04.魔法の力
「ありがとう」
私の返事を聞いて、彼は少し安心したように息を吐き、再び椅子に座った。
「まぁ、急にこんな事を言ってびっくりしただろう。もう少しちゃんと説明しようか」
「は、はい……」
「話が長くなるだろうから……」
そう言って運ばれてきた紅茶からは、華やかな香りが立ち上っている。添えられた小さなマフィンからは香ばしいバターの匂い。
けれど、今の私にはそれに手を伸ばす余裕なんてなかった。
「今から話す事は、全部君が知らなければならない事だ。メアリー、きっと君はこれからいろんな経験をすることになる。辛い事もあるかもしれない」
「……辛いことには、慣れてます……」
「そうだね……。でも、これは君の身を守るための話だ。もちろん、そのためのサポートもしっかりするから安心しておくれ」
アビスさんの真面目な声色に、背筋が伸びる。
「まずは君の過去の話だ」
「私の……過去、ですか……?」
私にまともな過去なんてない。ただの奴隷として扱われていただけの日々に、何の意味があるというのだろう。
「メアリーは過去に、黒魔術の実験に巻き込まれた事があるんじゃないかな?」
ドクン、と心臓が跳ねた。
魔法と言われて、最初に脳裏をよぎったのがそれだった。
過去にいたご主人様の一人に、黒魔術の研究をしている奇妙な男がいた。
それは本当に恐ろしいもので、思い出しただけで指先が震える。
黒魔術を使うためには生け贄がいると言われ、酷いこともたくさんされた。結果どうなったかは、あまり覚えていない。恐怖とショックが重なって、記憶が霧のように霞んでいるからだ。
「たし……かに、覚えはありますが……あれは結局、胡散臭い儀式だったような……気がします」
何かを召喚する儀式だったような記憶はあるが、正直、現実だとは思えない。悪夢の続きのようなものだと思っていた。
「そうだね……確かにその儀式自体は、本来なら失敗するはずのものだった。でもね……」
アビスさんは一口紅茶を含んでから、静かに言葉を継いだ。
「困ったことに、それに応えてしまった『愉快犯』がいてね……何の気まぐれか、その場にいたメアリーに力を分け与えたんだ」
「わ、私に……ですか……?」
言われてみれば、その時誰か――女の人と話したような記憶が、微かにある。
ずっと悪い夢だと思っていたけれど、あれが現実だったというのか。
「そう。君には魔法の適性があった……いや、適性がある人間に作り変えられた……と言った方がいいかな。おかげで君は、強制的に魔法使いになってしまったんだ」
「なるほど……?」
いまいちピンと来ない。
その出来事はずいぶん前の話だし、魔法使いになったと言われても、体に何か変化があったわけでもない。そもそも今まで、魔法なんて使えた試しがないのだ。
「強制的に魔法使いと同じ器になった君の中で、その力はずっと眠っていた。ただ肉体が書き換わっただけなら良かったんだが……問題はここからだ」
アビスさんが、真剣な眼差しで人差し指を立てる。
「まず一つ。君には膨大な魔力が眠っている。それはもう、今の君には制御が不可能なほどに、膨大な量のね」
「……あんまり、実感わかないです……」
「今はそうかもしれないね。そして、二つ目」
「どうやら魔法を使う適性自体も高かったようでね。修行をすれば、とてつもない魔法使いになれる素質がある」
今まで何の取り柄もなかった、ただの奴隷の私が……?
これが何か、アビスさんの役に立つような事ならいいけれど。
「三つ目は……」と、彼が三本目の指を立てた。
「『黒属性』の適性だ。これは、力を与えたモノの影響もあるんだけどね、簡単な魔法でも場合によっては人を殺せるくらいの威力は出せると思うよ」
「殺せる……?そ、そんな……」
人を殺せるくらいの力が、私にある……? こんな非力な、誰かに踏みつけられるだけだった私に?
私の手が、あの恐ろしいご主人様たちのように、誰かを傷つけるものになってしまったと言うのだろうか。
「おびえなくても大丈夫だよ。扱い方さえ覚えれば、誰かを危険に晒したりはしないからね」
「は、はい……。わかり、ました……」
アビスさんの言葉に頷くけれど、少し指先が震える。
自分の手が急に恐ろしい凶器に見えてきて、膝の上でぎゅっと握りしめる。
「あ、あの……その……」
恐怖をごまかすように、私は別の疑問を口にした。
「その、『黒』っていうのは……やっぱり、悪い魔法……なんですか?」
魔法というくらいだから、もっと水とか炎とか、そういうきらきらしたものを想像していた。
けれど「人を殺せる」なんて聞くと、どうしてもあの禍々しい儀式の色を思い出してしまう。
「一概にそうとは……言えないな」
彼は次の言葉を考えるように続ける。
「魔法には赤、青、緑、黄、紫、土、黒、白の八種類の属性があるんだ。黒以外のどの魔法も、使う者が悪党なら悪い魔法となるだろう」
「つまり、その……怖いものでは、ないって事ですか……?」
「そう。怯えは魔法にも悪く影響してしまうから、怖い魔法にならないようにしっかり勉強していこうね」
確かに、さっきアビスさんが見せてくれた炎は、色こそ見慣れないものだったけれど怖い物には見えなかった……気がする。
「そして、メアリーは『黒』への適性がずば抜けて高い。……ちなみに、私も黒系統の魔法を主に扱っているんだよ」
「なるほど……アビスさんと一緒、なんですね」
黒というくらいだから、禍々しくて怖いものだと思ったけれど、アビスさんを見ていると、そんな感じではないのだろう。それに彼と一緒だというのは今の私には安心だ。少なくとも彼はまだ悪い人には見えないから。
「と、いうわけで。君には修行をして魔法を扱えるようになってもらいたい。今のままでは、君の体で目覚めた力が暴走して、最悪の場合――世界を滅ぼしかねないからね」
「え……?」
――私が、世界を……?
さらっと告げられた恐ろしい言葉に、血の気が引いた。
人の役にも立たない、無価値な存在の私が。
世界を滅ぼしてしまう?
(……そんな危険な存在なら、殺処分されるんじゃ……)
恐怖が喉元までせり上がる。
生きていてもいいのだろうか。そんな化け物を、この人は家に置いてくれるというのだろうか。
流石によくしてくれる主人の前でそんな事は言えず、震える声で尋ねる。
「そ、それって……私は……ここにいても、大丈夫なのですか……?」
「もちろん。そこは安心してくれ。ちゃんと少しずつ慣れていけるように、サポートはするつもりだ。……というより、やってもらわないと困るんだ。今の君にとってはイメージ出来ないかもしれないけどね」
世界の危機だから、と彼は真剣に言う。
何かしらの事情に巻き込まれただけかもしれないが、そんな恐ろしい爆弾に、自分がなってしまっていたなんて。
「さて、何か質問はあるかい?」
正直、何一つ飲み込めていない。けれど、何も分からないなんて言ったら見捨てられるかもしれない。とにかく言われたことを、全てそのまま素直に飲み込むことにした。
「あ、その……えっと、修行? はアビスさんがしてくれるのですか……?」
「もちろん、同じ系統だから私が教える事も出来るよ。ただ、君にはいろんな系統の魔法を使えるようになってほしいんだ。そのために、ぴったりの師匠を呼んだ」
「そろそろ来るんじゃないかな?」と彼は扉の方を向く。
知らない人の登場に少し身構えた、その時だった。
バンッ!! と勢いよく扉が開かれた。
「こんにちは、ウェインさん! 呼んでもらえて嬉しいです!」
台風のように飛び込んできた少女は、その勢いのままアビスさんの元に一直線に向かい、ぺこりと綺麗なお辞儀をする。片手には分厚い本、もう片手には自分の背丈ほどある箒が握られている。
そして彼女はくるっと私の方を向き、ぱぁっと部屋が明るくなるような笑顔を輝かせた。
「この子が例の新弟子ちゃん? かわいい~! 私のことはお姉ちゃんって呼んでいいからね~!」
「あ、あう……っ」
有無を言わさず抱きしめられ、頬ずりをされる。
圧倒的な勢いにびっくりして、私は石のように固まってしまった。
「こら、カミュー。メアリーが困っているだろう。離しなさい……」
アビスさんが少し呆れたように言えば、彼女は「はーい」と素直に私から離れてくれた。
体に残った彼女の体温が、緊張していた心を少しだけ溶かしてくれる。……悪い人ではない、気がする。
「彼女はカミュー・モルガン。一応……私の弟子だよ」
その言葉を聞いた瞬間、ニコニコと楽しそうだった彼女の顔が、もっと嬉しそうな満面の笑みに変わる。
「そう! 私がウェインさんの最高傑作の弟子、カミューだよ! よろしくね!」
今度はハグではなく、ちゃんと握手を求められる。
「わ、私は……メアリーです……」
おずおずとその手を握り返す。ぶんぶんと上下に振られて、私ごと飛んで行っちゃいそうだった。なんて元気な人なんだろう。
「カミューの方が、メアリーに魔法の基礎を教えるのには適しているんだ。だから彼女が中心になって、君の修行をしていこうと思う」
「は、はい……!」
「大丈夫だよ、怖がらなくても。魔法はね、ちゃんと扱えるならとーっても楽しいものだから!」
カミューさんが、にこりと笑う。その笑顔には一点の曇りもない。
自分の力がうまく扱えなければ、世界が危ない。私は立派な魔法使いにならないといけない。
いろんな不安があったけれど、カミューさんの笑顔を見ていると、それよりもこれからの生活に少しだけワクワクしている自分がいた。
説明回でした!読んでくれてありがとうございます!




