69 新たなる出発
無事に卒業が決まった私たちは、学園に通うことはもうなかった。
クリス様は、次期侯爵として、諸外国との交渉役になることが決まっていた。
そのため、準備で忙しいらしく、学園には通えなくなったことが大きな要因だった。
私も、学園には特に思い入れもない。
卒業式を経験してみたかった思いはあるが、一人で学園に通う勇気はなかった。
卒業式の日まで、およそ1カ月。
卒業式の日をもって、クリス様は成人される。
そして、その日からクリス様は、イシュタル侯爵となり、私はその妻となる。
「アリスを一人にするのは僕が心配。かといって僕と一緒に住むことを許さないシスコンがいるからね!なら、最後に義兄上に思いっきり甘えておいで。」
クリス様のはからいもあり、その日までノワール家の領地で、お兄様のもとで過ごすことを決めた。
明日、領地に出発するという日、これまで不自由のない暮らしをさせてもらった両親へ挨拶をする。
珍しく両親が揃っていたのは、セドリックが両親を説得してくれたのかもしれない。
「お父様、お母様、今まで大変お世話になりました。無事に学園も卒業できました。ありがとうございました。」
「アイリス、お前はまだ表向きは婚約者である。くれぐれも軽はずみな行動はしないように。」
「将来の王妃として育ててきたのに・・・まさか侯爵家の嫁とはね。とはいえクリスティン殿下は王家の者に違いはないのだから、失礼のないようになさい。セレーネの顔に泥を塗るような真似は許さなくてよ。」
「かしこまりました。今まで育てていただいたご恩は忘れません。」
それから特に会話もなく、形だけの晩餐を終える。
父親と母親が、最後までこのような人たちで良かった。
これで、この王都に心残りは、かけらもない。
もう、このタウンハウスにも二度と戻ることはないであろう。
およそ10年の間暮らした、タウンハウスに別れを告げ、ノワール領へと出発する。
暖かくなってきたとはいえ、まだ季節は冬。
北に近づくほど、まだ雪が残っている。
太陽の光を受け、白い大地がキラキラと光っている。
この光景も、幼いアイリスの記憶にうっすらと残っているだけだ。
・・・たまには里帰りしていいか、クリス様に聞いてみようかしら。
そんなことを考えながら、10日間ほどの行程を経て、ノワール領へと到着した。
「リズ!心配したぞ。元気そうな顔を見て安心した。」
ノワール家に着くと、門の前で待っているお兄様に迎えられた。
「お兄様、わざわざここまでお出迎えありがとうございます。只今帰りました。」
「疲れただろう?さ、入ってゆっくり休むといい。それより・・・卒業おめでとう。さすが私の妹だ。」
お兄様の、その大きくて暖かい手が、私を優しく撫でてくれた。
「お兄様のご指導のおかげです。本当にありがとうございました。」
「それは違う。リズの努力があってこその、この結果だよ。自分を誇りなさい、リズ。」
「お兄様・・・はい!」
「くっ・・・やっぱり嫁に出すのはやめようかな。リズにはまだ早い。」
「お、お兄様・・・それはさすがに・・・」
「ルーク様、シスコンは嫌われますよ~?」
「うるさいぞ、キール!!」
北の大地は、いつも私に優しい。
・・・やはり、たまに里帰りさせてもらえるよう、クリス様にお願いしようと心に決めた。




