15 ラストバトル
鳩遠ちゃんに説明した作戦。
その一。上空からケルベロスに急接近、そこで私を落としてもらう。
その二。両手が空いた鳩遠ちゃんは、ガトリング砲を持ってザガンへ。
その三。鳩遠ちゃんがザガンを足止めしている間に、私と白狼くん、それに聖牛さんを加えた三人でケルベロスをやっつける。
「うん、完璧。諸葛家の孔明さんと亮さんもびっくりの采配だね」
「同一人物なのです」
鳩遠ちゃんに抱えられて大空に浮かびながら、はるか下方の山頂広場を見る。
豆粒サイズのケルベロスは頭上の私たちに気づかずに、白狼くん目掛けて火球を吐いていた。
戦闘開始前に最後の確認。背中に手をまわして、拳銃よりちょっと大きな〈ピースメーカー〉が、軍服風ドレスの腰部分にぶら下がっていることを確認。ちゃんとあるな、よし。
これで準備は万全。
「それじゃー鳩遠ちゃん、作戦どおりお願いね」
「了解です。作戦どおりお姉ちゃんをケルベロスに投下して、見事爆砕してみせるのです。さすが、お姉ちゃん。自らの体を爆弾のように使うなんて、鳩遠には思いつかないのです」
「そんなの私も思いついてないぞっ!」
私の作戦、鳩遠ちゃんにちゃんと伝わっとらん。やばいやばい。
「落ち着いて、鳩遠隊員。その非人道兵器の使用は作戦にないです。もう一度、ミッションブリーフィングからはじめよう」
「作戦本部、了解なのです」
さっきした作戦説明をもう一度、今度は誤解がないようにめちゃくちゃ丁寧に話した。ケルベロスの体にぶつけられて死ぬわけにはいかないからね。
「以上が作戦概要です。鳩遠隊員、何か質問は?」
「ないでありますなのです!」
「一瞬、あるのないのどっちってなったけど、ないみたいで良かった。それじゃ――作戦開始!」
「|吶喊〈とっかん〉なのです!」
ホバリングするために羽ばたいていた鳩遠ちゃんの翼が止まり、私たちの体が落下しはじめる。真っ逆さまになり、地上へ一直線。
上空から小さく見えていた三つ首の悪魔の姿が、どんどん大きくなっていく。きっと獲物を襲う鷹の視点って、こんな感じなんだろうな。
目標まで、三階ぐらいの高さの距離まで来たかなってところで急ブレーキがかかる。鳩遠ちゃんが翼を広げたために、逆さまだった私たちの体が元に戻る。
「フォックスフォー、ファイアーなのです!」
「鳩遠ちゃん!? それってミサイル発射の合図だよね! ケルベロス目掛けて小乃葉ミサイルを発射したんじゃないよねっ? 作戦、ちゃんと伝わってるよねっ?」
私の体から、鳩遠ちゃんの腕が離れる。
ちらりと天をみると、鳩遠ちゃんは背中のガトリング砲を胸元へと移動させながら急旋回、ザガンに向かって飛んでいった。良かった、作戦は伝わってそう。
自由落下で落ちながら聖牛さんの位置を確認する。ザガンの斧を大太刀でさばく彼の姿はかなり遠い。すぐにはこちらに来られなさそう。
私は白狼くんの目の前で、ヒーローのように膝からすたっとカッコよく着地してみせる。
……なんか思ったより、弾力ある地面だな。
「うおおおおおん!」
それもそのはず、着地したのはケルベロスの背中の上だった。鳩遠ちゃんにはケルベロスの近くに降ろしてって伝えてはいたけど――いくらなんでも近すぎっ!
「うわぁ、暴れるなぁ! 私という美少女を背中に乗せたことを光栄に、って前も言ったなこのセリフ!」
「小乃葉様っ? なんで空から?」
暴れるケルベロスに必死にしがみつきながら、驚く白狼くんに向かって叫ぶ。
「助けに来たのっ! でもごめん、助けてっ!」
振り落とされないよう、ケルベロスのごわごわした硬い毛にしがみついていると、エンジン音が聞こえてくる。鳩遠ちゃんが、ザガンに向かってガトリング砲での攻撃をはじめたんだ。
聖牛さんはどこっ? ケルベロスにしがみつきながら、ザガンがいる方を見る。鳩遠ちゃんがばら撒く銃弾の雨から、両腕を傘の様にして身を守るザガンの姿が見える。
そこから少し離れたところで、ガトリング砲の弾に巻き込まれないよう距離をとる聖牛さんの姿を見つけた。ここからはだいぶ遠い。
だったら。
「聖牛さん! 神器ちょーだい!」
暴れるケルベロスにしがみつきながら、大声で叫ぶ。私の声に気づいた聖牛さんは持っていた二本の大太刀を消し、代わりに刀の神器〈蚊虻走牛〉を右手に出現させる。
「受け取れ、小乃葉っ!」
鞘ごと私に向かって投げた。
飛んでくる速度がはやいっ! ちゃんとキャッチできるか不安。
刀に気を取られていると、私の体が斜めにかたむいた。ケルベロスが背中の私を押しつぶそうと、寝転がろうとしていた。このままだと押し花みたいにぺちゃんこにされちゃう!
どうしようと慌てていると、白狼くんが倒れこむケルベロスの下に潜りこむのが見えた。
「寝たいなら、地獄に帰ってからにしろ!」
ケルベロスの体に乗っている私の体に、ドーンと地震のような衝撃が。ケルベロスの体が無理矢理起き上がる。足を振り上げている、白狼くんの姿が見えた。
うそぉ? 重そうな体のケルベロスを、蹴って無理やり起こしたのっ?
って、驚いてる場合じゃない。〈蚊虻走牛〉をキャッチしないと!
目の前まで飛んできていた刀に手を伸ばした瞬間――白狼くんの蹴りの一撃によるダメージからか、ケルベロスがよろける。
そのせいで伸ばした手が刀から遠ざかってしまう。ちっと音を立て指先をかすり、そのまま刀が私の手から離れていく。げぇっ!
私の目の前を通り過ぎていく〈蚊虻走牛〉。その先で、白狼くんがジャンプする。
「小乃葉様っ、受け取ってくださいっ!」
私が取り損ねた〈蚊虻走牛〉をつかみ、そのまま私に向かって投げてくれる。
それをキャッチ! よかった、今度はちゃんと刀をつかめた。
「ありがとう、白狼くん!」
態勢を整えようとするケルベロス。その背中で私は片膝をつく。〈蚊虻走牛〉を鞘から抜いて――。
「脇腹と腕の恨み、受け取ってね!」
ケルベロスの背中に刀身を走らせる。深々と刺さった〈蚊虻走牛〉が、ケルベロスの体を斬り裂く。
「うううぐうううううおおおおん!」
断末魔の声をあげるケルベロス。その背から飛び降りる。巨体が倒れ、ずしんと大きな音が響く。
私に斬られたケルベロスの体が、消えはじめる。
「まず一体!」
〈蚊虻走牛〉を納刀し、鞘を腰に差しながら、白狼くんを見る。私が「まず」と言った言葉を瞬時に理解した彼は、うなずいてから駆けだす。
その先には、遠鳩ちゃん目掛けて斧を投擲するザガンの姿。
「聖牛っ。次から、小乃葉様に刀を投げる時はちゃんと受け取れるよう、手元に向かって曲げろよ。さっきのは貸しだからなっ」
白狼くんが、聖牛さんの横を駆け抜ける。
「無茶言うな。拙者は奇術師ではないのだぞ。奇術や手品は鳩遠の担当だ」
二本の大太刀を出現させてから、白狼くんに続くように駆けだす。ザガン目掛けて走る二人の神使に気づいた鳩遠ちゃんが、味方を巻き込まないようガトリング砲での攻撃を中止した。
「鳩だからって、手品ができると思うなです。鳩遠にできるのは、お前らを穴だらけにすることぐらいなのです」
ザガンはせまる二人の神使を威圧するためか、それとも自信を鼓舞するためなのか、両手に持ったそれぞれの斧を大きく一振りした。
「ちっ、ケルベロスめ。神使の一人も倒せずにやられるとは。使えん奴だ」
仲間がやられたのに使えん奴なんて酷い言い方。やっぱり悪魔たちって仲悪いんだなぁ。
頑張った味方を労うことすらしない傲慢な地獄の王に、足の速い白狼くんが近づく。
一振り、二振りと襲ってくる斧を難なく交わしてから、ザガンの腹部に蹴りをお見舞い。
しかし、ザガンの強靭な体は、白狼くんの蹴りをものともしていないようだった。
「ちっ! 硬いなコイツっ!」
飛び退く白狼くんと入れ替わるように、聖牛さんが二本の大太刀でザガンを斬りつける。
左の一太刀は腹部にあたったけどノーダメージ、右の顔を狙った二太刀目は斧で受け止められてしまう。
「貴様ら雑魚の攻撃など、このザガン様には効かんわっ!」
纏わりつく蚊を追い払うかのように、二つの斧を振り回す。聖牛さんと白狼くんが、ザガンから離れた。
その瞬間、エンジン音が響いて銃弾の雨がザガンを襲う。鳩遠ちゃんのガトリング砲。
「そいつら雑魚と、この鳩遠を一緒にするなです!」
ザガンは片腕で頭部を銃弾から守りながら、斧を投げる。
「貴様の攻撃も同じだっ!」
鳩遠ちゃんが斧を避けたため、銃撃が止まる。
その瞬間、かざした片腕によってできたザガンの死角をついて、私は奴の懐へと飛びこんだ。
突然あらわれた私の姿に、ザガンが驚きの表情を浮かべる。〈蚊虻走牛〉の切っ先が届く、ぎりぎりの距離。
右半身を前に、左半身を後ろにし、腰を落とす。左腰に差した刀の柄に、右手をそえる。その私の構えを見て、ザガンが叫ぶ。
「貴様のような素人の攻撃が、このザガン様に何度も届くと思うなよ!」
巨体からは想像出来ないような機敏な動きで、私から離れる。
そうして〈蚊虻走牛〉の射程外に逃げたザガンは、腕の長さと斧の大きさによって一方的に攻撃が届く距離から、斧を振るおうとした。
やっぱり、〈蚊虻走牛〉の一撃を警戒するよね。一度、真っ二つに斬られてるんだもん。
「忠告ありがとう。でもね、知ってるんだ。最初に聖牛さんに会った時に言われたから」
工夫をしないと、私の刀の腕ではザガンに当たらないってね。
だから刀を抜かずに、腰に回した左手で〈ピースメーカー〉を取り、ザガンの頭部目掛けて銃弾を発射する。一瞬で何発も放たれた銃弾が、ザガンの片目を襲った。
「ぐうおおおお!」
目を押さえて後ずさりするザガン。そのザガンに追い打ちをかけるために、白狼くんが飛びだす。
「何度も人界に来やがって! いい加減諦めろっ!」
ジャンプした白狼くんは、全身を走行中のタイヤのように何回も縦回転させ、勢いをつけてから、ザガンの頭部に踵落としを浴びせた。
「ぬううっ!」
白狼くんの一撃を頭部に受けたザガンが、バランスを崩し前のめりに倒れていく。
その倒れゆくザガンの体を、いつの間にか近づいていた聖牛さんが迎えうつ。
「すぅ……」
大きく息を吸ってから自分に覆いかぶさるように倒れてくる、壁のように巨大な体目掛けて渾身の力を籠めた二本の大太刀を振るう。ザガンの体を交差する二つの刃。そして、ゆっくりとその場から離れる聖牛さん。
「どうやら捲土重来を果たしたのは拙者の方だったな」
聖牛さんに斬られたザガンの巨体は、地面にぶつかり地響きをあげる。
そのまま、立ち上がることなく、大きな悪魔の体は消えはじめた。
「くそっ……次こそは……」
次って――またくる気なのぉ?
「いやもう、本当、勘弁してください……」
諦めが悪いザガンの言葉を耳にしたせいで、なんか急にどっと疲れが襲ってきたよ。
あれ? 目の前がチカチカしだした。なにこれ。
「悪魔を倒したことによって、また拙者の評価があがってしまうな。名声赫赫とはこのことか」
「おい聖牛、なに自分の手柄にしてんだよ。ザガンが懲りずに攻めて来たのは、お前が負けたせいもあるんだぞ。完膚なきまでに叩きのめしておけば、こんなことにならなかったんだからな」
「負けておらんわ!」
「白狼、他人事みたいに言っているですが、ケルベロスも来たので同罪なのですよ。よって今回の手柄は鳩遠がもらっておくのです」
薄れゆく意識の中、三人の神使の手柄の取り合いが聞こえてくる。キミら、実は仲良いでしょ。
体に力が入らなくなる。
「小乃葉様っ!」「小乃葉っ!」「お姉ちゃんっ!」
三人の神使が、私を呼ぶ声が聞こえた。




