3 牛探し
「牛」が「ザガン」に変わってる。これって、悪魔が現れたことによる〈変換呪文〉の影響だよね。きっと牛を〈器〉にして、ザガンって名前の悪魔が現れたんだ。急いで見つけて〈真化〉する前にやっつけないと!
ザガンを探しに行こうとして、ふと気がつく。見つけなきゃいけないザガンという悪魔が、どんな姿をしているのか知らないことに。
ケルベロスならゲームで見たことあるから知ってたけど……ザガンかぁ。〈変換呪文〉から、牛が関係あるってことはわかる。
サタンなら知ってるんだけどなぁ。もしかして、ちょっと訛ったのかな? 試しに発音してみる。
「サタン。さたぁん。ざたぁん。ざがぁん。ザガン」
ありえる!
口に出してサタンをザガンに変換してる最中、果物コーナーに商品を補充しにきた店員さんに「この子、大丈夫かなぁ?」という目で心配そうに見られるという悲しいハプニングはあったけど、試した甲斐はあった。きっとサタンなんだ! ……で、サタンはどういう姿なんだろ? いろんなゲームで見かけるけど、作品によって姿は様々だよね。
神様に聞いてみれば早いか。
最初からそうすればよかったなって思いながら、バッグからスマホを取り出し神アプリを起動する。
「おぉ、小乃葉。連絡をよこしたということは、家に帰ったのじゃな? 早くモンハンを起動するのじゃ。ワシは準備おっけーじゃぞ!」
「違うんですよ神様、大変なんです。攻めてきたんです、ザガンなんです!」
「なんじゃとぉ!? 小乃葉、竜撃砲を撃たれたのか!?」
「ガンランスが攻めてきたんじゃねぇ! ザ・ガ・ン! 悪魔が攻めてきたのぉ! 一旦モンハンから離れろぉ!」
「なぁーんじゃ……なんじゃとぉ! それを早く言わんか!」
「言ってたでしょーが!」
「むっ、そうじゃったか。すまぬのう。しかし、ザガンとはのう……」
神様はその名前を聞いて何か思うところがあるのか考え込む。
私は買い物中の人の邪魔にならないよう従業員出入口と書かれたドアの前に移動してから、控えめの声で通話を続ける。
「ザガンってどんな姿の悪魔なんですか? 私の名推理で、サタンが訛った悪魔って真実には辿りついたんですけど……」
「虚像じゃぞ、それ。間違ったゴールに到着しているのじゃ。ザガンとサタンは完全に別の悪魔じゃ」
「ちょっと違ったか……」
「だいぶ違うのじゃ。ザガンはのう、地獄の王なのじゃ」
また地獄の関係者ぁ? 前回のケルベロスは地獄の番犬だったし、今度のザガンは地獄の王かぁ……王?
「王様って、つまり地獄のトップってことじゃないですかぁ!」
番犬なんかと比べ物にならないぐらい格上の存在じゃん!
だいたい地獄牛耳ってるのって、閻魔様じゃないの!? 嘘吐きの舌抜くのが趣味のあの人はどこ行っちゃったの!?
突然ランクアップした敵の格に驚く私に神様は冷静に言う。
「王と聞くと一番偉い存在のように思ってしまうかもしれんがのう、実際はそうでもないのじゃ」
「どういうことですか?」
「ワシも小乃葉に触発されて最近いろんなゲームを遊んでおるのじゃが――」
「えっ、急に何の告白?」
「まぁ、聞くのじゃ。ワシが遊んだRPGの話なのじゃが、そのゲーム世界の王様はワシにはした金を渡して魔王を倒せと言ってきたのじゃ」
「世界を救うためなんだから、もっとくれてもいいのにねぇ」
「そうじゃのう。しかし別の王はワシに船をくれ、かと思えばカジノで遊んでおるとんでもない王もいたのじゃ」
「王様の三分の二がクズ。……ん?」
分母が三。ゲームの世界には、王様が三人も出てきた。だったら、地獄には?
「気づいたようじゃの。ゲームにも国の数だけ王様がいるように、地獄にも国がいっぱいあって王様もいっぱいおるのじゃ。そのとある国の王がザガンなのじゃな。自称か他称か、呼び始めはわからんが『地獄の王』という呼称が紛らわしくしておるのじゃな。『地獄の一王』ということじゃ」
「じゃあ、ザガンは地獄で一番強いってわけじゃないんですね」
「うむ。ザガンが飛びぬけて強ければ、今頃地獄はザガンの支配している一国だけになっておるじゃろう。複数国が存在している時点で、ザガンが一番強いとは言えないじゃろうな。地獄一武道会でも開催してくれれば、地獄の悪魔ランキングがはっきりするのじゃがのう」
「地獄って魔界の一つなんですよね? 地獄一ってどのぐらいなんだろ? 埼玉県代表ぐらい?」
「地獄の規模的にはアジア代表ぐらいかのう?」
「げっ、結構強そう。それでインド代表ザガンはどんな奴なんですか?」
「悪魔を勝手に他国に押し付けるでないわ。なぜインドにしたんじゃ?」
「牛のイメージから」
インドだと牛は神聖な動物として扱ってるって習ったから。理由を聞いた神様は「む?」と驚く。
「ワシ、ザガンの姿を話したかのう? なぜ牛と知っておるのじゃ?」
「〈変換呪文〉の影響を受けた単語から、〈器〉にして取り憑いてるっぽいのが牛ってわかったからです」
「おぉ、そうか。そういえばザガンが〈悪魔顕現〉している最中なのじゃったな」
「はい」
…………。
「「呑気に話してる場合じゃない!(のじゃ!)」」
すっかり忘れてた! 〈真化〉する前にザガンを見つけて倒さないと!
「神様、通話切らないで、そのままちょっと待ってくださいね!」
「なにをする気じゃ?」
マルバスとの戦闘時、両手を自由にするためスマホを仕舞ったせいで、神様と連絡が取れなくなった。その問題を解消しようと、貴重なお小遣いを崩して買った秘密道具をバッグから取り出す。
私は未来からきた猫型ロボットが秘密道具を出すときのモノマネをしながらアイテム名を口にする。
「マイク付きイヤホンー」
「急にどうしたのじゃ小乃葉ぁ!? ザガンに脳か喉をやられたのかぁ!?」
私の物真似が下手だったのか、それとも元ネタを知らないのかわからなかったけど、余計な心配をかけてしまった。
イヤホンを接続しおえたスマホを鞄の中に仕舞いながら、神様へと話しかける。
「脳も喉も大丈夫です。……通話をイヤホンに変えたんですけど、聞こえてます?」
一回はーちゃんとの通話で試してるから聞こえるとは思うけど、一応神様に確認。
「うむ、聞こえておる。喉は大丈夫のようじゃな」
「脳は駄目みたいに言うな。それじゃ、ザガンを探しに行きますね!」
「うむ。小乃葉よ、探しながら聞くのじゃ。先ほどの話の続きじゃが――」
「続き……なんでしたっけ? 魔界には村があって、ダメージを受けると苺柄のパンツ姿にされるって話でしたっけ?」
「国があるって話が、とんでもない改変をされておるのじゃ……ザガンがどんな奴かって話をしておったじゃろ?」
そういえば、そんな話してたっけ。
イヤホンから流れる神様の声を聞きながら、スーパーの中を移動する。悪魔が出ている非常事態とはいえ、他のお客さんにぶつからないよう走らず、早歩きでザガンを探す。
牛に関係あるところってどこだろ? 牛肉? まずは精肉コーナーに行ってみよう。
目的地を決めている間に、神様によるザガンの容姿の説明が始まる。
「ザガンはのう、牛頭の巨人の姿をしておるのじゃ。そして背中にはグリフォンの翼を生やしておるのじゃ」
「グリフォン……ゲームのモンスターとしてよく出てきますよね。えーっと、確か獅子の上半身にライオンの下半身を持つ生き物でしたっけ?」
「それじゃと合成した結果、純度百パーセントのライオンが出来上がっておるのじゃ。下半身はライオンであっておるが、上半身は鷲の姿をした生物じゃな」
「えっ!? ライオンの下半身に神様の上半身を!?」
「勝手にワシを合成材料に使わないで欲しいのじゃ! 一人称のワシじゃなくて、鳥の鷲なのじゃ! 鷲の体と翼がグリフォンの上半身になっておるのじゃ!」
「なんだ、びっくりした」
「ワシの体をモンスターと合体させる小乃葉の悪魔的発想の方がびっくりするのじゃ……」
神様に柔軟な発想を褒められながら、精肉コーナーへと辿り着く。お肉を劣化さないためか、冷房が効いていてちょっと肌寒い。
さっそく、棚にずらーっと並んだピンク色の美味しそうな牛肉にザガンがついていないか一つ一つチェックしていく。
ステーキ用牛肩ロース肉、よぉーし。牛タンステーキ用、よぉーし。牛モモブロック、これもよぉーし。牛細切れ、こいつもよぉーし。松阪牛すき焼き用、うまそぉー! 豚ロースとんかつ用、よぉ――あっ、豚さんは容疑者じゃなかったわ。
熱心にザガンを探す私を見た通りすがりのおばちゃんが「今日の夕飯? 随分、熱心に選ぶのねぇ」と微笑みながら、牛豚逢引ミンチをカゴに入れて去っていった。ちょっと恥ずかしいけど、我慢してザガンを探さなきゃ。
「どうじゃ、小乃葉? ザガンは見つかったかのう?」
「いえ。お肉のコーナーにはいないみたいです。もう一度聞くんですけど、牛の頭にグリフォンの翼が生えた巨人ですよね?」
精肉コーナーから立ち去りながら、ザガンを見つけるためにもう一度神様に姿を確認する。まぁ、顕現したては取り憑いた〈器〉そっくりの姿だったりするから、参考にならないかもしれないけど。
「うむ、そうじゃ。そしてグリフォンは鷲の上半身に獅子の下半身じゃな」
「纏めると、ザガン=牛頭+グリフォンの翼。そしてグリフォン=鷲+獅子」
「うむ」
「ザガンの式のグリフォンに鷲+獅子を代入して、ザガン=牛頭+(鷲+獅子)の翼」
「うむ?」
「かっこを外して、ザガン=牛頭+鷲の翼+獅子の翼。これがザガンの姿だぁ!」
「姿だぁ、じゃないわっ! 獅子の翼って何じゃ! ライオンに翼を授けるでないわ!」
「あれ?」
なんか違ったらしい。どこで計算を間違えたんだ?
「要はじゃ、牛の頭に鷲の翼が生えた巨人の姿じゃ!」
「神様、翼生えてるんですね」
「一人称のワシではない! 鳥の鷲じゃ! このくだり、さっきやったじゃろう!」
「そうでした」
それにしてもグリフォンの翼なんて遠回しな言い方せずに、最初から鷲の翼って言ってくれればいいのに。なんて思いながらもレジの近くの、卵や調査対象の牛乳・乳製品のあるコーナーへとたどり着く。
お肉のところにいなかったからには、絶対にここにいるはず! 牛乳、チーズ、ヨーグルトなどの乳製品を一つ一つチェック。パッケージに描かれた牛ともちゃんと睨めっこをする。……い、いない。そんなはずないのに。
「どうじゃ、小乃葉? ザガンはおったか?」
「いません~。なんでぇ!? まさか誰かに先に買われちゃったぁ? 悪魔が憑いててお買い得に見えちゃったのかなぁ!?」
「悪魔は小乃葉にしか見えんじゃろうが。よいか小乃葉、落ち着いて探すのじゃ。〈悪魔顕現〉の条件に〈門〉の小乃葉が必要である以上、必ず悪魔は小乃葉から離れんのじゃ! 絶対に見つけられる場所にいるのじゃ!」
でもぉ、牛肉、牛乳、その他の乳製品と全部見たのにぃ。どこにいるのぉ!? もしかして自分で動いてたマルバスみたいに、歩き回ってるのかな。
「このちゃん、こんなところで何してるの?」
呼ばれて振り向くと、そこにはカートの上の買い物カゴを商品でいっぱいにしたお兄ちゃんがいた。
「果物コーナーからいなくなってるから、探しちゃったじゃん。どの果物にするか、決めたの?」
「いや兄ちゃん、それどころじゃないんだよぉ!」
「急にワシのことを兄呼ばわりとは、どうしたのじゃ小乃葉!?」という神様の声がイヤホンから聞こえてくるけど、ここで神様と話すと今度はお兄ちゃんとの会話がややこしいことになりそうなのでいったん放置。ごめんね神様。
お兄ちゃんに私が今何をしているのかを教える。
「牛探してるの!」
「……牧場行けば?」
「確かに牧場にいっぱいいるけどぉ、そうじゃなくってここで探してるの! 牛肉とか、牛乳!」
「えっ、なんでザガン肉?」
〈変換呪文〉のせいでお兄ちゃんが「ザガン」と口にする。そういえば神様が口にする「牛」は〈変換呪文〉の影響受けてないな。神パワーみたいのが効いてるのかな?
なんて新しい発見をしている私に、お兄ちゃんが話し続ける。
「メモに書いてあった鳥モモ探すならまだわかるんだけど……どっちにしろ、果物以外はもう全部見つけたよ。ほら」
そう言ってお兄ちゃんはカゴから牛乳を取り出し、私に見せる。……あれ? 牛乳のパッケージに描かれている牛は、さきほど私が山ほど見たパンダカラーの牛ではなく、茶色の牛で翼が生えていた。しかも平面じゃなく、立体的。まさか……。
パッケージの牛が私を見る。
「矮小な人間如きがこのザガン様を前に――」
私は無言で牛乳パッケージのイラストからザガンを剥がし取り――。
「死ねぇ!」
「このちゃん!?」「なぜ急にワシを罵倒するのじゃ小乃葉ぁ!?」
目の前のお兄ちゃんと、通話先の神様に驚かれながら、私はザガンを床へと叩きつけた。




