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ウィッチランド  作者: 皐紗綾


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06.空の旅

「今日は新しいこといろいろあって大変だったでしょ?ちょっと遊びにいかない?」


「遊びに……ですか?」


てっきりすぐに修行なり勉強なりが始まると思っていた私は、突拍子もない提案に目を白黒させる。それでもカミューさんの言葉に、胸がワクワクした。けれど、すぐに不安が頭をもたげる。

 

「えっと……私と一緒に外に出て、怪しまれたりとかしないですか……? その、私がいたら、カミューさんが恥ずかしい思いをしたりとか……」


 私はこの土地の事を何も知らないし、魔法も使えない。マナーだって知らない奴隷だ。そんな私が、カミューさんのような立派な魔法使いの隣を歩くなんて、許されることなのだろうか。


「心配しないでいいわよ~! メアリーは全然怪しくないし、むしろ可愛いんだから自信もってよし!」


「そ、そうですか、あぅ……っ」


 彼女が満面の笑みで、私の頭をわしゃわしゃと撫でてくる。悪意が無い手というのは、こんなにも心地良いんだな……と、場違いな安堵を覚えてしまう。一応、服装は奴隷の時のぼろ布とは違って、アビスさんに綺麗な服を着せてもらえた。これなら、歩いていても奴隷だとはバレないだろうか。


「そうと決まれば、日が暮れる前に出発しよ! ちょっとウェインさんに伝えてくるね!」


 カミューさんが玄関の扉を少し開けて、家の中に向かって叫んだ。


 「ウェインさーん! メアリーと遊んできまーす!」


 元気な声が響く。距離的に私には返事の声は聞こえなかったけど、カミューさんは「はーい、了解だって!」と嬉しそうに戻ってきた。


「あ、あの……アビスさんは一緒じゃなくて大丈夫……なんですか?」

 

「ん~、ウェインさんはあんまり外出ることないから気にしなくていいよ~。それに、私がいるしね!」


 親指を立てて「任せて!」と彼女は笑う。

 こんな素敵な人達から逃げようだなんて思わないが、アビスさんは私が逃げるとか、そういう不安はないのだろうか。……いや、もしかしてカミューさんが私の「監視係」ということか?そう考えれば、少し腑に落ち……

 はっとして、私は首を振った。そもそもアビスさんは私を奴隷扱いするつもりは無いと言ってくれた。なのに、すぐに「監視」だの「逃亡」だのと考えてしまう自分が嫌になる。


「どうしたの?」


 暗い顔をしていたのか、カミューさんが顔を覗き込んできた。


「いえ、大丈夫です。ちょっと、外が……不安で……」


「大丈夫大丈夫! こう見えても私すっごく強いから、変な人に襲われても返り討ちにしちゃうよ!」


 カミューさんが杖……ではなく、ほうきをブンと振るう。あんな素敵な魔法が使えるのだ、きっと彼女が優秀な魔法使いだと言うことは間違いない。ただ、もし変な人に襲われた時は、戦わずに逃げてほしいなと素直に思った。


「あはは……じゃあえっと、頼りにしてます……?」

 

「任せて! メアリーは空の旅は初めて?」


 そう言った彼女がおいでと手を差し出してくれる。カミューさんが手を離すと、ほうきが生き物のようにふわりと浮き上がり、地面から数センチのところで静止した。


「え、えっと、初めて……です……」

 

「そっか!! じゃあ初めての空の旅だね! ちゃんと支えてあげるから、おいで!」


 そう言って彼女はほうきの後ろ側に跨ると、前のスペースをポンポンと叩いた。


「だ、大丈夫……なんですか? 一本のほうきに二人なんて……折れたりしませんか?」

 

「平気平気! 私のほうきは力持ちだから! それにメアリーは軽いしね!」


 促されて、恐る恐るほうきの柄に跨る。不安定な棒の上でグラつきそうになった瞬間、背中からぎゅっと抱きしめられた。カミューさんの腕が、私の体を包み込んで、手綱を握るようにほうきの柄を掴む。背中に伝わる体温と、守られているような包容力に、強張っていた肩の力が抜けた。


「じゃあ、行くよ~~! しっかり捕まって!」

 

「は、はい……っ!」


 彼女の腕にしがみついた、次の瞬間。

 

 ふわり……

 

 内臓が押し上げられるような浮遊感に襲われた。足元から地面が遠ざかる感覚に、私は思わずぎゅっと目をつぶって悲鳴を飲み込む。耳元で風が唸る音がする。けれど、しばらくすると揺れが収まり、滑るような感覚に変わった。

 おそるおそる、目を開けてみる。


「…………ぁ」


 息を呑んだ。さっきまでいた鬱蒼とした森が、遥か真下に見える。視界いっぱいに広がるのは、燃えるような夕焼け空と、どこまでも続く地平線だった。


「あ、わ……と、飛んでる……!」

 

「楽しいでしょ~? ほうきの扱いは得意だから、安心していいよ!」


 風が私の髪を揺らす。こんなに高いところに来たのは初めてだ。怖いけれど、それ以上に……世界はこんなに広いんだって少し感動した。


「慣れてきたかな?」

 

「まだちょっと、怖いですけど……すごいです……」

 

「良かった良かった! じゃあ、ちょっとだけ空からツアーをしてあげよう~! ほら、あそこに見えるのが『学園』だよ」


 カミューさんが私の肩越しに、遠くを指さした。森を抜けた先に、ひときわ目立つ巨大な建物があった。


「あそこで魔法の勉強が出来るんだよ! メアリーもここに慣れたら一緒にいきたいな~」


「学園……ですか。いろんな人がいるんですか……?」


「そうだよ~、大人から子供までいっぱい! 入学も卒業もわりと自由な所なんだよね。まあ、変な人も多いけど!」


「なるほど……ちょっと、憧れますね……」


 学校というものに行った事がないから、私には想像もつかない。けれど、あのキラキラした場所に行けば、私も文字が読めるようになるだろうか。アビスさんの役に立つ知識が身につくのだろうか。


「ウェインさんがいいよ~って言ってくれたら、いつか行こうね!」


 そう言って、空の旅は続いていく。風を切る音が心地いい。さっきまでの恐怖が嘘のように、私は眼下に広がるミニチュアのような街並みに見入っていた。


「次はあそこ! あの建物が見える? 学園よりは大分小さいから分かりにくいけど……あの、ちょっとボロボロの……」


 カミューさんが箒を傾け、街外れの一角を指さす。そこには、綺麗だった学園とは対照的な、ボロボロになっている木造りの建物があった。人々が出入りしているのがかろうじて見える。


「あそこが『冒険者ギルド』だよ~。私も登録してるんだ~」


「ギルド……ですか?」


 あまり聞き慣れない言葉に首をかしげる。冒険者……ということは、物語に出てくるような、戦う人たちのことだろうか。


「『何でも屋』って言ったらわかりやすいかな~? ちょっと違うけど、依頼を受けてそれを解決して……っていうのを繰り返してるお仕事! 庭の草むしりから、魔物の討伐までなんでもあるよ」


「ま、魔物……ですか?」


 魔法だけでもびっくりしたのに、そんな危険な生物がいるのかと少し怖くなる。世界を滅ぼす力だとか、人を殺せる魔法だとか、魔物だとか。外の世界は、私が思っていたよりもずっと危険に満ちているのかもしれない。


「ひぅ……」


 思わず身震いして、カミューさんの腕を掴む手に力が入る。すると彼女は、「あはは、怖がらせちゃった?」と申し訳なさそうに笑った。


「大丈夫だよ。街の中に入ってきてもそこまで危険な魔物じゃないからね!それにちゃんと騎士団さんが助けてくれるからね」


「な、なら安心ですね……」


「……よし、そろそろお腹も空いてきたし、ここら辺で下に降りよっか! ちょっと傾くよ~」


 カミューさんが、私を抱える腕にぎゅっと力を入れた。落ちないように守ってくれているのだ。私もその腕にしがみつくように力を込める。それを合図にしたかのように、ほうきの先がくいっと下を向いた。


「ひゃっ……!」


 ぐんっと、一気に高度が下がる。

 内臓がふわっと浮き上がるような浮遊感と、下から吹き上げてくる風の勢いに、私はまたぎゅうっと目を瞑ってしまった。風の音が強くなる。やっぱりまだ空は怖いなぁ、と思った――その瞬間。


 トン。


 拍子抜けするほど軽く、つま先が地面に触れた。衝撃なんてまるでない。まるで羽毛が落ちるような、優しい着地だった。


「ふぅ……ちょっと、ドキドキしました……」


 まだ少し震える足で地面を踏みしめる。やっぱり、土の上は安心する。


「あはは、最初はそうだよね~! すぐに慣れるよ!」


 私たちが降りたのは、建物の陰になった路地裏のような場所だった。薄暗くて人通りはないけれど、すぐ近くから「いらっしゃい!」「安いよ!」といった活気のある声が波のように押し寄せてくる。もうだいぶ日も傾いているのに、この街の熱気は冷める様子がない。


「じゃ、行こう行こう!」


 カミューさんが、私の手を引いて歩き出す。


「は、はい!」


 繋がれた手のひらから伝わる温もりが、私の緊張を溶かしてくれる。その温かさに少し勇気付けられて、私は彼女の隣に並んだ。

遅くなりました!外の世界ってワクワクしますよね。

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