11 VS巨斧の牛王ザガン
ザガンは力を誇示するように斧を振るい、塀や電柱を粉々にする。こっわぁ。
「今ので強さ知れたんで、もうこれ以上は大丈夫です」
聖牛さんの後ろに隠れる。私に盾にされた聖牛さんは、ザガンの威嚇に全く動じずに数歩前に進む。
私の盾が、勝手に進んで離れていくー。
「ならば拙者も、神、そしてその使いの偉大さを、この刀でその身に刻んでやろう。もっとも知ったころには、お前は魔界に戻っているだろうがな」
聖牛さんとザガンが武器を構える。遅れて私も腰に差した鞘から刀を抜き、それっぽく構える。
「……参る」
そう呟いた聖牛さんは、闇夜に包まれた小雨降りしきる道路を駆け出す。点々と存在する街灯に照らされ、時々、その二振りの大太刀を持つ侍姿をあらわにしながら、ザガンへと迫っていく。
手に持つ斧で全てを粉砕する強力な一撃を放つザガンと、それを掻い潜りつつ効果のない攻撃を繰り返す聖牛さん。再び、何度も見た攻防が始まる。
「どうした! このままでは先ほどの二の舞だぞ!」
楽しそうに笑うザガンの声。刀と斧がぶつかる音。外壁や道路が壊れる音。二頭の牛が交わす言葉。それらを聞きながら、遅れて私もザガンめがけて走る。
「おりゃー! 姫野小乃葉、助太刀いたすー!」
聖牛さんと戦っているザガンが、私の大声に反応してちらりとこちらを――私の刀を見る。その一瞬の隙を突いて、聖牛さんはザガンの頭部を斬りつけようとするが、巨大な斧で防がれてしまう。
ザガンが攻撃を防いだ斧とは別の斧を振る。聖牛さんは距離をとり、その攻撃を避けた。
聖牛さんが離れたタイミングで、ザガンは私を見ながら、斧を振りかぶる。
こっちに投げる気だ! 退避ー!
とっさに道路から、フェンスを飛び越え民家の敷地へと逃げ込む。どかーんと大きな音を立て、斧が当たった電柱が折れ、塀が崩れるのがフェンス越しに見えた。あぶねー!
でも危険を冒した甲斐はあった。ザガンは私のことを雑魚とか馬鹿とか言ってたけど、無視せずに攻撃してきた。〈蚊虻走牛〉を警戒してるんだ。
よし、私と聖牛さんが立てた作戦の第一段階は成功だ。
「小乃葉すまぬ! ザガンがそっちに行った!」
ザガンガ、ソッチニ、イッタ? なんか恐ろしい日本語が聞こえたような。
聖牛さんの声がしたほうを見ると――民家の塀では隠れられないほどの巨体のザガンが、道路を走って私に向かってくるのが見えた。ぎゃー!
ザガンは斧で邪魔な石塀を豆腐のように壊してお隣の庭に侵入し、庭の木を小枝のように切り倒しながら、重い足音を響かせ、私のいる家へと向かってくる。
やばい、逃げなきゃ! 勝手に入って悪いけど、家の中にお邪魔させてもらおう。
「お邪魔します!」
玄関のドアに手をかけ、開けようとするけど、鍵がかかっていた。そりゃそうだよね!?
「お願い、お邪魔させて―!」
刀を腰の鞘に収め、両手で力をこめて無理矢理開けようとする。ドアはガチャガチャと音を鳴らすけど、やっぱり開かない。駄目だ、この家に隠れるのは諦めて、別の場所へ逃げよう!
ドアから離れ振り返ると――ザガンが、隣家の庭から私に向かって斧を投げようとしていた。げぇー!
咄嗟に横っ飛びで避ける。
ザガンが投げた斧は、私を拒んでいたドアを破壊した。
やった、思わぬ形で家の中に入れるようになったぞ。壊れたドアから、お邪魔する。
見慣れぬ玄関から、土足で知らない廊下へと逃げ込み――うわぁ、真っ暗な廊下の奥から幽霊が飛んできたぁ!
って、斧じゃん。ザガンの元に戻ろうとしてるのか。
そうだ。斧がザガンのもとへ戻れないよう、邪魔しちゃおう!
「悪魔の斧、げっとぉー!」
スーッと浮いて移動している大きな斧の持ち手を、両手で掴む。これでザガンは一つ武器を失ったぞ。
「……ちょ、ちょっと? 斧さん?」
私に掴まれた斧は、速度を変えずにザガンに向かって戻っていく。私を引きずりながら。
散歩中の犬に引っ張られる飼い主のように、斧に引っ張られ家の外へ。そのまま斧を掴んだ私の体は浮き上がり――。
斧と一緒に、ザガンの右手にたどり着く。
「……こ、こんばんは? ご機嫌いかが?」
目と鼻の先にいる、鼻息の荒い牛の悪魔にご挨拶する私を、ザガンがぎろりと睨む。
「……人間。貴様、何をしているのだ?」
「あのぉ、斧奪おうとしたら、こうなっちゃって……私のことは斧についた可愛いぬいぐるみとか、アクセサリーみたいなものだと思って、気にしないでください」
ザガンは私がぶら下がる右手の斧とは反対の、左手の斧を振り上げる。
「やっぱ気にするよねぇ!」
慌てて斧から手を放す。私の体が地面に落ちると同時に、ザガンの斧が頭上をかすめていった。あぶねぇ!
ザガンから離れようと、はいずって逃げる私に向かって、今度は右手の斧が振り下ろされる。うわぁー!
しかし、斧は私を真っ二つにすることはなかった。
「無事か、小乃葉!?」
振り下ろされた斧を、聖牛さんが二つの大太刀で受け流してくれた。軌道をそらされた斧が、地面を抉る。
「斧のアクセサリーになりかけたけど無事!」
聖牛さんは後ろに飛び、ザガンから距離をとる。
「人間をアクセサリーにするとは……悪魔だけあって、悪趣味だな」
「そうだそうだー!」
聖牛さんの後ろに隠れながら、ザガンを非難する。
「……そいつ自らアクセサリーにと、名乗り出たぞ」
ザガンの言葉を聞き、聖牛さんは呆れた顔で私を見る。
「小乃葉、お前、何をしているのだ……」
「斧奪おうとしたら、そうなっちゃって」
「それでなぜアクセサリーになるのかが、まったくわからんのだが……」
「泉に投げた斧をさぁ、金銀の斧を追加して返してくれる女神がいるじゃん? あれと似たようなもん。私は投げた斧に私をつけて返してるの」
「説明されても、まったくわからん」
「やっぱ? この言い訳は無理があるよね」
呆れる聖牛さんを見て、ザガンが笑う。
「ハハハッ! 頼りの仲間が馬鹿で苦労するな!」
「んだとてめー!」
「落ち着け小乃葉。お前はすべきことをするのだ。それまでは巻き込まれないよう、逃げていろ」
そうだった。私は聖牛さんの言葉に頷き、作戦通りにやるねってことを伝える。
他人の家の敷地で戦闘を始める二頭の牛をちらりと見ながら、フェンスを飛び越し、道路へと飛び出す。
見てろよぉ、ザガン。私を馬鹿にしたこと、後悔させてやる。




