言い放った。
「レイリリア。君は夜会なぞ、何度も出席しているだろう。それに比べてフレイアは、今まで夜会に出た事がない。だから私が付き添って今回、出席したまでだ」
レイリリアははっきりと、
「貴方はわたくしの婚約者ですわね。婚約者がエスコートをするのは当然の役目ですわ。それを蹴ってまでその女と?」
「だから、フレイアが初めてだったから」
「フレイアという女の父か兄に頼めば良いではありませんか」
「フレイアの父親は忙しい。それに彼女は一人娘だ。私が守ってあげないとならない令嬢だ」
「貴方はこの女の何なのです?」
「幼馴染だ。フレイアとは幼い頃、良く遊んだ。後ろをついて回るフレイアが可愛くて。だから、私が守ってあげなくて誰が守るんだ」
頭に来た。
貴方はわたくしの婚約者なのよ。
それなのに?
フレイア???幼馴染の方が大切だと言うのね。
アーレスはレイリリアを睨みつけて、
「それにフレイアは表情もコロコロと変わって良く笑うんだ。君は笑わないだろう。いつもすましてばかりいて、ちっとも可愛くない。私はフレイアの事を守りたい。可愛い可愛いフレイアの事を」
「わたくしとは婚約解消をしたいとおっしゃるの?」
「いや、それをしたら、両親に怒られる。君は私の両親のお気に入りだ。君が嫁入りしてくることを両親は楽しみにしているんだ」
「でしたら、わたくしを優先して下さいませ。わたくしは貴方の婚約者なのですから」
「私はフレイアを放ってはおけないんだ」
フレイアはアーレスにしがみついて、
「アーレス様、怖いっ」
「大丈夫だ。私がついている」
この女、アーレスに付き纏う気なのね。
「この事は、ブルデ公爵家にしっかりと抗議させて頂きます。よろしいですわね」
兄ベルドも傍に来て、
「我が妹を馬鹿にしているその態度。次期アシェント公爵として見過ごせん。厳重にそちらの家に抗議させて頂く」
アーレスはフレイアを守るように、
「抗議して下さっても結構。幼馴染の令嬢が不安がっているんだ。守るのは当然だ。男として」
フレイアは泣きそうな顔で、
「怖いですわ。この人達。私が悪いのでしょうか?」
「フレイアは悪くない」
「私はただ、不安だからアーレス様にエスコートを頼んだたけでしたのに」
レイリリアはフレイアに、
「マルド子爵家にも抗議させて頂きますわ。わたくしの婚約者と夜会に来ていたという事実を」
「酷いっ。家は関係ないですわ」
アーレスはレイリリアに、
「なんて酷い女なんだ。弱い者いじめをして恥ずかしくないのか?」
レイリリアはガラガラとこの男に対する心が崩れていくのを感じていた。
ブルデ公爵家に抗議の手紙を送った。
その返事は、
「マルド子爵家の令嬢は、幼い頃から我が公爵家と付き合いがあり、アーレスも妹のように接している。今回の事は注意しておくが、少しは大目に見て欲しい」
と返答があった。
その返答を見て、両親と兄が怒りまくった。
父アシェント公爵は、
「我が公爵家を馬鹿にしている。娘のエスコートを断って、他の令嬢をエスコート?我が娘は婚約者だぞ。いくら妹のような令嬢だからってそちらを優先するとは。大目に見てほしいだと?」
母アシェント公爵夫人も、
「本当に我が公爵家を馬鹿にしておりますわ」
レイリリアは両親に向かって、
「婚約解消致しましょう。わたくし夫になる相手には、愛情をわたくしだけに向けて欲しいのですわ。絡みつくような愛情を。ねっとりとした愛情を」
ベルドが慌てたように、
「お前の気持ちはわかるが、貴族の結婚は政略だ。愛だの恋だのは二の次だろう?」
「ええ、二の次ですわ。でも今回は、我がアシェント公爵家に泥を塗ったのです。子爵家の令嬢を優先したのですもの。それは許せない事ですわ」
アシェント公爵は、
「我がアシェント公爵家に泥を塗ったブルデ公爵家を許す訳にはいかない。
婚約解消を申し入れる。良いな?」
「ええ、よろしくお願い致します」
わたくし以外を見る事は許さない。
わたくしと貴方は婚約者なのよ。
わたくしを愛さなくてはならないの。
それは当然でしょう?
わたくしは貴方の妻になる女ですもの。
いい事?わたくしを愛して頂戴。絶対にね。
それがアーレスでなくても、わたくしを愛してくれるのなら、他の人でもいいわ。
愛してくれないのなら、必要ない。わたくしの人生から消えて頂戴。
婚約解消は成立した。
ブルデ公爵夫妻はごねたが、婚約者を優先せずに、子爵家の令嬢を優先して夜会に連れて行ったのだ。それは当然、アシェント公爵家を馬鹿にした行為である。
慌てたように、アーレスが一人で屋敷を訪ねて来た。
「たった一回、フレイアを優先しただけじゃないか。それなのに。婚約解消?君の心は狭いな。不安がる幼馴染をエスコートしただけなのに腹を立てるなんて」
「わたくしは王妃様の夜会に行きたいと貴方に言っていましたわ。それなのにその約束を蹴って子爵令嬢を優先したのですから、婚約解消されて当然ですわ。我がアシェント公爵家に泥を塗ったのですから」
「たった一回だぞ」
「その一回でも、わたくしにとっては屈辱ですわ」
「お前となんて結婚しないでよかった」
「ええ、わたくしも貴方となんて結婚しないで良かったですわ。どうぞお帰り下さいませ」
アーレスを追い返した。
アーレスは元々あんな酷い男ではなかった。
ちゃんと今までは夜会があれば、エスコートしてくれたし、婚約者としての交流もしてくれた。
色々とブルデ公爵家の事を教えてくれて、楽しく話をして幸せだったのだ。
わたくしを愛してくれるのなら、他の人でもいいわ。
愛してくれないのなら、必要ない。わたくしの人生から消えて頂戴。
と強がりを言ったけれども……
わたくしの心はアーレスにあったのよ。
あの女が夜会のエスコートを頼みさえしなければ。
今まであの女の事が話題に出た事はなかった。
あの女のせいで婚約解消せざるを得なかったのだ。
あの女のせいで……
恨んでも仕方が無い。
アーレスがあの女を優先したのだから。
不安だと言うあの女を……
涙が零れる。
でも、きっぱりとアーレスの事を忘れることにした。
一年過ぎた。
アーレスはいまだに婚約者もいない。
フレイアではアーレスの妻に相応しくないと、両親が許してくれないのだ。
それでも、フレイアは屋敷にアーレスを訪ねて来て、アーレスに付き纏い、離れない。
部屋まで押しかけて来るのだ。つい部屋で話を聞いてしまう。
「アーレス様がいないと私……不安で不安で」
「いい加減に、君もしっかりしないと、私だっていつまでも傍に居る訳にはいかないから」
ブルデ公爵夫人が務まる女性をと。両親も探しているのだが、皆、アシェント公爵家に泥を塗った家として敬遠しているのだ。
誰だって子爵令嬢を優先する公爵令息と婚約したい令嬢はいない。
アーレスは困り果てていた。
レイリリアに謝って、婚約を再び結んで貰おうか。
そう思った。
フレイアが訪ねて来なかった以前は、関係は良好だったのだ。
きっと彼女だって、私が謝れば許してくれる。
再び婚約を結んでくれる。
そう思った。
フレイアに向かって、
「私はレイリリアに再婚約を申し込むつもりだ」
「え?レイリリア様に?」
「だから君も私ばかり頼らないで、いい加減に先を見据えて自立して欲しい」
「私、アーレス様の事が好きなんです。私では駄目ですか?公爵夫妻が反対しているのは知っています。でもアーレス様が熱心に頼めば」
「君では公爵夫人は務まらないだろう?」
「え?でも頑張れば私にだって」
「頑張って出来る問題ではない。君のマナーはまだまだつたないし。それに比べてレイリリアのマナーは完璧だった。マナー一つでも足を掬われるのが貴族社会だ。だから、君とは結婚出来ない」
「酷いわ。私を見捨てるなんて」
「不安がるから、心配しただけだ。君に愛とか恋とかそういう感情はない。私はレイリリアに再婚約を申し込むつもりだ」
泣きながらフレイアは部屋を出て行った。
フレイアが不安がるから、突き放せなかった自分が恨めしい。
早くレイリリアに再婚約を申し込むんだ。
そう思っていたのに。
フレイアが言いふらしたのか、自分と身体の関係があると社交界で広まった。
フレイアを部屋に入れていたのだから違うと言い訳も出来ない。
フレイアとは何ともない。
彼女が訪ねてきたから部屋に入れていたまでだ。
夜会に出席したら、レイリリアを見かけた。
だから、レイリリアに、
「フレイアとの事は誤解だ。ただ、不安がって訪ねてきたから部屋で話を聞いていたまでだ」
「わたくしに何の関係があるのです?」
「だからレイリリア。私は君と再婚約を結びたい。ブルデ公爵夫人が務まるのは君しかいない」
「お断り致しますわ。わたくし、王妃様に付き従って今、忙しいのです。貴方との再婚約なんて絶対にお断り致します」
「相手がいないのなら……私とっ」
マルガリーテ王妃がにこやかに、
「わたくしの甥を紹介しようと思っておりますの。今、隣国に留学していてもうすぐ戻って来るはずですわ。ですから、もうレイリリアに付き纏わないで下さいませ」
「王妃様。レイリリアは表情も乏しく、笑った顔も見たことがありません。そんなレイリリアの事を解っているのは私だけです」
「当然でしょう。貴族の淑女たるもの、大口を開けて笑ったら恥ずかしい。貴方のお母様のブルデ公爵夫人は大口を開けて笑っていないでしょう」
「ぐっ」
何もいいかえせなかった。
レイリリアが遠く感じる。
もう手遅れなのか?レイリリア。
このまま私は結婚出来ないのか?あの女のせいで。あの女の……
そもそも、あの女がいけない。
私に付き纏ったあの女が。
あの女さえいなければレイリリアと今頃は結婚していた。
ブルデ公爵家の次期当主として、レイリリアと共に幸せに過ごしていたはずだ。
「あの女のせいで」
アシェント公爵家に再びアーレスは訪ねた。
「泥を塗る原因になったフレイア・マルド子爵令嬢は二度と君の目につかないところへ、行かせたよ」
レイリリアはアーレスに向かって冷たく、
「だからなんだと言うの?」
「だから私と再婚約を……しっかりと対応しただろう」
「でも、貴方のやった事は消えませんわ。我がアシェント公爵家に泥を塗った事。ですから、貴方と再婚約はありません」
「私の事を愛していたのではないのか?」
「わたくし以外を見る事は許さない。
わたくしと貴方は婚約者なのよ。
わたくしを愛さなくてはならないの。
それは当然でしょう?
わたくしは貴方の妻になる女ですもの。
いい事?わたくしを愛して頂戴。絶対にね。
それを裏切った貴方を許す訳にはいかないわ。
さようなら。貴方……
わたくしはわたくしを愛して下さる方と幸せになります」
きっぱりと言われた。
アーレスは落ち込んで、アシェント公爵家を後にした。
自分の婚約者は見つかるのか?結婚出来ないのはまずいのでは?
雨が降って来て、馬車に乗り込むアーレスの心は重く沈むのであった。
レイリリアが王妃殿下の甥である公爵令息と婚姻したという話を聞いた時は落ち込んだ。
君は幸せなのか?
君だけを見つめてくれている相手と婚姻出来たのか?
どんなに悔やんでも悔やみきれない。
私はなんであの女を優先したのだろう。
守ってやりたいと思っていたあの女はただの疫病神だった。
彼女は遠い修道院へ押し込めて、二度と来られない所へ追いやった。
馬車で運ばれて行くときに、泣きわめいて、アーレスの名前を呼んだのだ。
あれだけ守ってやりたいと思ったのに。いなくなってせいせいした。
ああ、でもレイリリアはもう戻って来ない。
後悔してももう遅い。
アーレスは涙を流しながら、どんよりと雲った空を見上げるのであった。




