2 ゆらゆらバス
国道何号だか、なんとかバイパスだかわかんないけど、車線のたくさんある大きな道路をバスが走る。
大きな道路沿いだからか、窓の外から見える建物は一軒家よりも、ビルやマンション、お店が多かった。そのお店も、コンビニや個人でやっていそうな小さな店から、スーパーやホームセンターみたいな大きなお店とさまざま。
そんな人工物がたくさんあり、まだまだ自然あふれる山まで距離があると感じさせる景色の中を走るバス内で、私は山田ちゃんの気を紛らわせるために話しかけていた。
「そういえば山田ちゃんは、これから行く山に住んでいるアイツのこと、知ってる?」
はーちゃんにもした熊の話をしようと話題を振ると山田ちゃんは「知っているよー」と返してくる。なんとっ、知っていたのかぁ。
がっかりする私に、山田ちゃんが聞いてくる。
「アイツって、鼻の長いアイツでしょ?」
ん? 鼻の長い?
「マズルが長いってこと? それとも私の知らない間にツキノワグマの鼻伸びた?」
「えっ、ツキノワグマ? もしかして姫野ちゃんの言っている『アイツ』ってツキノワグマのことなの?」
「そうだけど……じゃあ、山田ちゃんの『アイツ』は別の奴なのか」
「うん。私が言っているのは――」
「待って。当ててみせる」
さっき山田ちゃんは「鼻の長い」ってヒントをだしちゃってるからね。そこから答えが、わかりそう。
鼻が長いといえば……。
「象でしょ? しかし驚いたね。関東の山には熊だけじゃなく象も出るのかぁ」
「出ない、出ない。日本の山にいない」
「……だよねぇ? バク、アリクイ、エロおやじ。他にも鼻の長い生き物は思い浮かぶけど、どれも日本の山にはいなそうだなぁ」
「エロおやじはいるんじゃ……しかもそれ、鼻が長いんじゃなくって、鼻の下が伸びているんだよね」
「下だったか。それで山田ちゃん、答えはなんなの?」
「答えはねぇ、天狗だよ」
指を立てドヤ顔で言う山田ちゃんに私は聞く。
「天狗って、メダルを時計に入れて呼びだすフシギ族の、妖怪の天狗?」
「最初の方はほとんどわからなかったけど、妖怪の天狗はあってる」
そっかぁ、妖怪の天狗かぁ。山田ちゃん、妖怪がいると信じているのかぁ。夢見がちな少女なんだね。うんうん。
「話変わるんだけどさ、山田ちゃんって毎年サンタさんからプレゼント貰ってる? そのサンタさんのこと、今どう思ってる?」
「いやわかってるから! 天狗も、枕元にプレゼントを置いていくサンタも、実在しないって知ってるから! これから登る山にね、天狗が住んでいるって伝承があるの!」
「あっ、そうなんだ」
でも待てよ。神や悪魔がいるんだ。天狗なんていないって思ったけど、実在するのかも。伝承になっているぐらいだし、過去には本当に山に住んでいたかもしれないよね。
「もしかしたらさ、いるかもね、天狗」
「姫野ちゃんが、急に考えを百八十度変えたんだけど……何があったの?」
「サンタだってさ、私の枕元にプレゼントを置いてたのはお父さんだったけど、サンタクロースとして正式に活動してる人もちゃんといるんでしょ?」
「うん。確か、グリーンランドの協会に認定されて活動している人がいるんじゃなかったかな?」
「だよね。サンタはいるんだよね。だから、天狗もいるかもしれないよね」
「理屈としてはだいぶ無理があると思う……」
駄目か。
「まぁ、天狗がいたら、今ごろ大騒ぎになってるか。熊でも凄いことになるのに」
「そうだねぇ。……今は熊のが怖いね。出てきたらどうしよ?」
「一応、対策はしてきたけど」
そう私が言うと、「なっにぃ!?」と驚くはーちゃんや、「えぇっ!?」と驚いた前の男子二人が身を乗り出して私のことを見る。突然、いろんな人が私たちの話に割り込んできたので、山田ちゃんまで驚いていた。
それにしてもこいつらのこの反応……私と山田ちゃんの話を盗み聞きしてたな?
「対策って何?」
後ろから身を乗り出して聞いてくる後藤さんに、私は膝の上のリュックを漁りながら答える。
「今、見せてあげる」
「何が出てくるのかな?」と後藤さん。「小乃葉だからなぁ……」はーちゃん。「姫野のことだから、すげぇ武器持ってそう」「拳銃か、刀だな」男子二人。私は神室町の住人じゃねぇんだぞ、そんなもん所持どころか、使ったことすら――あったわ。刀の神器〈蚊虻走牛〉でザガンをぶった切ったんだった。
そんな好き勝手言ってる連中に、私はリュックから熊対策アイテムを取り出して、見せつける。
「熊対策スプレーを持ってきたかったんだけど、家になかったから代わりに原料の唐辛子を持ってきた」
ビニールに入っている赤い唐辛子を見て、身を乗り出していたみんなが一斉に引っこんでいった。
「やっぱ小乃葉だったな……」
後ろから、がっかりしたはーちゃんの声が。
「あんだよ! 何か持ってきただけでも偉いだろうが! もしお前らが熊に襲われても、唐辛子で助けてやらねぇからなぁ!」
「熊撃退スプレーなんて、普段登山しない私たちには無縁の道具だもんねぇ。仕方ないよね」
いかる私を、山田ちゃんは優しくフォローしてくれた。
「だよねぇ! よし、山田ちゃんだけに特別に秘密の技を教えてあげる! ウィキペディアに載ってないしAIも教えてくれない凄い技なんだよ! 熊に齧られた時にも使えるよ!」
「できることなら齧られない技が知りたいけど――でも、なんか凄そうだね。そんな秘密の技、どうやって知ったの? 誰かから教わったの?」
「それは秘密」
この技を教えてくれたのは神様だからね。
昨日、熊が出るかもしれない山にハイキングに行くと伝えたら、私にもできる技を授けてくれたのだ。
「ちょっと待ってね。やり方、スマホにメモってあるから」
スマホを取り出そうとリュックを漁っていると、山田ちゃんが「わっ」小さく驚いた。
何かなと思ってリュックから顔を上げると――はーちゃんと後藤さん、それに前の席の男子二人が身を乗り出してこちらを見ていた。こいつら、また私たちの話を盗み聞きしていたな。
「なんか凄そう」と後藤さん。「死んだふりじゃないだろうなぁ」はーちゃん。「背中の丈夫な皮で身を守るのか?」「人間に真似出来ない技かも」と男子二人。ラーテルだろそれ、私にも真似できねーよ。
リュックからスマホを取り出した私は、さっそくメモを開く。
「減るもんじゃないし、優しい私は山田ちゃん以外の連中にも特別に教えてやる。だから鼓膜かっぽじって聞きやがれ」
「かっぽじるのは耳の穴な。鼓膜までいっちゃうと聞こえなくなっちゃうだろ」とツッコむはーちゃんをスルーして、私は身を乗り出して話を待っている皆に向かってメモの内容を聞かせる。
「この技を使うにあたって大切なことは、イメージなのじゃ」
「なのじゃ?」「語尾可愛いな」「急に仙人になった」「何仙人だ?」「わくわく」なんて、私の講義がはじまったばっかりなのに早くも気を散らしはじめる生徒諸君。先生たちの苦労がちょっとわかった。
しかし私はめげずに、不出来な生徒たちへの講義を続ける。
「まずはおぼろげながらでよいが体全体をめぐる神力――気と呼んでもよいが――その力を感じ取るのじゃ。どうじゃ? 感じとれるかのう? 感じとれたら、その力を丹田――おへそのあたりに集めようとイメージするのじゃ」
「急にスピリチュアルよりになって胡散臭くなってきたぞ」「語尾可愛いな」「亀仙人?」「ラーテル仙人かも?」「こんな感じかなぁ?」と黙って私の話を聞けない連中に、続きを教える。
「その状態を維持すれば、自己治癒能力を大幅に高めることができるじゃろう。打撲、捻挫、火傷などありとあらゆる怪我、それどころか病にも効果ありなのじゃ! 折れた骨もバキバキ音を立てて治っていくじゃろう!」
「これ、なんか怪しい宗教に騙されてない?」「語尾可愛いな」「メキメキじゃなくてバキバキ?」「追加で折れてんな」「これで出来ているのかなぁ?」と生徒たち。ちゃんと話聞いて実践しているの、山田ちゃんしかいねぇー!
唯一生き残った優等生の山田ちゃんのためだけに、私は最後の一文を読みはじめる。
「言い忘れておったが、この技は悪魔を数回倒し、神力や徳を積んだ今こそできる技なのじゃ! はい、説明はこれで終わり。どうだお前ら、ためになっただろ!」
そう言って周囲を見ると――皆、引っ込んで席に戻っていた。後ろの席ではーちゃんがボソッとつぶやく。
「悪魔を倒したってなんだよ、その非現実的な条件。結局、語尾が可愛いだけの怪しい話だったな」
私の生徒たちは一瞬で興味を失っていた。
「何だよ、せっかく貴重な技を教えてやったのに! この技さえあれば、薬草いらずなんだぞ! 回復アイテム代が節約できるんだぞ!」
まぁ、確かに、最後の「悪魔を倒した」って条件のこと忘れていた私も悪いけどさぁ。
いや! まだ一人、興味津々の生徒がいる! となりに座った山田ちゃんが、わくわくしながら私を見ている!
「ねぇ姫野ちゃん! 悪魔ってどんな悪魔!? 爵位は何かな!?」
なんか思っていた食いつき方と違うんだけど。というか山田ちゃん、近い。顔が近いよ?
「そういえば姫野ちゃんがさっき言っていた薬草なんだけどね、デカラビアって悪魔はハーブに詳しいって話があるんだよ!」
その後、私はいつものおっとりした喋り方から想像できないほど早口で語る山田ちゃんに、悪魔の話をされまくったのだった。
バスが進むにつれて変化していく窓の外の景色。出発した時はマンションやスーパーみたいな大きな建物が多かったけど、少し時間がたつと一軒家みたいな低い建物ばかりになって、それが今では、建築物はまばらになって自然のほうが多くなっていた。
ぽつぽつと建っている民家。その民家と民家の間を田んぼや畑、森が埋める。遠くの方には山が連なっているのが見えた。
田んぼには、見たことのない細長い足の白い鳥。くちばしを水の中にいれて何かを食べていた。
学校を出てから一時間はたったかな。
バスは木々に囲まれた道路を走っていた。曲がりくねった道を走ったり、時には崖のそばを走ったりもした。ガードレールに守られているとはいえバスが落ちそうで少し怖い。
民家はほとんどなくなり、景色は青々と茂った緑ばっかり。青なのか緑なのかややこしくなっちゃった。
そして私の真横にも、青に変わりつつあるものが。バスが右左に曲がるたびに、山田ちゃんの顔色がどんどん悪くなっていく。
「山田ちゃん、大丈夫?」
「まだ平気、耐えれそう」
「良かった。リラックスだよ、リラックス。ゆっくり息を吸ってー」
「すぅー」
「吐いて―」
「はぁー」
「よし。次はひーひーふーで呼吸しよう」
「小乃葉、それ出ちゃうやつだぞ」
そうだった。後ろからはーちゃんにツッコまれて間違いに気づく。けどその前の深呼吸がよかったのか、山田ちゃんはちょっと楽になったようだった。
「落ち着いてきたかも」
「よかった。それじゃ、もっと気を紛らわしていこっか。さっき教えた秘密の技、体調を良くするのにも使えるみたいだから、さっそくやってみよ?」
「わかった。気を意識してぇ」
目をつむり、すぅーと息を吸う山田ちゃんのセリフを引き継ぐように、私は次にやることを口にする。
「うんうん。そしてーおへそのあたりにー?」
「ふぅー。気を集めるぅー。すぅー」
「気を紛らわさずに集めちゃってるけど、いいのか?」
はーちゃんが後ろから余計なツッコミを入れてきた。
「邪魔すんな、はーちゃん! 気をぶつけるぞっ!」
はーちゃんに向かって言った、私の「気をぶつける」という言葉に反応した山田ちゃんが、両手を前に突きだす。
「はぁー!」
「はーちゃんのせいで、山田ちゃんが下、右下、右+パンチってコマンド入力されたみたいになっちゃったじゃん!」
「なんだそりゃ」
その山田ちゃんは叫んですっきりしたのか、すっかり顔色がよくなっていた。
まぁ、山田ちゃんの体調さえ良くなれば、なんでもいっか。




