第3章:Fランクの女とプライマーリーグ
魔術師同士の対戦アリーナは、以前のF-100トーナメントとは比べものにならないほど賑わっていた。
観客の歓声が響き渡り、ときおり放たれる魔法が結界にぶつかって光を散らす。
ノア・カムイは、アリーナの中央に立っていた。
小柄な体。
そして、感情の読めない無表情。
その正面で、高価そうなローブをまとった男の魔術師が、上から見下ろすように彼女を眺め、鼻で笑った。
「へぇ……相手はただのガキかよ」
男は迷いなく手を掲げる。
空中に魔法陣が展開された。
「――《スラッシュ・ドッグ》!」
魔法陣から、刃のような風で形作られた魔法の犬がノアへと飛びかかる。
今の時代でも、技名を叫ぶ魔術師がいるんだ……
ノアはそう思った。
一歩、前へ出る。
その動きは、ほとんど視認できなかった。
魔法の犬は、ノアに届く前に真っ二つに切り裂かれる。
「な――っ!?」
男は目を見開いた。
「どんな魔法だ!? 今のは!」
答える必要はなかった。
ノアは、すでに彼の目前に立っていた。
短い一撃。
速く。
正確に。
顔面に拳が叩き込まれる。
「――ぐはっ!」
男の身体は吹き飛び、そのまま動かなくなる。
アリーナが静まり返った。
レフェリーは数秒間呆然と立ち尽くし、ようやく我に返って腕を上げる。
「勝者……ノア・カムイ!」
一瞬遅れて、会場が騒然となった。
「今の何だ!?」
「動きが異常だろ!」
「F-99ランクが、あんな速度で……!?」
賭けに負けた観客たちが、苛立ち混じりに悪態をつく。
観客席の端で、ケンタロウ・カムイは笑いをこらえていた。
「へへ……今日はなかなかの稼ぎだな」
しばらくして、ノアとケンタロウは街の通りを歩いていた。
「なあノア」
ケンタロウは軽い調子で言う。
「この調子で勝ち続ければ、すぐ金持ちになれるぞ」
ノアは横目で彼を見る。
「もう勝ち続けてるけど。まだ金持ちじゃない」
「ははは」
ケンタロウは笑った。
「Fクラスの大会は報酬が安いんだ。これだけじゃ、ティアを上げるのに五年はかかる」
「なんで五年も待つ必要があるの?」
ケンタロウは足を止めた。
「公式トーナメントが少ないからだ」
「年に一回あるかどうかだぞ」
やがて二人は、大型モニターの前で立ち止まる。
そこでは、上位クラスの魔術師たちによる大会が生中継されていた。
「ノア、見ろ」
ケンタロウは画面を指差す。
「《メイジ・プライマー・リーグ》に入れたら、俺たちは一気に金持ちだ。あそこにいる連中みたいにな」
「メイジ・プライマー・リーグ?」
ノアはケンタロウを見上げる。
「それ、何?」
「昔はな」
ケンタロウは説明を始める。
「世界の魔術師が鈍らないように作られた大会だった」
「鈍る?」
ノアが首をかしげる。
「歴史は知ってるだろ」
ケンタロウは続けた。
「魔王が人類の98%を滅ぼした時代があった」
その言葉を、ノアは黙って聞いていた。
「勇者が倒した後、生き残った人類は理解したんだ」
「次の世代が弱ければ、世界は終わるってな」
ノアは、画面から目を離さなかった。
「だから《メイジ・スポーツ》が生まれた」
ケンタロウは微笑みながら言う。
「小さなコミュニティ大会から、アマチュア、セミプロ、プロ、そして国家規模まで」
彼は小さく息を吐く。
「元は、魔王復活への備えだったが……」
一拍置いて、苦笑する。
「今じゃ、完全にビジネスだ」
ノアは黙り込んだ。
画面の中では、派手な演出と歓声に包まれながら、魔術師たちが戦っている。
今の時代……
否定しようのない事実がある。
かつて――
彼女は魔王だった。
そして、人類の98%を滅ぼした存在。
狂気ゆえではない。
憎しみだけでもない。
今の人間たちが存在していたなら……
私は、あんなことはしなかった。
大会に映る魔術師たちの動きを見て、ノアは理解する。
速い。
鍛えられている。
効率的だ。
かつての時代の人間とは、比べものにならない。
今の私と戦えるほどには……強い。
ノアは小さく息を吐いた。
「……それでも」
心の中で呟く。
「うるさすぎる」
――
キーン……キーン……
静寂を破る着信音。
ケンタロウが電話を取る。
「はい、ケンタロウ・カムイです」
「ご用件は?」
ノアは横目で見るだけだった。
ケンタロウは早口で話し、何度か頷く。
「ええ……ええ……わかりました」
「今から?」
「……なるほど」
通話が切れる。
振り返ったケンタロウの表情は、先ほどとは明らかに違っていた。
目が輝き、興奮を隠せない様子だ。
「ノア」
彼は言った。
「スクリム・イシに誘われた」
ノアは無表情のまま問い返す。
「スクリム・イシって、何?」




