9 助けになりたい
家に向かって、濡れた道路を裸足で走る。滑って転びそうで怖い。
ちらりと二頭の牛の戦いをみると、まだ均衡は保たれていた。
自宅の前に辿り着き、塀に挟まれた門を開け、玄関へ。ドアを開けようとして――。
「あ、あれ?」
玄関には鍵が掛かっていた。
そっか。現実の世界で戸締りしてあるから、複製世界でも鍵がかかったまんまなんだ。どうやって家に入ろう?
鍵がかかってない場所なんてないし……そうだ、ザガンが壊した私の部屋の壁。その大穴から家に入れないかな?
玄関から庭へと移動し、二階を見る。こうやってみると結構高いな。蜥蜴や蜘蛛、壷に入ってツルハシ持ってるおじさんなら、あそこまで登れそうだけど、私じゃ無理。
他に侵入口になりそうな場所はないかなぁ?
どうやって家に入ろうか悩んでるなんて、なんか泥棒みたい。……そうだよ。泥棒みたいに入ればいいんだ。
目の前には、リビングの窓ガラスがある。これを壊して中に入ればいいんだよ。現実世界でやったらお母さんにぶっ飛ばされること間違いないけど、ここは複製世界なんだし遠慮する必要ない。
カーテンで中が見えなくなっている窓ガラスの前に立つ。ペタペタと触って強度を確認。
うん。これなら必殺の小乃葉パンチで壊せるかな? マルバスを魔界送りにした必殺技が再び日の目を見るときが来た。夜だけど。
腰を落とし、右手をやや後ろに下げて、気合を入れる。白狼くんがケルベロスにお見舞いしていた体術を思い出し――。
「どりゃあっ」
握りしめた右手を勢いよく窓ガラスにぶつける。ごん。大太刀とザガンの体がぶつかった時とは比較にならない、情けない音。
「いったああああああああああ!?」
熱を持ち痛む自分の右手にふーふーと息をかける。涙目になりながらガラス窓を見ると、無傷だった。
うん、無理。ガラスが割れる前に私の手が砕け散る。必殺の小乃葉パンチ、ついに敗れる。
なんか物使わないと割れそうにないなぁ。
窓ガラスブレイカーを手に入れるため、庭の隅の物置へ。扉に手を掛けると、ここにも鍵が掛かっていた。姫野家は防犯対策が万全だね。大泥棒小乃葉、大ピンチ。
途方に暮れていると、大きな音と共に突風が私の背中を襲う。驚いて振り向くと、うちの塀が壊れていた。えぇ!?
私の後ろを猛スピードで何かが、進路上のものを破壊しながら通過していったみたい。家の方を見ると、私の右手を返り討ちにした窓ガラスが粉々になっている。
きっとザガンの斧が飛んできたんだ。危ないとこだった。私に当たってたら死んでたよ。このまま待っていれば、家の中から斧が出てきて主人の元へと戻っていくはず。
あれ? いつまで経っても斧は出てこない。
変に思い、割れたガラスを踏まないように気をつけながら、カーテンを潜りリビングへと侵入する。
真っ暗な室内。そこにはテーブルと椅子に埋もれるようにして聖牛さんが倒れていた。大変だっ!
「大丈夫っ!?」
慌てて駆け寄り、助け起こそうとする。しかし、私の手は乱暴に払われた。
「余計なお世話だ。この程度、大した怪我ではない」
むぅー。むかつくけど我慢、我慢。神様に仲良くしてくれって言われてるからね、私は大人なのだ。
家の外から何かが壊れる音が聞こえる。ザガンが何かを破壊したのかも。
「どうしたぁ、神の使い! でかい口を叩いていたわりに、大したことないではないか! まさか、この程度で死んだのではあるまいなぁ?」
ザガンの声が聞こえてくる。聖牛さんは怒りの感情をあらわにする。
「一撃当てたぐらいではしゃぎおって」
忌々しそうに言ってから、立ち上がる聖牛さん。
「あっ!」
私が制止するよりも早く、怪我の手当てもせずに聖牛さんは庭へと飛び出していく。ザガンに圧されてるみたいだけど大丈夫かなぁ……。
戦いが気になるけど、今の私が追いかけていったところで見守ることしかできないし、私は私にやれることをしよう。神様と通話だ。
暗い上に倒れた椅子やテーブルで散らかったリビングを、何も履いてない足の裏が怪我しないよう気をつけて歩く。廊下に出て、電気をつけながら、階段を上る。
ん? 何も考えずにスイッチ押したけど、電気つくんだ。どっから電力きてるのかな? そういえば街灯もついてたし、不思議。まぁ、いっか。
私の部屋の前までたどり着く。
壁にはザガンが投げた斧でできた人が通れそうなほどの穴があったけど、破片が散らかっていたので、ちゃんとドアから部屋に入る。
部屋の中は、粉々になった家具によって壁よりも悲惨なことになっていた。ドア横のスイッチを押してみたけど、壊れているのか照明はつかなかった。
そういえばベッドも粉々になってるんだった。枕元に置いていたスマホはベッドが壊された衝撃で行方不明となってしまった。無事だといいけど……。
そもそも複製世界で作られた私のスマホはちゃんと使えるのかな? まぁ、試すだけ試してみよう。
スマホを探しながら、破片や窓ガラスで散らかっているマイルームを慎重に歩く。裸足だと怪我しそうだから、先に靴下履こうかな。
幸い、クローゼットは無傷だった。よかった。これなら中の、靴下が入っている収納ボックスも無事だ。
靴下を取り出すため、クローゼットの方へと一歩進んだ瞬間。
どーんという音と共に、何かが私のクローゼットへと突っ込んでくる。
「えーーっ!?」
壊れたクローゼットの中から、洋服や靴下、ハンカチなどが飛び出し、部屋を舞う。間違いなく無事って思った矢先に、収納ボックスぶっ壊れたんだけど!
なんて言ってる場合じゃない!
私はクローゼットが壊れた原因――外から壁の穴を通って部屋へと飛び込んできた聖牛さんに駆け寄る。きっとまた、ザガンに吹っ飛ばされたんだ。
「だ、大丈夫!?」
傷だらけの聖牛さんを助け起こそうと手を伸ばすと――。
「余計なお世話だ。これぐらいなんともない」
また手を払われる。むぅーー!
聖牛さんは立ち上がって歩きだしたけど、すぐにがくんとよろけて膝をついた。頭から血が流れ、片目の上を通り、顎へ行き、床へと垂れる。
「全然なんともなくないじゃん!」
私は床に落ちていたハンカチを拾い、聖牛さんの頭から垂れる血を拭こうと手を伸ばすと――私の手は、またばしっと払われる。
しかし私は大人なので怒らな――あーもう無理!
「鎧袖一触とまではいかなかったが、あの程度の敵、拙者がふがががががにゃにをふる」
もやもやを我慢できずに、聖牛さんの両の頬を引っ張る。何か抗議の声をあげてるけど知ったこっちゃないよ。
そもそも我慢するなんて、私らしくない。猪突猛進が私なのだ。思ってることを言ってやる。
「神様言ってた。聖牛さんは実力があるけど、プライドが高いのが困りものだって。そりゃあ神様や使いの白狼くん、聖牛さんからしたら、私は弱くて頼りないよ? 戦闘の邪魔だと思う。そんな奴の手を借りるのは屈辱なのかも。でもさ、助け起こしたり、傷の手当ぐらいは、させてくれてもいいんじゃないかな? 私だって少しは役に立ちたいよ。……ほら、これで血拭いて」
もう一度、私はハンカチを差し出す。もしかしたら、また払われるかも。いいよ。そうなったら何度でも差し出してやるんだから。鬱陶しいとか迷惑とか思われるかもしれないけど、やりたいことをやってやる。
「……これはその……使えん」
「……むぅ。そんなに私の手を借りたくないかなぁ……」
「いや……その。そうではないのだ。よく見てくれ」
顔を逸らす聖牛さん。なんだろ? 渡そうとしたハンカチを言われたようによく見る。……下着じゃん。パンツじゃん。お見せできるボトムスの方のパンツじゃなくて、お見せしてはいけないアンダーウェアのパンツじゃん。さいあく。
「ご、ごめん。暗いから間違えた。えーっと、ハンカチ、ハンカチ、どこ行ったぁ。……あっ、タイツならあった。これでもいい? 止血に使えるかも」
「……まさか、それで傷口を縛れと?」
「被ってもいいよ? 生地薄いやつだから、呼吸できると思う」
「被るわけないだろう! まったく。ひ弱な人間の癖に偉そうに説教したり、脚衣を被らせようとしたりと失礼な奴だな貴様は」
「ごめん。で、でも、ひ弱とおっしゃりますけど、おにーさん。実は私、何を隠そう白狼くんと一緒にケルベロスという凶悪な悪魔を倒したという実績があるんですよ? ご存じありませんか?」
「なぜ急に商人のような口調になる。……知っておる。その功績で、白狼が神様から称賛を受けていたからな。……ふん」
白狼くんのことを面白くなさそうに話す。仲悪いのかな?
「それにしても、まさか私の名声が天にまで届いてしまっているとは。どうです、おにーさん。ここは一つ、ひ弱な人間を上手く利用して、ザガンをやっつけて手柄を立ててみませんか?」
聖牛さんに、手を差し出す。そうそう、もう一つ言っておかないと。
「ちなみにもう気づいていると思うけど、何度手を払っても私はしつこく差し出すよ。そのうち、ぶちぎれながら差し出すかも」
そういって私はにっこりと微笑む。
「……ハハッ! そうか、ぶちぎれるのか! それは見てみたい気もするが――今はやめておこうか」
始めてみる、聖牛さんが声を出して笑う姿。
差し出した私の手を、握り返してくれた。
私は長身の聖牛さんを引っ張り起こすため、綱引きみたいに後ろに体重をかける。聖牛さんが立ち上がると、逆に私が後ろに倒れそうになってしまったけど、今度は聖牛さんが私の腕を引っ張って転ばないようにしてくれた。
「ありがとー」
「それで、人間。貴様は、どう私を手助けしてくれるのだ?」
「えーっと……」
やばい、勢いで言っただけで何も考えてなかった。偉そうなこと言ったけど、そもそも戦闘面では役に立たないぞ、私。
「戦闘中に後ろから大声で応援と、声援と、あとエールを送れます」
「三つあるように言ったが、実質一つだな」
「あ、あと野次飛ばせる。これは得意かも。お望みとあれば、ザガンを口汚く罵ってみせましょう」
「天界の評判が下がるからやめてくれ。どうやら、貴様に出来ることはあまりなさそうだな」
「……ご、ごめん」
偉そうに言ってたくせに、私ってかっこわるぅ……落ち込んでいたけど、そんな私の頭を聖牛さんは優しく、ぽんっと叩く。
「では貴様には――そういえば、まだ名前を聞いていなかったな」
急に名前を聞かれて、驚いた私は返答が遅れてしまった。
「……あっ、小乃葉。姫野小乃葉だよっ!」
「そうか、小乃葉か」
聖牛さんは彼が振るっている二本の抜き身の大太刀とは違う、鞘に収まった刀を、何もない空間から抜き取るように取り出す。大太刀より短いそれをくるりと回転させ、持ち手の部分を私へと差し出した。
「受け取れ。出来ることのあまりない小乃葉には、この刀でザガンと戦ってもらうが……かまわんか?」
「……うん! まかせて!」
与えられた役目を果たし聖牛さんの力になるため、私は刀を受け取った。




