舞踏会への準備
王宮からの招待状が届いた翌日、エルヴィンは執務室にクラウスを呼び寄せた。
机上に置かれた封筒を一瞥し、仮面の奥で目を細める。
「……舞踏会に出る。準備を整えろ」
その声音は淡々としていたが、内に秘めるのは熱い想い。
リリアが王宮で、どれほどの視線を受けようとも――彼が守ると決めたからだ。
クラウスは深く一礼し、確認を取る。
「……リリア様のご準備はいかがなさいますか?」
エルヴィンは少しだけ沈黙したのち、ゆっくりと口を開く。
「王都から、クラリーチェが認める最高のデザイナーを呼べ。
……私の婚約者には、最上の装いを」
クラウスは主の言葉にわずかに微笑む。
普段は感情を見せぬ公爵が、ここまで静かに気合いを見せるのは珍しい。
「畏まりました。すぐに手配いたします」
*
数日後――
エルヴィンが呼び寄せたのは、王都でも名を轟かせるデザイナー、オリアとその弟子フェリンだった。
公爵邸に、豪奢な馬車が到着する。
馬車の扉が開き、しなやかな身のこなしの女性が降り立つ。
「王都より参りました、デザイナーのオリアと申します。
こちらは弟子のフェリンです」
二人は深々と一礼した。
「遠路はるばる、ようこそお越しくださいました」
クラリーチェは落ち着いた微笑みを浮かべ、優雅に頭を下げる。
だが、その瞳には確かな使命が宿っていた。
*
エリスがリリアの自室の扉を叩く。
「リリア様、本日は、王都から腕利きのデザイナーが参っております。
公爵様が、舞踏会のドレスをと」
「え……?」
驚くリリアに、エリスは笑みを深めた。
「オリア・クレヴァンス、というデザイナーをご存じですか?
クラリーチェ様のご推薦で、公爵様が招聘されました。
リリア様には最高のものを、とお望みでございますの」
「オ、オリア・クレヴァンスっ?!」
リリアは驚きとともに胸が熱くなるのを感じた。
――オリア・クレヴァンス。
流行を作り出すという彼女のドレスは、何年も待ちが出ているというほど。
伯爵令嬢であるリリアがオリアのドレスを望むなど、夢のまた夢だったのに。
(その彼女がこうして屋敷に来てくれるなんて……!)
エリスは頷き、笑顔でリリアの髪を整えていく。
「公爵様が、リリア様をどれほど大切に思われているかの証ですわ。
ふふ。実は、私たちもリリア様を驚かせたくて……内緒にしていました」
「ええっ? そうだったの?!
もう、エリスったら……!」
顔を真っ赤にして抗議するリリアに、エリスは微笑む。
明るい笑い声が、部屋を満たした。
(ふふ。
リリア様はどんどんお可愛らしくなられますね)
*
リリアが部屋に現れると、オリアは上品に微笑み、腰を折って挨拶を交わす。
そしてリリアをまっすぐ見つめた。
彼女は、”公爵家の婚約者”が、どれほど大切にされているかをすぐに悟る。
「お任せくださいませ。
貴女様に最も似合う、唯一無二のドレスをお仕立ていたしますわ」
程なくして、オリアたちがデザインを広げ、最高級の絹や宝石、刺繍糸も広げる。
クラリーチェとエリスは彼女たちに的確に指示を出し、最上のドレス作りが始まった。
リリアの胸に、またひとつ温かな想いが芽生える。
自分がどれほど大切にされているのか――そのすべてが、この準備に込められているのだと。
*
窓辺から差し込む光の中、リリアは生地に触れながら、エリスと笑みを交わした。
「本当に素敵な生地ね。
デザインもどれも本当に素敵。
夢を見てるみたいよ、エリス。私に着こなせるかしら……」
エリスはふっと真顔に戻ると、リリアを見つめた。
「……リリア様。
公爵様は、普段あまりお気持ちを表に出されません。
ですが、今回ばかりは違います。
それは、貴女様がそれに値するお方だからです。だから――」
そしてリリアの手をぎゅっと握ると微笑んだ。
「大丈夫です、リリア様!
むしろドレスがリリア様の引き立て役ですから!」
その言葉に、リリアの頬が淡く染まった。
「……っ! エリス……!
ふふっ。ありがとう。
なんだか勇気を貰えたわ」
舞踏会が怖くないと言えば嘘になる。
けれど、エルヴィン様と一緒なら、きっと――。
リリアは静かに決意を固めていくのだった。




