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第6話 崩れ落ちた三百年の神話

スラウィ――世界経済の中心都市。富と権力と技術の象徴として、三百年もの間「世界で最も安全な街」と呼ばれてきた場所だ。



都市の外周には二十五本の巨大なバリア柱が聳え立ち、それぞれが連動して半球状の防護結界を展開している。その強度はSS級モンスターの同時襲撃すら想定して設計され、理論上は外敵の侵入を完全に遮断するはずだった。



だからこそ、各国の王族、超巨大企業の創設者、影で世界を動かすと囁かれる人物たちまでもがこの都市に拠点を置いた。スラウィに住むということは、安全を買うということだった。平和は商品であり、信用であり、そして絶対の神話だった。

その神話を、見下ろす影があった。



バリア柱の一本。その頂上に、白髪の少女が立っている。短く切り揃えられた白髪が風に揺れ、赤みのない瞳が街全体を静かに映していた。



ノア。

彼女の表情には感情の揺らぎがない。ただ、巨大都市の営みを観察する研究者のような視線だけがあった。

ほんの数ミリ秒。

彼女は三百年続いた平穏を眺める。

そして――指先を、わずかに持ち上げた。



空間が歪む。直径数百メートルに及ぶ超大型魔法陣が瞬時に展開された。幾重にも重なる古代式術式。通常の魔法理論では解析不能な紋様が、黒い光を脈動させながら回転する。

次の瞬間、そこから“何か”が出現した。



まず現れたのは爪。続いて角。やがて全身が顕現する。都市の高層ビル群を見下ろすほどの巨体。漆黒の鱗が光を吸い込み、周囲の空気が圧縮される。

それは竜だった。

出現と同時に、都市を覆う結界が悲鳴を上げる。振動。軋み。透明なドーム状のバリアに蜘蛛の巣状の亀裂が走る。

そして轟音。



三百年破られなかった防護神話が、粉々に砕け散った。

警報が一斉に鳴り響く。街中のスピーカーが緊急事態を告げるが、その声はすぐに悲鳴と爆音に掻き消された。

竜が咆哮する。

ただ尾を一振りしただけで、四棟の超高層ビルが同時に切断されるように崩壊した。鉄骨が歪み、ガラスが弾け、瓦礫が雪崩のように地面へ落ちていく。粉塵が空を覆い、視界を奪う。

下級メイジたちが必死に結界を張り、市民を転移陣へ誘導する。だが避難経路は次々と崩れ、悲鳴は止まらない。

三百年守られた平和は、わずか数十秒で消え失せた。

安定は崩壊へ。秩序は混乱へ。

神話は、恐怖へと姿を変える。



世界各国の緊急会議室では、映像がリアルタイムで共有されていた。巨大モニターに映るのは、崩壊するスラウィ。

「どうやってバリアが破られた!?」

「内部不正ではないのか!?」

「ありえん!整備記録は完璧だ!」

「魔王討伐以降、SS級を超える存在は確認されていないはずだ!」

怒号が飛び交う。だがその間にも、犠牲者数は増え続ける。

扉が開いた。

一人の将軍が静かに入室する。

「議論は後にしろ」

低い声だったが、誰も逆らえなかった。

「防衛作戦を即時発令する。署名しろ」

数分後、世界最高戦力の出動が決定する。

スラウィ上空に無数の転移門が開く。SSS級、SSSS級――人類最上位戦力が次々と現れた。

「……本物か」

SSS級第七位の男が苦笑する。



「気を抜くな。これは競技じゃない」

SSSS級第五位が呟く。

総攻撃が開始された。炎、雷、氷、重力圧縮。都市を覆うほどの魔力が一点に集中する。

だが。

全てが弾かれた。

見えない絶対防壁が存在するかのように。

「なぜ通らない!?」

焦りが広がった瞬間、竜の尾が閃く。

SSS級第九位の女性メイジが吹き飛ばされた。ビルを三棟貫通し、十キロ先の丘へ叩きつけられる。



即死。

その事実が、戦場の空気を凍らせた。

さらにSSSS級第一位が到着する。現代最強の人類。彼の参戦で士気は一瞬持ち直す。

彼は竜の鱗を初めて切り裂いた。血が舞い、翼が裂け、腕が一本吹き飛ぶ。

歓声が世界を包む。

だが竜は口を開いた。古代級超高密度魔法陣が展開される。



放たれた破壊光線は空を裂き、二人の最強メイジを飲み込んだ。

防御は間に合ったはずだった。

それでも、彼らは消し飛んだ。

その瞬間。

人類の精神が折れた。

丘の上。

巨大モニターを見つめるケンタロウは、膝から崩れ落ちる。

「最強が……死んだ……?」

隣でノアは静かに言う。

「SSSが一人死んだね。あと五人かな」

軽い声音だった。

戦場では五人目のSSSが倒れた。

その瞬間。

遠く離れた丘で、ノアが小さく息を吐く。

「五人」

指を鳴らす。



スラウィ上空で、竜の動きが止まる。魔法陣が砕け、巨体は黒い粒子となって崩壊した。

静寂。

世界中が言葉を失う。

「消えた……?」

ケンタロウが震える声で呟く。

ノアは伸びをした。



「報酬、確認しよ」

そして、何事もなかったかのように。

「それから、ミーアヤム食べに行こ」

世界は未曾有の災厄に震えている。

だが丘の上では。

悲劇が、まるでゲームのスコアのように数えられていた。

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