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ウィッチランド  作者: 皐紗綾


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01.迷い込んだのは

魔法使いになる奴隷の話です。

 暗い、ただ暗いだけの部屋。硬い床も無機質な壁も慣れてしまって、冷たさなんて感じないそんな空間。

 毎日のご飯として渡されるひとかけらの硬いパンを、乾いた口でなんとか柔らかくしながら飲み込む。

 死のうなんて思考を巡らせる気力もわかない、そんな一日が今日も始まる。

 いつもと違うことといえば、いつもより揺れている気がすることだ。

 私たちは奴隷として船で移動しているのだが、ここまで揺れているのは初めてだ。

 座っていると体調を崩してしまいそうなので横になってみる。……揺れが全身に伝わってきて、これは逆効果だ。

 しかし、一度横になってしまったせいで起き上がれない。

 ぼーっと部屋の鉄格子を眺めながら、今回はどういう人に買われるのだろうかと考える。

 「素敵な人がいれば幸せになれる」なんて夢も、最初はあった。今はもうそんなこと考えないけど……。それよりもただ、苦痛でないことを願うばかりだ。

 せめて、まともにご飯が食べられる家だといいなぁ……。

 そんな思いで眠ることもできず、目的地につくまでただひたすら一点を見つめ続けた。


 どれくらいたったのだろう……?

 足音と話し声がする。片方は聞きなれた奴隷商の声、もう片方は……あまり聞こえないから無口な人なんだろう。

 きっとここが今日の目的地。お客様が来るから起き上がらないといけない。なんとか身体を持ち上げる。

 お客様の前で横になっているだなんて許されない。元気であるということを示さないと……。

 こんな檻にいるより、どれだけひどい扱いを受けても外に出たほうが楽なのだから……。


「こちらですぅ~! まずはこの子ですねぇ。いろんなことをさせておりますので、家事や主人の世話はもちろん、あっちのほうも評判がいいんですよぉ~?」


「……」


 檻の中に入ってきた奴隷商に腕を掴まれて、無理やり立たされる。なんとか座る力は絞り出せても立ち上がる力なんて残ってないから、頭がくらくらする。

 新しいお客様はあまり見ない姿だった。まるでおとぎ話にでも出てくる教会の神父様のような格好に、頭から被った顔を隠す黒いベール。

 確かにいろんなお客様が来るが、こんな場所に訪れるにはあまりにその人は綺麗だった。顔を隠しているせいで視線や表情は読めない。でも、私をじぃっと見ていることだけはわかる。

 まるですべてを見抜かれているかのような視線を感じて、恐怖で動けなかった。

 彼が何故奴隷を求めているのかは分からないが、きっと私は彼にふさわしくないだろう……そう思ってしまうような人。だって私はあまりにも汚いから。


「どうですかぁ? お客様! 気に入らなければ他の商品もありますぅ~。そうですねぇ、彼女は確かに評判はいいですが、体は少し貧相ですし、もっと豊満な商品も」


「…………」


 彼がうるさいとでもいうように奴隷商の顔の前に手を出す。まるで心臓に突き刺さるかのようなその雰囲気が時を止めたかのように、奴隷商を黙らせた。

 彼が近付いてきて、私と目線を合わせるようにしてしゃがむ。


「あ……っ……」


 「お客様にそんなことさせられない」そう、声を出そうとしたが、からからの喉はつぶれたかのように声なんて出ず、意味のない音ばかりを漏らした。


「――――――――――――――」


 彼が何かを言って手を差し出してくる。異国の人なのだろうか?

 無口ではなく、言葉が通じないから黙っていたのか……?

 だから、その手を取るべきか一瞬迷った。この人について行けば何をされるか分からない……、いや、それはいつものことか……。

 つまりは私を買ってくれるということだ。それに、雰囲気が先ほど奴隷商を黙らせたときよりかは幾分か優しい気がする。

 そもそも、私に選択肢は無いし、このチャンスを掴まないと次、またお客様が来るまでここに居なければならない。ここにいるよりはきっと、外にいたほうがマシだ。

 捨てきれない希望が自分の中にあったことにあきれつつ、手を伸ばそうとして、ぐるっと視界がひっくり返る。

 ……いや、違う。無理やり立っていたのだ。ちょっと体を動かそうとしただけで、どうやら全てのエネルギーが切れてしまったらしい。

 真っ逆さまになる視界の中、ぎゅっと、握られるその手はどこか温もりを感じて、支えられた体は何故か安心したかのように眠りについた……。


「……?」


 パチリと目を覚ます。ここはどこなんだろうと考えて、お客様に失礼なことをしたことを思い出して慌てる……と同時に気付く。

 眠っている場所がふかふかなことに……。背中に広がる感覚に、思考が停止する。硬くないのだ。

 いつも寝かされていた冷たいコンクリートの床ではなく、どこまでも柔らかく、ふかふかとした……そう、布団だ。


 恐る恐る視線を動かせば、信じられない光景が目に飛び込んでくる。


 視界を覆う柔らかな布地。ここは、ベッドの上らしい。それもただの寝台ではない。まるでお姫様が眠るような、上質な天蓋付きのベッドだ。


 シックな色合いで統一された高級感に気づいた瞬間、ドクン、と心臓が嫌な音を立てた。


 サーッと全身の血の気が引いていくのがわかる。


 体の感覚からして、寝ている間に乱暴なことをされたわけではなさそうだ。けれど、現状が飲み込めない。


 どういうことだろうと体を起こそうとするが、力が入らない。自分にかかっている羽毛布団の重さにすら負けて、その場に縫い付けられたように動けなかった。


(あぁ、だめ……こんな上等なベッド……!)


 私にはもったいない。私のような薄汚れた奴隷が触れていいものではない。

 シーツが汚れてしまう。後でどんな罰を受けるのだろう。


 恐怖と自己否定の言葉だけが、ぐるぐると頭の中を支配していった。

 確かにベッドで寝る機会も今まであった。が、だいたい硬いパイプベッドにかび臭い布……。こんな普通の人が寝るような場所ではなかった。

 私はここで何をさせられるのだろう。もしかしたら死んでしまうのかもしれない。そうだったらちょっと嫌だなと悪いことばかり考えていれば扉の開く音がする。


「――――――――?」


 お客様の声だ。相変わらず彼の言葉は分からない。声、らしき音が聞こえるから話しているのだろう。

 だが、顔もヴェールに覆われているため、口の動きも不明なのだ。

 先ほど奴隷商のところで聞いた声よりかは幾分か優しく聞こえるが、お客様……いや、ご主人様の前でいつまでも寝ているわけにはいかない。

 なんとか体を起こそうともがけば彼に止められる。すっ……と、出てきた手が優しく、私の身体を支える。


「あ……の……」


 絞り出した声が彼に届いたかは分からないが、彼は私を支えて起き上がるのを手伝ってくれた。


「――――――――――。――――――――――――――?」


「あ、っと……えっと……」


 明らかに何か言われている。言葉の感じから質問されているのだろうか?

 何を答えたらいい? どうしたらいい……? そもそもこちらの言葉は向こうに通じているのだろうか?

 グルグルと思考を巡らせてみたものの答えは出ず、口から洩れるのは「あ……」とか「う……」とか意味のない言葉ばかり。彼が黙って私の顔を見る。


「……コトバ、ワカラナイ……?」


「……!」


 それは聞き取れた。酷くカタコトだったけれど、私はあわててうなずく。

 彼は少し考えてそぶりを見せた後、何を思ったのか少し急ぎ足で部屋を出ていく。

 あぁ、失敗してしまっただろうか? 倒れたあげく言葉の通じない女だ。彼が何を求めていたかは分からないが、慰み者にくらいは……。


 数分後、彼が何かを持って部屋に戻ってきた。まっすぐ近づいてきたかと思えば首元に手が伸びてくる。何をされるか分からず反射で体が強張った。


「……っ」


 しかし、何か起きることはなく、気付けば首には紫色に輝く石が下げられたペンダントがかかっていた。

 こんな高価そうなもの、どうして……? と口を開こうとする。


「……どうだろうか?」


「あ……」


 す……っと彼の言葉が耳に入ってくる。先ほどまであんなに聞き取れなかった言葉が、まるで母国語のように違和感なく聞き取れる。


「私の言葉は理解できるかな?」


「は、はい……」


 そう答えれば彼は安心したように言葉を紡ぐ。


「すまないね、言葉が通じないことを忘れていたよ。混乱させてしまったね」


「え、と、これ……は……?」


 何が起きているのか分からない。このペンダントは何? どうしてあなたの言葉が急に理解できるようになったの?

 聞きたいことや疑問は山ほどあれど、言葉は全て無意味な音になる。声を出して会話をする力がどうやらもう、この体には無いらしい。


「いろいろと説明したいこと、話したいことはあるが、まずはお茶でも飲まないかい? 君も疲れているだろう」


「え、あ……い……ただけるの……であれば……どんな……ものでも……」


 カスカスと音をたてながらなんとか言葉を紡ぐ。紅茶なんて最後に飲んだのは何年前だろう。そもそも泥水以外を口にするのが久しぶりだ。

 そう思ってぼーっと彼を見た。いつの間に持って来ていたのだろう、高そうなティーポットにお湯が注がれ、いい匂いがする。

 相変わらずベールのかかったその顔は見えないが、きっとお金持ちなことには変わりないだろう。


「どうぞ」


 そう、渡されたティーカップには綺麗に輝く紅茶が湯気をたてて入っている。

 ゆっくりと震える手で持ち上げ口を付ければ、少し苦いがホっとする落ち着く味だった。


「おい……しいです……」


「なら良かったよ。熱いからゆっくり飲みなさい。クッキーもあるから、お食べ」


「いいん、ですか……?」


「もちろん、君のために用意したんだ」


 差し出された皿の上には赤いジャムの乗ったクッキーが数枚。光を反射してまるで宝石のようだった。こんなもの食べたことない。

 お金持ちに買われることは何度かあったものの、ここまでちゃんとしたものを与えられたことなんて無かったからだ。

 もしかすると何かこの後悪いことをされるのではないかと思ったが、空腹感には勝てず、恐る恐る手を伸ばす。

 サクッと気持ちのいい食感と共にかみつけば、優しい甘さとジャムの少し酸っぱい味が口の中に広がる。

 あまりの美味しさに、もっともっとと食べたかった。 けれど、紅茶で潤ったとはいえ、ずっと乾いていた口内だ。実際はゆっくり飲み込むのにも精一杯だった。


「これも、おいしい……食べたの、初めて……です」


「そうなのかい? なら良かった」


 彼はベッドのそばに置いてあった椅子に座りながら、紅茶を飲んでいた。その仕草も絵になるほど美しい。


「さて、改めて自己紹介をしよう。私の名前はアビス・ウェイン。君の名前は?」


「えっと……メアリーって呼ばれてます……」


「ふむ……メアリーか。よろしく」


 アビスさんはティーカップを置いて私に手を差し出してくる。一瞬意味が理解できなかったが、握手を求めているのだろうか。奴隷である私に……。


「は、はい……」


 いまいち彼の考えていることが理解できないが、求められているのならばと震える手で握手をする。綺麗な彼に触れるのが怖かった。



「……さて、本題に入ろうか、メアリー」


 アビスさんは穏やかに切り出した。


「君をここに連れてきた理由だけど……君を娘として迎え入れたいと思っているんだ」



「え……?」


 相変わらず彼の顔は黒いヴェールに覆われていて見えない。言葉も温かみはあれど、落ち着いていて感情も読めない。

 たいていのことは受け入れてきた。今まで奴隷として買われて、いろんなことをしてきたから。

 だから、彼の言葉が何であれそれに従う。だけど、娘と父親というのは……。


「娘……ですか……?」


 彼がどういう意味でそれを言っているかは分からないが、わざわざこんな汚い奴隷を買ってまでするようなことなのだろうか?

 こんな素敵な家に住んでいるのだ。もっと、そう、ちゃんと手続きをして養子を迎えることだってできるはずなのに。

 あまりにも予想外の話だったせいで反応が遅れてしまった。理由なんて私には関係ないのだ。主人が、そう求めているのだから……。

 私はなるべくその言葉の意味を考えないようにする。


「……だめかい?」


「いえ……、分かりました。ご主人様」


「……」


 私の返事に一瞬彼が言葉を詰まらせた気がする。もしかして何か間違えたのだろうか……?

 そうだ、父親だと思ってほしいと言われていた。お父様、とでも呼んだほうが良かっただろうか?


「いや、そうか……すまない、今のは無かったことにしよう」


「え……あ、申し訳ございません……」


 やはりそうだ。何か気に食わなかったのだろう。まずい、このままでは何もできないまま返却になりかねない。そうなった時の奴隷の扱いなんていつもの倍酷くなるものだ。

 何か言おうとすれば、彼がすっ……と私の口にクッキーを入れてくる。


「少し自分の部屋に戻るから、紅茶とクッキーを食べ終えたらそこにある服を着なさい。君の好きなものを着るといい。準備ができたら迎えに来るから……そうだな、このベルで私のことを呼んでくれるかい?」


「ん、ふぁい……んぐっ……かしこまりました……」


 慌ててクッキーを飲み込んで返事をする。怒っているようなそぶりはないし、今すぐ返品というわけではないのだろうか。

 少し安心したが、これ以上彼に失望されないようにしないと……。彼は金色の小さなベルを机の上に置いて退室。それを確認して残ったそれを私は急いでたいらげた。

 本当はこんな貴重なもの、もっと味わってゆっくり食べたかったのだが、主人を待たせるわけにはいかない。

 まだふらつく体をなんとか動かして部屋にあった服を見る。どれも高価そうなもので私が着るにはもったいない。

 もしかすると試されているのだろうか……? 奴隷である私が着て汚れるのもよくないし、それにどれも複雑な構造をしていて一人で着られそうにない。

 なんとか探して、一着のシンプルなワンピースを見つけたからそれを着る。シンプルとはいえ、生地の質感や縫い付けてあるレースの感じからしてこれもすごく高価なものだろう。

 袖を通すとき、ひどくソワソワした。これで大丈夫だろうかと高鳴る心臓をなんとか抑えて彼がおいて行ったベルを鳴らした。

 チリンチリンという綺麗な高音が部屋に響く。そこまで大きい音じゃないのにこの空間全てに響くような、不思議な音色だ。

 しばらくすれば小さな足音がして部屋の扉が開く。


「早かったんだね。もう少しゆっくりしたらよかったのに」


「いえ、ご、ご主人様を待たせるわけにはいかないので……」


「……そうか」


 彼は私のことをじぃっと見つめる。何かまずかっただろうか。


「良かった、服のサイズはピッタリみたいだね。とりあえずで用意したものだからサイズが違ったらどうしようかと思ったよ」


「それは、大丈夫、です。むしろ、こんな高価な服、私には……」


「……メアリー、何かを貰ったりしてもらった時は素直にありがとうだろう?」


「あ、は、えっと……ありがとう、ございます……」


 私なんか布切れ一枚でもあれば十分なのに……。彼の私の扱いはいつもの主人たちと違ってなんだかソワソワする。

 そんな扱いにどこか期待してしまうのは私がまだ子供だからなのだろうか。こうやって期待して、悲しんだ経験なんて何度もしているのに……。


「そうだね、そういうことは段々慣れて行けばいいだろう。とりあえず君はこの家に住むことになるのだし、案内しないとね」


「ここに……ですか……?」


「もちろん。ここは私の家だし、君は私の家族だろう? 一緒に住むのは当たり前のことだよ、メアリー」


「あ、えっとかぞ……く……はい……」


 家族という言葉がまた私を少し混乱させる。彼は私を娘と呼び自分を父親のように扱ってくれといった。

 いわゆるごっこ遊びのようなものなのかもしれないと思っているのだが……こうも当たり前のように言われてしまうと、混乱してしまう。

 本当に、娘のように……父親と子供のように彼に甘えてもいいのだろうか……。


「そうだな、すぐに意識しろというのも難しいか……。ともあれ、ここでは気を楽にして過ごすといい。私としても、君がくつろいでくれるのならば構わないから」


「……はい」


 彼はそう言ってくれるけど、どうしてだろう。安心してもいいと言われるたびに、心のどこかがざわつく。

 こんな言葉、もらったことがないからだろうか。そっと彼の顔を見る。

 黒いベールに覆われているせいでその表情はわからないが、嘘は吐いていないのだろう。相変わらず何を考えているかわからない人だ。


「……私、あまり手がかからないと思います」


「そうか?」


「はい。だから、あまり気を遣わなくても……」


 そう言ったつもりだった。けれど、アビスさんは少しだけ目を細めて、私を見た。


「気を遣っているつもりはないよ。君をこの家に迎え入れると決めたんだ。それに見合う態度を取っているだけだよ」


「……そう、ですか……」


「だが、君がどう思うかは自由だ。無理に家族のフリをするつもりもない。君がそうしたいと思うまで、私は待とう」


 待つ。それは私に委ねるということだ。選択を。家族という願いにうまく対応できない私に失望でもしてしまうのではないかと不安になる。

 でも、彼は待つと、そう言った。


「……」


 私が望むまで。私が自分で決めるまで。そんなこと、これまでの人生で許されたことはなかった。


「……はい」


 それ以上、何も言えずに私は小さく頷いた。胸の奥に、小さな違和感のようなものを覚えながら。

はじめまして、こんにちは!紗綾です!

私の作品を読んでくださりありがとうございます。毎週水曜日更新頑張っていこうと思います!

魔法とか大好き!な人は是非お願いします!


良ければブックマーク等していただけると励みになります!

次回もお楽しみに!

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