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勝ち目のない戦い

作者: 怪力熊男
掲載日:2026/05/23

「さてと、これからどうする」


 古びた宿屋の一室、ランプで薄暗く照らされた部屋に4人の若者が集まっていた。

 実に質素な装備を身に着けた若者たちは、リーダーと思しき男の問いかけに答えられずにいた。


 わずか400ゴールド。

 それは、この国の国王が彼ら『勇者パーティ』に支給した、旅の支度金だ。

 勇者が手に入れたのは、布の服、檜の棒、皮の盾。

 戦士は青銅の剣に皮の鎧。

 僧侶と魔道士に至っては布の服に樫の棒だけ。


 街の近辺に現れるゴブリンすら倒すのは難しい、そんな装備だ。


「王様って……何考えてるのかしら。こんな、その辺の農家の方がまだマシっていうような装備に? ひとり100ゴールドって……青銅の剣も買えないじゃない」


 僧侶の女は呆れたように片眉をあげると、やたらと長いため息を吐いた。

 同調するように、戦士はジョッキに半分だけ残ったエールを豪快に……とは行かず、ちびりと口に含む。

 

「ったく、何なんだよ、俺らに死んでこいって言ってんのかよあのクソ王」

「お、おい、2人とも、言葉を慎め! どこで誰が何を聞いてるかわからないんだぞ?」

「勇者はお人好し」


 勇者は焦っていた。

 彼が聖教会による神託で『勇者』のジョブを持っていることが分かったのが、わずか4日前である。

 元々、勇者はただの農家の三男だ。

 食い詰めるほどに貧しい家で、ただの労働力であった彼は、口減らし同然に僅かなカネと引き換えに聖教会へ引き渡された。


 そこで出会ったのが、僧侶のジョブを持つ女だった。

 司祭に隠れて酒を飲むのが趣味という女は、元は街のスラムでこそ泥たちを束ねる女盗賊だった。


「ったく、ふざけんなってのよ。なァにが魔王よ、この国の王様こそ魔王なんじゃないの? こんな小銭に粗末な装備しか出さないって、何考えてんの」

「同感」


 同じく、聖教会で暮らしていた魔道士の女は、やたらと言葉数が少ない。が、時折口から出る言葉は鋭利な刃物のように情け容赦がない。

 

「噂だけどな、送り出される『勇者パーティ』って俺達でもう百組超えてるらしいぜ」

「はぁ? 何それ? 何よ、勇者ってそんなにたくさんいるの?」

「知らねぇよ。ったく……俺だっていきなり『戦士』のジョブがどうのこうのって言われてよ。5日前までただの漁師だぜ? 剣なんて持ったこともねぇのによ、何だよこの剣」


 この国では、聖教会のジョブ神託が人生のほぼ全てを決める要素になっている。

 戦士の信託を受けたら、前職がたとえ文官であっても戦士にならざるを得ないし、魔道士の神託を受けたら、たとえ文字が読めなくても魔道士に『させられて』しまう。


 平和な世の中であれば、まだそれで死ぬほどのことはなかった。

 慣れない仕事に最初は戸惑うこともあるが、さすが職業の神託を受けるだけのことはあり、慣れれば実力を発揮できるのだ。

 現にこの国の騎士団長は、前職はただの商人であったが、5年に渡る修練を積み重ねた結果、国で最強の男と呼ばれるほどになっていた。

 

 今この部屋に集う4人の若者にとって運が悪かったのは、今が平和とはお世辞にも呼べない状態である、ということだ。


「そもそもよ? 訓練も何もなしで、小銭とこんな粗末な装備渡して『さぁ魔王を倒してこい』とか、何をどうトチ狂えばそんなこと言えるのよ。ねぇ? 魔道士ちゃんもそう思うでしょ」

「思う。あの王様はクソ」

「おう、いいこと言ったぜ。王様はクソ。間違いねぇや」

「だ、だからみんな……少しその、言葉を慎もう」

「はぁ? 何言ってんの勇者、あんたこそ自分の立場分かってんの?」


 安物の蒸留酒を少し喉に流し込んだ僧侶は、酒臭い息を勇者に思い切り吐きかける。


「今までさぁ、何人も勇者があのクソ王に送り出されたワケよ。その後何人が故郷に帰れたと思う?」

「え? い、いや、その……半分、くらい……?」

「なにクッソ甘ったれたこと言ってんのよ。ゼロよゼロ。誰一人帰ってきてないの」

「……なぁ僧侶、その、お前何でそんなに詳しいんだよ……」

「裏の社会にいるとね、情報が鍵になるのよ。私が把握してる限り、今まで118人の勇者とそのパーティが王様に送り出された。その結果、全員が帰って来てない。んで私達が119人目の勇者とそのパーティってわけ」

「あの王様はクソ以下」


 吐き捨てた僧侶に同調するように、魔道士も小さく呟いて吐き捨てる。


「そんな……そ、それじゃあ、俺達、これからどうなるんだ……?」

「道はいくつかあるわよ」


 僧侶が勇者の分のエールをひったくって一気に飲み干すと、眼の前に座る元農夫と元漁師、そして元スリの魔道士の前で立ち上がり指を3本立てた。


「ひとつ。バカみたいにクソ真面目に魔王討伐の旅に出て、明後日くらいには全員死ぬ」

「論外」

「ありえねぇだろ」

「そうよね。私も無理」


 ひとつ目の餡は魔道士と戦士に即座に却下される。

 これこそが、彼ら勇者パーティが国王から直々に命令されたことだったのだが、とりあえずの時点で4人中3人が拒否してしまった。

 まだ始まってもいない勇者の旅、ここに終了である。


「ふたつ。とりあえずこのカネを元手に全員バラバラに逃げる。ま、多分10日くらいは逃げられるかも知れないわね」

「そ、その後は……?」

「その後? 決まってんじゃない、国王軍に捕まって処刑よ」


 僧侶は美しい手を自分の首に当て、カッと横に勢いよく動かして見せる。


「で、最後の選択肢。私としちゃこれが一番のオススメ」


 空になったエールのジョッキを掲げ、元盗賊の女首領であった僧侶は、不敵な笑みを浮かべた。


「全員で魔王軍に寝返る」

「なっ!? 何を言ってるんだ!」


 勇者は取り乱す。が、魔道士と戦士は『さもありなん』とばかりに繰り返し頷いた。


「実際それしかねぇだろうなぁ」


 勇者にも、正直なところ迷いはあった。

 魔族に虐げられている、という国王の話とは裏腹に、農夫であった勇者は『魔族を統率する魔王』とやらを全く知らない。

 ゴブリン達もたまに畑を荒らす事はあるが、イノシシや鹿の方がよほど害が大きい。

 漁師であった戦士にとっては、魚人と呼ばれるサハギン族など、魚の群れの位置を教えてくれる相棒のような存在だ。

 

 社会の底辺に近かった彼らにとって、どちらが害が大きいかと問われたら、間違いなく重税を課してその日の食べ物まで根こそぎ奪っていく国王である。


「さっきも言ったでしょ? これまで118人の勇者が誰一人帰ってないって。今彼らはどこにいると思う?」

「そ、それは……殺された……?」

「違うわよ。私みたいな盗賊はね、情報が命って言ったでしょ。私が仕入れた情報だと、118人の勇者全員が魔王城にいるわ。魔王の元で保護されてる」


 戦士が勢いよく立ち上がり、魔道士もそれに続いた。


「決まりだな。俺達も行こうぜ」

「同感」

「じゃ、多数決ね。このまま魔王城へ向かって寝返る。賛成の人は起立」


 僧侶、戦士、魔道士は、たったまま、ひとり座っている勇者を見下ろした。


「少し……考えさせてくれ」

「ダメ。甘ったれてんじゃないわよ」


 僧侶の言葉に、ついに勇者はゆっくりと立ち上がった。 

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