追放? 知った事かっ!
「何で居るんだよっ!」
そう叫び、一人の男がベッドの前で崩れ落ちる様に膝をついた。
その表情は絶望に染まっており、見ただけで、その凹み具合が伝わって来るようだった。
「へっ……、お前のベッド、温めておいたぜ」
「望んでねぇぇぇっ!」
ベッドの中から掛けられた言葉に、嘆く様に男が叫び返す。
そして、気合を入れる様に勢いよく立ち上がると、その勢いのままにベッドに向かって叫ぶ。
「お前は追放しただろ!」
「世界最大の火山の火口に叩き落とされた事を追放というなら、確かに追放されたな」
……それは、処刑じゃないか?
それを追放という言葉で片付けるには無理がある。
強いて言うなら、現世からの追放である。
「ダンジョンに置き去りにした時も、海に放り込んだ時も、どうやって、お前は戻ってきてるんだ⁉」
「勇者の居るところに俺が居るのさ。お前が勇者である限り、俺は必ず戻って来るぜ」
「殆ど呪いじゃねぇか⁉」
男……、勇者が怒鳴る。
どうやら、勇者による追放劇の最中だった様だ。
だが、普通の展開なら、追放された側は、生き残ったら勇者パーティーに戻らず、『ざまぁ』に向かうだろう。
なのに、何故、此奴は態々戻ってきているのだろうか?
そして、戻って来たとして、何故、勇者のベッドに潜り込む?
正直、理解不能な展開だった。
「そもそも、俺を追放しようとしなければ良いだけだろ」
「お前が居るとトラブル続きなんだよ!」
「そんな事ないだろ」
「そんな事あるわっ! 自覚がないとしたら本当にヤバいぞ!」
「ん~~……」
勇者の言葉に、考え込むような唸り声が返される。
そして、暫しの時が流れた後、思いついた様に言葉が発せられる。
「遊ぶ金欲しさに、敵……、魔王軍にお前達の情報を売った事か?」
とんでもない言葉が発せられた。
勇者による無茶な追放の被害者なのかと思っていたら、とんでもない裏切り者だった。
「他にもあるだろ⁉」
「あとは……、魔王討伐の旅で手に入れたアイテムを悪徳貴族に横流しした件か?」
「それもそう!」
「お前の髪の毛を毟って、勇者のファンに売りさばいた事……」
「スキンヘッドになりかけたな!」
大分、やらかしてるな。
正直、此奴の場合、火口に叩き落としても許される気がしてきた。
勇者パーティー内に敵が居る様なものだ。
勇者もキレて当然だった。
「他は……」
「あるだろ! 今の内に全部吐け!」
最早、尋問だった。
この様子だと、勇者が把握していない悪事もありそうだった。
「……他には、お前の婚約者の聖女を『俺の聖剣で天国を見せてやるぜ』って、口説いた事か?」
「初耳!」
そう叫び、勇者が荒い息を吐く。
今にも倒れそうな程に、怒りで顔を紅潮させている。
そして、暫し息を整えると、勇者は再び口を開く。
「何がお前の聖剣だ……」
怒りを押し殺した様な声だった。
それだけで人を殺せそうな程の殺気を放っている。
だが、勇者が怒りを押し殺せていたのもそこまでだった。
ついに爆発した怒りに任せる様にして、勇者が本日最大の怒声を放つ。
「お前は聖剣その物だろうがぁぁぁぁっ!」
………………
聖剣だったんかい。
確かに、ベッドの中を良く見れば、そこには一振りの剣が横たわっている。
そして、火口帰りだからか、布団が盛大に焦げている。
「何で聖剣に宿った人格が、お前みたいな人格破綻者なんだよ⁉」
それは……、まあ、確かに疑問である。
こんな人格の宿った剣を聖剣扱いする意味が分からない。
「元は天界の神の一柱だったんだが、素行不良で人間界に落とされた」
「だからって、聖剣に宿らなくても良いだろっ⁉」
「いや、聖剣として勇者を正しく導けば、天界に帰れるんだよ」
「じゃあ、仕事しろよ! お前に導かれた事なんかないぞ!」
「そこは反面教師としてくれ」
「単なる仕事放棄だろ!」
仕事を放棄した挙句、それを良い様に言い換えるあたり、聖剣の人格の酷さが伺える。
勇者パーティーでやらかした事と合わせて、天界を追放されたのも納得だった。
「お前は天界に帰りたくないのか⁉」
「ぶっちゃけ、人間界の方が楽しい」
「神としてのプライドは無いのか⁉」
「プライドで欲は満たせねぇよ」
欲を満たす事を優先するんじゃない。
とっとと仕事をしてもらって、お帰り願いたいところだ。
「天界じゃ、聖女の寝床に潜り込んだりできないからな」
「何やってんの⁉」
「まあ、聖女が目覚めた後、破壊されかかったがな」
「何時だったか、朝起きたら、聖女が一心不乱に金槌をお前に叩きつけてたのはそういう事かっ!」
これは酷い。
欲望に忠実すぎる。
そもそも、聖剣の姿で人間に欲情できるのが理解しがたかった。
「お前が居ると、魔王討伐の旅が先に進まないんだよ!」
「そうは言っても、俺が居ないと、魔王に止めを刺せないぞ」
「マジで腹立つ! 本気でぶっ壊してぇ!」
魔王討伐の鍵となる存在が、魔王討伐の最大の障害とか笑えない。
ハッキリ言って、発狂レベルの異常事態だ。
「天界も、何でお前みたいのを聖剣に宿らせたんだよ!」
それはそう。
何を考えて、こんな人格破綻者を宿らせたのか。
人選ミスとかのレベルでは無い。
天界がやらかしているので、紛れもない天災だった。
「ああ、天界も『ここまで酷いと思っていなかった』とか、言ってたぞ」
「じゃあ、引き取ってくれ!」
勇者が至極もっともな事を叫ぶ。
こんな聖剣、とっととリコールするべきだろう。
「いや、俺の魂を聖剣から引っぺがそうと思ったら、十年くらい時間が掛かるから、魔王を討伐してからじゃないと無理だぞ」
「このままだと、魔王を討伐するのに十年以上掛かるってんだよ!」
そこまで酷いのか。
元々、何年かかる予定だったのか知らないが、この言い方だと、とんでもなく進捗が遅れているのだろう。
下手をすると、進捗が完全に止まっている可能性すらあった。
「まあ、諦めて頑張ってくれ」
「何で他人事なんだよ! 全ての元凶の分際でっ!」
「世の中なんて、往々にしてそういうもんだ」
「お前が世の中を語るなっ!」
確かに、こんな存在に世の中を語ってほしくない。
この世の悪徳を煮詰めた様な者が語る世界など偏っているに決まっている。
「決めたっ! もう、お前無しでも魔王を倒す方法を考える!」
「流石に無理だろ。天界でも、人間の力では無理って判断だったぞ」
「怒りと憎しみの力を甘く見るな!」
「勇者なら、愛の力とか、ポジティブな事を言えよ」
「お前に向ける愛なんてねぇよ!」
「俺も、お前の愛はいらんなぁ……」
聖剣の言葉を無視して、勇者が聖剣の柄を掴む。
まだ、聖剣に熱が残っているのか、勇者の手から、何かが焼ける音が発するが、勇者は眉一つ動かさなかった。
「どうするつもりだ?」
「知れた事だろ」
聖剣の質問に勇者が短く返す。
そして、何一つ説明しないまま、部屋の窓を大きく開け放った。
「無駄だと思うけどなぁ……」
「何度でもやってやる」
そう言うなり、勇者が聖剣を大きく振りかぶる。
どうやら、聖剣を投げ捨てるつもりらしい。
しかし、どう考えても無謀だった。
火山の火口に投げ落とされても返って来た呪いの聖剣である。
投げ捨てたくらいではすぐに戻って来るだろう事は分かり切っていた。
だが、それでも、勇者の瞳には消える事のない闘争の炎が宿っている。
「俺の全力を込める!」
そう叫んで、勇者は身体強化魔術を何重にも重ね掛けしていく。
どう考えても肉体の限界を超えた強化だった。
勇者の全身に血管が浮き上がり、身体から悲鳴が聞こえてきそうな程に筋肉が膨れ上がる。
「まあ、やるだけやってみな」
聖剣の言葉を聞いてか、勇者の身体が凄まじい速度で動く。
凄まじい速度の踏み込み。
己の身体を顧みない程の腰の捻り。
そして、神速の腕の振り。
それら全てが合わさり、とてつもない速度で聖剣が窓から投げ捨てられる。
音の壁を破る衝撃音を響かせ、何もかもを置き去りにする様な速度だった。
それ程の異常な速度に曝されながらも……
「俺は何度でも帰って来るぞぉぉぉっ!」
そんな声を残して、聖剣は満天の星空に消えていったのだった。
そして、その夜、魔王城に何処からともなく聖剣が飛来し、庭を散歩していた魔王の心臓をぶち抜いた。




