60 これからのこと
クリス殿下が、真剣な眼差しで私を見つめている。
その表情から、嘘や冗談で言っているのではないとわかる。
私は、先ほどのクリス殿下のお言葉を繋ぎ合わせ、必死に頭を回転させていた。
「私が・・・卒業試験を?私も飛び級で卒業するということですか?」
「そう、そして結婚するんだよ、僕と。」
クリス殿下が、ニッコリと笑う。
「お、お待ちくださいませ。私はAクラスで、成績も・・・」
「アリス、今さら僕に隠し事?アリスは本来ならSクラスの実力があるでしょう?ほら、中間試験の時に教えてもらった勉強、あれ、実は3年の問題なんだよ。なんのためらいもなくスラスラ解いたくせに、なにを言ってるのかな?」
あ・・・あの時。
1年生の学習内容が変わったのかな、と思っていたのに、まさか一つ上の学年の問題だったの?
「・・・クリス殿下、私を試されましたね?」
「そこはまあ・・・ごめんね。まさか解けるなんて思ってみなかったからさ、ちょっとした悪戯のつもりだったんだよね。」
「もう・・・クリス殿下は、いつもそうやって・・・」
「ああ、ごめんごめん。怒ったアリスも可愛いけどさ、機嫌直してこっち向いてよ。ね?」
「次に私を試すようなことをしたら、お兄様に言いつけて、しばらく口をききませんわ。」
「ええっ、それは困る!もうしない、絶対、しないから!!」
クリス殿下が、両手を上げ、『降参』のポーズをした。
しかし、もう一つ疑問が残る。
結婚・・・と仰っていたけれど、クリス殿下は成人に達する年齢ではないのでは?
「あの、もうひとつのことですが・・・」
「結婚のこと?・・・ああ、そうか。年齢のことだね。僕は第一王子だと言ったね。」
私は黙って頷く。
「僕はアリスや第一王子の一つ上、本来なら今年学園を卒業する年齢。だからね、年齢のことに関しては心配しなくていいんだよ、アリス。」
「えっ・・・私より年上だったのですか?」
「そうだよ。1年までは離れていないけど、生まれ月の関係でね。学年は一つ上。」
「そうだったのですね・・・。」
「表向きは第一王子の一つ下ということになっているから・・・結婚式をあげるのは随分先になってしまうことを許してほしい。そして、社交界でアリスがイシュタル姓を名乗れないことも。」
「そんな・・・私は大丈夫です。クリス殿下のお気遣いだけで充分です。」
「・・・アリス、その『殿下』っていうのも、そろそろナシだよ。卒業したらもう殿下じゃないからね。だから、クリスと呼ぶこと。慣れておかないといけないから、今からそう呼びなさい。」
「そ、そんな急に言われましても!」
「はい、練習。僕を呼んでみて?」
「・・・・・・ク、クリス・・・様。」
クリス様が、くすっと笑った。
「仕方ないなあ、今はそれで我慢しようかな。それよりアリス?」
「なんでございましょう。」
「アリスは共通科目は大丈夫だと思うけど、専攻学科の試験は大丈夫なのかな?」
「それは・・・なんとも・・・。」
「それじゃあ、王都に戻ったら集中的に勉強しようね。その前に!明日作るスコーンは、僕が一番最初に食べるから・・・いいね?」
「は、はい・・・」
クリス様のアルカイックスマイルは、やっぱり何度見ても恐ろしい。




