07.街
カミューさんに手を引かれて私達は路地裏から大通りへと出る。
「わぁ……っ!」
一気に視界が開け、飛び込んでくるのはキラキラとした町並みだった。もうお月様も上る時間なのに人々は活発で、その喧噪が波のように押し寄せてくる。
道路の広い通りの両脇には露店のような物も並んでいた。キラキラとしたアクセサリーや美味しそうな食べ物、威勢のいい声と魅力的な香り。初めて見て触れる情報に頭がピリピリしてなんだかしびれているかのような感覚になる。
行き交う人々は皆楽しそうだった。一日の終わりなのだろうか?露店で食べ物を買って食べる人、持っている籠に野菜を入れて急いで帰る人、様々な人間がここにはいた。
奴隷だった時はこんな風に堂々と街を歩く事なんて許されなかった。いつも足下を見て、誰かの影に隠れるように歩いているか、人々の嫌な視線をずっと浴びているかのどっちかだった。だから世界がこんなに鮮やかで綺麗だなんてしらなかったのだ。
「あ、ほらメアリー、これとか可愛いと思わない?」
カミューさんが私の手を引いて一つの露店に近付く。そこはキラキラとした石が使われたアクセサリーが並んだお店だった。色とりどりのガラス玉や、磨かれた鉱石が装飾として施されており、どれも高価そうに見える。
「これ、メアリーに似合いそう!」
そう言って彼女がブローチを手に取る。金色の装飾が細かいレースのように編み上げられ、その真ん中には透き通った石がはめ込まれている。街の光を反射してキラキラと輝くその石は小さいながらも存在感のある輝きだった。
「そ、そんな素敵な物、私にはもったいないです……っ!」
嬉しい気持ちもあったが、そんな高価そうな物を買うお金もなければ似合うはずもないと全力で首を振る。もっとふさわしい人が私以外にいるはずだ。
「カミューさんの方がきっと似合いますよ……!」
「そうかな~?メアリー可愛いからどんな物でも似合うと思うんだけどな~」
そう言いながらカミューさんは手に取ったブローチを台に戻す。「見せてくれてありがとう」と彼女が店員さんに声をかければ、笑顔で「また来て」と挨拶をされていた。
そういえば歩いてる時もいろんな人から挨拶をされていたし、きっと彼女は人気物なのだろう。こんなに優しくて素敵な人なんだ、好かれるのも納得だ。
そんな事を考えていると、ふと……鼻先を甘い香りがくすぐった。
「ん~! いい匂い! メアリー、こっちこっち!」
カミューさんが私の手を引き、人混みをスルスルと抜けていく。たどり着いたのは、鉄板の上で何かを焼いている屋台の前だった。小麦が焼ける香ばしい匂いと、甘い匂いが混ざり合って、お腹がぐぅと鳴りそうになる。
「おじさーん!」
カミューさんの元気な声が響く。おじさんと呼ばれたその人は怖い顔をしながらこちらに視線を向ける。職人さん?とかそういう気難しい人なんじゃないかとびっくりしてちょっとだけカミューさんの後ろに隠れた。しかし、その人はカミューさんを見た瞬間、先ほどとは別人なんじゃないかというくらい優しい笑顔になった。
「おう、カミューちゃんか! 今日は連れがいるのかい?」
「うん! 私の可愛い妹弟子!」
「あ、えっと……メアリーです……はじめまして……」
そう、紹介されてそっと前に出る。ぺこりと頭を下げれば、「お~、そうか~、可愛い弟子だな~」とまるで自分の事のように嬉しそうだった。
「今日は何食べるんだい?」
「そうだな~……あ、メアリー食べれないものとかある?」
「私は何でも、食べられます……」
そもそも何が食べられないのか自分ではまだ分からない。苦手なものが出来るほど何かを食べたことがないからだ。
「おっけ~!じゃあ、私のオススメにしちゃおうかな~、えっとね~、ここはフルーツが美味しいんだよね~」
「よし、決めた!サイズはグランデで、スイートホイッププラスでしょ?ストロベリーフルダブルベリーでソースはチョコがいいかな~!あ、あとローストナッツ追加で!!」
カミューさんは慣れた様子で注文する。それこそ呪文みたいで何が出てくるのか想像も出来なかった。店主さんはその注文を間違えずに聞き取ったみたいで、繰り返した後に調理に取りかかる。ジュ~という音と共に鉄板の上で甘い匂いの生地が焼かれていく。うす~く伸ばされたその生地を別の台に移動させて白いクリームと色とりどりのフルーツがトッピングされる。黒色のソースがかけられたそれを丁寧にくるりと撒いて、紙で包んだあと、これでもかと言うくらい上からフルーツやナッツが乗せられて完成だ。
「あいよ!!重いから気をつけてな」
彼女はそれを受け取ると、チャリンと何かを渡した。コインのようなものだ、この土地の硬貨だろうか?見慣れないお金だった。だが、それ以上に手渡されたそれに夢中になってしまった。ずしりと重い感覚が手に伝わる。中にクリームがつまっているからだろう。強く握れば崩れてしまいそうで、両手で必死に支える。
店主さんの最初の怖い顔から想像もできないくらいかわいい飾り付けだ。苺で作られた兎やお花がキラキラと輝いていた。
「これは……?」
「『クレープ』だよ! ここのはね、クリームがいい甘さで美味しいんだ~! ほら、食べてみて!」
カミューさんに促され、私はおずおずと白い包み紙に口を寄せた。あむ、と一口かじる。
「……っ!」
もちっとした生地の食感のあと、ふわふわのクリームが口の中でとろけた。
――甘い。
感動するくらい、甘くて、優しい味。少し豆っぽい匂いがするクリームはさっぱりしているけど、しっかりと甘さがあってパクパク食べる事ができる。
「……おい、しい……」
今まで、硬いパンや味の薄いスープしか知らなかった私の舌が、驚いているのがわかる。アビスさんからもらったクッキーも美味しかったけど、これはそれとはまた別のベクトルのおいしさだ。これが幸せなのだろうか、胸がじんと温かくなる。
「でしょ~? 疲れたときは甘いものが一番だからね!」
隣で同じものを頬張りながら、カミューさんがにへへと笑う。口の端にクリームがついているのがおかしくて、可愛くて。「クリームついてますよ」と言えば、「メアリーもベタベタになっちゃってるよ~」と笑い返された。気を付けていたつもりだったけれど慣れない食べ物だったからうまく食べれてなかったらしい。恥ずかしくて顔が熱くなる。
「ほらこっち向いて」
「ご、ごめんなさい……」
「大丈夫だよ~、私が初めて食べたときはもっとすごかったよ」
そう笑いながら彼女は取り出したハンカチで私の口の周りを拭く。
「あ、そういえばクレープ代……!」
美味しいものに夢中になりすぎて大事な事を忘れていた。私は今お金を持っていない。良いものを食べたのにそれを払う代金が無いのだ。
「わ、私、お金もってない……です……」
消え入りそうな声で言う。彼女は一瞬きょとんとした後に「あ~~」と笑った。
「いいよいいよ~、これは記念?お祝みたいなものだから!弟子祝いみたいな?」
そう言って私の頭を軽く撫でる。本当にいいのだろうかとむずむずした。そもそもこの国の通過も知らないし、お金をどうやって稼げばいいかも分からないからお礼のしようが無い。
「ありがとう、ございます……!」
とにかく感謝を伝えるために精一杯頭を下げる。今の私には感謝を伝える方法がこれしかない。
「え、えと……その……何かあったら言ってくださいね……?何でもしますから……!」
「そう?じゃあ何かあったときはお願いしよかな~」
そう言ってカミューさんは食べ終わったクレープの包み紙を私の分もまとめてぐしゃぐしゃとゴミ箱に捨てる。
「あ、そうだ、じゃあ最初のお願いしてもいいかな?」
「は、はい……」
にんまりと笑った彼女が再び私の手を取って言う。
「もちろん、メアリーは私の妹弟子だけど、良い友達にもなれると思ってるんだよ!だからさ、修行とか勉強してる時以外はさ、私の子と友達だって思ってほしいなって……」
少し恥ずかしそうに彼女は言う。
「友達ですか……。えっと、初めて出来るので……どういうことをすればいいのか……」
何をすれば彼女に満足してもらえるだろうかと真剣に考える。そもそも友達という文化に今まで触れてこなかったせいで何も分からない。そうやって真剣に考える私が面白かったのか彼女が「ふふっ」と吹き出す。
「そんなに真剣に考えなくていいよ~!こうやってたまに遊んで、美味しいもの食べて、いっぱいおしゃべりするだけだよ。仲良くしてくれたらそれでいいんだよ」
「なる……ほど……。頑張ります……!」
「あははっ。メアリーは真面目だね~、私はあなたに失望したりしないから、ゆっくりで大丈夫だよ」
アビスさんと同じ優しい言葉。気を遣わせているのだろうかと少しだけ心配な気持ちもあるけれど、彼女達からは悪意とか嫌な気持ちは感じない。世界はこんなに素敵な人達であふれているんだなと、少しだけ前を向くのが楽になった気がする。




