ネトラレ偽装計画
スマホの画面には、マッシュヘアの陽キャと、クラスで一番の美少女が映っている。
『オタクくーん! みてるー? きみが好きな子と、いまから──』
「やめろ!」
俺は叫ぶと同時にたちあがった。スマホに映っていた場所は校舎の一階にある保健室だ。
スマホを握りしめ、放課後の人のいない廊下を全力疾走で駆け抜ける。たどりついた先で、俺は息を切らしながら扉に手をかけた。
部屋の最奥、窓際のソファに二人はいた。
マッシュ男が彼女に馬乗りになっている。
「あれ? もう来ちゃったんだ? つまらないなぁ」
わざとらしくため息をつきながら、マッシュ男が身を起こした。
──ここまでは、計画通りだ。
俺は細くゆっくりと息をはいた。
いまだにこれが正解かわかない。実際馬鹿げていると思う。だが、やりはじめてしまったのなら、あとはもうやるしかないのだ。
俺たちのネトラレ偽装計画を──。
ことの発端は、一週間前にさかのぼる。
俺はマンガとアニメ、ネットとゲームが好きなよくいるサブカル男子だ。陰キャではないが、友達は少ない。
昼休み、教室で弁当を食べた俺はいつもと同じようにイヤホンをしながらスマホをみていた。
画面に映るのは、ミクとテト。一定のリズムでに上下に揺れながら順番に歌をうたい踊っている。
曲は悪くはない。だが俺は飽き飽きしていた。人気の曲に似せる風潮。曲のみならず動画のアニメーションまで模倣する始末。世はネット大戦国時代。多くのクリエイターがいて、ファンを獲得するためしのぎを削りあっている。パクリというのは知名度をあげるには手っ取り早い手法なのだろう。
しかし、『こういうのが好きなんだろ?』というのが透けて見えるものに誰が心惹かれようか。
低評価ボタンを押そうとしたとき、突然肩が叩かれて身体がはねた。
スマホから視線をあげると、渡辺がこちらをみて微笑んでいた。
渡辺はクラスで一番顔が良い女子だ。
今日の髪型は重めの前髪にハーフツイン。くりくりとした瞳は、アニメキャラのように強調したまつげでかこわれ、薄ピンクに彩られた涙袋をたずさえていた。いわゆる地雷系。涙袋に並々ならぬこだわりがあるようで、ぱっとみナメクジにみえるクオリティに若干の気持ち悪さを覚えるが、それでもやっぱり顔がいい。そんなカースト上位の彼女と俺が仲良いわけがなく。
あがる心拍数を感じながら、急いでイヤホンをはずした。
「え、なになになに、どうしたの?」
我ながら早口で気持ち悪い。彼女は気にした風もなく、俺のスマホを指差した。
「わたしもボカロ好きなんだ。その曲よかった?」
なんと言うのが正解なのだろうか。
「……えっと、メズマライザーのが、俺は好きかな」
「わたしもすき」
彼女はそれだけ言い残し、去っていった。
俺は知っている。さっきのはただの陽キャの気まぐれなのだろう。勘違いしてかんたんに好きになったりはしない。俺はわきまえているのだ。オタクに優しいギャルは二次元のなかだけ。現実を直視して失明するのもきついが、薄目でも確認しないとたいへんなことになるのが三次元だ。
俺はイヤホンを戻しメガネのズレを正してから、スマホをまた再生した。画面に流れる動画には、なんとなく高評価を押しておいた。そう、なんとなく。
翌日、俺はいつもよりはやく目が覚めた。だからといってやることもないので登校することにした。
家から近さで選んだ高校は、徒歩五分の場所にある。朝から元気に校庭をはしる野球部を横目に、教室にたどりつく。そこにはまだ誰もいなかった。
自分の席に荷物を置き、カーテンをしばって窓を開けていく。
「おはよー」
背後からかけられた声に身体がかたまった。ふりかえると渡辺がいた。今日はツインテールにしている。
「佐々木いつもこんなにはやいの?」
「え、いや? 今日ははやく目がさめたから」
「わたしも。誰もいない教室ってなんかエモいね」
風に揺れたツインテールに心臓がはねた。
これは、あれだ。好きとかじゃなく、可愛い人を前にしたときに誰でも感じる一般的な現象だ。
「そーだ! ボカロくわしいよね? おすすめの曲教えてよ」
そういって渡辺はスマホを開いた。二次元コードの画面を俺に差し出してくる。俺が拒否できるわけもなく、はじめて母親以外の女性と連絡先を交換した。
まあ、さっきのは社交辞令的ななにかだろう。そう思いながら、ぼうっと黒板をながめる一限目。担任の望月が、教科書片手にせっせとチョークで書きだしている。女性のなかでも低身長なせいで、文字が下部に集中し後ろの席からだとみえづらい。目を凝らしていると、ポケットのなかのスマホが振動した。
どうせメルマガだろう。そう思いつつ、机のひきだしに隠すようにしてスマホを開いた。
『最近のは知ってるから、昔のがいい』
渡辺からのメッセージだった。思わず顔をあげると、渡辺と目があった。教科書で顔を隠しながら、いたずらっぽい笑みをこちらに向けている。
とたんに顔が熱くなるのを感じた。思わず下を向き、スマホを握りしめる。
『俺はダブルラリアットとか好きだけど』
俺は手をとめ、ふと思いついた曲を打ちこむ。
『あとは、メランコリニックとかどうかな』
やばい。
送った瞬間に気づいた。あわてて送信取消ボタンを押そうとするが、ひとあし遅く、既読マークがついていた。
『どっちもしらない! きいてみる』
変な汗がでた。俺が自意識過剰なのだろうか。
他意はないんだ。そう伝えるための言葉を考えてるうちに、授業終わりのチャイムが響いた。
またスマホが震える。
『どっちもすき! 佐々木にきいてよかった』
そのメッセージをみて、俺は安堵のため息をもらした。
そのあとも、渡辺は授業中たびたびメッセージを送ってきた。俺も真面目ではないといえど、ふだんは授業中にスマホをこんなにいじることはない。教師にばれないようメッセージを返すのはなかなかのスリルがあったが、新鮮に感じた。
その夜のこと────。
話題はボカロからそれ、習いごとはしてるか、バイトをしてるか、将来のゆめや貯金、趣味や家族のはなしなど多岐にわたった。
『そういえば、彼女いるの?』
そんなメッセージがきたのは、風呂からあがって自室にはいったときのことだった。
『俺にいると思うのww 渡辺は?』
『いまはいない、、さびしい』
『そうなんだ。どんな人がすき?』
『背が高くて、眼鏡が似合うひと』
「俺じゃん……」
思わず声が出た。
父親から受け継いだ百八十五センチの高身長だけが俺の取り柄だ。母親から受け継いだ視力の悪さも、場合によっては取り柄になるのか。
にやつく顔をおさえる。しずまれ俺。女のいうことは、ただしイケメンにかぎるという注釈がつくのだ。
返信に困っていると、スマホが震えた。
『佐々木ってメガネ似合ってるよね』
もう無理だった。
こんなん好きになるに決まってるだろ。
十六歳の初夏、俺はうまれてはじめて恋を自覚した。
その翌日、きのうと同じ時間に登校した。
自分に言い訳したってしかたがない。そうだ、下心があった。渡辺も俺と同じ気持ちでまた朝はやくくるかもしれないと期待して目覚ましをかけたのだ。
しかし現実は甘くない。窓を開ける俺に声をかけてきたのは渡辺ではなかった。
「ちょっとさぁ、渡辺のことで話があんだけど。場所変えない?」
へらへら笑いながら言ったのは、目もとが隠れるマッシュヘアに複数のピアスをした、クラスのカースト上位の黒木だった。
とつぜんのことに、断る文句も思いつかず、言われるがままついてきた裏門近くの校舎裏。
いったい、なにを言われるのか。
『俺が渡辺ねらってんだよ』
それならまだいい。
『オタクのくせに渡辺と付き合えると思ってんの? まじウケる』
まあ、それでもいい。
俺は小学生のとき、歯医者で麻酔が怖くて失神したことがあるほど、痛いのが嫌いだ。だから殴られたりするのじゃなければ問題ない。距離をあけていれば、とつぜん殴られるリスクもないはずだ。
縁石に座り込んだ黒木は俺を呼ぶように手をこまねくと、唐突にスマホの画面を見せてきた。
「まずこれみてくれる?」
画像には、肩から手首までゴリゴリに刺青が入った男性が写っている。
なんだこれは。『俺の知り合い強いんだぞ』っていうマウントだろうか。これからカツアゲでもするつもりなのか。
「みた? みたよね?」
二本指で画像を縮めると、男性の横に笑顔の渡辺が写っていた。
「もうわかるっしょ? これ渡辺の彼氏」
……は?
「え、ちょ、これなになになに? なんでお前が知ってんの?」
「まぁそれはこれから説明すんだけど」
「はっ、意味わかんねぇ」
思わず笑いがこぼれる。渡辺には彼氏がいた。しかも俺とは正反対のイカつい彼氏。俺の初恋は半日ももたずに終焉をむかえた。
悲しくない。考えれば、美少女の渡辺に彼氏がいないほうが不思議だ。わかっていた。だから、俺が音をたてて鼻をすするのはなにも関係のないことなんだ。
「あれ、夏なのに花粉が舞ってるな……ずずっ……」
「そうなんだ? たいへんだね?」
力が抜けた。
「てか、それ俺に見せてくる理由はなんだよ。なにが目的なんだ」
「まあとりあえず聞いてよ。この渡辺の彼氏、風俗のスカウト? とかで儲けてる人らしくて、ヤクザではないけど、危ないクスリとかもなんか使ってる? 売ってる? らしくて」
「よりによって半グレかよ!」
ヤクザのがまだよい。ウシジマくんを履修済のおれにはわかる。半グレにはルールが通用しないんだ。
そんなのと渡辺が付き合っているということは、渡辺を救うために声をかけてきたのだろうか。
黒木の顔をみる。だが厚い前髪に拒まれてその真意はつかめなかった。
「……この話はまだ続くのか?」
「うん、ここからが本題」
「じゃあ自販機で飲み物買ってくるわ。なにがいい?」
裏門側の玄関入り口には自販機がある。俺は心を落ち着かせるためにとりあえずジュースを買うことにした。
「ありがとー。じゃあお茶系で」
小銭をうけとり、徒歩三十秒で自販機にたどり着く。
お茶と指定されたが、緑茶とウーロン茶は売り切れていた。まぁ、茶ならなんでもいいだろ。俺は自分用の炭酸と茶をもち、黒木のもとへと戻った。
「アイスティーしかなかった」
「野獣先輩じゃん」
「ぶっはっ! なになになになに! そのナリで淫夢厨なの!?」
「インムチューってなに?」
黒木は真顔でいった。俺は血の気がひいた。
「急に素になるな! お前が始めた物だろッ!!」
「あ、ごめん、野獣先輩のこと? おれ動画のダンスしか知らなくてぇ」
「くっそ! これだから陽キャは!!」
「まぁまぁ。とりあえず時間もないから、これみてくれる?」
雑に話を変えた黒木は、またスマホの画像を見せてきた。
そこには渡辺の背中が写っていた。完全に盗撮である。なんてことしてんだこいつ。そう思って嫌悪感ばりばりの目をむけるが、黒木は気にした風もなくスマホをスワイプした。
「これが拡大して画像補正かけたやつなんだけど」
そこには渡辺が持つスマホのメッセージ画面が写っていた。
『おたくチョロすぎてウケるわ』
『わたしが可愛いからね』
『ふざけんな笑』
『とりあえずいつもの感じでいいの?』
『ああ、ホテル連れこんでくれれば俺がすぐいくから』
『おけ』
『んで、いくらぐらい』
『本人の貯金で十万、入学祝いにおばあちゃんにもらったんだって。パパも商社づとめだから、もっとひっぱれそう』
『いいね、うまそうだ』
────美人局。
俺の脳裏にその言葉が浮かんだ。
あれは、小学校六年生のとき熱がでて病院の待合室で手にとった週刊誌で知った言葉だったか。いや、いまはそんなことどうだっていい。
渡辺は俺を金づるとして利用しようとしてるのか。彼女の可憐な笑顔の記憶が、からがらと音を立てて崩れていく。
だがひとつ疑問が残る。
「なんでお前は俺にこれを見せてるわけ?」
目の前の黒木に問いかける。
「これみて欲しいんだけど」
またスマホか。拡大されたメッセージ画面がスワイプされる。今度はグループメッセージのようだ。
『黒木ってよくない? 彼女いるのかな』
『渡辺、彼氏いたじゃん?』
『ビジュ弱いし、雰囲気イケメンだし、すき家で豚汁頼ませてくれないケチだし、なんかもういいかなって』
『すき家は草』
『あれはまじカエルったからね? で、彼女いるか誰か知ってる?』
『いなかったとおもう』
『じゃあいけるかな』
『いけるいける』
そこまでの画像をみせて、黒木はポケットにスマホをしまった。まだ疑いが晴れたわけではないが、黒木がこうしている理由は理解した。
「とりあえず現状を整理しよう。
渡辺は半グレの彼氏と美人局をしている。そしてそのターゲットに俺が入ってる証拠があると」
「そうそう。ほんとなら警察に相談するのがいいんだけど、下手にちくったら報復される可能性があるからやばくて」
「なるほど。そして、お前は渡辺からねらわれている可能性がある。それが半グレ彼氏にばれたら大変なことになる不安があるわけだな」
「そう、佐々木くん話がはやくて助かる。穏便な感じでお互いにターゲットから外れる方法がいいかなってわけ。なんかない?」
「なんかって言われても……」
しばし考える。
要は、反社の彼氏をどうにかすればいいわけだ。ぶっちゃけ俺はうかつに渡辺に学校のそとで会わないように気をつければいいだけな気もするが、反社がなにを考えてるのか予想できん。対策するにこしたことはないし、黒木も躊躇なく渡辺のアプローチを無視することだってできるだろう。だとすれば、
「目には目を、歯には歯を。反社には反社を────で、ヤクザに声をかけて相打ちになれば良いんじゃあないか? 渡辺だけなら怖くないし」
所詮女子高生だ。どうかんがえたって、体格差で彼女が勝てることはまずない。
「それは……うん、上手くいったらいいけど、佐々木にヤクザの知り合いいんの?」
俺はおとなしく黙った。いるわけがない。
「いっそおとなしく金をはらうのはどうだ? 殴られるくらいなら俺は土下座だってしてやる」
「一回でも渡したら、そのあともずっと続きそうじゃね? 家バレしてたら家族まで被害にあうかもしんないし、それが一番こわい」
親父とオフクロは大丈夫なはず。高身長なだけで特にガタイがいいわけでも格闘技やってたわけでもないが、二人ともメンタルがめちゃくちゃ強い。だから心配はないが──
「チビが誘拐されたら俺生きてけねぇよ……」
昨年、うちの庭に迷い込んだ雑種犬のチビ。
保健所やら動物病院やらまわったが、一年たっても飼い主はみつからず先日正式にうちの犬となった。三キロもないあの小型の妖精が攫われることなどあってはいけない。
「やっぱり警察に相談にいくべきじゃないか? 俺たちで話し合ってもどうにもならんぞ」
「それはそう。けど、もし通報者が俺たちだと知ったら出所後に報復にくるっしょ? ああいう人たちってメンツ気にするし」
「じゃあ報復に来られない場所にとべばいいんだよ! どうぶつにかこまれた無人島とかさァッ!」
自分でもなにを言ってるかわからない。ブロックでも積んで街を発展させるとでもいうのか。それとも人魚退治でもするつもりなのか。
「飛んで逃げるのもアリかもだけど、家族ごとってなると現実的じゃないよね。ま、通報と島へ飛ぶのは最終手段として、ほかになにかない?」
そんな急に言われて案がでるわけもない。a世代の俺たちは、むずかしい問題はネットで調べれば答えがでてくるなか育ったのだから。
だからといって、『反社の彼女にターゲットにされてます。回避策を教えてください』とネットに書き込んだところで、まともな回答がないことはわかる。
それにしても、そもそも本当に俺たちが狙われてるのだろうか。やはり黒木が疑わしい。
いまどき画像編集アプリやAIをつかえば、メッセージ画面など簡単につくれるだろう。渡辺が美人局してるだとか、その彼氏が反社だとかより、黒木が俺のことからかって遊んでるほうが現実的だろ。
「ちなみに、その画像はどうしたんだよ?」
「渡辺の席のうしろ、学級委員長じゃん? たまたま見えて心配になったから、証拠撮ってくれたんだよ。やさしーよね」
そうはいってもやはり疑わしい。俺が黒木を論破するための言葉を考えていたとき、ドドドドドドドドと地響きのような音が聞こえた。
俺たちの近く、裏門付近までその音は接近し、しばらくしてから止んだ。門のそとに目を向けると、バイクの後部席から渡辺が降りてくるのが見えた。運転手の顔はよく見えないが、半袖からのぞく腕の絵には見覚えがあった。
とっさに建物の影にかくれ身をひそめる。渡辺は俺たちに気づくことなく、運転手にキスをしてバイクはまた轟音をたて去っていった。
「やばいよね……あの二の腕、俺の太ももくらいあるでしょ……」
「それは言いすぎだろ……」
そうはいったものの、色とりどりの絵が描かれた二の腕は、Tシャツの袖が可哀想なくらい伸びていた。
黒木の顔色をみると、「血の気がひくとはこういうことか」と納得するくらい白くなっている。
もし俺がからかって遊ばれてるだけなら、最悪遊ばれても良い。しかし黒木のいっていることが本当なら、なんの対策もしないのはアホがすることだ。俺は損得を考え頭を切り替えた。だが切り替えたからと言って、いいアイデアが思いつくわけでもない。
俺は高身長が取り柄なだけのサブカル男子。黒木は雰囲気モテ強めのいまどきマッシュ男子。異世界に転生してチートでももらわぬ限り、どう頑張ったて反社に勝ちえる主人公足り得ないのだ。どうせモブどまり。俺より、黒木の目もとが隠れるマッシュヘアのがキャラが濃いし。
「おまえNTR要員だよなぁ……」
「ネトリ? ヨーイン?」
やべ、声に出てた。
「ネトリヨーインってなに?」
「あれだよ、NTRだよ。ひとの彼女を奪って犯す瞬間を、ビデオ通話で彼氏に知らせるネットのミーム。『オタクくーん、みてるー?』ってセリフ、動画広告でもみるだろ?」
「え、わからん。なんのために彼氏に知らせるん?」
「そりゃあ、あれだろ? 彼氏がいる女をこれから寝取って犯すっていう様式美だろ?」
「てんぷれ? ちょっと意味わかんないわ」
「うるせぇ!! これだから非オタはッ!!」
「で、なんでそのヨーイン? は彼氏にわざわざビデオ通話かけるわけ?」
「いや、だから、その、彼氏の前で犯される女の羞恥心がエロいってことじゃねぇの?」
「んんん? ヨーインの気持ちは?」
「さっきから変な略しすんじゃねーよ! ネトリ要員は、オスの誇示欲を満たしてんじゃねえの!? お前の女とったぞ! 的な!? 知らんけど!!」
「それって女の子には嫌われちゃうよね?」
「知るかよ! 創作だよ! てか俺だって未成年だから詳しく知らねえよ!!」
「そうなんだ」
そうつぶやいて、黒木は黙った。NTRに食いつくとはこいつも変なやつだ。次に口を開いた黒木の言葉は、意外すぎる言葉だった。
「……これ、つかえるかも」
「…………は?」
「俺がヨーインをやれば、渡辺が俺に幻滅する。ヨーインの俺に襲われそうなところを、佐々木がかけつけて助ければ渡辺が恩を感じて美人局のターゲットをやめる……かもしれない」
「あまりに希望的観測すぎるだろ……。襲われそうになったって渡辺が通報したらどうすんだ?」
「美人局するようなやつが未遂で通報はしないっしょ」
「それも願望だろ。もしそうだとしても、渡辺が彼氏に泣きついたらどうすんだ? お前逆に危なくなるぞ」
「でもまぁ、二人とも被害にあうより、一人が助かれば現状よりよくね?」
「そりゃそうだけど、もし俺だけ助かっても……」
「俺は報復こわいし、金もないし、殴られたくもないけど、だからってなんの対策も思いつかない。ほかにいい案があればいいけど、おそらくお互いに時間がない。今日か明日にでもなにかしらアクションおこすしかないんだよ」
どう考えたっておかしいのに、真面目な表情でこちらをみる黒木に、俺はなにも言えなかった。
それから俺たちは計画を打ち合わせし、決行は本日の放課後と決めた。
──そして場面は冒頭へと戻る。
「や、渡辺から離れろぉ!!」
我ながら哀れな棒読みと吃り。だがここで止まったらすべてが無駄になる。俺はマッシュこと黒木に突進した。
「なにすんだよオタクくん! いってぇ!!」
黒木は自然に転げると、頭を打ったふりをして床に転がった。
──ここまでは計画通り。
「大丈夫か? 渡辺」
「き、黒木くんが、こ、こんな人なんて思わなっ、かった……」
渡辺はうつむき、手首をおさえて肩を震わせている。
こちらは演技とはいえ、渡辺からすれば不同意で襲われそうになっているわけだ。つい同情してしまいそうになるが、俺はぐっと堪えた。
「とりあえずここを離れよう。俺が教室まで送るから」
「ここ一階の正面玄関から近い保健室だよね? ちょっとまだ足に力入りそうになくて……」
「そっか、少し落ち着くまで待つよ。黒木は俺が見張ってるから大丈夫」
そして、謎の時間がおとずれた。
渡辺はうつむき、俺は棒立ち、床では気絶したフリをしている黒木。渡辺がスマホを取り出すようなら俺も動きようがあるが、落ち込んでいるのか彼女に動きはない。なら俺は待つしかない。
俺は視線があわないのを良いことに、渡辺を見つめながらこのあとの流れを思い浮かべた。
(教室に誘導して、渡辺のメンタルケア。台本は黒木が書いてくれたのを覚えた。黒木はダサいやつという意識に誘導し、同時に俺の好感度もあげる……)
ふぅと、息をついたとき、扉がスパンと音をたて開かれた。
「面白いことやってんじゃん?」
そこに現れたのは、渡辺の彼氏だった。
思わず渡辺をみる。
(いつ連絡とったんだ!?)
彼女は腹をおさえ、小刻みに震えていた。
(怖がってるんじゃない、笑ってたのか!!)
その手首にスマートウォッチが巻かれていることをいまさらになって気づいた。
「ネトラレとか、漫画の読みすぎでしょ! まじ大草原不可避なんだけど!!」
笑いを隠そうともしない渡辺。俺は動揺のあまり硬直した。
「なんだよ、俺のカワイイカワイイ彼女をいじめてんじゃねぇよ。どう落とし前つけてくれんだ?」
扉から歩みをすすめる男は、にやにやとした笑いを浮かべて言った。
身長は俺のほうが高い、だが見ただけでわかる。絶対に勝てないことに──。
俺は震える身体を無理矢理動かしながら、ポケットから財布を取り出した。
「すみませんでした! ふざけすぎました! あの、これは、迷惑料です……!」
昼休みにコンビニに走って、念のため口座からおろした十万円。俺のほぼ全財産。泣きたいくらいつらいが、殴られる恐怖には勝てない。
頭をさげて両手で差し出すと、頭上から笑い声が聞こえた。
「なんだよ、わかってんじゃん」
意外と丁寧な手つきで男は金を受け取った。
(よかった……最初からこうすれば良かったんだ)
俺は安堵と緊張がないまぜになった状態で頭をあげた。彼氏と目があい、媚びるようにへらへらとした笑みを浮かべる。
「なに笑ってんだよ」
突然、男が真顔になった。
「えっ……え?」
「なにが面白いんだよ? 舐めてんだろ?」
「いや、これは愛想笑いです! 笑顔は社会の潤滑油ですよね!?」
「ざけんな、下ネタ言ってはぐらかしてんじゃねぇよ!」
(なんだよバカ!! 潤滑油は下ネタじゃねえよ!! 反社、情緒不安定すぎんだろ!!)
瞬きした一瞬で、男の腕が俺の胸ぐらに一直線に伸びる。それが届くよりはやく、左腕を引っ張られて俺は前のめりに一歩踏み出した。
「逃げるぞ!」
床で転げていたはずの黒木が、俺の手を掴んで駆け出した。男の横をすり抜け廊下へでる。
黒木が左を向いたから、俺も左に駆け出した。とりあえず今はなにも考えずに逃げるしかない。
だが男は俺たちを放っておいてくれなかった。
「おおい、どこいくんだよ! 逃げられると思ってんのかぁ?」
そんな声とともに背後から足音と笑い声が追いかけてくる。
階段をのぼり、二階の廊下を駆け抜けまた階段をのぼる。それでも渡辺の彼氏は振りきれず、だんだんと足音が近づいてきた。
やばい、やばいやばいやばいやばい。
捕まったらどうなるのか? 考えるまでもない。殴られるだろう。痛いのは嫌いだ、無理だ。だが俺には対抗する力もスキルもない。逃げきれればいいが、このままじゃ追いつかれる。
ふと黒木をみる。
いまだ俺の手を握り息を荒げて走るマッシュ。こいつの腕を引っぱれば、おそらく転げてあの男に捕まるだろう。そうしたら俺は逃げ切れる。
(そうだ、俺だけは助かるんだ……)
黒木は言っていた。『二人とも被害にあうより、一人が助かれば現状よりよくね?』と。だったら──
俺は黒木の手を引っ張り、教室に引きずりこんだ。素早く扉をしめ、黒木をロッカーに押し込める。
「なにすんだよ!?」
「お、俺はな! オマエより背が高い! だから多分身体もオマエより強いし丈夫なはずだ!
なにより、北斗七星にならんだのホクロが胸にある!」
「ここらへんがセクシーってこと?」
「ちがう! 野獣先輩は忘れろ!! お前は隙間から動画を撮れ! 現行犯は無理でも、証拠があれば警察も動くだろ!」
「待て! 俺が──」
ロッカーの扉を閉めたのは、教室の入り口に渡辺の彼氏がきたのと同時だった。
「なんで逃げんだよ? ああ?」
「な、なんでそっちこそ追いかけてくるんですか……!!」
「は? うるせぇ」
殴られる。
そう思ったときには避けようがなかった。俺は拳を顔面で受け止めた。
痛い! 痛い痛い痛い痛い!!!!
殴られて意識がとぶなんて漫画だけの幻想だ。成長した俺は歯医者のときのように失神できずに悶える。鼻は絶対折れてるし、もしかしたら吹き飛んでるかもしれない。
腕を持ちあげて顔を守ると、今度は腹に衝撃がはしった。
痛みが上書きされる。こんなの絶えようがない。痛みで全身が硬直する。なのに力が入らず膝から崩れ落ちた。腹があつい、胸があつい、喉があつい。それ以上に痛くて痛くて仕方がない。
(もう無理、こんなん無理。なんで俺、黒木をかばうようなことしたんだよ。やっぱり黒木を差し出せばよかったんだ)
汗と涙が滝のようにあふれる。息を吸うのも痛い、吐くのも痛い。
そんな俺の気持ちにかまうことなく、渡辺の彼氏は、俺の髪をつかみあげた。
「あんま大人を舐めんじゃねぇぞ」
ドスのきいた声。顔を近づけられて、甘いにおいと生臭いにおいがまじった不快臭が鼻につく。
(ああ、もう終わりだ……)
俺が死を感じたとき、
「はなれなさいッ! ヤァッ!!」
甲高い声とともに、目の前の男が消えた。
痛みに耐えながら顔を左に向ける。
我らが低身長担任の望月が、サスマタを使って渡辺の彼氏を取り押さえていた。
「は? なんだよコレ? ふざけてんのか」
「ふざけてるのはあなたです! 学校は関係者以外立ち入り禁止です!」
やはり女性の腕力ではかなわないのか、男がサスマタの端部を持ちあげる。加勢すべきなのに、痛みで身体が動かせない。ちくしょう、ちくしょう。せめて助けを呼ぼうと息を吸い込んだとき、
俺の目の前をなにかが横切った。
「先生大丈夫ですか!?」
「こら、暴れるな! 大人しくしろ!」
「ウラァァァアア!!」
体育教師に、英語教師、用務員のおじさんに、定年間近の教頭。
教師四人はあっという間に暴れる渡辺の彼氏を床に押さえつけた。
呆然としていると、背後から大きな音とともに痛みが身体を突き抜けた。
「ごめん! 大丈夫!?」
背後のロッカーから黒木がでてきた。
「動画はちゃんと撮れた。せんせーにもメッセージ送ったんだ」
なんでお前担任の連絡先知ってんだよ。
「……こんなことなら、最初から佐々木の言うとおり警察に相談してればよかった……ほんとうにごめん」
(ほんとそのとおりだよ。どこのバカがネトラレ演劇なんてリアルでやるんだよ、バカ)
そんな心のうちとは裏腹に、俺はカッコつけた。身体をはったんだ、いまの俺は普段の百倍かっこいいはずだ。
「き、気にすんなよ。別にたいしたことないし?」
声は震えて裏返った。羞恥でどうにかなりそうな俺に、黒木は八重歯を見せた。だがすぐに、その視線が動く。ちょうど渡辺の彼氏が男教師にはさまれ歩き出したところだった。
俺たちが会話しているあいだに、教師たちが奮闘して男を縛ったようだ。
目で追っていると、視線があう。
男はその場で立ち止まり、チョキの指を自分の目に向けたあと俺と黒木の顔にそれぞれチョキを向ける謎の動作をした。
「お前ら、顔覚えたかんな? 待ってろよ、ぜってぇぶっ殺してやる」
捨て台詞にぞっとした。
「喋るんじゃない! さっさと歩け!」
まもなく男は教師とともに教室から出ていった。
男がいなくなっても、まだ心臓がバクバクしている。黒木が言ったとおり、半グレ対策に警察も金も渡してはならなかったのだ。中途半端なネトラレ偽装なんてなおさらのこと。すると、横からかすれた笑い声が聞こえた。
「島いくしかない?」
諦めたような顔で黒木はいった。
「……そうだな。まぁ、俺動物好きだし?」
強がって俺がいうと、黒木は顔をくしゃっとしてまた八重歯をみせた。
それから俺たちは、心配した担任にあわてて病院に送られた。あんなに痛くて死ぬかと思ったのに、鼻は折れてないし内臓も問題なく、人間は案外じょうぶなんだなと知った。それはそれとして、まだ痛いけれど。
治療のあとは、事情聴取と説教を受けた。迎えにきた両親からもコテンパンに怒られた。心配かけた俺が全面的に悪いので仕方がない。だが俺のメンタルも相当にやばく、それを察した両親は、俺がインフルエンザで死にかけた時なみに優しく看病をしてくれた。涙がでたのは痛みのせいである。
ただまあ、いくら優しくされても安心はできない。いつあの男が報復にくるかわからないのだ。そう怯えて過ごした数日後、思いもよらぬ進展があった。
渡辺の彼氏はあの日、違法薬物を摂取していたらしく、それをもとに逮捕された。そこから色々調べられ、美人局も証拠がでたのか、あの日以降、渡辺が教室に現れることなく気がついたら退学していた。
まだ安心はできないが、あの男が釈放されるまでの猶予ができたことで、俺はやっと安堵した。そして今回の件で思い知った。今後は安易に動かず、親や教師、警察とかとりあえず大人に頼ろうとかたく心にちかう。俺たちはまだバカなガキなんだから。
ちなみに、もうひとつ俺が知ったことがある。吊り橋効果というのは恋愛以外にもあてはまるらしい。あの一件から、黒木がみょうに懐いて一緒にいることが増えた。島の話をしたからか、夏休みにリゾートバイトにいく誘いまでしてきた。俺もクラスでぼっちが長かったせいか、食い気味に返事をしたのは我ながらきもかったと反省している。
そんなこんなでこの夏、リゾートバイト先の民宿で怪異現象にでくわし『どんたん?話きこか?除霊計画』を実行するのは、また別のはなしである。
最後までお読みいただきありがとうございました!




