エピローグ
クリスティン・イシュタル侯爵が交渉のため帝国を訪れてから間もなくのこと、突如としてアクオス王国はリスティア帝国より宣戦布告を受ける。
東のイシュタル家、北のノワール家が帝国に寝返り、侵攻の手引きをしたことで、窮地に立たされた王国は、あっけなく敗北した。
国王、正妃、王子、王子の婚約者、王女は帝国の手により斬首。
王国の政治を担ってきた重鎮たちも、主君と同じ道を辿った。
また、帝国は、長年信仰の対象であった女神を祀った神殿やモニュメントをひとつ残らず破壊した。
アクオス歴945年、女神に愛されたというアクオス王国は、その長き歴史に幕を閉じた。
◇ ◇ ◇ ◇
「ようやくあの国が滅びたか。女神像も全て破壊されたおかげで、借り物の肉体も不要となったな。」
帝国にある高級宿の一室で、ソファーにゆったりと座り、帝国の凱旋を報じる新聞を眺めている男がいる。
夜の闇を思わせる漆黒の髪に、黒い服。
人を寄せ付けない孤高のオーラを持つその男の瞳は、深紅。
ソファーの傍らにベッドがあり、そこにはあられもない姿で眠っている女がいる。
その男はおもむろに立ち上がり、まだ眠っている女を見下ろす。
「これで、この女の縛りを解いてやる契約は果たされた。まあ、その分の報酬は貰ったからな。欲にまみれたアイリスとやらの魂も美味かったが、さて・・・」
女を抱き上げようと首に回した手が、ふと止まる。
不意に、自らの魂と肉体とを引き換えに自分に懇願してきた男のことを思い出す。
『お願い、アイリスを助けて。僕はどうなってもいい。頼むからアイリスの魂を女神の呪いから解き放ってあげて。』
女の無残な死にざまを見続け、叫びながら壊れてしまった男のことを。
「ああ、そういえば聖女を殺してもらった恩義があったか。まったく、あの忌々しい祈りときたら。1000年近く俺を縛り付けやがって。この女も黙って元の世界に帰っていればいいものを。我が手を取るということは自ら死を選ぶことと同義、って・・・あれ、これは説明し忘れたな・・・ふむ、どうしたものかな。」
その男はしばらく逡巡する。
「こやつらには我を解放してもらった礼もしないとな。仕方ない、もう少しつきあってやるか。たかだか10年や20年くらい、1000年の時に比べれば安いものだ。だが、賭けは俺の勝ちだ。残念だったな、クリスティン。なにせ聖女が命を落とす前に、自ら死を選んだのだからなあ。俺はなあ、負けず嫌いなんだよ。クククッ、勝つために策を講じるのは、お前たち人間もやっていることだろう?」
男が目を閉じて、次に目を開けると、赤味がかったブロンドの髪に紫の瞳を持つ青年へと姿が変わる。
「こやつもさぞかし美味であろうよ・・・さすが同じ魂を持つ人間なだけはある。だが、いま少し熟成が必要か。ならば・・・」
パチンと指を鳴らし黒い服を消すと、ベッドに入り、女を自分の方へと引き寄せる。
「う・・・ん・・・クリス・・・様?」
「ああ、ごめんね。起こしちゃったね。さあ、昨夜の続きをしようか。僕と一緒にどこまでも堕ちよう、アリス。」
そして男はアリスと呼ばれた女を抱きしめる。
その顔に笑みを浮かべながら。
― Fin ―
これで完結となります。
最後までお付き合いいただき、感謝の気持ちでいっぱいです。
これは『あやめ』の物語であり、周りの人たちの描写は必要最低限にとどめました。
そのため、時系列が合わなかったり、話が飛んでしまうことも多々・・・読みにくい箇所も多く、大変申し訳ございませんでした。
いつか、お兄様や第一王子殿下、聖女様視点でのお話も描けたらいいな、と思っています。
気が向いたら、「もしも違う選択をしていたら」のお話を番外編で描くかもしれませんので、その時にはお付き合いいただけると嬉しく思います。
違う作品で見かけた時には、またお立ち寄りくださいませ。
本当にありがとうございました。




