13 三人の神使
のどかな雰囲気で二年生全員でお弁当を食べていた山頂が、今は三人の神使と二匹の悪魔が睨みあう闘技場へと化していた。
「ふん。雑魚が増えおったわ」
新しくあらわれた二人の神使――白狼くんと聖牛さんを、ザガンはいまいましそうに睨む。
「うおおおおん!」
そのザガンの横へ、軽やかに移動したケルベロスが、ザガンの意見に呼応するように吠えた。
そんな二体の悪魔を、白狼くんは私を支えながら睨みつける。
「悪魔が仲良く二匹であらわれるなんて珍しいじゃないか」
「ふんっ。こいつとは目的が一致しただけだ」
ザガンが横のケルベロスをちらりと見る。「うおおおん!」と吠えるケルベロス。うるせぇ! 怪我に響くから静かに吠えてよぉ。
「呉越同舟というわけか」
二本の大太刀の一本を肩に、もう一本を引きずりながら歩く聖牛さんが、私の目の前で立ち止まる。まるで、私を悪魔の視線から隠すような立ち位置。
ずきんずきんと痛む腕と脇腹のせいで、聖牛さんが口にしたゴエツドウシュウという言葉の意味が、わからなかった。万全の状態ならわかったのに。
「どうせドイツとソ連みたいに、すぐに争いはじめるのです。さっさとバルバロッサ作戦を起こすのです」
ガトリング砲をランドセルのように背負った鳩遠ちゃんが、羽をたたんで、私の横へと降りてくる。
怪我のせいで鳩遠ちゃんの言っていることがわからなかった。万全の状態ならわかったのに。
「鳩遠、小乃葉様を頼む」
突然、白狼くんの手が離れ、倒れそうになった私を、鳩遠ちゃんが慌てて支えてくれた。
「あわわわわ。お姉ちゃん、なんか生まれたての子馬みたいに足がガクガクになっていますけど、これって大丈夫なのです!? 生きてるのです?」
「生きてます……」
「ツッコミのキレが死んでるのですっ!」
それにしても、ザガンの言う「一致した目的」って何だろう? 目的があるということは、達成したら帰ってくれたりしないかな?
そう思ってザガンとケルベロスを見ると――すげぇ、睨んでくるんだけど。障害になる神使の皆を睨むならわかるけど、なんで瀕死状態の私を睨むの?
なんか怖いけど、悪魔の目的を聞きだすために恐る恐る手をあげる。
「あのぉ、ちょっといいかな。ザガンとケルベロスは何か目的があって人間界に来たんだよね? 戦う前に、一度、その目的を聞いてみない?」
「小乃葉様、悪魔の目的なんて聞くだけ無駄だと思いますよ?」「問答無用」「目障りなので、さっさと蜂の巣にしてやりたいのです」
私の提案をうけ、三人の神使がそれぞれの考えを口にする。うんうん、なるほどね。わかった。
ザガンとケルベロスに向かって話しかける。
「ということで、みんなの意見をふまえた結果、お前らの目的について聞いてあげることになったよ。だから、さっさと話しなさい。内容によっては、目的達成のために協力してあげるよ?」
「ふまえるっていうか、ふみにじられていません?」「我田引水な奴だな……」「ヒトラー並みの独裁政治なのです」
みんながなんか言っているけど、無視だ。ケルベロスにやられた傷が痛む私は、これ以上戦いたくないのだ。できれば、平和的に解決したい。
私の提案にたいして、ザガンが口を開く。まぁ、ケルベロスが口を開いたところで、吠えるか火球を吐くかの、二択だからね。
「そうか。ならば我らの目的を伝えてやろう」
おー! まさか話し合いに応じてくれるなんて。ザガンも、争いは何も生まないということがわかっているのかも。
「どうぞ、どうぞ。みんな、ザガンが喋るから聞いてあげよう。あと、要望に協力してあげてね」
そう神使のみんなにお願いする私にむかって、ザガンは斧を突きつけた。
「目的は一つ。人間、お前の首だ。地獄の王であるこのザガン様が、貴様のような矮小な存在に負けたままではプライドが許さん」
「うおおおおおん!」
そうだそうだと言わんばかりにケルベロスが吠える。
つまり私を殺しにきたってこと? 勘弁してよぉ。げんなりする私に、鳩遠ちゃんが聞いてくる。
「首、差し出すのです? お姉ちゃんがそう望むなら、聖牛に斬らせますのです」
「おい鳩遠! 嫌な役目を拙者に押しつけるな! 呪われたら、どうするのだ!」
とんでもない話をはじめる鳩遠ちゃんと聖牛さんを、白狼くんが「お前ら、なんて話をしているんだ!」としかりとばす。さすが、常識人。
「小乃葉様っ、悪魔に首を差しだしちゃ駄目ですよっ!? 渡したら最後、戻ってきませんからっ!」
「返却の心配をする前に、私の頭が首から離れてることを心配してくれない?」
白狼くんにツッコミをいれながら、ザガンとケルベロスを見る。
「私、ケルベロスにやられた怪我で戦闘不能状態なんだけど――RPGによっては戦闘不能って、死亡あつかいだよ? だから、私を殺せたってことにして、帰ってくれないかな?」
私の提案を聞いたザガンが、冷たい視線を返してくる。
「まだ生きているではないか」
駄目かぁ。納得してもらえなかった。
「白狼くん、駄目だアイツら。まるで話になんないよ」
「だからボク、言ったんですよ。悪魔の意見なんて聞くだけ無駄ですって」
「でも多数決の結果だから」
「お姉ちゃんが事実をねじ曲げているのです。大本営発表よりひどいのです」
なんて話す私たちに対して、聖牛さんはやれやれと呆れながら、悪魔たちへと歩きはじめる。
「悪魔ども、捲土重来を果たすつもりらしいが――残念だったな。拙者が来た以上、目的は達成できないぞ」
「いや半分以上目的は達成できてると思う。私死にかけだよ」
聖牛さんが私を見る。
「それだけ元気に喋れれば平気だ」
悪魔か。いや神使だった。
「おい聖牛、傷だらけになりながらも頑張ってくれた小乃葉様になんてこと言うんだ」「お姉ちゃんに謝るのです!」と、私の代わりに抗議してくれた二人の言葉に、聖牛さんは面倒くさそうな顔をする。
その聖牛さんを見るザガンが、不敵に笑った。
「貴様、随分とでかい口を叩くが――まさか、このザガン様に手ひどくやられたのを忘れたのか?」
ザガンの言葉を耳にし、白狼くんと鳩遠ちゃんが、聖牛さんを見る。
「おい聖牛、お前アレに負けたのか?」「恥さらしなのです。負けてごめんなさいって切腹するのです」
「負けておらんわ! えぇい、鬱陶しい! ザガン、さっさとはじめるぞ!」
聖牛さんが、ザガンに大太刀の切っ先を向ける。それに応じるように、ザガンは「ふん」と口にしてから、二本の斧を構えた。
そのやり取りを見ていた白狼くんが、ケルベロスを見る。
「そうなるとボクの相手はまたアイツか。……鳩遠、小乃葉様をたのむぞ」
「了解なのです。白狼、聖牛の二の舞にならないよう気をつけるのです」
「一度も舞っておらぬわ!」
聖牛さんは、鳩遠ちゃんに抗議の声をあげながら、駆けだした。彼の振るう二本の大太刀と、ザガンが振るう二本の斧がぶつかり、山頂に金属音が響き渡る。
そうして、ふたたび相まみえた二人の牛の戦いがはじまった。
「うおおおおおん!」
山中にこだまする、ケルベロスの遠吠え。聖牛さんとザガンの戦いによって、ケルベロスの闘志に火がついたようだった。六つの眼が白狼くんを睨む。
「相変わらず、うるさい奴だな。すぐに相手をしてやるから、静かにしてろ」
「うおおおおおおおおん!」
「うるさいって――言っているだろっ!」
白狼くんが獣のように駆けだす。その白狼くんを狙って、ケルベロスが火球を放つ。
こうして神使と悪魔、二組の熾烈な戦いがはじまった。




