1 校外学習
今日の天気は快晴。まだぎりぎり六月だけど、夏だなぁって感じる暑さ。
強い日差しを浴びながら、いつもの通学路を、いつもの待ち合わせ場所のコンビニに向かって、いつもよりちょっと早い時間に歩いている。
時間以外にもいつもと違うことがあった。
今日の私の服装は制服ではなく、上は半袖の体操着、下は学校指定のジャージ姿。背中にはリュックサック。そして頭には、お兄ちゃんから借りたサッカーチームのロゴ入り野球帽という、サッカーなんだか野球なんだかよくわからないものを被っていた。
そんないつもと違う格好でコンビニに辿り着くと、ちょうど道路の向こうから、はーちゃんが歩いてくるのが見えた。私と似たような服装。
私の姿に気づいたはーちゃんが、小走りで近づいてくる。
「おはよう小乃葉。今日は早いね。もしかして結構待った?」
「ううん、今来たところ」
「そのセリフ、普段から無駄遣いしてるせいで、本当に来たところなのかどうかわかりづらいな」
学校に向かって、二人並んで歩きだす。はーちゃんが空を見ながら喋りはじめた。
「いい天気だね。なんか太陽がでかく見えるわ」
「そうだねぇ。私がキノコで大きくなる体で、ここがWORLD2の砂漠だったら、太陽に襲われてたかもしれないね。その時は、はーちゃん、私のことを助けてくれる?」
「助けるも何も太陽が襲ってきたら地球滅亡だろ。助かる可能性のありそうな、隕石程度にしてくれない? それってゲームの話しだよね? 小乃葉、本当ゲーム好きだね」
「ちょー好き。でも、はーちゃんだってゲーム好きじゃん」
「嫌いではないけど、好きっていうほどでもないでしょ。小乃葉に付き合って遊ぶぐらいだし」
「いやいや、はーちゃん大好きじゃん、デスゲーム。参加者がもがき苦しみ、無力に死んでいくのを楽しそうに眺めてるじゃん」
「悪意のある言い方だなぁ。確かにそういうドラマ好きだけど、心理戦とか人間模様が好きなだけだからね? 人が死ぬシーンを楽しみにしてるわけじゃないから」
「――はっ!? あの、ここはどこなんですか!? 私、なんでこんな空間に知らない人たちと閉じ込められているんですか? 誰か教えてください!」
「おい、いきなりデスゲームに参加するな。帰ってこい。だいたい、私のことを人が死ぬとこ見るのを大好き人間みたいに言ってるけど、小乃葉だって人を銃で撃つゲームやってたじゃん」
「えー? 何のことですかぁ? 私、銃とか怖くて持てないですぅ」
「うぜぇー。この女、早くデスゲームから脱落してくれないかな」
「脱落=死じゃん。まぁ、はーちゃんの言うとおり、ゲーム好きを名乗る私としては、そういうゲームが話題になれば手に取って遊ぶけど――でもどっちかっていうと対戦より、協力プレイのゲームのほうが好きなんだよね。PvPより、PvEやCo-opのが好きなの。私は平和主義者なんだ、あいつのように」
ちょうど目についた、電線の上に止まる鳩を指さす。なんで、鳩って平和の象徴のように言われるんだろ。
私に指差された鳩が「ホーホー、ホッホー」となんか癖になる、変わった鳴き声をあげる。鳩かと思ったのに、こいつ「ポッポー」って鳴かねぇ。偽物かよ。
「アイツ鳩じゃないのか。騙された」
「鳩だよ。騙してないから。あれはキジバト」
「キジなのかハトなのか、はっきりしない名前の生き物だねぇ。メガネザルみたい」
「それはサルってはっきりしてる生き物だろ。メガネって生き物いないだろ」
「確かに。例えに出す動物が悪かったね。ちゃんと生き物の名前同士がくっついてる動物を言うべきだったよ。パンダかジャイアンかはっきりしない、ジャイアントパンダにすればよかった」
「ジャイアントパンダをその分け方、する奴、はじめて見たわ。小乃葉、キジバトはメスのキジに似た柄だからキジバトって名前なんだぞ。その理論をジャイアントパンダに当てはめて考えてみ?」
「ジャイアン柄のパンダが誕生しちゃった……」
「そうだよ。責任とりなよ?」
「わかった。世界中のジャイアンを白黒に塗り替えてくる。これでパンダへの被害が零になる」
「責任とるフリして、罪を増やすな」
なんてはーちゃんと冗談を言いあいながら通学路を進んでいると、だんだん、私たちと同じ中学生の姿が増えてくる。そのほとんどが、私たちと同じ体操着姿。制服の生徒はちょっとだけ。
正門まであとわずかという距離まで学校に近づくと、いつもの朝の投稿風景と大きく違うものがあらわれた。フェンスの向こう、校庭に大きな観光バスが並んでいるのが見えた。
校門横に立っている先生に挨拶をしながら、学校の中へ。
正門から校舎の昇降口にたどり着くまでの広い空間に、たくさんの体操着姿の生徒たちが集まっていた。
うちの学校は、学年ごとに体操着の肩に入った線の色が違っている。
ここに集まっている生徒は全員、私と同じ色。みんな、二年生。
そんな校舎前に集まる二年生の集団から、見知った顔が多くいるところを見つけた私は、はーちゃんと一緒に近づいていく。見知った顔の集団の一人、山田ちゃんが私たちの顔を見つけて手を振った。
「おはよう、姫野ちゃん。春木さん」
山田ちゃんは挨拶をしたあとに、ほほ笑んだ。さすが成績優秀の優等生。なんか挨拶一つとっても、私と違って上品な感じで可愛い。よし、私も上品に挨拶をかえそう。
「ごきげんようですわ、山田ちゃん。あら、服装が少し乱れているのですわ? じーや、山田ちゃんの服装を整えてあげてほしいのですわ?」
そう言って、勝手にじーや役に任命したはーちゃんを見る。
「小乃葉お嬢様。失礼ですが、お嬢様の愉快な語尾を整えるのが先かと思います」
「姫野ちゃん、春木さん!? いったい何がはじまったの!? 私はどうすればいいの!?」
展開についていけずに慌てだす山田ちゃんの肩に、はーちゃんがそっと手を置く。
「真面目に考えない方がいいよ。この寸劇をはじめた小乃葉自体、何も考えてないだろうから」
「失礼な。はーちゃん、私の脳は昼夜問わず、常にいろんなことを考えているよ。いまだって、これからはじまるデスゲームのことで頭がいっぱいなんだから」
「これからはじまるのは、ただの校外学習だろ」
「ただのじゃないよっ! ハイキングという山登りイベントだよ! 私、山登りなんてはじめだから、不安なんだよ! ちゃんとインドア派の私でも、クリアできるような難易度になってるのかなぁ? いちおう、攻略動画は見てきたんだけど……」
「「なにそれ?」」
同時に同じ言葉を口にした山田ちゃんとはーちゃんに、私は鞄からスマホを取り出して動画を見せる。芸能人が山で過ごす動画。
動画を見て、二人が感想を口にする。
「姫野ちゃん、これキャンプ動画なんだけど……今日はハイキングだよ?」
「小乃葉、山に泊まっていく気なの?」
「いやです。日帰りでお願いします。でも、この動画、結構ためになったよ? 火の付け方や、テントの張り方とか」
「だから、その技術ハイキングでは使わないんだって」
はーちゃんは、せっかく予習してきた私に残酷な言葉を突きつける。昨日の夜、ベッドの中で動画見た時間が無駄になっちゃった……。
「あっ、二人共。そろそろ並ぶみたいだよ?」
山田ちゃんの視線の先では、先生たちが集合をかけていた。その号令に応じて、校舎前のスペースに二年生たちがクラスごとに整列する。
そうして集まった生徒たちを前に、校長先生が挨拶をはじめた。長くなりそうだなぁ、なんて思っていたら、意外にもあっさりと終わった。よかった
学年主任の先生による注意事項のおはなしが終わると、とうとうデスゲーム――じゃなかった校外学習がはじまった。
番号の若いクラス順に校庭へと移動し、待機しているバスへと乗り込んでいく。すぐに私のクラスも移動をはじめた。
「よぉーし、無事に生き延びてみせるぞぉ!」
バスに向かって歩きながら意気込む私に反応して、前を歩くはーちゃんが振り返る。
「大袈裟だなぁ」
「大袈裟? その反応、どうやらはーちゃんは知らないようだね。私たちがこれから向かう山には恐ろしい奴がいることを」
はーちゃんは歩く速度を落とし、私の横にくる。
「何? また現実とゲームがごっちゃになった話がはじまるの?」
「ちっげぇーし。ちゃんと現実の話だし」
「そうなの? 何がいるの?」
「ふふん、聞きたい?」
せっかく手に入れた貴重な情報、簡単には教えずにもったいぶってみる。そんな私に、はーちゃんが冷たく言う。
「いや別に」
「あぁ、そんなぁ! お願い、すぐ終わるから! だから、聞いてぇ!」
「しょうがないなぁ。それで、何が出るの?」
「熊だよ、熊。イヤリング落とすと、受け取るまでずっとつけ狙ってくる、ホラーゲームのキラーキャラみたいなアイツだよ」
両手をあげ「がおー」とはーちゃんを威嚇してみせる。
「マジ? 関東なのに? 熊いるの?」
「うん。たまにだけど、あらわれるんだって。びっくりだよね。出現率はわかんなかったけど、ガチャの最高レアぐらいはあるかもね。でもピックアップキャラってだいたいすり抜けるから、熊じゃなくてイノシシが出てくるかも」
「野生動物にガチャシステムを導入するな。それにしてもやべーなぁ、熊出んのかぁ……小乃葉、見つけてもライオンやハイエナの時みたいに喧嘩売りに行かないでよ?」
「それラーテルだろ。私と混同すんな。ライオンに挑んだことなんて、ねーわ」
悪魔なら、あるけど。
そんな話をしながら、私たちはバスへと乗り込む。誰がどの席に座るかは事前に決めてあるので、私は自分の席があるバス中央へとまよわず進む。
私の席のとなり、窓側の席にはすでに山田ちゃんが座っていた。
私が山田ちゃんの隣に配置されたのには、理由がある。
「今日はよろしくね、姫野ちゃん」
酔いやすい山田ちゃんは、今回万全の態勢でこのバスに挑んでいた。酔いづらい中央窓際の席に座り、酔い止めを事前に飲み、仕上げに気を紛らわすものを用意した。私です。
「私にまかしておけ、山田ちゃん。胃袋から這い寄る混沌を、私が華麗に追い払ってあげよう」
「胃袋に邪神おさめた覚えはないんだけどぉ……でも頼りにしているね」
「うむ。大船に乗ったつもりでいるのだ」
「……船って、バスより酔いそうなんだけど」
「山田さん、大丈夫?」
後ろの座席から、はーちゃんが顔をのぞかせた。
「はーちゃん、まだバス走ってないから。いくら山田ちゃんが酔いやすいっていっても、気が早すぎるよ」
「違うって。隣の賑やかしアイテム、邪魔になってもスリープモードにできないけど大丈夫って、聞いてんの」
それって――私のことかぁー!
「おっ、なんだはーちゃん。喧嘩か? 私に喧嘩売ってるのか? 買うぞ? いくらだろうと私は買っちゃうぞ?」
後ろを向き、ふたたび「がおー」と熊のようにはーちゃんを威嚇すると、はーちゃんの隣に座っている後藤さんが顔をだす。
「春木はね、大好きな姫野さんと離れて寂しいんだよね。だから、ちょっかい出しちゃうんだよね」
「ちっげぇーし!」と否定するはーちゃんに、後藤さんが「はいはい」と笑う。なんだ、そうだったのか。かっこいい系のはーちゃんにも、可愛いところがあるじゃんか。
「ほら見ろ、後藤! アンタが余計なこと言うから、調子に乗った小乃葉が気持ち悪い顔でニヤニヤしてるじゃんか!」
「気持ち悪いとはなんだ、失礼な奴め。山田ちゃん、はーちゃんに何か言ってやれ」
「ごめんね、春木さん。バスに乗っている間だけ貸してね。降りたら返すから」
「私をアイテムみたいに扱うな」
担任の先生が、間もなくバスが出発すると告げた。同時に「かぁーかぁー」と鳴くカラスの声が聞こえてくる。縄張り争いか、それとも餌を探しているのかわからないけど、なんか不吉。
もしかしたら、カラスはこれから起こる惨劇を知っていて、何かを伝えようとしているのかもしれない。
そんなわけないか。
バスはゆっくりと走りだした。




