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あくまたたき  作者: 永山てりあ
2 二刀の侍と巨斧の牛王

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17/30

5 ケーキとワイン

 夕飯後のリビング。待ちに待ったケーキを食べる時がついにやってきた。

 お兄ちゃんが冷蔵庫の中からケーキの箱を取り出し、すでにお皿とフォークが置かれてケーキを迎える用意が整ったテーブルへと持っていく。


「お母さん。せっかくのケーキだし、飲み物も豪華にこのとっておきのジュース飲んでいい?」


 台所で食器を洗ってるお母さんに、冷蔵から取り出した瓶に入った高そうなオレンジジュースを見せる。この前、高橋さんちのお爺ちゃんとお婆ちゃんが一泊二日の旅行に行った時に、黒柴ちゃんたちをうちで預かったお礼にとくれたお土産の一つ。

 瓶のラベルにはストレートと書かれている。スライダーとかカーブもあるのかな?


「いいわよ」

「やったぜー」


 せっかくだしコップもお洒落なやつにしよう。食器棚から、チューリップみたいな形をしたお洒落コップを二つ手に取り、ジュースの瓶を抱えながら、リビングで私を待つケーキのところへ。

 休日に相応しいゆるーい家族向けの地上波の番組を眺めていたお父さんが立ち上がり、リビングから出ていくのと入れ替わるように、私はテーブルに着く。

 きっと、お父さんはトイレだな。食事後、よく行くから。お昼に自分で言ってたとおり、胃腸が弱いのかも。


 テーブルに置いたコップにジュースをとくとくと注ぎ自分の分を確保した後は、今度はお兄ちゃんの分を注ごうとする。


「ままっ、一杯どうぞ」

「飲み会のおっさんか」


 ジュースを注ぎ終えた私は席につく。ついにその時がきた。

 私はお皿の上のショートケーキをそっとフォークで削り、掬って、テーブルに落ちないよう慎重に口へと運ぶ。そうして私に丁重にエスコートされたケーキは、口の中に幸せな甘さを広がらせた。

 要は「ケーキ、ちょーうまっ」てこと。幸せ。


 美味しい物を食べながら好きなものを見ようと思い、テレビを見ていたお父さんがトイレに行ってる間だけでも、テレビの大きい画面で動画サイトを見ることにする。

 テーブルの上のリモコンを取ろうとしたけど――ちょっと遠い。


「兄ちゃん、リモコン取って」


 横に座っているお兄ちゃんにお願いする。


「このちゃんとあんまり距離かわらないんだけど」


 そう言ったから私にリモコンを届けることを拒否するのかと思ったけど、お兄ちゃんは立ち上がりリモコンを掴んでから戻ってきて「はい」と渡してくれる。


「あんがと兄ちゃん。お礼に今私イチオシのRTA動画を見せてあげる」

「ありがとう。でも全く興味ないから遠慮しておく。それよりこのちゃん、ケーキどう?」


 天辺の苺を真っ先に食べてしまったので何ケーキかわかりづらくなってしまったうえに、三分の二が私のお腹に収まり寂しい見た目になったところで、感想を聞かれる。


「ちょーうまい。お金持ちの人が高級レストランで美味しい料理を食べたときに『シェフを呼んでくれたまへ』って言ってそのシェフ褒めるじゃん? 私も今すぐここにパティシエを召喚して褒めてあげたいぐらい」

「迷惑だからやめておきな」


 確かに。じゃあ召喚じゃなくて、パティシエが顕現した時にでも褒めてあげよう。


「兄ちゃんのケーキはどう? うまい?」

「食べてみる?」

「マジで? ケーキ分けてくれるなんて、お兄ちゃん神様?」

「ケーキわけたぐらいで神様って呼んでもらえるんだ。神様って呼ばれる存在って、もっと凄いことをしてくれるんじゃないの?」

「さっき二乙してた」

「何の話だよ……」


 神様がゲーム中に二回もモンスターにやられたことを報告する私に、お兄ちゃんがチョコケーキの載ったお皿を私の方へと寄せてくれる。そのケーキの一部分をフォークで削り取り口の中へと運ぶ。チョコとは違うちょっと変わった匂いの後に、口の中にチョコの甘さが広がる。ショートケーキも美味しいけど、チョコケーキもうめー!

 でも、最初の変わった匂いってなんのだろ?


「このチョコケーキ、美味しいけど変わった匂いがするね。チョコ以外に何か入ってるの?」


 ケーキと一緒に用意したお洒落コップを手に取り、ジュースを口元へと運ぶ。

 お兄ちゃんは私が堪能し終えたチョコケーキの皿を、自分の前へと戻しながら、何が入っているか教えてくれる。


「このちゃんには合わなかったのかな? ザガン入りだよ」

「ぶーーーーーーーーっ!」


 突然、とんでもない異物が混入していることを知らされたために、ジュースを噴き出してしまった。


「うわあっ!?」


 慌ててテーブルに置かれた布巾を手に取り、オオナズチの毒霧のようにまき散らされたオレンジジュースを拭きとり始めたお兄ちゃんに、私は確認する。


「ごほっ、ごほっ。何が入ってるって?」

「だから、ザガン」


 聞き間違いじゃなかった。

 ケーキ屋さんが悪魔を倒して材料にしてるって可能性はないよね。だから、お兄ちゃんが口にする材料の「ザガン」は、〈変換呪文〉で「ザガン」と聞こえるようになった何かのはず。

 あの牛悪魔、懲りずにまた何かを〈器〉にして現れやがったな。


 近くにいるはずのザガンを見つけるためにリビング中をきょろきょろと見る。

 結局リモコンを操作していないため、お父さんがいつも日曜のこの時間に見ている番組を流すテレビ。刻々と進む時計。窓際に置かれた、何かよくわからない観葉植物。家の明かりを漏らさぬよう窓ガラスを覆うカーテン。どこにもザガンはいない。

 凄くちっちゃい可能性もあるからなー。見逃さないように気をつけないと。這いつくばりテーブルの下も探してみる。


「このちゃん、どうしたの? ザガン入りで気持ち悪くなっちゃった?」

「確かにそれは気持ち悪い……じゃなかった、ちょっと探し物」

「なにを?」

「牛」

「またぁ!? スーパーでも言ってたけど、何なのその行動!? このちゃんには何が見えてんの!?」


 悪魔。何て言っても信じてもらえないだろうし、今は説明する時間も惜しいのでザガン探しに集中する。うーん……見当たらない。

 適当に探しても見つかりそうもないから〈器〉にしてるものを推理して、何を探せばいいか絞った方がいいかな? ザガンが〈器〉にしそうなもので、ケーキに入っているもの……牛乳。また同じものに取り憑いてるってパターンもあるかも。


 牛乳なら今日買ってきたし、冷蔵庫にある。さっそく調べてみよう。

 キッチンへと移動し、食器を片付けているお母さんの後ろを通って冷蔵庫の前へ。冷蔵庫のドアを開ける私を、横のお母さんがちらりと見る。


「何? まだ食べたりないの?」

「違うの。牛乳が見たくなったの」

「なんで牛乳?」


 不思議そうにするお母さんの横で、私は冷蔵庫のドア裏に置かれた牛乳のパッケージを確認する。ちゃんと白黒の牛が描かれていた。ザガンはいない。がっかりしながらリビングに戻る。

 あと牛がつくものって何だろ……あれ? 今、お母さん「なんで牛乳?」って言ったぞ。もしザガンが牛を〈器〉にしてるなら、スーパーの時みたいに「ザガン乳」とかいう想像したくない飲み物を口にするはず。


「お兄ちゃん! そのケーキって何入ってるって言ったっけ!? 牛乳!?」

「違うよ。ザガン入りだって」


 間違いない。今回の〈器〉は牛じゃないんだ。

 そういえば、さっき神様とゲームで遊んでる時、「〈器〉になる可能性があるから、頭の片隅に入れておけ」って言われたものがあったっけ。えーっと……神様としたザガンの話を思い出そうとする。

 ゲームのことばっか蘇る記憶の中から「ザガンは地獄の王」と教えてもらったことを掘り起こすことに成功する。


「お兄ちゃん! そのケーキ、王が入ってるっ!? それとも地獄が入ってたりしないっ!?」

「どんなケーキだよ。入ってるのはザガンだって」


 外れかー。別の〈器〉候補を思い出さないと。他に神様とどんな会話したっけ?

 そうだ。理科の実験みたいって思ったんだ。理科の実験といえばアレしかない! 器がわかったぞ!


「お兄ちゃん! そのケーキ、何か液たらすとジャガイモが紫色になったりする!?」

「なぜ急にケーキでヨウ素デンプン反応の実験を……? あっ、このちゃん、もしかしてザガンで酔ってるのっ!?」


 これも〈器〉じゃなかった。それにしてもザガンで酔うとか、なんか牛悪魔に見惚れてるみたいな響きで嫌だな。……ん? 酔う?


「……酔うってどういうこと?」

「そのまんまだよ。酔っぱらったのって聞いてるの。ザガン入りケーキなんて初めてでしょ? でも、ほんのちょっとしか入ってないみたいだし、これぐらいで酔う人なんていないと思うんだけど……」


 酔う……お酒入り? あーっ!


「ワインかぁ! ワイン入りかぁ!」


 そうだよ、ワインを頭の片隅に入れたんだった! 抜け落ちてたけど、拾って片隅に戻すことに成功したぞっ!

 いや、たぶん私の頭の片隅に置いたワインが年代物で凄く高い物だったんだ。だから大泥棒が盗んでいったのに違いない。ワインと一緒に私の記憶も盗むとはとんでもない大泥棒だ。

 ワインが〈器〉と突き止めた私の顔をお兄ちゃんが覗き込む。酔ったかもって心配してるのかな?


「だからぁ、さっきからザガン入りって何度も言ってるのに……本当に大丈夫? 気持ち悪くなってない?」

「大丈夫」


 私が今までで酔ったことがあるのは、白狼くんに抱っこされた時だけだから。

 よし〈器〉はワインってわかったぞ。そこまで掴めば、見つけるのは簡単そう。……って、お父さんもお母さんもお酒飲まないよっ!? うちにワインなんてないよっ!?


「お母さん。ワインってある?」


 もしかしたらと思って、台所に向かって訊いてみるも「そんな洒落たものないわよ。料理酒ならあるけど」と返ってくる。ワインを〈器〉にしてるのは確定したのに、そのワインがないんだけど。それじゃあ、ザガンはどこにいるの?


 お母さんは無いって言ったけど、忘れてたり勘違いしてる可能性もある。台所へと行き、冷蔵庫のドアを開けてワインを探してみる。でも、ワインは冷蔵室にも野菜室にも無いし、当然ザガンの姿も無い。

 こうなると、もうどこを探せばいいのか、わかんないな。ピンチじゃん。


 ……えーい面倒だぁ! 〈器〉から考える作戦は諦めて、初心に戻って片っ端から探してやるっ! 目に付いたキッチンにある引き出しや扉を片っ端から開けて、中に入った食器や買い置きの食品を調べていく。

 そうやって食器棚を調べていると、「なにこれ?」って言うお母さんと、心配そうに「酔っちゃったのかなぁ? 大丈夫かなぁ?」と言うお兄ちゃんの声が聞こえた。


 家族に心配されながら、ザガン捜索を続ける。食器棚の中には様々な形の器が綺麗に並べられていた。同じ形のお皿は重ねて置かれている。

 一つ一つ手に取ってチェックしていく。この皿には憑いてない、これもいない。お茶碗、お椀、コップ……いない。

 オレンジジュースを汲んだ物と同じ、チューリップ型のお洒落コップを手に取る。うわっ、ちっちゃい茶色の虫がついている。あの名前を口にするのもおぞましいGの子供かぁ!? 最悪だぁ!


「誰かティッシュちょーだい! コップに虫ついてる!」

「これ使って」


 あれ?

お母さんからキッチンペーパーを受け取った私は、コップの側面に張り付くソレが虫じゃないことに気づく。ソレはご当地キャラのように可愛くデフォルメされた牛の頭だった。


「ふん。矮小な人間ごときがよくぞこのザガン様を――」


 何か言ってるザガンを、お母さんから渡されたキッチンぺーバーで包む。


「死ねぇ!」

「凄い殺意ね。虫に親でも殺されたのかしら?」


 丸めたキッチンペーパーを力を籠めて握りつぶす私を見て、親が言う。

 ぎゅーっとザガン入りキッチンペーパーを握りつぶしたまま、私はお兄ちゃんを見る。


「お兄ちゃん、ワインって言って」

「えっ、何で?」

「いいから」

「ワイン。……これでいい?」

「よし、死亡確認」

「えぇ!? 何で俺、今殺されたのっ!?」


 死んだのはザガンなんだけど、事情を知らないお兄ちゃんは何か勘違いしちゃってた。まぁ、いっか。キッチンペーパーの塊をゴミ箱へと捨てる。

 それにしても……何でコップに憑いてたんだろ。そう思ってチューリップ型という独特な形をしたお洒落コップを見る。このコップって……ワイン飲む時に使うやつじゃない?。


「お母さん。このコップ、ビルの高層階で綺麗な夜景を眺めながら、バスローブ身に着けた男の人がワイン飲む時に使う奴だよね?」

「限定的な使用用途ねぇ。二階の電灯と電柱が見える我が家でもちゃんと使えるワイングラスよ。お母さん、それにワイン入れて飲んだことないけど」


 やっぱりかぁ。ワイングラスだから、ザガンはこれを〈器〉にしてたんだ。ワインなんてウチにないからと油断してたよ。

 なんとか勝利した私は、ザガンが〈器〉にしていたワイングラスを、「それ洗うから」というお母さんに手渡した。

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