75 交渉
「はっはっは。私にそんな口をきくとは、大したものだな、クリスティン第二王子。神速と言われたことはあったが、まさか愚鈍と言われようとは。」
ジェルラルド皇帝は、そう言うと豪快に笑われた。
背中には冷や汗びっしょりで、生きた心地のしない私とは対照的に、クリス様は平然とされている。
「はあ・・・。それで、お前の要求を呑み、我が帝国に何の利がある?」
「リスティア帝国は、これから皇帝陛下のもと、ますます発展していくことでしょう。そこに圧倒的に足りなくなるものがある。アイリス。」
クリス様に促され、私はお兄様より預かった書状を渡す。
「これは、ノワール領侯爵代理、ルーク・ノワールから託された書状です。どうぞお改めください。」
ジェラルド皇帝は、その書状に目を通すと、スッと目を細められた。
「我が妻アイリスは、ルーク・ノワールの実の妹です。王国随一の戦闘集団と王国の食糧庫が手に入るだけでは、まだ足りないでしょうか?」
「ふ・・・欲しいものを得るために、お前らの力などいらぬ、と言ったら?」
「それこそ愚の骨頂。使えるカードも切らず、力でねじ伏せてばかりでは、この帝国も長くは持たないでしょうね。」
「使えるかどうかは、我が決めること。ジョーカーを引かされてはたまらんからな。それでそのカードの中身はなんだ?」
「使えるかどうか、ではなく、どう使うか、ですよ。私の事情はご存知ですね?」
「お前が側室腹で、第二王子ということか。」
「おや、ご存じないとは。側室腹はその通りですが、あの国の第一王子は私です、皇帝陛下。」
そこで、ジェラルド皇帝の顔色が変わる。
「なんだと?」
「かの同盟国の顔を立てるために、正妃の子どもを第一王子にしました。これは一部の者しか知りませんがね。王国に潜ませている間者に裏を取っていただいて構いません。正妃の故国が帝国の軍門に下った今、あれはすでに用無し。私というカードをどのように使われるか、そうですね・・・人質として扱うもよし、私を担ぎ、後継者の正当性を問うもよし、皇帝陛下の腕の見せ所ですね。」
「はっ。これはとんだジョーカーだな。だが・・・悪くない。お前らの申し出を受けてやる。まあ、こちらも連戦で疲弊しているのは確か。無駄な争いは避けたいのが本音だからな。」
「さすが、神速と名高い皇帝陛下のご決断、見事なものです。ああ、それからもう一つ。」
「なんだ、まだあるのか?」
「王国は、女神への信仰が深い国。あれはもはや妄信といってもいい。ならば、女神を祀る神殿や偶像などは、すべて破壊したほうがよろしいでしょう。民の心を折るにはそれが一番かと。」
「ふむ・・・民を掌握するためには、それも必要か。では詳細は追って知らせる。なかなか有意義な会談であったぞ。まさか、あの王国にこんな食わせ者がいたとは、まったくもって愉快だ。」
これで、リスティア帝国との交渉は成就した。
結局私は、表情を崩さず、ただ座っているだけで精一杯であった。




