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姉の代わりに、嫁ぎます

――私は、ずっと憧れていた。

優しくて、気高くて、凛としていたあの人に。


セシリア姉さまは、私にとって“本当のお姫様”だった。


「泣かないの、リリア。

ほら、手を出して? 薬草の絆創膏を貼ってあげる」


庭で転んだ幼い私を、姉さまはそう言って抱きしめてくれた。


セシリア姉さまのお母さまが亡くなり、妾腹の私に冷たい視線が向けられる中――

姉さまだけが、私を“妹”として愛してくれた。


「リリアは、私の誇りなのよ。

誰に何を言われても、私はあなたの味方よ」


その言葉を、私はずっと心に抱いて生きてきた。

だからこそ、あの日の涙が、胸に刺さった。





「助けて……リリア……私、あの人のもとへなんて嫁ぎたくないの」


そう言うと、姉はその場に崩れ落ちて、肩を震わせた。


王都から届いた一通の文。

それは、北の地・ノワール領を治める――ノワール公爵からの婚姻の申し出だった。


公爵は昼には姿を見せず、夜の城に閉じこもり、血を好むという。

『吸血鬼の末裔』

そんな不吉な噂がまことしやかに囁かれている。


「フェルト家の娘を、妻として迎えたい」


そう書かれていた手紙には、姉の名も、私の名も記されていなかった。


本来なら、正妻の娘であるセシリア姉さまが嫁ぐべきだ。

けれど、姉には既に、愛する人がいた。

騎士団長のエドガー様――互いに心を通わせているのを、私は知っていた。


……だから。


「私でよければ、行かせてください。

姉さまが笑っていられるなら、それだけで」


私は、妾腹の子。

けれど、姉さまに育てられ、何不自由なく過ごしてきた。

だからこそ、恩返しがしたかった。


――愛する人のもとへ行ってほしかった。


私がそう申し出たとき、父はしばらく無言だった。

だがついには、「相手が“娘”を求めているなら構うまい」と言った。


書簡に名指しがなかったことが、かえって幸いしたのだ。

王家の名代も、形式上の整合さえ取れれば問題ないという。


そして今日――


私は、北のノワール公爵領へと向かう馬車の中にいた。


夜明け前。遠くの森が青く揺れ、冷たい風が頬に触れる。

カーテン越しに見える空はまだ暗く、遠くの森が、影のように静かに揺れている。


行き先は、吸血鬼と噂される男のもと。


「どうか、無事に過ごせますように……」


そっと指を組んで祈る私の唇に、冷たい朝の風が触れた。



 


(……ここが、これから私の住む場所)


高い城門。闇に沈む城。

その先にいるのは、“夜にしか姿を見せない”と噂される男。


「吸血鬼の末裔」


そうささやかれるノワール公爵――私の“夫”となる人。


カタン、と馬車が止まり、扉が開く。


「……フェルト伯爵令嬢、リリア様、ようこそお越しくださいました。

公爵様がお待ちです」


黒衣の執事が深く一礼する。

私は深く息を吸い込んで、微笑んだ。


「リリア・フェルトです。……どうぞ、よろしくお願いいたします」


――こうして私は、姉の代わりに、“夜の城”の扉を叩いたのだった。

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