76 帰り道
リスティア帝国との交渉も終わり、私たちはアクオス王国への帰路につく。
これで、北と東の領地の安全は保障されるはずだ。
そして、クリス様の、イシュタル家の悲願も成就される。
無駄な犠牲を出さないためとはいえ、本当にこれで良かったのかは私にはわからない。
揺れに身を任せていると、馬車が止まった。
不思議に思い、馬車の窓から外を見ると、まだ国境からは程遠い場所であった。
「アリス、王国に帰る前に君に話しておきたいことがある。休憩がてら、少し散歩でもしようか。」
出発の前にクリス様から言われていたこと。
覚悟はしていたつもりだが、もし、この結婚自体をなかったものにする話だったら・・・。
私は、黙って受け入れることができるのだろうか。
クリス様にエスコートされ、馬車を降りた私は、共に少し小高い丘に登る。
そこには大樹があり、ちょうどいい木陰を作っていて、帝国が一望できるくらいの、丘だった。
風がとても気持ちよくて、見晴らしのいい場所・・・遠くに大きなお城が見える。
そしてそのお城を中心に、城下町が広がっている。
街の造りは、アクオス王国とあまり変わりがない。
木陰に入り、街を眺めている私の正面に立ったクリス様が、両手を広げ、言った。
「おめでとう、アリス!!君は、自由だ!!」
「自由、とはどういうことですか?クリス様。」
「言葉通りだよ。君は、自分の力で女神のくびきから解放された!これで、君はどこへでも行ける。賭けは君の勝ちだ、頑張ったね、あやめ。」
クリス様は、なにを仰って・・・女神様の呪いのことは、カミサマしか知らないはずなのに。
まさか、まさか・・・。
「それって・・・クリス様、あなたはもしかして、カミサマ・・・?」
「本当に困ったら僕を呼んでって言ったのに、ちっとも呼んでくれないんだもの。仕方がないから僕の方から近づいちゃったじゃないか。まったく、自分一人でどうにかしようとして、僕の加護をあんな風に使うなんて、褒められた行為じゃないよ?」
「クリス様、それは、どういうことなのですか。あなた様は一体・・・」
「さあ、今ならまだ間に合う。君が願えば、本当の『あやめ』に戻れるよ。」
そんなことを突然言われても、「ハイ、ソウデスカ」なんて思えるはずがない。
クリス様は、私が『あやめ』だと知っていてたということ?
知っていて、ずっと黙っていてくれたの?
それに・・・私が消えたら、この体はどうなってしまうの?
本来のアイリスが戻って来るの?
「クリス様、いえ、カミサマ。どういうことか説明していただけますか。」
「そうだね・・・僕の力が消えるまで、もう少し時間はあるから、少しだけ昔話をしようか。」
クリス様が、遠くを見ながら、ぽつりぽつりと語り始めた。




