第7章:世界が止まった日
竜が消え去ってから数分後――
街はまだ、現実を受け入れられずにいた。
瓦礫からは煙が立ち上り、警報サイレンが止むことなく鳴り響いている。
「あり得ない……!」
臨時指令室で一人の軍人が叫んだ。
「これだけのメイジが死んだ後で、なぜ消えた!?」
「これは何の前兆だ!?」
誰も答えられなかった。
別の場所では、ユウがモニターを凝視していた。顔は青ざめている。
「カズマ……俺のトーナメント、やっぱ中止だよな?」
画面には無情な一文が表示されていた。
《全大会、無期限延期》
カズマはすぐには答えなかった。ただ、拳を強く握り締める。
その頃、丘の上――
周囲の人々のざわめきと恐怖が、ケンタロウの胸にも重くのしかかっていた。
世界が、一晩で変わってしまったようだった。
だが、その隣でノアは平然としている。
「ねぇ、デブ。いくら入った?」
ケンタロウはゆっくり振り向いた。
「この状況で、それ聞くのか?」
ノアは無表情のまま見つめ返す。
ケンタロウはため息をつき、震える指で賭けアプリを開いた。
「いくら?」
ノアは身を乗り出す。
画面には大きく表示されていた。
《ジャックポット ― 的中》
ノアの目がわずかに輝く。
「じゃあ、私たち金持ち?」
ケンタロウは数秒黙り込んだ。
「……十万ゴールドだ」
「はぁ!?」
ノアは眉をひそめる。
「それだけ? 累積ならもっと入るって言ってたじゃん」
ケンタロウは唾を飲み込む。
「俺たちと似た賭けをした奴がいる……でも、もっと具体的だった」
スマホの画面を見せる。
《スラウィ市に巨大な黒竜出現。多数のメイジ及び市民死亡。SSS級五名以上戦死。》
ノアは無言で読む。
「誰?」
「わからない……でも、そいつはスーパージャックポットだ」
ノアは何も言わなかった。
翌朝。
空は晴れているのに、街は静まり返っていた。
中央広場には無数の花が捧げられ、大型スクリーンには戦死したメイジたちの顔が映し出される。
国家的英雄。世界的権力者。市民。
この日は国際追悼日に制定された。
市場は閉鎖。MPLは中断。世界経済は一日停止。
世界が、止まった。
小さなアパートの一室。
ノアはベッドでぐっすり眠っている。
ケンタロウはテレビを見つめたまま動かない。
ニュースが流れる。
・バリア崩壊の原因究明
・大規模な内部調査
・高官の辞任
・責任逃れだと怒る民衆
ケンタロウは音量を消した。
「はぁ……」
後ろから気だるい声。
ノアが目をこすりながら起き上がる。
「デブ……今、何時?」
「七時」
短い返事。力がない。
ノアは近づき、彼の手を引いた。
「行こう。ミーアヤム食べる」
ケンタロウは動かない。
「今日は閉めてるかもしれない。誰か亡くしてるかもしれないだろ」
ノアは瞬きをする。
「じゃあ私、何食べるの?」
彼の手を握ったまま言う。
「なんで人間ってそんな面倒なの? 知らない誰かの死で泣くなんて」
部屋が静まり返る。
数秒後、ケンタロウが呟いた。
「俺たちは弱い社会的生き物だからだよ」
ノアは見つめる。
「最強が死ぬと……自分もいつか死ぬって思い知らされるんだ」
外で追悼の鐘が鳴る。
ノアはしばらく何も言わなかった。
それが、ほんのわずかでも――
彼女の中に生まれた“揺らぎ”だった。




