3 えりまきカラス
目的地に到着したため、バスが止まる。とうとうハイキングがはじまるのだ。
これがバトルロイヤルゲームだったら、空飛ぶドロップシップから各自思い思いの場所へと降下していくけど、これからはじまるのはただの課外授業なので、生徒たちは争うことなく順番にバスから降りていった。
アイテムボックスに入っている武器を取りあう、なんてことは起きない。
冷房が効いたバスから降りると、むわっとした熱気が体をおおった。数時間ぶりの直接見るお日様は凄くまぶしい。狭い車内から解放された私は、ハイキングの準備運動もかねて背伸びをする。んーつ!
他のバスからも、次々と生徒が降りてきていた。
ところどころに雑草が生えている手入れの行き届いてない駐車場は、大きな観光バスが何台も止まっているのに、駐車スペースにはまだまだ余裕があった。
だけど、駐車している車は私たちのバスだけ。
平日だから登山客がいないのか、それともこの山が不人気なのかは、この場所の普段の姿を知らない私には見当がつかなかった。
駐車場と隣接するように立てられた建物には、お土産や、お食事処の看板がかかげられていた。
建物の手前には屋台が。のぼりにはソフトクリームと書かれている。美味しそう。
冷房のきいたバスから降りて熱気を感じたときは、過酷なハイキングになるかなって思ったけど、山から吹く風や豊かな自然が気温を下げてくれているのか、思ったより暑さは気にならなかった。
ハイキング中は露出を減らすために身に着けてくださいと指示されていたため、軍手とジャージの下を着ていたけど、そんな露出の少ない格好でも、暑さに耐えられそう。でも、動きだしたら、汗かくかも?
カァーカァーと鳴く声が聞こえた。
カラスが、バスの上から私を見ている。首には何かをくっつけていた。
ゴミを漁る時にくっついちゃったのかな? 取ってあげたいけど、近づいたら逃げちゃうよね。
そういえば学校を出るときにもカラスの声がしたけど……まさか同じやつがバスの上に乗ってついてきた、なんてことはないよね? 無賃乗車だよ?
私の視線に気づいたカラスが、お土産屋の方へと飛んでいく。その姿を眺めていると、はーちゃんに体操着の袖を引っ張られた。
「小乃葉、集合かかってるよ。ソフトクリームに見とれてる場合じゃないよ」
「そんな私を食いしん坊キャラみたいに……ソフトクリームを見てたんじゃなくて、カラスを見てたんだよ。そのフェーズはちょっと前に終わったよ」
「ちょっと前は見てたってことじゃん。でも今日ぐらいの暖かさだと、ソフトクリーム食べたくなるよね」
「だよねぇ。買って食べる?」
「先生に怒られるぞ」
「欲望が抑えきれませんでしたって言ったら、許してもらえないかな?」
「なぜそれで許してもらえると思うのかが、わからん。自分を律するすべを覚えてくださいって言われて終わりだぞ」
「治癒能力を高める技なら教わったけど、その技は教わってないな」
「みんなパッシブで身につけてんだよ。ほら、いくぞ」
私はソフトクリームに思いをはせながら、はーちゃんに引っ張られるようにして、クラスメイトが集まっている駐車場の隅へと移動した。
バスの中で聞いた説明によると山頂までにかかる時間は、一時間ほどらしい。
道というには心細い土の登山道を歩く。この感じをあと一時間近く続けるのかぁ。
……まぁ、思ったよりは辛くないかな? なんとかなるかも。
山道の周囲には、様々な太さの背の高い木によって、山林が作られていた。ソーシャルディスタンスを意識するように一定間隔をあけて生える木から生い茂る葉によって、頭上には緑のカーテンができている。
その緑のカーテンの隙間を埋めるように差しこむ太陽の光が、山林の下に絨毯のように敷きつめられている雑草を照らしていた。
そんな豊かな自然に囲まれた山道を、ジャージと体操着姿の集団が一列に並んで進んでいく。
個人の歩くペースに差があるとはいえ、山に入ったのはクラス毎だったため、自分の周囲を歩いているのはクラスメイトだった。
「こうやってぞろぞろ歩いてるとペンギンみたいだねぇ」
後ろを歩く山田ちゃんが、可愛いたとえを口にする。さすが山田ちゃん。
「山田ちゃん、女子力アップです」
「やったぁ」
喜ぶ山田ちゃん。私の前を歩くはーちゃんが「いや、やったのか? 謎のパラメーターが勝手に増えただけだろ」とツッコんでから「そういえば――」と話をはじめる。
「ペンギンで思い出したんだけどさ、アデリーペンギンって、仲間を一匹生贄として海に落とすことで、そこが安全かどうか調べるんだって。ウチらもまねして、誰かを生贄にして、熊から身を守ろうか?」
「最低の発想だな、はーちゃん。残念ながら、女子力減点です」
「おい、私の貴重な女子力ポイントを減らすな。多く持ってそうな山田さんから削れ」
「なんでぇ!?」
そんなふうに二人とお喋りをしながら山道を進んでいると、斜面に丸太を埋め込んで作られた質素な階段があらわれた。
高かったり低かったりと段差の高さが統一されてなくて、上りづらそう。
そんな難所を、足を大きくあげながら乗り越えていく。ここ、背が高くて足の長い人だと、楽に攻略できそう。
「二人共、手貸そうか?」
軽々と段差を登っていくはーちゃんが振り返り、手を伸ばす。
「ありがとう。大丈夫だよ」と答えた山田ちゃんに遅れて、私も返事をする。
「平気、足長いから」
「はぁ? 急にどうした?」
つくりの悪い丸太の階段を上りおえると、山道はふたたび緩やかな斜面へと戻った。
前や後ろからは、会話を楽しむ生徒たちの声が聞こえてくる。
たまにさっきの丸太の階段みたいな難所が出てくるけど、大抵は緩やかな道のため、みんな余裕がありそうだった。
山道の片側が下りの急斜面になる。
そのおかげで視界がひらけて、遠くの景色がよく見えた。マシュマロみたいな雲がわずかに浮かぶ青空は、山という高い場所から見てるせいなのか、いつもより広く大きく感じられた。
騒がしい鳴き声が、どこからか聞こえてくる。
「はーちゃん、なんか謎の生き物がわめいてるよ」
「鳴いてるって言え。なんで見下してんだよ。鳥だろうけど……何だろう? 山田さん、わかる?」
「ヒヨドリかなぁ?」
どんな鳥かわからないけど、名前から想像して「喧嘩弱そう」と感想を言うと、はーちゃんに「日和ってるわけじゃねーよ」とツッコまれた。
しばらく歩いていると今度は「カァーカァー」と馴染みのある鳴き声が。さすがにコイツは、私でも何の鳥かわかるな。
私の真横に、山田ちゃんがくる。
「山だから鳥多いね。さっきウグイスみたいな鳥も、遠くの木に止まっていたよ」
「ウグイスって……何をしたのか知らないけど、戦国武将に虐められてる奴だっけ?」
「ウグイスは虐められてないよぉ。被害者はホトトギスだよ」
「あぁ、そっちか」
「アホーアホー」
「あんだとぉ!? 誰だ、私を馬鹿にする奴はぁ!」
突然罵倒されて怒る私に、はーちゃんが「落ち着け」と言ってから、山道から外れた場所を指差し、犯人を教えてくれる
「小乃葉を馬鹿にしたのは、あそこにいるデカラビアだよ」
「デカ――どこのどなた?」
「よく見てみな」
言われた通り、よく見る。山林の中にある一本の木。その枝に黒い鳥が止まっていた。首には、襟巻か、たてがみみたいな何かが。
首のそれさえなければ、私の良く知ってるあの黒い鳥にそっくり。
「カラスに似てるね」
「デカラビアだろ」
もう一度、はーちゃんが鳥の名前を口にする。それにしてもデカラビアって名前、ついさっき聞いたような。確か、バスの中で……。
「そうだ。山田ちゃんが教えてくれた、ポーションに詳しい悪魔がデカラビアだ」
山田ちゃんが「薬草だよ」と訂正する。そっちの回復アイテムだったか。それにしても――。
「悪魔と同じ名前つけられるなんて、ずいぶん不吉な鳥だね」
そんな感想を口にすると、山田ちゃんとはーちゃんが不思議そうな顔でお互いを見る。なに、どうしたの? そう聞こうとすると、はーちゃんが先に口を開く。
「何の話?」
「何の話って……あの鳥の話だけど」
遠くの木に止まっているデカラビアを指差すと、二人がまた不思議そうな顔をする。
「あの鳥って……どう見てもデカラビアだろ」
「デカラビアから、なんでデカラビアの話が出てきたのぉ?」
山田ちゃんがデカラビアのマトリョーシカを作りだす。
な、何なのぉ!? なんかなぞなぞみたいになってきたんだけどぉ。どうしてこんなに会話がかみ合わないの? まるで――あっ。
そうだよ私、さっさと気づきなよ。鈍いぞ。
山田ちゃんが教えてくれたとおり、デカラビアは悪魔の名前なんだぞ。
「あぁ、なんか私、勘違いしてた。あの鳥って、カラスだよね?」
私の問いに、二人は同時にうなずいた。
「「うん、デカラビアだよ」」




