第5話 — 魔法、金、そして嘘
丘の上にある小さな公園は、静かな夜に包まれていた。
そこからは街全体が一望できる。街灯が明るく灯り、中心広場の巨大スクリーンではMPL――メイジ・プライマー・リーグの試合が映し出されている。
人々の歓声は、丘の上まで響いていた。
ノアは無表情のまま、じっと立っていた。
だが、その思考はここにはなかった。
――二千年前。
人類は滅びかけていた。
弱く、分断され、魔物や災害に脅かされていた。
魔法を与えたのは、この俺だ。
戦争のためではない。
支配のためでもない。
生き延びるためだ。
だが人間は、いつも欲しがる。
魔法で王国を築き、
互いに殺し合い、
弱者を踏みにじった。
守るために与えた魔法は……やがて破壊の道具へと変わった。
だから、先に壊した。
98パーセント。
憎しみからじゃない。
まだ、早すぎただけだ。
スクリーンから響く大歓声が、ノアを現実へ引き戻す。
画面では、二人のプロメイジが正確で洗練された技術で戦っていた。
民間人の被害はない。
戦争でもない。
ただの競技だ。
ノアはそれをしばらく見つめる。
「正直……これが、俺の望んだ時代だ」
その瞬間、ぐう、と腹が鳴った。
「……だが、腹が減った」
振り向くと、ベンチに座ったケンタロウがぼんやりと街を眺めていた。
「おい、デブ。腹減った。飯買いに行くぞ」
ケンタロウはゆっくり振り向く。
「はぁ……俺も腹減ってる。でも、今金ないぞ」
ノアは止まった。
「……金がない?」
近づいて隣に座る。
「大会の賞金はどこへ行った?」と、少し責めるように言う。
ケンタロウは諦めたようにうつむいた。
「さっきスクリムで賭けに負けただろ。だから払ったんだよ」
数秒の沈黙。
「で、どうする?」ノアは無表情のまま言う。
「腹が減った。このままだと死ぬかもしれん」
ケンタロウの肩を掴み、軽く揺さぶる。
「腹減った……めっちゃ減った……死ぬかも……」
子供のようにぐずる声。
「うるさい!」ケンタロウはノアの顔を押しのける。
「大げさなんだよ!」
「俺も知らん……」と力なく答える。
「俺の大会予定はないのか?」
「ない。Fクラスの大会なんて滅多にないだろ」
「他のスクリムは?イベントは?」
「飯が食いたい。飯。」
「うるさいって!」
ケンタロウは大きく息を吐いた。
「方法は二つある」
指を二本立てる。
「一つ、バイトを探す。
二つ……賭ける」
ノアは首をかしげた。
「バイト?賭け?」
「働いて安定収入を得るか、賭けで一発狙うかだ」
ノアは無表情のまま言う。
「俺はもうお前と仕事してるだろ?」
「それは安定じゃない」
「じゃあ賭けでいい」
ケンタロウは目を見開く。
「はぁ!?」
「やり方を説明しろ」
あまりにも純粋な顔だった。
ケンタロウはこめかみを押さえる。
「お前、子供なのか大人なのかどっちだよ……」
ため息をつき、スマホを取り出す。
「詳しくは知らんが……予測アプリで賭けられる」
画面には様々な項目が並んでいた。
・今週のMPLの勝者
・魔法サッカーの勝敗
・SSS級メイジのスキャンダル
・SSS級モンスターが出現する都市や国家
ノアは静かに画面を見る。
「例えばだ」ケンタロウが指差す。
「二時間以内にスラウィ市で何が起こるか賭けられる」
「スラウィ?」
「上級メイジの都市だ。三百年間モンスター襲撃ゼロ。世界一安全な街だ」
「どんな賭けがある?」
「停電、事故、スキャンダル……総額四十万ゴールドだ」
ケンタロウは唾を飲み込む。
「もし“SSS級モンスター出現”と“SSS級ヒーロー五人死亡”を追加して、それが本当に二時間以内に起きたら……四十万のジャックポットだ」
ノアは即答した。
「なら、それを賭けろ」
ケンタロウはスマホを落としかけた。
「はぁ!?」
「失敗したら借金だぞ!
スラウィは三百年間無傷だ!
SSS級メイジが負けるわけない!」
ノアはただ見つめる。
「早く押せ」
「嫌だ」
数分後――
ノアはスマホを奪い、3ゴールド賭けた。
【賭けは確定されました。キャンセル不可】
ケンタロウは凍りつく。
「お前正気か!?金一枚もないのに三枚賭けた!?」
「大丈夫だ」
「何が大丈夫だ!?」
ケンタロウが返金ボタンを探している間に――
ノアは消えた。
スラウィ中心市街地
穏やかな夜空が、突如ひび割れた。
古代魔法陣が空中に開く。
現代魔法ではない。
規格化された魔法でもない。
もっと古い。
もっと重い。
もっと暗い。
ノアは高層ビルの上空に浮かぶ。
手を上げる。
「サモン」
空が裂ける。
巨大な黒い竜がゆっくりと降臨した。
災害警報システムが即座に作動する。
「警告!SSS級モンスター反応確認!」
通知は全国へ拡散。
軍上層部や政府高官たちは顔を青ざめさせた。
「なぜだ!?なぜスラウィに竜が!?」
SSS級メイジが緊急出動。
防衛魔法で空が赤く染まる。
数秒後。
ノアは再び丘のベンチに座っていた。
巨大スクリーンは緊急中継へ切り替わっている。
「ほら。SSS級モンスターだ」
ケンタロウは凍りつく。
MPL中継は完全に消えていた。
彼は柵へ駆け寄り、強く握る。
「あり得ない……」
画面では黒竜が咆哮し、五人のSSS級ヒーローが動き出す。
魔法の光が夜空を切り裂く。
そして、世界がそれを見ていた。
――続




