12 一刀両断
巨斧と大太刀がぶつかって生み出す金属音と、ぴちゃぴちゃというブーツが水を跳ねる音を聞きながら、小雨降る真夜中の道路を走る。
早く部屋に戻らないと。
聖牛さんと一緒に立てた作戦を実行するため、私は自分の家に向かってひたすら駆けていた。
後ろで大きな音がした。何かが壊れたような音。振り向くと、道路の端、崩れた塀とそのすぐ近くで片膝をつく聖牛さんの姿が見える。
「聖牛さん! 大丈夫!?」
私の呼びかけに聖牛さんが返事をする前に、彼の正面方向にある民家から、ザガンが塀や電柱を壊しながら、道路へと現れる。
「小乃葉、拙者のことは気にするな!」
立ち上がる聖牛さん。
ザガンはその姿を見ながら、地面に落ちている折れた電柱を片手で軽々と拾う。きっとその電柱を聖牛さんに投げつける気なんだ!
「聖牛さん、よけて!」
聖牛さんに届けと精一杯の声を出して叫ぶ。ザガンは片手に持った電柱を高くあげ、勢いよく投げる。私に向かって。
「わたし、よけてぇーーーー!」
さっきより大きな声を出しながら、近所の家の生垣を飛び越えて、ふせる。投げられた電柱が何かにぶつかったのか、落雷のような音が住宅街に響いた。あぶねー!
「ばかやろー! そんなでかいもの投げんなぁー! 当たったら危ないだろー!」
生垣から顔を出して、道路の向こうにいるザガンへ抗議する。
そのザガンは右手の斧を振りかぶって投げる。私に向かって。あぶねぇー!
急いで生垣から離れる。飛んできた斧は生垣の一部を切り裂き、民家の外壁をぶち壊して家の中へと消えていった。きっとまた斧が戻ってくるけど、今度は掴まないでおこう。悪魔のアクセサリーになるのはごめんだ。
ふと、斧に壊された家の外壁すぐ近くに、蛇みたいに丸まっているホースがあることに気づく。ロープみたい。
そうだ。このホースを戻ってくる斧と何か重いものに巻き付けて、斧が動けないようにしちゃえばいいのでは? 私って天才か?
さっそくホースを掴み、重りになりそうな物を探す。この庭に大きな木でもあれば、そこにホースを結び付けたんだけど、庭は狭く生えている植物は雑草だけ。あと、あるのは自転車。
仕方ない、自転車を重りに使おう。サドルの下にホースを結び付けていると、家の穴から斧が出てくる。ヤバい、急がないとザガンの所に戻っていっちゃう。
自転車に結びおえたホースを、私のすぐ横をふわふわと浮かんで通り過ぎようとする斧の柄にさっと結びつける。やった! 成功だ! 巻き付いたホースによって斧と自転車がセットになる。
あ、あれ? 斧は自転車をぶら下げたまま、スーッと飛んでいく。生垣を通り抜け、ぶら下げた自転車を葉っぱまみれにしながら、道路へ。
よく考えたら、私がぶら下がっても止まらなかったんだから、その私より軽い自転車を結び付けたところで止まるわけがなかった。作戦失敗だぁ。
そーっと、生垣から顔を出して、道路の様子をうかがう。
遠くで聖牛さんとザガンが睨みあっていった。その張りつめた空気を作る二人の元に、自転車をぶらさげた斧がふわふわと飛んでいく。行くな斧ー! 戻るんだー!
私の思いもむなしく、自転車のぶら下がった斧がザガンの手元へ。
「なんだこれは」
ザガンは斧に巻き付いたホースを引きちぎり自転車を手に取って、不思議そうに眺める。
聖牛さんも何が起こってるのか理解できずに呆然としている。やばい、なんとかごまかさないと。あー、あー。よし、裏声を出す準備完了。
「こんにちはーザガンさん。宅配サービスでーす。貴方の斧をお届けにきましたー!」
これで自転車宅配サービスが斧を届けにきてくれたと思う――わけないよね。
声を出したせいで生垣から見ていることがばれ、ザガンと聖牛さんから冷たい視線を向けられる。な、なんか言って、さらに誤魔化さないとぉ。
「あのぉ、今回はなんとクーポン無しでも無料サービス中でして、代金の方は結構です……」
「遠慮するな。受け取れ」
そう言ってザガンは自転車を私に向かって投げつける。慌てて後ろに飛び退いた私の目の前で、自転車は生垣にぶつかって草や破片を周囲に飛び散らせた。
あぶねぇー! さっきから、私のとこにいろんなもの飛んできすぎ!
自転車が壊れた音が戦闘開始の合図になったのか、斧と刀がぶつかり合う音が再び響きはじめる。戦いの様子を見ようと、もうバリケードとして役割を果たせなさそうな姿になった生垣から顔をだす。
ザガンが水平に振るった斧を、聖牛さんは二本の大太刀で受け止める。しかし斧の勢いを殺せずに、宙へと飛ばされてしまった。
空中でくるりと回転し、民家の屋根の上に着地した聖牛さんが、戦いを見守っている私に気づく。
「何をしている小乃葉!」
あっ、そうだった! 部屋に行かないと!
聖牛さんが屋根を駆け、飛び降り、宙からザガンへと斬りかかるのを横目に、私は道路に飛び出し全力ダッシュ。後ろで激しい戦いの音が聞こえるけど振り向かない。家まではあとちょっと。
ドシン、ドシン、ドシン。大きな足音。家まで振り向かないって決めたけど、いろんな音が私の耳に飛び込んでくるから、戦いがどうなってるのか、やっぱり気になっちゃう。ちょっとだけ振り向こう。ちらっ。
「ぎゃー!」
ちらっと振り向いた結果、見えた光景に思わず悲鳴をあげてしまう。
ザガンがその巨大な足で道路の雨水をまき散らしながら、私に向かって走ってきている。聖牛さんどこ行ったのー!? 助けて―!
このまま自分ちに逃げ込んじゃうと、作戦に使う予定の私の部屋がザガンに壊されちゃうかも!?
予定変更し、急遽お向かいさんへと逃げ込む。
お向かいさんは平屋で塀こそないものの家の前には大きな駐車スペースがあり、そこには高そうな黒の自動車が止まっていた。
もしかしたら、この自動車は囮になってくれるかもしれない。車を見つけたザガンが、格ゲーのボーナスステージみたいに壊しはじめる可能性があるよね。
追ってくるザガンの視界から消えるため、私は自動車の向こうへと回り込み、隠れる。地面に座り、フロントドアに背中を預けて、一息。ふぅー。
車の後ろに隠れた瞬間は見られているだろうから、このままここにいても安全じゃない。一休みして呼吸を落ち着かせたら、すぐにどこか別の場所へと逃げないと。
家の中に逃げ込みたいけど、玄関はきっと鍵がかかってるよね。刀で窓を割って侵入しようかな。
「……?」
急に首筋が寒くなる。なんでだろうと思い振り返ると、私の体を隠していた自動車が消えていた。そのまま視線を上へ移していくと――自動車が見つかる。
ザガンの両腕によって車は高く持ち上げられていた。
「こ、こんばんは。私、だんごむし。よく見つけたね。石の下に隠れてて、持ち上げると出てくることで有名なあいつだよ。無害だから、そっとしておいてね」
「死ね」
ザガンは私めがけて車を振り下ろす。
「あぶねー! 私の渾身の命乞いをたった二文字で片付けるんじゃねぇ! この悪魔―!」
慌てて飛び出したおかげで車に潰されずに済んだ私は、飛び散る破片やガソリンの匂いから逃げるように道路へ。
「すまぬ! 無事か、小乃葉!」
私と入れ違うように傷だらけの聖牛さんが、お向かいさんちの敷地へと飛び込み、ザガンに向かって大太刀を振るう。
「だんごむしになりかけたけど無事!」
ふたたび聞こえはじめた大太刀と斧がぶつかる音を聞きながら、私は自分ちへと逃げ込む。庭に回り、窓ガラスの割れた場所からリビングへ。
そうして家の中に戻った私は廊下を走り、階段を駆け上って、自分の部屋へ。破壊されて雨を防げなくなった壁から、そーっと外の様子をうかがう。聖牛さんとザガンはどこかな?
お向かいさんちで戦っていたはずの二人は、いつの間にか私の家から少し離れた路上にいた。
ザガンが聖牛さんめがけて左手の斧を振るう。その一撃をかわした聖牛さんに向かって、今度は右の斧が振り下ろされる。
「くっ!」
せまる斧を、聖牛さんは二本の大太刀を頭の上で交差させて受け止めた。
けれども体格による力の差は大きくて、衝撃を逃すことができずに体中にある傷口から血が噴き出てしまう。
振り下ろされた斧の衝撃は凄まじく、聖牛さんの足元にまで広がり、道路がひび割れる。
「どうしたぁ!? このままだと、真っ二つになってしまうぞ!」
ザガンは左手の斧を投げ捨て、自由になったその手を右手の斧にそえ、両手の力で大太刀ごと聖牛さんを叩き割ろうとする。二本の大太刀と巨大な斧による、二人の力比べが始まった。
いまだ! 私は作戦を実行するために、目一杯息を吸い込む。
「ザガン、隙ありー!」
私たち三人以外は誰もいない、小雨降る真夜中の住宅街に響き渡るよう、大声で叫ぶ。声に気づいたザガンが私を見る。
自室にぽっかりと開いた穴から、私は〈蚊虻走牛〉を振って、刀身をきらめかせる。
部屋にいる私と、路上にいるザガンの間にはだいぶ距離があった。斬撃が飛ばせでもしないかぎり、私の攻撃は届かないけど、そんなこと私にはできない。
しかし、攻撃される心配がないのにザガンは、私を見た。気にして、警戒した。
正確には私が持っている神器〈蚊虻走牛〉を警戒しているんだろうけど。それほど悪魔にとって危険なんだね、この刀は。
そうしてザガンが私に気を取られたその瞬間、その時を待っていた聖牛さんが動く。
「隙を見せたな」
体を大太刀ごと捻る。二本の大太刀が逃げたために、力の行き場がなくなった斧が深々と地面に刺さる。
直後、聖牛さんは地面に刺さった斧を踏み台にして跳躍し、ザガンの顔へ大太刀を振るう。
「ぐうおおおおっ!」
右目に刀傷が出来たザガンが羽虫を追い払うよう斧を闇雲に振るう。その攻撃を聖牛さんは軽やかに避け、距離を取る。
「よくもこのザガン様に傷を負わせたな! 許さんぞお!」
激高しながら、ひらひらと避ける聖牛さんを追う。そのタイミングで、私は大きく息を吸い、刀を振る。
「隙ありー!」
ザガンはまたも私の大きな声に反応し、片目で私を見てしまう。攻撃されることはないのに。
「先ほどの二の舞だぞ」
その言葉にザガンがはっとなる。
聖牛さんは石塀を使った華麗な三角跳びを披露しつつ、ザガンの側頭部へ二本の大太刀を振るう。
「ぐうっ」
ザガンは斬られた耳を片手で押さえつつ、空いた腕で斧を振るう。斧の攻撃を避けた聖牛さんだったけど、続いてザガンが放った前蹴りにあたってしまう。
「っ!」
聖牛さんは吹き飛ばされ、私の家の前を通り過ぎて道路の上を転がり、倒れる。力を振り絞るようにして体を起こすけど、立っているのがやっとに見えた。
その姿を、ザガンは睨みながら忌々しそうに喋る。
「何が二対一だ、あの人間も戦いに参加するような口ぶりに騙されたわ。逃げ回っているかと思えば、結局ただ大声を出して気を引くだけとはな。ふんっ、馬鹿と鋏は使いようということか」
おい、誰が鋏だ、失礼な。私の切れ味を舐めるなよ。ツッコミを入れたい気持ちをぐっと堪えながら、私は聖牛さんと立てた作戦通り、部屋から移動しはじめる。
「あの馬鹿を上手に使ったじゃないか」
おい、私、鋏じゃなくて馬鹿の方か! たたっ切るぞ、この野郎っ!
声を出すとザガンに居場所を悟られて作戦を台無しにしてしまうので、ツッコミを入れたい気持ちをぐーーっと堪える。後で見てろよ。
それにしても今、聖牛さんはどんな状態なのかな。隠れてこそこそ移動している私には、状況がわからない。けど、ザガンに話しかけられているからには、やられていないはず。
「その甲斐あって、このザガン様に傷をつけることは出来たが――どうやらそこまでのようだな。わかれば、下らぬ作戦だ。もう騙されんぞ。あの人間なぞ、後でどうとでもなる。雑魚は無視して、まずは神の使い、貴様を倒すとしよう。終わりだ」
ザガンが聖牛さんに向かって走りだしたみたいで、ずしん、ずしんという音が聞こえはじめる。その足音で私はザガンが今、道路のどの辺りにいるのかを予想する。
ザガンは「もう騙されん」って言ってた。アイツは私をチョウチンアンコウの疑似餌と思ってるから、食いつかないように私を無視するよね。
だから、私の姿を確認しない。私はもう、部屋にいないのに。
地響きを鳴らしながら聖午さんに向かって走るザガンが、私の家の前を通過しようとする、その瞬間を私は待っていた。
「油断大敵だぞ、ザガン」
聖牛さんの声に反応して、自分ちの塀の陰に隠れていた私は、道路へと飛び出る。左腰に差した〈蚊虻走牛〉の柄に手をかけ、抜刀する。
「隙あり」
そうつぶやき、突然飛び出した私の真横を通過しようとするザガンの腹部目掛けて、刀を振るう。道路を駆けるザガンの胴体と〈蚊虻走牛〉の刃が交わる。
私の横を駆けていったザガンの足音が、止まる。
「ば、ばかな。このザガン様が……こんな雑魚に……」
振り向くと、〈蚊虻走牛〉に胴を斬られたザガンの上半身が、立ったままの下半身からゆっくりと滑り落ちていくのが見えた。
上半身が道路に落ちて大きな音を立てる。続くように下半身も道路へと倒れた。
二つに分かれたザガンの体が、ケルベロスを倒した時と同じように色を失い、消えはじめる。
自分がやったこととはいえ、ちょっとグロい光景。ごめんよ。ひどい有様で散りゆく悪魔に、せめて何か手向けの言葉を送ってやろう。
聖牛さんみたいに何か難しそうな漢字四文字の言葉にしようかな。それでいて牛の悪魔のザガンに相応しい言葉というと――あれかな。
私は刀を鞘にしまいながら、消えゆくザガンの体に近づき言葉を投げかける。
「牧場物語」
「なんだそれは」
いつの間にか私の近くまで来ていた傷だらけの聖牛さんにぼそっとツッコまれる。傷の割に足取りはしっかりしてるし、命に別状はなさそう。よかった。
「聖牛さんのまねしてみたんだけど、変?」
「小乃葉から見た私は、そんな感じなのか……」
不服そう。ザガンをカッコよく一刀両断した私がマネしたっていうのに、何が不満なんですかねー?
「聖牛さん、子牛の調子乱したり、気炎万丈って言ったり、難しそうな言葉を何度も口にしてたじゃん。あれのまね」
「言ってないのと言ったのを混ぜるな。否定すればいいのか肯定すればいいのか、答えづらいだろうが」
「いや言ったことしか言ってないけど……? 聖牛さんって難しい言葉好きなの? それとも実は難しい言葉を口にすることで力が強くなるとか? 〈悪魔顕現〉にいろんな法則があるみたいに、神使にもそういう法則があるの?」
「……いや、その」
聖牛さんが口ごもる。
「なに?」
「……人間は四字熟語を使う相手を、貫禄や知性、威厳があるようにとらえると聞いたのだが……違うのか?」
いつも自信あり気に話していた聖牛さんが子供のように恐る恐る尋ねてくる。その意外な姿に、私は思わず声を出して笑ってしまった。
「くっ、やはり違うのか。ならばやめるか……」
「いや、違う違う。違わないから、やめなくて大丈夫だよ」
「ど、どっちだ!? さては小乃葉、貴様、拙者をからかっているのだな? げんに笑い止まぬではないか!」
「違うって。聖牛さんでも、貫禄とか知性なんて気にするんだなって」
「当り前だ。拙者への評価が神様への評価に繋がるかもしれんのだぞ」
「それに拙者は神使の中でも新参の方だからな……」とぼそっと付け足す。そうなんだ。
「そっか。それなら評価は気になるよね。うんうん、大切だぁ」
「くっ、嫌なことを知られてしまった……口にするのではなかったな」
「平気だって、私忘れっぽいから。……あっ」
光の球が道路や民家そして私の体など複製世界に存在するありとあらゆるものから湧き出てくる。同時に腰に差していた〈蚊虻走牛〉が消え、私の服がパジャマに戻った。
聖牛さんが作った複製世界が悪魔を閉じ込めるという役目を終え、崩壊しはじめたんだ。
「まぁ、なんだ……」
その世界の中で唯一何も変わらない姿の聖牛さんは、何かを言いづらそうにしていた。何を言うつもりかわからないけど、言いづらいなら先に私から話しかけて、言いやすい空気にしてあげよう。
「ひ弱な人間も、ほんの少しは役に立ったでしょ?」
聖牛さんに向かってピースする。
「――あぁ、そうだな。ほんの少しだけ、だがな。しかも拙者の活躍があったうえでだ」
「はいはい、そうだったね。次があるなら、もうちょい頑張るね」
私から顔を逸らして言う聖牛さんの素直じゃない感じに、思わず笑ってしまう。
複製世界、そして私の体はもうほとんど消えかけていた。そうだ、消える前にこれだけは聖牛さんにちゃんと伝えておかないと。
「助けてくれてありがとう! カッコよかったから、威厳とか気にしなくて大丈夫だよっ!」
聖牛さんは驚いた表情を見せるが、すぐに表情を戻す。
「それを聞いて安心した。世話になったな、小乃葉」
そう言って、消えゆく世界の中で、聖牛さんは私に向かってかすかに微笑んだ。




