6 いわくつきの写真
山道を覆う木々や葉がなくなり、視界がひらけて目の前に青空が広がる。山頂に着いたんだ!
結局、私とお爺ちゃん先生はみんなに追いつけなかったけど、無事にここまで来られたんだ。
デカラビアはどうかな?
後ろを確認にする。木から木へと飛び移り、しつこく後をつけてきていたカラス。その姿が、見当たらない。
諦めて魔界に帰ったとは思えないから、今も近くに潜んでるはず。嫌な奴。
芝が絨毯のように敷き詰められた山頂は、二年生全員がくつろげるぐらいとても広々としている。
そんな山頂から見える景色は、周りに視界を遮るような高さの建物や山がないおかげで周囲が一望できた。とっても絶景。
山の斜面に広がる森は麓の先にも続いて、その森を切り開いた空間に建物が密集して街を形成しているのがよくわかる。そのまま視線を遠くに移していくと、どんどん見えるものは霞んでいき、最後にはうすぼんやりとした山、そして青い空とわずかな雲へとたどりついた。
そんな絶景を私以外の生徒はすでに堪能しおえたのか、山頂のいたるところでレジャーシートを広げてお弁当を食べている。私も、お腹すいたな。
「あっ、来たっ! 小乃葉―っ! こっちこっち!」
はーちゃんの声。山頂の端に作られたウッドデッキに、クラスメイトが集まっていた。その前には、カメラを持った先生の姿が。
ああいうちゃんとしたカメラで撮られるときって、普段スマホで気楽にできる自撮り写真と違って何か緊張するよね……。
これからクラスの写真撮影がはじまるみたい。顔がしっかり映るようにするためか、みんな帽子を脱いでいる。
「ほら、姫野、早く並べ。鈴木先生、ありがとうございました」
私に近づいてきた担任の先生が、隣のお爺ちゃん先生にお礼を言う。私も真似して「ありがとうございました」と、ここまで引率してもらったお礼を伝えた。
写真撮影かぁ。
本当はすぐにでもデカラビアを探しに行きたかったけど、仕方がないので整列しているクラスメイトの中へと入っていく。
「入っていくといっても、クラスメイトの腹を破って体の中に入っていくってことではない」
「姫野ちゃんが戻ってきてそうそう、なんか怖いこと言っているよ……」
「よし、本物の小乃葉だな。左手に子供みたいな痛々しい落書きしてるし、間違いないぞ」
何か失礼な理由で本人確認しているはーちゃんの横、そして山田ちゃんの後ろという位置へ。男女左右に別れている集団。そして前後三列に並んでいるうちの最後列端のポジション。
この位置で写真撮影へ挑む。挑むなんて、大げさにいうほどのことでもないか
「なかなか来ないから熊と遭遇したんじゃないかって、山田ちゃんと心配してたんだぞ」
「ごめんごめん。カラスと戦ってた」
「なんで熊じゃない野生動物と戦闘になってんだよ」
「駄菓子取られたから」
「なんでだよ」
理由を説明したのに納得してもらえなかった。駄菓子を取られた恨みのほかに、悪魔が憑いてるからって理由もあるんだけど。
それにしてもデカラビア、どこに行ったのかなぁ?
そうだ。二人にも見つけるの、協力してもらおうかな。
「二人もさ、カラス見つけたら教えてね。やっつけるから」
「そんなことしたら駄目だよ、姫野ちゃん。鳥に危害を加えることは、法律で禁止されてるんだよ」
「あぁ、あったね、そんな法律。生類憐みの令だっけ? 余計なことしてくれたなぁ、そんな政府、滅べばいいのに」
「滅んだぞ」
と教えてくれるはーちゃんに続いて、山田ちゃんが「生類憐みの令じゃなくて、鳥獣保護法だよ」と間違いを正してくれる。あぁ、そっちね。よく知らんけど。
「右端奥の子、隠れているから、前に出てきてくれるかな」
カメラマンの先生が叫ぶ。右端奥の子、前に出てきてくれってよ。
「何、他人事みたいな顔してんだ。小乃葉、アンタのことでしょ」
「あっ、私か。そんじゃ、完璧なスクリーンショットを撮影してもらうために前へ行ってくる」
「そうしな」
「いってらっしゃーい」と山田ちゃんに見送られながら、最前列の端へ。
すると私が写真から見切れないように、前列のみんなが少しずつ内側へとつめてくれた。
「ありがとう、皆の衆!」
詰めてくれたにたいして、ぶんぶんと手を振ってお礼を言うと「わかったから、撮影できるよう大人しくしていてくれ」と担任の先生に言われてしまった。
はいな。さっさと撮影を終わらせてデカラビアを探しにいくためにも、先生の言うとおり大人しくしてよう。
写真撮影の準備ができたのを確認したカメラ係の先生が合図を出す。
「撮るぞー」
撮影の瞬間に目をつぶらないよう、今のうちにたくさん瞬きしておこう。ぱちぱちぱちぱち。
「3、2……」
カウント2の時にアクセルボタン押しはじめたら、スタートダッシュ出来そうだな。なんてレースゲームのことを連想していると、カウントがゼロに。
瞬間、私の目の前が暗くなる。
「うわぁ!」
気絶したとか絶望した、手持ちのモンスターがすべて戦闘不能になったってことじゃなくて、私の顔の前スレスレのところに黒い塊があらわれて、私の視界をさえぎったのだ。
カラスだった。
私を驚かせて声をあげさせたカラスは、ウッドデッキから少し離れたところにある岩に上に止まった。首には襟巻のように銀色の星形の物体が。デカラビアの憑いたカラス。
何しに飛んで来たんだ、アイツ。お菓子はリュックの中だし、今の私から奪えるような物なんてないぞ。
「びっくりしたぁ……」「今の見た?」「デカラビアだ!」「速かったなぁ」
突然起こったハプニングに盛り上がるクラスメイト。誰かが口にした「カラス」が「デカラビア」に変化して、聞こえた。
「姫野ちゃん、大丈夫? 怪我していない?」
「小乃葉ー。生きてるかぁ?」
はーちゃんと山田ちゃんがカラスに襲われた私を心配して横にくる。その二人に私は無事であることを伝える。
「大丈夫。カラスごときにおくれを取るような、私じゃないよ」
「思いっきり後ろ走ってるだろ、小乃葉。さっき自分で駄菓子を持ってかれたって言ってたじゃん」
「そのとおりなんだけど、悔しいから考え方を変えよう。駄菓子は取られたんじゃなくて、カラスに恵んであげたって考えよう。敵に塩を送るってやつ。私のことは令和の上杉信玄と呼んで」
「大名を合体すんな」
「送った方と送られた方が混ざっちゃっているよ、姫野ちゃん……」
違ったか。戦国武将って大体漢字四文字のせいで、混同しちゃうんだよなぁ。
……漢字四文字といえば、聖牛さん。もしかしたら今度会った時は、武将や大名の名前を口にしてるかも。「今日の拙者は織田信長だ」なんて言ってくれるかな? 意味わからんけど、なんか強そう。
「姫野―。ちょっとこっち来られるかー?」
担任の先生が手招きをしてる。カメラ担当の先生と一緒に、デジカメの液晶画面でさっき撮った写真の出来栄えを確認してるみたいだけど――何かあったのかな?
二人は画面を見て「おぉ、凄いな」と驚いていた。
「これ、見てみろ」
担任の先生が私にカメラを渡す。
そこに写っているのは担任の先生、そしてはーちゃんや山田ちゃんを含むクラスメイト全員の姿。一見すると何も変哲がない写真のように見えるけど……。
ちょうど横を通ったお爺ちゃん先生が、私のうしろから写真を覗き見て――。
「て、天狗じゃあ!」
驚くお爺ちゃん先生。
それもそのはず。なんと集合写真の最前列端に、カラス頭の人間が写っていたのだ!
……この場所にいたのって私じゃん。ちょうど私の顔の前にカラスが通ったことによりできあがった、奇跡の一枚だった。
お爺ちゃん先生が恐る恐る、口をひらく。
「こ、この山に天狗がいたという伝承は真実だったのじゃ! 『天狗、ポリエステル八十、綿二十の衣をまといて、切り開かれし地に降り立つであろう』という伝承の一文は、このことをしめしておったのじゃ!」
「なんで急に老人口調!? さっき一緒に山のぼってた時は、普通の喋り方だったじゃん!」
しかもその衣、材質からいってジャージだろ! 伝承のわりに服が近代的すぎるでしょ!
そんなふうに私がお爺ちゃん先生にツッコミを入れてる間に、カメラ担当の先生が皆に撮り直しを告げていた。
担任の先生が、私の肩に手をおく。
「せっかく凄い写真撮れたし、後でデータ送ってもらおうな。あっ、体操着で個人情報特定されるから、バズりたくてもSNSにあげちゃ駄目だぞ」
「いらんわ、あげんわ」
「アホー、アホー」
デカラビアの憑いたカラスが、岩の上に止まってまま私を馬鹿にしていた。
くっそー、駄菓子のことといい、こいつやたら私に絡んできやがるなぁ! むかつくぅ!
「おらぁー! 死ねぇー!」
落ちていた小石を拾って投げつけたけど、カラスはさっと飛び去ってかわした。
ちくしょー、肩力Eである私のへなちょこ投石攻撃じゃ、かすりもしない。武器が必要だ。
「すいませーん! 誰か銃器貸してくださーい!」
「持ってるわけねーだろ。ほら、写真撮るよ」
はーちゃんに引きずられて、私は撮り直しのために整列しているクラスメイトの中へと戻っていった。




