1 四字熟語は難しい
私は激怒した。必ずかの……かの……えーっと、かの悪い奴を懲らしめねばならぬと決意した。国語の授業で習った名作の一文を思い出しながら、私は怒る。
そう、私は怒っているのだ。
「私のデザートを勝手に食べたのは誰だぁ!」
日曜日。お昼ご飯を食べ終え、思い思いに過ごしている家族全員に聞こえるよう、家中に響き渡るほどの大声で叫ぶ。
理由はさっき叫んだとおり。オムライスを食べ終えて食器を台所のお母さんに渡し、食後のデザートを食べようと冷凍庫を開けたんだけど、そこにあるはずの楽しみにしていたデザートが消えていたのだ。お母さんの買い物に荷物持ちとしてついていった時の、ご褒美だったのに……。
「すぐに名乗り出れば打ち首ですましてやるぞぉ!」
リビングの椅子に座っている、お父さんとお兄ちゃんを睨む。すぐ横で食器を洗っているお母さんはアレが私のだって知ってるので犯人から除外。
お兄ちゃんが食べ終えたプリンの器を持ちながら台所までやってくる。
「打ち首って――極刑じゃん。このちゃんのプリンならちゃんと冷蔵庫にあったよ? さっき俺の分取った時に一つ残っていたのを見たから」
お父さんお母さんが私のことを『小乃葉』と呼ぶようになった結果、家でたった一人私を『このちゃん』と呼ぶお兄ちゃんが、プリンの器をゴミ箱へと捨てる。
ちなみにお兄ちゃんの私の呼び方は変わらないけど、一人称は今年になって「僕」から「俺」に変わった。
「プリンじゃない」
そうお兄ちゃんに告げると、テレビで動画配信サービスのドラマを見ているお父さんが、私に言う。
「小乃葉、冷凍庫開けてたもんな……アイスか? お父さんは食べてないぞ」
犯人が尻尾を出すまで何かは言わないでおこうと思ってたけど、埒が明かなさそうなので何を探しているのかを二人に教える。
「アイスじゃない。たこ焼き」
「「たこ焼きぃ!? 食後のデザートに!?」」
二人同時に同じセリフを言う。さすが親子。
「あんだよ、父ちゃん。私が食後に何を食べようが自由でしょうが。むしろ自由な発想を持つ娘を誇るべきだよ」
「誇れるかは別として、食後にたこ焼き食べる気になれる丈夫な胃腸は羨ましいなぁ。お父さん、最近お腹がすぐに調子悪くなるんだよなぁ……年かなぁ? 自慢の自由な発想でお父さんの胃腸が丈夫になる案、何か思い浮かばない?」
「鍛えれば? 手伝おうか?」
「胃腸を鍛えるって……大食いでもするのか? 余計に胃腸が悪くなりそうだけど。でも手伝ってくれるのは嬉しいなぁ。娘の手料理かぁ」
「違う違う。丈夫になるよう、私が毎日お腹を殴ってあげる」
「外から物理的に鍛えんの!? 娘にお腹殴らせている父とか、ご近所さんに見られたら社会的に抹殺されちゃうぞ!」
「そうかなぁ? きっとご近所さんも『ストレス解消ついでに手伝います』って一緒に殴ってくれると思う」
「なんで地域総出でお父さんのことサンドバックにしてくるの? お父さん何か悪いことした?」
「私のデザートのたこ焼き食べた」
「食べてない、食べてない。神に誓ってもいい」
お父さんが神様を勝手に巻き込む。「やめてほしいのじゃー」って声が聞こえてきそう。
「まぁ、神に誓うなら信じてあげようかな。だけどもし嘘吐いてて実は食べてたなら、神に体を弄ってもらって、たこ焼きを口にしたら爆死するよう改造してもらうからね」
私の警告に「何それ!? どこの邪神!?」と驚くお父さん。気楽に人の脳を弄ろうとしてくる神の恐ろしさを知るがよい。
けど、お父さんはたこ焼き泥棒の犯人じゃないことがわかった。そうなると残る容疑者はただ一人。
最後の容疑者であるお兄ちゃんは、私がお父さんと話してる間にリビングの出入り口から忍び足で廊下へと出ていこうとしていた。
「お兄ちゃん?」
私に優しく呼ばれて、ぴたっと動きが止まる。お兄ちゃんの前に回り込んでリビングから逃げられないようにしてから、顔を見る。
するとお兄ちゃんは私の視線から逃げるように顔を逸らした。この反応――間違いない!
「犯人はお前かああああ! 私のたこ焼きを何処へ攫ったぁ! 胃袋かっ! 胃袋なのかぁ!」
「袋が開いてて半分だけ残ってたから、すでに誰か食べ終わってて残りは俺の分だと思ったんだよ! ごめんよ、このちゃん! 知らなかったんだ!」
お兄ちゃんのシャツの襟を掴み、力いっぱい体を揺さぶる。出てこい、たこ焼きー!
「知らないで済んだら警察はいらないって習ったでしょ! せめて食べていいか一言聞くのが、この世界で戦争を起こさないためのルールでしょうがぁ!」
「ごめんごめん! 弁償するから! いや、もっと美味しいもの買ってあげるから!」
……なんですと? たこ焼きより、もっと美味しいの?
「……本当?」
「本当本当! だから許してよ」
襟から手を放し、解放してあげる。
「わかった。停戦する」
「いや、終戦にしてよ……それで俺は何を買って来ればいいの? このちゃんにとって、たこ焼きよりよりもっと美味しい物って何?」
「ちょっと待った。たこ焼きより美味しいって言い方は敵を作る可能性があるからやめよ?」
「敵って誰だよ……」
「たこ焼き至上主義者。たぶん関西に何人かはいると思う」
「明石と敵対関係になってそうだね……」
「どっちも美味しいのにね」
「それで結局、何を買ってくればいいわけ?」
「うーん……決めた! 私も一緒に行って決めるよ」
「買うものを決めないことが、決まってるじゃん……今から買いに行く?」
「私はそれでもいいけど……雨降ってるよ?」
リビングの窓から見える空は灰色で、そこからぽたぽたと豪雨ではないけど、傘がないと困るぐらいの雨が降っていた。
今日だけじゃない、昨日も一昨日も、ずーっとじゃばじゃば雨が降ってる。梅雨だから。ニュースによると、今年のように五月中に梅雨入りするのは珍しいらしい。もうそろそろ明けるらしいけど。
「雨でも平気。部活中止になって暇だったし、体動かせてちょうどいいぐらいだよ」
「そっか。じゃあ、さっそく出発だー!」
勢いよく腕を突き上げたけど、お母さんに水を差される。
「いや小乃葉、アンタその恰好で外へ行く気なの?」
言われて自分の姿をみる。ゲームキャラがモチーフになってるパジャマ。フードを被ると世界一有名な黄色いネズミになりきれる、お気に入りの一品。
ちょっと前までは暖かい日が続いてたんだけど、梅雨に入った瞬間肌寒くなったので、この厚手でふわふわもこもこしたパジャマが家の中で過ごすのにちょうどよかった。
しかし、お母さんの言うとおり、このパジャマで外には出られないな。
「野生のポケモンが飛び出してきたと勘違いされて、ボール投げつけられる可能性があるもんね……」
「いや、お母さんはパジャマ姿で娘が外をうろつくことの、世間体とかを心配してんだと思う」
と、お兄ちゃん。
「それに加えて娘の倫理観も心配だわ」
と、お母さん。
「わかってるって、安心して。ちゃんと着替えてくるから。お兄ちゃんはどうする? 服着る?」
「まるで今裸でいるかのように言わないでくれない? 俺も着替えてくるから、玄関集合で」
「あいさー!」
お兄ちゃんの横をするっと潜り抜け、廊下へ飛び出て階段を上り、はーちゃんに「男の子の部屋みたいだな」と評価される、自分の部屋へ。
床に置きっぱなしの据え置き型のゲーム機を踏まないように歩き、新旧様々なゲームソフトがずらっと敷き詰められた本棚をスルーし、部屋に初めから備え付けられていたクローゼットの扉を開ける。
何着ていこうかな? クローゼットの前で少しの間悩んでいたけど、すぐに面倒くさくなって適当に目についたものを手に取って着替える。
ささっと着替えをすましたところで、ベッドの枕元に放りっぱなしのスマホに気づく。おっと、キミも連れて行ってあげよう。スマホを手に取ると、神アプリが一件のメッセージがあることを通知していた。なんだろ? アプリを起動し、メッセージを確認する。
私のスマホにインストールされた時から、まったくバージョンアップされてないアプリからの連絡相手は、当然のように神様だった。「小乃葉―、モンハンせぬかー?」。最近、毎日のように見るメッセージに「これから出かけるんで、帰ってきてからでよければ、一緒にやりましょ?」と返信をする。これでよし。バッグを取り、スマホを入れる。
玄関に着くと、お兄ちゃんはすでに靴を履いて私を待っていた。
「ごめん待った? ううん今来たところ」
「それ流行らそうと頑張ってるみたいだけど……どうなの?」
「今のところ、はーちゃんは洗脳に成功した。たまに私の真似して口にする」
「順調に感染が進んでいってるね……俺はそうならないよう頑張ろう。それで、どこに買いに行く?」
「そうだねぇ。デザートと言えばマカロンならフランスだし、バームクーヘンならドイツ、ティラミスのイタリア、近場なら杏仁豆腐で中国かな?」
「近場ですら遠い……日本国内で済ませてくれない?」
「冗談、冗談。お兄ちゃんさえよかったら、駅まで行こうよ。お店いっぱいあるから」
「いいよ」
「やったぜい。それじゃーしゅっぱーつ!」
しかし旅立とうとした私たちの元にお母さんがやってきて、出発を妨害してくる。ドラクエ3冒頭の真逆の展開。
「ついでにこれもお願いね」
お母さんが一枚のメモ用紙に何かを書いてから、差し出す。受け取り、書いてある文字を読み上げる。
「牛蒡、人参、なす、鶏もも、牛乳(一家族二点までのやつ)、なんか適当なお新香と安い果物。何これ?」
「買い物してきて。安売りしてるのは知ってたんだけど、雨降ってるから行くの面倒だったのよねぇ。二人が行ってくれて助かるわ」
「いやお母さま。私たちがこれから向かう場所はスーパーではありませんよ?」
「駅まで行くんでしょ? 駅前のパルコの地下にスーパーあるじゃない。そこで買ってきて。余ったお金はデザート代に足していいから」
「マジ!? いや、そう言いつつ代金ピッタリってオチだったり」
「ちゃんと余るわよ」
苦笑するお母さん。
「ならオッケー」
お母さんは「お願いね」と言ってお金をお兄ちゃんへと渡す。何故、私じゃない? 信頼度が足りないのか?
「それじゃー今度こそ出発だー!」
ドアを開ける。空一面に敷き詰められた綿菓子みたいな雲からは食べられないあめがぽたぽたと落ちてきていた。君たちじゃデザートの代わりにはならないんだよね。
「いってきまーす!」
傘を手に取り、そしてデザートを手に取るために、こうして私はお兄ちゃんというパーティーメンバーと一緒に家から旅立ったのであった。




